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プロローグ

 瓦礫と埃で彩られた灰色の街に埋もれているのは阿鼻叫喚の生き地獄。



 空を黒く覆う曇天は人々の心に重くのしかかり、止むことなき叫声を作り出している。



 白くフェードアウトした人間の意識の中にあるのは、誰も彼も救済を求めた剥き出しの欲望。



 獣のように変貌し、変わり果てたその瞳の奥には底知れぬ恐怖が刻み込まれており、お世辞にもそれらが生きている、健全な人間だとは言い難かった。



 それはまさに、地獄のような景色だった。



 子供は天を仰いで叫び、大人は汚くとも生きながらえようと他人を蹴落としてまで自分の安全を確保する。



 その中に人間らしいと言えるものは何人ほどいるだろうか。



 集団知性は著しく低下し、理性の欠片も認められない、地獄。



 崩壊した家屋の前にはそれぞれの家族というコミュニティが、避難もせずにこの家は自分のものだと主張している。



 皆一様に恐怖しているのだ。



 彼らは知っているのだ。



 自身の家だった瓦礫の下に埋まっている、取り出し不可能な預金通帳や金銭的なもの。



 それらが、悪辣な輩に奪われることを危惧しているのだ。



 自分たちが番をしていないと、なんらかの方法でそれらが盗み取られることを知っているのだ。



 人が人を信頼することをやめた故に、疑心暗鬼になった彼らはそこから動くことが出来ないのだ。



 そこから動くと何が起こるかわからない、と思い込んでいる人々は飲食物に飢えていて皆死んだ目をしており、それらを対象とした、札束と 小さなパンを持った者がそれを売り歩いていたが、その目はどこか虚ろで、大金を手にしている者とは思えないような存在の希薄さだった。



 金はあっても、全てを失ってしまった男がその者だった。



 何故こんなことになってしまったのか。



 誰もがの頭の中に浮かんでいるその言葉の中には、ただ一つの共通のワードがあった。



 それは『ドミネーター』と呼ばれる集団組織。



 この惨状の原因を作った張本人たちである。



 悪逆の限りを尽くす彼らな目的は、これでもかというほどシンプルな『世界征服』。



 全てを破壊し、全てを支配するという幼稚ながらそれができる力を持っている者にとっては最も簡単な方法を行使するのがドミネーターという組織。



 彼らは人類の叡智を遥かに超えたオーバーテクノロジーを行使し、自衛隊はまだしも、ドイツやアメリカ軍ですらゆうに敵わない戦力を有するドミネーターに人々はなす術なく蹂躙され尽くし、挙げ句の果てに住む場所のを隠すほどの惨事にまで及んでいた。



 有史以降未曾有の大絶滅、最大級の文明破壊が彼らの手によって実現していた。



 自体はクライマックス、あるいは終焉。



 彼らの侵略はもう最終段階にまで以降していた。

 だが。



 しかし。



 まだ。



 世界の未曾有の危機に、二人だけ、二人だけ対応出来るものがいた。



 人々は空を見上げ、響き渡る轟音に耳を傾けていた。



 その音だけが、彼の生存を伝える唯一の方法だったから。



 時々空に光る煌めきは赤と青、人々が勝利を信じるモノは、青だった。



 青い光は世界でただ二人のレジスタンスの片割れ、そして世界でただ一つ、ドミネーターのオーバーテクノロジーに対抗できる唯一の戦力だった。



 世界はもうすぐ終わりを告げようとしていた。



 しかし同時に、世界を救う最後のチャンスでもあった。



 現在瓦礫と埃の街で行われているのは、ドミネーターの首領とレジスタンスの最大戦力との一騎打ちだった。



 彼らが見つめる光の先には、この世界の命運が委ねられていた。



 赤の光と青の光は互いにぶつかりあっては離れ、火花を散らしてしのぎを削る。



 それは、遠目から見てもわかる『闘い』『殺し合い』。



 見ていて恐怖を誘う血で血を洗う決闘だが、誰よりも何よりも、本人たちが一番恐怖と殺意を混ぜた複雑な感情を抱いていた。



 彼らは互いに向かい合う。



 首領、ヴァン=ディーンの改造された肉体は既に血塗れでボロボロ。



 レジスタンス、斎賀悠さいがゆうを守る銀の機械鎧はあちこちが欠損し、視覚サポート及びメインカメラが搭載されている頭部マスクは既に役目を果たしておらず、無造作に放り捨てられている。



