街へのファーストコンタクト 4
「死なないでね」
自衛出来るという悠の言葉を信じたリィンは、持ち前の速さで、拮抗している場所に不意打ち気味に背後から首を落としていく。
その迷いのなさと思い切りの良さに悠は感服した。
雷のような速さで戦場を駆けるリィンは血の赤を纏って魔物たちの闊歩する道を切り開いていく。
強引にも見えるその手法だが、リィンの力量がそれを実現させるほどのものだという裏付けでもあった。
やがてリィンは戦場の密集地帯に足を踏み入れると大きく跳ね、刃に指を重ね、剣に魔法を纏わせそれを質量を伴う剣閃として放った。
これにもって魔物は一網打尽、その総数を大きく減らした。
「それじゃあ、魔弓隊に所属してる人は剣を下ろして、魔弓での掃射に専念して。出来る限り逃げられないようにね」
リィンがそう宣言すると、兵隊たちの一部が言われた通りに剣を下ろし、なにもない虚空で弓を構え始めた。
なんの儀式だ?と疑問に思ったのも束の間、魔弓隊と呼ばれたものたちはその手に光の弓を作り出し、魔物に向けて放射を始めた。
魔物たちはそれを防ごうとするも、何人もの魔法を防げるわけもなく、奮闘虚しく地へ還っていく。
「あれが……魔法……」
人間という生き物は本来、野生の本能や圧倒的な膂力を捨ててようやく類い稀な智慧を手に入れることが出来た。
本気を出した猫にすら劣る戦闘能力の代わりに、文明というものを手中に収めたのだ。
だというのに、目の前にいるのは獣の戦闘力を有しながら知恵を持つ、恐ろしい生物だった。
中国で生み出された火薬武器から始まり、長い年月をかけてようやく銃というものを作り上げたというのに、彼女たちは当たり前かのような平気な顔でそれを行使する。
デッドノートを使って初めて戦闘能力を有することの出来る自分とリィンを比べると、歯がゆさが募った。
ー――とその時、悔しさで唇を噛んだ悠の頭上に、黒々とした大きな影が出来た。
悠は一瞬の間にその翼の生えた影の形から、少なくとも人間ではないことを確認、その結果を受けてすぐさま頭上を振り向いた。
そこにいたのはやはり怪物もとい魔物、今回勝機はないと悟った彼はせめてその場で棒立ちしている者だけでも殺そうと襲いかかってきたのだ。
「くっ……」
悠は瞬時に自分がなにを出来るか考えた。
現在手元にあるカードは一枚、それも切り札になり得ないスペードの三である。
しかし、なんとか一発逆転の目を信じて行動を起こした。
まず悠は近くの木へアンカーを飛ばし、アンカーが引っかかったのを確認してからすぐさま巻き取る。
それにより飛行型の魔物の一撃を紙一重で回避、続けて再びこちらにターゲット定め直し、態勢を立て直される前に同個体へ向けてワイヤーを射出。
ワイヤーで歪な体を縛り付け、それを巻き取って悠は魔物の方へ直線的に向かっていく。
身動きが取れない魔物の体へ張り付き、ピアノ線を引っ張り出してその首を強く絞めた。
特殊手袋を嵌めているので、自分の手が切れることはない。
魔物にも内臓器官は共通だったようで、首を絞められた魔物は苦しそうに息を吐いて地面へ失墜
する。
首が切れ、そこから血が滲み出た。
やがて魔物は酷い体勢で地面へ不時着し、その衝撃を利用して人間でいう背骨辺りに手痛い膝蹴りを食らわせてやる。
その時首がごとりと落ち、背から骨が折れる痛々しい音。
「よし……!」
地面に落ちた衝撃は殺せなかったものの、なんとか一体倒すことが出来た。
ワイヤーとピアノ線についた血を払い、元の鞘に収める。
装備には不安しかないものの、まだ食らいつくことくらいは出来るのではないかーーとそう油断した瞬間である。
「駄目よ、戦場でそんな、期待するような顔を見せちゃ」
そのリィンのセリフと同時に、自分の真隣にもう一つ魔物の首が落ちる。
そして数秒後、大きな体をした魔物が地面に倒れる轟音。
そう、この魔物は今にも悠に襲い掛からんと背後から攻撃を仕掛けてきたのだった。
リィンがいなければ、と思うと背筋が凍りつく思いだった。
「わ、悪い……」
「……でも、あの判断は悪くなかった。動きも別段悪くなかったし、悠君はまだ強くなれる」
「そりゃどうも」
リィンから差し出された手を取ると、彼女に起こしてもらう。
今のままでは他の者が十体敵を倒すうちに、自分は命をかけてようやく一体がいいところである。
