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人格喪失者、それは記憶喪失を望んだ者  作者: 明進
第四章 平穏な日常、それは変化する力と心
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記憶六十一―解決、それは手を重ねる事―

 灰色の空が完全な闇に覆われ、けれど本来なら見える筈の星々の輝きを隠すかのように黒雲ばかりが顔を覗かせ、気付けばポツリ、ポツリと雨粒が降り注ぎ始めた。

 最初の内は濡れている事さえもどうでも良く感じたけれど、それでも生きている以上は自分の気持ちがどうあろうと肉体的な欲求が生じてしまい、やがて冬空の雨粒が齎す寒さに耐えきれなくなり、気付けば迷いの森を彷徨う中で偶然見つけた洞窟の中に身を潜めていた。

 自分がどれ程の時間を森の中で彷徨っていたのかもおぼろげにしか分からないし、ここが森の何処なのかなんて事も分からなかったが、これからどうすれば良いのかも分からないし、考える気にもならない。

 もう何もかもがどうでもいいとしか思えない程に自分の精神が病んでいるように思えて、自分がどれだけツァーイの事を好きだったのかを改めて突きつけられる気分だった。

 イラ自身も無自覚ではあるが、過剰なまでにツァーイに恩を返したいと言って無茶をしようとしているのは彼の本音であると同時に、役に立つから見放さないで一緒にいて欲しいというイラなりのアピールでもあった。

 それはこの世界(リーネド・ムンリ)で目覚めた際に、それ以前の記憶の全てを失っていたイラが最初に出会い、話し、心を通わせ、仲間として迎え入れられ、衣食住を与えてくれたツァーイの事をまるで雛鳥が親鳥をそうして認識しているように自分を守ってくれる存在だと刷り込んでいたから。

 だからこそ『必要でない=ツァーイに捨てられてしまう』と思ってしまったイラは、まるでこの世の終わりを迎えたかのように塞ぎ込んでしまった。

 それでも胸の内ではツァーイに対する愛情ばかりが湧き上がっていて、心は彼女の下へ、仲間の待つあの屋敷へと帰りたいと叫び続けている。

 もしかしたらツァーイが言っていた『イラは必要ない』という言葉は何かの間違いかも知れない。

 だってあれだけ優しかったツァーイが陰口のようにそんな事を言う筈がない。

 だから今すぐに戻ってツァーイ本人に確認をすれば、案外下らない誤解でしかなくって、僕がただ早とちりをしてしまったってだけの話で、何事もなかったように今まで通りの生活に戻れるかも知れない。

 そう考えても一度湧き上がってしまった疑念が完全に消えてはくれなかった。

 戻ってちゃんと話しをしたとして、ツァーイに面と向かってハッキリと「イラはもう必要ない」と告げられてしまうかも知れないと心の何処かがツァーイの事を疑ってしまっていた。

 そうなる可能性がないとは言い切れなくて、怖くて帰る事が出来なかった。

 だけど一番嫌なのは今の自分自身だ。

 ツァーイの下に戻る事も、ツァーイの下を去る事も選択出来ない自分がもどかしくて、けれどやっぱりどうする事も出来なくて、ただただ身動きが取れなくなってこうして閉じこもっている事しか出来ない。

 どうすれば良いのかも分からなくて、どうするのが良いのかも分からなくて、今までも自分の道を自分で決めていた筈なのに実はツァーイに全てを丸投げしていただけなのではないかと思えてくる。


「……っ、はっはっは……。本当に何も出来ないんだ……。」


 何がツァーイを守りたいだ。

 何がツァーイを助けたいだ。

 何がツァーイを支えたいだ。

 何がツァーイを好きだ。

 独りなった瞬間に何も出来ない木偶の坊じゃないか。

 その癖怒りに身も心も囚われて暴走して、大切な人さえ傷つけるんだから救いがないな。


 そんな風に心の中で苛ついて悪態をつく自分の声が聞こえた気がした。


「……こんなに役立たずじゃ、捨てられて当たり前だよな……。」


 体操座りをしたまま顔を埋めながら、雨粒に掻き消されてしまいそうなか細い声で呟いた。


『お前がどう思っていようが、仲間だの、絆だの、そんなもんは糞でしかねぇ! お前は俺らの同類だ! あいつらはお前を散々利用した挙句に、いつかお前を鬱陶しく思い、目障りだと感じ、やがてお前を裏切り、嘲笑い、見殺しにしようとするぞ!』