 更に、装甲を走る青い光はエネルギー切れ寸前を知らせる赤い光へと移行し、もう戦える時間が長くないことを悠に知らせる。



 同時にヴァンの肉体の一部が崩壊し、彼にも同様に終わりは近いことを告げる。



 これが最後だ、と感じた二人は一時体を休め、互いに口を開いた。



「……貴様と長く続く因縁もここまでか。いや、時間にしては長くないが、貴様との戦いの日々はそれこそ千年にも及ぶように感じていた」



「……そうだな。この一年は、俺の人生の中でも一番長い一年だった。この力を手に入れて、お前たちと戦って――」



「遂に、貴様は我をここまで追い詰めた」



「俺だけの力じゃダメだったさ。俺と、俺に力を預けてくれた先生がいなければ俺に勝ち目はなかった。組織の理念は一貫してても、てんでバラバラなお前たちじゃ俺たちに敵うはずもない」



「ク……ハハハハハハハ。それもそうだ。だが、勘違いするでない。我の部下達が互いを蹴落としあい統率をとろうとしないのは、ドミネーターには我一人がいれば十分だというまぎれもない事実があるからだ。事実、誰かの為に戦うなどと甘っちょろい考えをのたまう貴様はこの災害にも似た事態を防ぐことが出来ず、我一人にここまで手こずっている」



「でも、勝つのは俺だ」



「いいや、我だ」



 二人は最後に言葉を交わすと、互いに構えをとる。



「我の能力は既に全て剥がれ落ち、もう残っているのはこの肉体に宿る膂力のみだ」



「俺の追加装備、各種バレルは全部エネルギー切れ、備え付けの装備も全部壊れて、残ってるのは残り一発の特殊弾倉だけだ」



 ヴァンは全力の力を解放し、全身が筋肉で膨れ上がる。



 その姿は以前見たことがあった。



 一撃でビルを崩壊させるほどのパワーを誇る、ヴァンの最終形態だった。



 しかし、一度使えばエネルギーの消費が著しく、しばらく活動不能になる諸刃の剣。



 それを今出してきたということは、勝とうが負けようが、ここで勝負を終わらせようという気なのだろう。



 悠はそれに応えるため、腕部装甲の特殊弾倉の撃鉄を起こし、残量エネルギーを腕に集約させた。



 放つ一撃に全てを賭ける。



「我に真正面から向かってきた、理解者は貴様だけだった」



「俺が人生で本気で物事に取り組んだのはお前のことだけだった」



「だが、これで全てを終わらせよう」



「ああ、一年前から始まった因果もこれで――」

「「終わりだ!」」



 二人は同時に叫ぶと、持てる全てを力を活用して互いを屠るために飛びかかった。



 悠の腕部に装甲はエネルギーが漏れ出して紅く輝き、特殊弾倉を撃発して銀の装甲が更に加速する。



 ヴァンの肉体からは禍々しい煙があちこちから噴き出す。



 それでも止まるわけにはいかない二人は互いへまっすぐ、まっすぐ、全てを終わらせるためだけに向かい合った。



 そしてやがて二人の拳は交わりあい、強烈な爆発を伴って互いの体を破壊しあった。



 しかし、装甲に身を守られた悠、生身のヴァンでは防御力に差があった。



 辛うじて致命傷は避けた悠と、急所を貫かれたヴァン。



 勝敗は明白だった。



「……ククク。我の負けだ」



「……ヴァン」



「……貴様に勝ちたかった。が、貴様になら負けるのも悪くないと思ったのも事実だ。結局、世界を救いたいという思いの方が強かったのかもしれんな」



「……お前は……」



「……だが、これで悪が滅びたと思わぬことだ。悪というものは人の預かり知らぬ闇の奥底で発達するものだ。平和に浮かれないよう、精々気をつけることだな。フハハハハハハハハハ!」



 最後に、人間らしさの欠片を見せたヴァンだったが、悪人は悪人らしく、悪びれもせずにそれらしい捨て台詞を吐いて、爆散した。



 彼を貫いていた腕にはもう何も残っておらず、勝利の余韻もなく、ただぼうっと、ボロボロになった手の装甲を見つめるも、その瞳はどこか虚無を見ているようだった。



 戦いは勝利に終わったというのに、彼はどこか拭い去れない虚無感とまだ戦っているようだった。


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