グリムフィフトとインパクションの捜索を急がねばならない。
やがてほとんどの敵軍の殲滅を完了し、その場の誰もが勝利を確信する。
残った魔物達も勝ち目はないと判断し、散り散りになって逃げていった。
その姿からはなんの策も匂わず、勝利が確定したということを皆に教える。
「……勝ちね。みんなお疲れ様」
リィンの勝利宣言と共に、兵士、騎士達は歓声を上げて勝利の喜びを分かち合った。
まさにその場は勝利一色。
負傷も少数、圧勝だった。
「悠君もお疲れ様。……それと、ちょっと来て」
リィンは特に何もしていない悠を労いつつも、他の者に悟られないようさりげなく悠をその場から連れ去る。
その様子から、あまり知られたくないことなのだろうと悠も声のトーンを落として了承した。
「……どうした?」
「……これを見て」
リィンが連れて来たのは物陰に放置された大量の人の死体だった。
夥しい量の血に、鼻が曲がるような腐敗臭で悠はつい、えづいた。
しかし、後は地に還るのを待つばかりの彼らの服装をよく見ると、悠がよく見たことがあるようなそれだった。
「……これは」
「……君の世界の人たち?これ」
「あぁ。多分な」
悠は死体に向けて手を合わせると、そのうちの一体の服を捲り、服についてあるタグを拝見した。
悠の予想は的中し、タグに書いてあったのは『Made in China』だった。
「この世界にチャイナ、もしくは中国ってあるか?」
「ないわ。……もっとも、ここより東方のことはあまり詳しくないけど」
「そうか。この服に書いてたのは俺の世界の言葉だ。こいつらは俺たちの世界の住人で、無残にも殺されてる」
悠は手についた血を払い、もう一度彼らに冥福を祈った。
「それにしても、なんでこんなところに死体が積まれてるんだ?わざわざ捨てるにしても、奴らからすればこんなところに放置するよりも燃やしてエネルギーにでも変えた方が効率がいい。しかもこの鮮度的に、こいつらはつい最近まで生きてたはずだ。まるでここに捨てるために殺したような……」
「見せしめ?それにしては目立たない場所すぎるけど……」
「この世界では、こういうことをするのになにか意味があるのか?」
「ない……はずだけど。でも、最近こういうこと多いの。これでもう五回目。毎回地点を変えて同じような山が出来てるけど、なにか理由があるのかしら……」
「こんな旨味のない場所に捨てても利点はないだろうに。なんの意味があるんだ」
「……詳しく調査が必要ね。それと、このことは他言無用で。勝利に水を差すようなことはしたくない」
あくまで水面下で処理するのだというリィン。
それには悠もおおむね同意だった。
何故なら、これはただ『死体が積まれている』だけに止まっているからである。
ここになんらかのファクターが加わったならば、全力で阻止すべき案件になっただろうが、あいにくそういうわけでない。
「何かのメッセージと捉えるのが自然かも」
「そうかもな。もっとも、それすらわからないけどな」
「帰って少し調べてみる。それじゃあ、帰りましょうか」
リィンは死体と山を一瞥した後、踵を返して部隊の方へと戻っていく。
悠もそれに合わせて帰ろうとするも、最後にもう一度同郷の者に手を合わせ、仇を討つことを心に誓い、リィンの後を追った。
やかてリィンはニジルに乗り、いつものトーンで全隊に命令を下す。
「帰還よ。背後に気をつけてね」
その口調からは先ほどまでの疑念も困惑も感じられず、隠し事が上手いやつだと苦笑した。
そしてリィンの号令と共に兵達は帰還を開始し、とんでもない量の土煙を立ててその場を後にする。
皆の顔は生き生きとしており、勝利という二文字を噛み締めていた。
――その時、兵の一番最後を歩いていていた者が地に落ちている何かに気がついた。
「ん……?」
その者は一人道を外れ、ニジルを降りてその何かを拾い上げる。
それは、その兵が今まで見たことのないように精巧なフォルム、更に鮮やかな色をしていた。
そして、それは何より剣にも勝るほどの硬度を誇っていた。
その近くにもう一つの塊、そちらも同様に色鮮やかで、かなりの硬度を持っていた。
兵はそれを何かに使えないか、と判断し、自らの懐にしまって、先に行ってしまった隊を急いで追いかけた。