『何せお前は……ぐふっ、前の俺に似ているからな。だが、仲間でなくとも、俺達は同類だ。っ……やがてはお前も、俺と同じような末路を辿る事になるだろうよ。信じていた仲間に裏切られ、孤独な終わりを迎え、やがて、は……仲間、など不要、だと……自分だけが、世界、の全て……なの、だと、気付……』


 ふと【強欲のアワー】が戦いの中で告げた言葉が過る。

 違う。あいつが言った言葉なんて全部デタラメだ。

 そう思っても心の中で悪態をつく声が再び語りかけてきた。


 違わないさ。

 現にお前はこうして独りぼっちじゃないか。

 本当に大切に思われているのなら、何故誰も探しに来ないんだ?

 所詮はその程度の存在だったと思われていたってだけの話だ。

 他人の思いなんて分かったもんじゃない。

 どれだけ尊く美しい思いだとしても、言葉にした瞬間に嘘として疑うのが人間なんだからな。

 お前の思いがツァーイに伝わっていると何故言い切れる?

 ツァーイが真実の思いだけを口にしているとどうして信じられる?

 ツァーイだって本当は笑顔の裏側でお前の事を憎み、嫌い、煩い、いつか切り捨てようと、捨て駒にしてやろうと嘲笑っていたんじゃないのか?


(違う! 違う! 違う!)


 違わない。

 だってお前はツァーイの言う事をロクに聞かない悪い子だっただろ。

 ファングの街から逃げ出す時、怒りに身を任せて約束を破って魔法を使ったのは誰だ?

 タイガの森でフェアリと出会った時、ツァーイを危険に晒してまでファクトを助けたいと言い出したのは誰だ?

 雷毒の大蛇(カレントバジリスク)と戦った時に後方支援に徹するという言いつけを聞かず、前線に飛び出したのは誰だ?

 【強欲のアワー】と戦った時、憤怒に身を焦がし、指示に従わないばかりかツァーイを傷つけ、ファクトを見殺しにしようとしたのは誰だ?


(それは……そうだけど……。)


 本当は分かっているんだろ?

 俺(・)達(・)が簡単に変われる訳がないんだ。

 大切な人に恩返しをしようとした所でお前に出来るのは精々仇を返す事だけだ。

 もし今戻れたとしても、俺達の醜い本性が露わになれば今まで通りに接してくれる筈もない。

 いつかはまた孤独に逆戻りだ。

 牢獄同然の暗くて冷たい箱庭だけがお前の全てになり、誰もお前と心を繋げ、寄り添う事をしようとはしなくなる。

 最も大切な人に好意を伝える事さえしようとしないのだから、お前も誰かと心から繋がりたいとは思っていないんじゃないのか?


「……っ、何を言って…………。」


 悪態をつくこの声は、自分の負の感情や心の闇のようなものが作りだした幻聴の筈なのに、その声はどんどん大きく聞こえている気がして、更には呼応するかのように強い頭痛に襲われた。

 ただの偶然なのか、肉体的な不調に見舞われただけなのか、何が起きているのか全く分からない。

 でも頭が痛くて、痛くて、痛くて、割れそうな程に痛い。

 思わず両手で頭部を押さえつけたが、それで痛みが和らいだり少しでもマシになる訳ではない。

 まるで鉄骨で頭を殴られたように酷い痛みがガンガン鳴り響いて、目の前の視界さえハッキリとは見えなくなって、頭だけではなく胸からも痛みが生じ始める。

 苦しくて、辛くて、悲しくて、寂しくて、恐くて、寒くて、この世の全てを憎く思えて、怒りを周囲にぶつけたくなって、何もかもをぶち壊したいという強い衝動だけが自分の全てかと錯覚しそうになる。

 けれどその衝動も小さくなっていき、胸の奥が苦しくて、狂しくて、それでも愛情に飢えていて、誰かに必要とされたくて、けれどそんな機会は二度とないような気がして、だから諦めて、全部を投げ出して、ただただ、ひたすらに、永遠に絶望し続ける。


「これは……感情……? ……それとも記憶……なのか……っ……」


 頭と胸に生じた痛みとそこから流れて来る幾つもの強い負の感情に襲われ続けて、訳が分からなくなりそうで、自分(イラ)という存在を見失ってしまいそうになる。

 もしもこのまま負の感情の本流に流される事を受け入れたら記憶を取り戻せるかも知れない。

 僕がどこの誰なのか分かるかも知れない。

 だけど、記憶は思い出しちゃいけないような気がしていて……いや、ツァーイに捨てられた今となっては、記憶が戻ろうと戻るまいとどうでも――


 思い出すな!


