仮初めのピースフル 1
その日は暖かで、誰もがの心を明るく普く照らしつける良き一日だった。
往来を闊歩する人々の表情は正気に溢れ、実に人間らしいものとなっている。
彼が歩く街はいまだに瓦礫まみれだが、これ以上酷くなることはないとわかっているがゆえに、視界に映る人々の顔は活気づいているように見えた。
ーーたかだか十七の少年が、ドミネーターの首領ヴァン=ディーンを倒してから、実に半年の時が経っていた。
その景色は、少年斎賀悠がその身で守った世界だった。
崩壊がもたらした深い傷はそうそう癒える訳ではない。だが、皆一様に強い気持ちを持ち、大人も子供も善人も悪人も一丸となって力を合わせ、世界を救済してくれた少年に報いようと全力で復興を開始した。
戦いが終わって半年、驚異的なスピードで世界の主要都市の復旧は進み、以前までとはいかないものの、戦いの傷を隠す程度には復旧は進んでいる。
戦争特需とでもいうのか。
皮肉なことに、ヴァンの起こした行動で世界は稀に見ない好景気へと傾いている。
職のなかった者も、引き続き働くものも誰もが働き、かつてないほど経済を回しているのだ。
働けばこれ以上ないほど金が貰える。
そのような好景気で働かない者などいないだろう。
そのような原因も相まって、都市機能の復興を始めとした生活の営みなども、まだまだながら飛躍的な復旧を遂げていた。
なにより、これまで虐げられてきた悪の根源がいなくなり、死に怯える必要がなくなったのだ。
人々の心は踊り、抑圧されていたぶん以前より活動的ともいえた。
そんな世界を見るのが、悠は好きだった。
悠はビルの屋上で、風に当たりながらぼんやりと街の風景を眺めていた。
しかし、彼の瞳に映る世界はどこか空っぽで、他ならぬ悠自身が一番勝利という実感を抱けていなかった。
誰もが喜び勇むこの世界で、彼一人だけがまだ戦い続けていた。
もっとも、敵はどこにもいない虚しいだけの戦いだが。
悠は描けていなかったのだ。戦いに勝利した後、敵を皆殺しにした後、自分は何をするのかという未来予想が。
その時、屋上に強い風が吹いた。
強風に髪が靡き、それに釣られる形で空を見上げたが、そこにはもうドミネーターの兵士も何も飛んではいない。
悠の中では、ドミネーターの存在は大きくなりすぎた。
最初こそ人々を守るため、平和を取り戻すためなどと綺麗事を夢見て戦っていたものの、後半になるにつれて敵を倒すために敵と戦っていた。
その思考はまるで、暴力で世界を支配しようとするドミネーターと相反するものの、本質的なところは似通った危険な考えだった。
そしてそれらが駆逐されたとき、ヴァン=ディーンを倒したとき、悠は最大の理解者を失ってしまった。
刑事が犯人を追い詰めるとき、犯人の思考に似てくることは稀にあることである。
暴力に暴力で応対した悠の思考は、ある意味ドミネーターの理念に通ずるところが出来てしまったのだ。
平和とはなんだ?
正義とはなんだ?
ここ半年、悠はそんなことばかり考えるようになっていた。
それを解決してくれるものは恐らくいない、と考えていた悠は一人自問自答を繰り返し、叫び続ける。
正義とはなんなのか、と。
誰も答えてはくれない、と悟った悠は体重を預けていた闌干から身を離し、踵を返して風通りのいい屋上から退出しようとした。
そのとき、悠の所持する専用通信機器、スマートフォンのような形をした機器、通称メモリデバイスを通じて何者からか連絡が入る。
といってもこのメモリデバイス、ドミネーターからの通信傍受を防ぐために特別に作られた、一般回線とは交わらない特殊なもののため、メモリデバイスを通じて連絡をとってくるのはただ一人しかいないのだが。
『やぁ、久しぶりだね斎賀君。今から私のところに来れるかい?』
メモリデバイスを通じて気だるげな女の声が聞こえる。
彼女の名は藍野沈希。
何を隠そう、俗にレジスタンスと呼ばれる二人組のうちの片割れ。
悠が戦闘要員だとするならば、彼女は頭脳担当。
悠の装甲や、メモリデバイスなど数々の作品で悠の戦闘を助けていた。
そもそも、彼女の存在なしでは世界の救済はありえない。
何故なら、ドミネーターに対する抵抗は、沈希が悠に声をかけたことから始まったのだから。
「なんの用ですか?」
『用がないのにわざわざメモリデバイスを通じて連絡するはずがないだろう。つまりそういうことだ。デッドノートに関することだ。さっさと来たまえよ』
沈希は要件すら伝えずに来い、とだけ促すと一方的に通信を切断した。
いつもながら突然で、なおかつ上からな物言いだと、悠は苦笑した。
しかし、彼女に恩がある悠は沈希の要求を無碍にすることはせず、死んだ目に活力を戻してビルから退出し、外に出た。
彼女の言うデッドノートとは、悠が大戦時に使っていた装甲の便宜上の名前である。
それに関わることだというのだから、また面倒ごとなのか、とため息をついた。
一瞬、急ぎの呼び出しだということでデッドノートを装着してしまいそうになったが、戦いが終わった後に課せられた制約を思い出して踏みとどまる。
悠はそのことを思い出しながら、走ってとある大学にある沈希の研究室へと向かう。
後にドミネーター事件と呼ばれるようになった先の戦いの後、悠と沈希は政府の招集を受け、デッドノート及びそれに準ずる装備の使用を制限された。
ドミネーターの技術と同じく、沈希のテクノロジーは現代技術を大きく上回っており、更に個人がそれほど強大な戦力を保有することを認められなかったのだ。
更に、非常時とはいえ日本で戦力を保有することは認められていない。
曲がりなりにも世界を救った今回は特例として認められたが、これからは政府の許可なしでデッドノート装備を使用することは固く禁じられたのだ。
それも当然かというものだった。
悠は沈希の科学力を自らの体をもってして骨の髄まで味わっている。
デッドノートを使えば、アメリカだろうが中国だろうがロシアだろうがドイツだろうが、単身乗り込んで遅れをとることはない。
それほど強力な兵器を、規制しない方がどうかしているというのが悠の考えだった。
それに関しては沈希も同意だったようで、更に自らが到達した叡智の一切をどこの誰にも提供をしないことを誓い立てていた。
彼女曰く、私のスポンサーになると名乗りを上げる者は後を絶たないが、そのような猿どもに私の技術を提供するなど原始人に銃の扱い方を教えるようなものだ、とのことらしい。
政府の高官の前で戯けたようにそれを口にした沈希には絶句したが、悠自身も概ね的を射た意見だと内心思っていた。
そのデッドノートに関することだというのだから、内心穏やかではなく沈希の研究所まで急いだ。