 君はイラで居たいんだよね?


 悪態をつく声とは別の声が二つ聞こえた気がした。

 すると不思議な事に悪態をつく声が聞こえなくなった。

 けれど押し寄せて来る負の感情は止めどなく流れ続け、頭が割れるような痛みも、胸が締め付けられるような痛みも消えてはくれない。


(痛い……苦しい……嫌だ……助けて……)


 気が付けば大粒の涙を流し続けていた。

 雨粒や冬風の音と同化するように洞窟の外へと小さく流れていく泣き声はあまりにも小さな声で、イラ自身も今の今まで気が付いていなかった。

 僕はいつから泣いていたんだろう?

 そんな小さな疑問もすぐに負の感情に巻き込まれて流され、消えていく。

 苦しくて、辛くて、悲しくて、寂しくて、恐くて、寒くて、痛くて、痛くて、痛くて、無限に沸き上がり続ける負の感情が抑え切れなくて、涙となって溢れて零れ落ち続ける。


「っ……うっ……あ、あああああぁっ……あああああああっ!!」

(嫌だ……独りは嫌だ……。ツァーイ……ファクト……フェアリ……。)


 目の前が真っ暗になりそうで、冬の夜空が齎す肌寒い感覚と振り続ける雨粒の音以外の肉体的な全ての機能がシャットダウンされそうになる。

 それでも意識が完全に途絶えずに繋ぎ止められているのは、これまでに仲間が与えてくれた温もりがまだ残っているから。

 だけどその温もりさえも胸に抱いてしまった疑念が、扉越しに聞こえた『イラは必要ない』という言葉が、冷たく蝕んでいく。

 だからこのままでは遅かれ早かれ温もりを思い出せなくなる程に冷たい負の感情が心身を飲み込んで、記憶を取り戻してしまうのだろうか。

 そうなってしまったら僕はどうなってしまうのか。

 こんな嫌な感情ばかりが心を満たしてしまったら、【強欲のアワー】が『同類』と言っていた通り、あいつのように力を利己の為に躊躇なく振りかざして、誰かの事を傷つけてしまうのだろうか。

 そうしていつかはツァーイやファクト、フェアリの事も傷つけてしまうのだろうか。

 【強欲のアワー】と戦った時のように。


(嫌だ……。皆を……ツァーイを傷つけたくない……。誰か……助けて…………ツァーイ……。)


 分かっている。

 ツァーイが来てくれる訳がないって事位。

 ツァーイは『イラは必要ない』って言っていた。

 それが事実でも、誤解でも、話し合いもしないで飛び出してしまったのは僕だ。

 来てくれる訳がない。

 探してくれている訳がない。

 だってもうツァーイは独りじゃない。

 仲間がいて、村の人達からも受け入れられていて、彼女の旅の目的は全て果たされている。

 もう僕はツァーイにとって『唯一傍にいてくれる特別な仲間』などではなく、『大勢の中の一人』でしかないのだから。

 いても、いなくても、きっと何も変わらない……。

 それでも――それでも僕にはツァーイが必要だ。

 ツァーイにとって僕が用済みだったとしても、一切の過去を失った僕にとっての唯一の居場所がツァーイの傍だったのだから。

 だけどツァーイが必要としてくれないのなら、一緒にいる事を良しとしてくれないのなら、僕の存在が邪魔でしかないのなら、迷惑をかけたり傷つけたりするのは本意ではない訳で……やっぱりどうすれば良いのかが全く分からなくなってしまう。

 そうして思考停止に陥りかけ、痛みと負の感情だけを感じ続けていると――


「……イラ……どうしたの……?」


 ――突然聞こえてきた、誰よりも大切な人の声で僕の意識は現実に引き戻された。

 呼びかけられた事で埋めていた顔を反射的にそちらへと向けると、眩しい光源が存在していた。

 涙で視界がぼやけ、突然現れた光源によって焦点が定まらないのに、それが誰なのか分からない訳がなかった。

 空のように明るい蒼色の髪、海のように深く吸い込まれそうな程に蒼い瞳、それでいて水色のローブを身に着けている、その少女は――


「……ツァーイ……? どうして……」

「どうしてって、そんなのイラを探しに来たからに決まってるでしょ。」


 ――僕の一番大切な人で、一番会いたい人で、だけど今は会うのが一番恐い人だった。



 イラを探してずっと迷いの森の中を走り続けて来た。

 天気が悪い事もあって時間の感覚は分からなかったけれど、迷いの森へと入った時が夕暮れ時と思わしい時間だったのに対して、イラが見つからない内に周囲がすっかり夜の闇に覆われてしまった。

 それでも光属性の魔法を扱える私は、魔法で簡単な光源を作りだして暗闇の中での捜索を続行する事を選択した。

 これが一人旅をしていた頃なら急いで近場の街や村に向かうなり、ここまで暗くなる前に野宿の準備をしていただろうけどイラを見捨てる訳にもいかないので、私は迷いの森の中を走り続けた。

 四次元ポーチは持って来ているので傘を取り出す事も出来たけど、傘を使うと視界が狭まる上に森の中では彼方此方の木々の枝や蔦に絡まってしまう可能性もあるので取り出すのは諦めた。

 元より風邪や熱、病の類を発症した事がない身だ。多少の無茶は押し通せる筈だし、イラを失ってしまう事への恐怖が強すぎて自分の身を心配する余裕もありはしない。

 それでも季節が季節なので当然凍えそうな程に寒いし、指先も痛い程に冷たくなっている。

 普段なら炎属性の魔法で温まる事も出来るのだけど、この雨では魔法と言えども炎はすぐに掻き消されてしまうので、空気の寒さや冷えていく身体は我慢するしかなかった。

 そうして私が冷たい雨粒や冬風を気にもせずにイラを探し続け、どれ程の時間が経った時だろうか。

 突然雨粒や冬風の音に紛れて、別の音が聞こえた気がした。

 それはあまりにも小さな音で、だけどそれが空耳なんかじゃないという確かな確信が、自分でも分からないけれどあった。


(イラ……近くにいるの……?)


 私は言葉を発する手間さえ惜しんで音が聞こえてきた方向を探り当てようとして走り続ける。

 イラ、どこにいるの? お願いだからどこにもいかないで。

 ようやく掴んだ手がかりに期待と不安が交錯して、胸の内側を強く締め付ける。

 イラ、会いたいよ。きみがいないと寂しいし、寒いの。手を繋いで、抱きしめて、きみの温もりを感じたいよ。

 だから走って、走って、走り続けて――どれだけ走り続けたのかなんて分からないけれど、音に近づくに連れて聞こえて来る音の正体が誰かがすすり泣いている声だと気付いた。

 そして雨粒と冬風の大きな音に掻き消されてしまうそうな泣き声を聞き逃したりしないようにと走り続けて、そうして行きついた先は見覚えのない小さな洞窟。

 迷いの森の中にこんな場所があったなんて知らなかったから少しだけ驚いたけれど、泣き声は間違いなくその中から聞こえていた。

 私は注意をしながら慎重に洞窟の中へと歩みを進め、そうしてすぐに暗闇の中で泣いているイラを見つけた。

 ようやく見つけたイラの姿に僅かな安堵を覚えたのも束の間、普段の彼とは明らかに違う様子に不安と心配の感情が胸を満たし、強い動揺を覚える。

 まるで自分の殻に閉じこもるかのように丸まり、まるで悪夢にでもうなされているかのように両手で頭部を押さえつけている。

 俯いているから表情は見えないけど、大粒の涙と泣き声を際限なく零し続けている様子からただ事ではない事は明らかだ。


「……イラ……どうしたの……?」


 私が声をかけるとイラはビクッとしたように身体を震わせてから、ゆっくりと俯いていた視線をこちらへと向けた。

 その顔は涙でグチャグチャになっていて、以前にイラが泣き崩れていた時よりも酷い表情をしていた。


「……ツァーイ……? どうして……」

「どうしてって、そんなのイラを探しに来たからに決まってるでしょ。」


 イラの怯えるような呟き声に対して私は、いつも通りの言葉をかける。


「イラがいなくなったのが心配で、ずっと探していたの。一緒に帰ろう。」


 そう言いながら私は右手をイラへと差し出す。

 普段のイラならその手を掴んでくれたと思う。

 けれどイラは少しだけ顔を俯かせるだけで、私の手を掴もうとはしなかった。


「……っ、心配していた……? 探していた……? どうして本当の事を言ってくれないの……?」

「イラ……?」

「本当はもう用済みなんだろ! もう必要ないんだろ! 要らないならそう言ってよ!」


 依然として顔を俯かせて視線を合わせてくれないイラが悲痛に叫んだ。



 自分が何を考えているのか、どうしたいのか、何もかもが分からなくて、どうでも良いと思えてしまう。

 苦しくて、辛くて、悲しくて、寂しくて、恐くて、寒くて、痛くて、痛くて、痛くて、沸き上がり続ける負の感情と突然目の前に現れたツァーイの存在、そしてツァーイが告げていた「イラはもう必要ない」という言葉。

 様々な感情が絡み合って、ゴチャゴチャのグチャグチャに混ぜこぜになってしまって、どれが自分の感情なのか全く分からない。

 ツァーイに会いたかった筈なのに、ツァーイの下に戻りたかった筈なのに、面と向かって「イラはもう必要ない」と言われる事も、陰でそう思われる事も、恐くて、痛くて、辛くて、自分が何を考えているのか分からずに気が付けば唇から爆発寸前になっている負の感情が勝手に溢れ出て、自分が自分じゃないとさえ思える程に胸の奥底が不安定に感じられた。


「イラがいなくなったのが心配で、ずっと探していたの。一緒に帰ろう。」


 きっとそう言って差し出された彼女の手をとれば、もう少しだけ今まで通りに一緒の時間を過ごせるのかも知れない。

 普段の僕なら迷わず、疑わず、ただただ無邪気に信じてその手をとれたのかも知れない。


「……っ、心配していた……? 探していた……? どうして本当の事を言ってくれないの……?」

「イラ……?」

「本当はもう用済みなんだろ! もう必要ないんだろ! 要らないならそう言ってよ!」


 だけど今はその言葉を素直に信じきれなくて、胸の奥がモヤモヤしてしまっていて、気が付けば勝手に唇が否定の言葉をなぞらえていた。

 「イラはもう必要ない」その言葉が胸の奥に突き刺さって、抜けなくて、ずっとずっとモヤモヤしていて、苦しくて堪らない。

 どうしたらこのモヤモヤは晴れるのだろうか、どうしたらツァーイに普通に接する事が出来るのか、今までどんな風にツァーイと視線を重ねて言葉を交わしていたのか思い出せなくて、これが自分の意識なのかさえも確信を持てない。



 悲痛なイラの叫び声に、彼が私を拒絶しているという事実に、胸がズキズキと痛む。

 大切な人に、大好きな人からの拒絶は【蒼い疫病】として受けた糾弾が生温く思えてしまう程に、今までに感じてきたどんな痛みよりも痛かった。

 それでもイラの言い分からフェアリの推測通り勘違いをしていると確信ができたからこそ、私はどうにか平静を保つ事が出来る。

 イラが本気で私を嫌っている訳ではない筈で、イラは【蒼い疫病】だと蔑む人達とは違うのだと自分に言い聞かせて、胸の痛みに構ってる暇も余裕もないからとそこから目を逸らす。 

 イラが不安に思っているような事はなく、それがただの誤解だったと説明をしたらイラも戻って来てくれると思う。

 だけどイラは顔を俯かせて泣いていて、このままでは素直に話を聞いてくれるかどうかも分からない。

 そして長い間独りの時間を過ごしてきた私には、ややこしい駆け引きをするような真似はとてもじゃないけど出来はしない。

 そんな状況下で私に出来る事はたった一つだけ……私が本気でイラを必要としている事を伝えるだけ。


「用済みとか、必要じゃないとか、そんな風に思った事なんて一度もないよ。私にはイラが必要なんだから。」

「……っ、どうして嘘ばかり吐くの? ツァーイが「イラは必要ない」って言ったのに……!」

「それは誤解だよ。私はイラに嘘なんて――」

「言い訳なんて言わないでよ! ツァーイが僕の事を捨てようとしていたのに……!」


 私の言葉を遮るように叫びながら、俯いていた顔を上げるイラ。

 その表情はやはり涙でグチャグチャになっていて、彼の青い瞳がただただ静かに揺れていた。

 普段の優しくて穏やかな彼からは想像も出来ないその怒り方は、【強欲のアワー】戦で怒りに我を忘れて乱暴な戦い方をしていた紅目のイラとはまた違った印象で、むしろ怒っていると言うよりは悲しんでいるように感じた。

 そこまで彼を追い詰めてしまっているのはフェアリが推測していた通り、イラが私から必要とされなくなってしまったのだと勘違いをしている事が原因なのだろう。

 それだけ私の事を必要としてくれていたのだろうかと思うと嬉しくもあるけれど、今はイラにちゃんと事情を説明して誤解を解く事を優先しないといけない。


「言い訳なんかじゃない! 私があの時言った言葉は――」

「僕が分かっていないって思ってるの……? ツァーイだって本当は僕の事を役立たずだって思っていたんだろ!」

「イラ……? 何を言ってるの……? 私はそんな事を思ってなんかいないよ!」

「そうやって誤魔化せば気が付かないと思わないでよ! 僕だって自分でも分かってるんだ。君の言う事を聞かないし、君を傷つけたし、役に立てないし、僕なんて本当は必要ないんだ!」

「……っ……!」


 その時突然『パチンッ!』という音が鳴り響いた。


「そんな事を言わないでよっ……!」

「ツァー……イ……?」


 考えてそうした訳じゃなかった。

 気が付いた時には私は自分でも驚いてしまうような叫び声を上げながら、右手でイラの左頬を思いっきり叩いていた。


 私の大好きな人を貶めるような事を言わないで。

 ちゃんと話を聞いてよ。

 どうしてこんな事になる前にもっと早く想いを伝えようとしなかったのだろう。

 イラはいつだって私を助けてくれているのに、なんでそんな風に思っているの。

 イラだって色んな事を抱えていた筈なのに、私はイラに甘えてばかりでそれを見落としてしまっていたのかな。


 呆けた様子で虚ろな瞳を浮かべるイラを見て、何か声をかけないとと思いが急く。

 けれど沢山の感情や思考が次々に浮かび続けてきて何から話せば良いのかが纏まらない。

 危惧していた通りこのままではイラは大人しく話を聞いてくれない。

 だからまずはイラとちゃんと話をする方法を考えないといけない。

 つまらない誤解でイラを失いたくなんてないから。

 どうしたら話を聞いてくれるか考えて、なんて言葉をかけて上げれば良いのかを考える。

 そうして私はイラを繋ぎ止められるかも知れない言葉に思い当たって……なのにその言葉を本当に口にしてしまって良いのかと迷ってしまう。

 イラは私達の中で最も優しくて純粋だ。それこそ少し見かけよりも子供っぽい位で、だからこそ今回の誤解で思い詰めさせてしまった程に……。

 誰かが危険な目に合えば指示を無視して勝手に無茶をする事もあるけれど、そういった場面以外では嘘を吐いたりは絶対にしない。

 だから前に私としてくれた約(・)束(・)を持ち出せば耳を傾けてくれる可能性は高い。

 でもその言葉を持ち出してしまったら、それはこの先ずっとイラを縛る事にもなってしまうかも知れない。


「……ねぇイラ。約束……覚えてる?」

「やく……そく……。」


 それでも私はその言葉を口にする事を決めた。

 例えそれがイラを縛ってしまう呪いになってしまったとしても、それ以上に私がイラを失いたくないと思ってしまっているから。

 私は私が思っている以上にイラが好きで、好きで、大好きで、どうしようもない程にずっと一緒にいたいと想ってしまっていて、こんな形でまた大切なものがこの手から零れ落ちてしまう事に耐えられなかった。

 分かってる。

 それが私の身勝手なわがままだって事ぐらい。

 だけど、それでも、私はイラと一緒にいたい。


「お(・)願(・)い(・)、イラ。私とちゃんとお話をして。」


 それは故郷以外で初めて参加したお祭り――リべルスの末日の夜にイラが告げてくれた約束の言葉。

 『何かして欲しい事とか、必要な物とかあったら言ってよ。僕に出来る事なんて限られているかも知れないけど、ツァーイの為になら何でもするから。』

 『別に一つしかお願いをしちゃいけないって訳でもないし、何かあるなら全部言って欲しいんだけどなぁ。』

 言葉だけを切り取ってしまえば、それはまるで何も知らない子供のような無責任な言葉でしかないのかも知れない。

 けれどきっとイラは本気でそう言ってくれた。

 もし私が無理難題なお願いを押し付けてしまったとしても、沢山考えて、行動して、それで失敗したとしても諦めずに全力で挑み続けて……いつか本当に私のお願いを聞き入れてしまうのだと信じられた。

 だからこそ彼と対等でいたいと望んでいる私は、『お願い』という言葉を日常生活の中で不用意に使わないようにと気をつけていた。


「……っ……。」


 そうして気を付けながらも遂に口にしてしまったその言葉に、ある意味ではイラが自分自身に施した呪いでもある言葉に、イラはビクリと少しだけ身体を震わせる。

 返事こそないものの反応を示したイラの様子を確認した私は、続く言葉を一つずつ探しながら紡ぎ始めた。



 約束。お願い。うん。ツァーイの為なら何でもするって約束したし、恩返しをするって決めた時からずっとそのつもりだった。

 でもツァーイは僕を捨てたんだよ? 必要としてくれる限りは、ずっと一緒にいるよって言っていたのに。それでも必要じゃないって言っていた。

 だけど必要とされなくなったらお願いを聞かないとも言っていないよ。

 でも本当に信じて良いのか?

 まだ……恩返しは出来てないから……。


 悪態をつく声は謎の声と共に消え去っていた。

 けれど一度溢れ出した負の感情は簡単に治まってくれはしない。

 いつもの自分と負の感情によって形成された心の闇。

 二つの相反する意志が交錯してどうすれば良いのか分からない。

 頭が痛くて、気分が悪くて、今の自分が正常ではないと分かっていても攻め寄せ、溢れ出す負の感情とその衝動を抑え込む事が出来なかった。

 それでもそこへ差し込まれたツァーイとの約束とお願いという最優先すべき言葉が、一時的にせめぎ合っていたイラの思考を半ば強制的に全て沈静化させる事に成功した。


「あのね、イラ。私イラに伝えたい事が沢山あるの。……でもそうだね、まずはちゃんと誤解を解かないとね。」

「……ご、かい?」


 まるで言葉の意味を正しく理解しようとするかのように、唇が言葉を紡いでいく。


「うん。イラは私が『イラは必要ない』って言っていると思い込んでいるけれど、本当は違うの。」

「……嘘。だって扉の外で聞こえたんだ。ツァーイがそう言っていたんだ……。」


 虚ろな瞳からなおも大粒の涙が零れ落ち続ける。


「嘘じゃないよ。あの時私はこう言ったの……『もし、もしもだけどイラにとって私はもう必要ないのかもって思うと凄く怖い。』って。」

「……え? うそ、だって、そんなはずは……。」

「私ね、本当は旅をしていた時からずっと怖くて怯えていたの。私が【蒼い疫病】って呼ばれている事を打ち明けて、それでもイラが私と一緒にいたいって言ってくれたのに……なのにそれからもある日突然イラがいなくなっちゃうんじゃないかってずっと怖かったの。」


 目の前で海の色とも思える程に綺麗な水色の瞳が静かに揺れている。

 ずっと一緒にいたからこそ、その言葉にも瞳にも表情にも一点の曇りも存在していない事が分かる。

 だけど本当に自分は彼女の事を分かっているのかと不安になってしまう。

 ここで気を許したとして、彼女の言葉を素直に受け取ったとして、それが本心であるかどうかなんて確認のしようがないのだから。


「イラに嫌われて見捨てられるんじゃないか、イラが記憶を取り戻したらどこかに行っちゃうんじゃないか、戦いの中でイラを守れずに失ってしまうんじゃないかとか……そう考えちゃうと怖くて仕方がなかったの。」


 それでも目の前でゆっくりと、それでいて少しだけ震えながら言葉を紡いでいく彼女の姿が偽りだとは思えない。

 そう思いたくないだけかも知れない、そうやって自分にとって都合の良い解釈をしたいだけかも知れない。

 きっとそうだ。

 だって僕はツァーイに惚れてしまっているのだから。

 彼女の事が大好きで、でも彼女を傷つけてしまった僕には隣にいる資格なんてなくって、それでも傍にいたいと思ってしまって、彼女が欲しがっているのはただの仲間だって分かっているにも関わらず愚かにも彼女の優しさや仲間としての好意を愛情だと錯覚しそうになって、己を律して、それでもどこか期待してしまっていて……だから少しでも自分にとって都合の良い解釈をしてしまっているだけだ。

 本当にどこまでも愚かしくて、滑稽で、自分勝手な嫌な奴だと自虐するしかなかった。


「それにね、今はもうイラの方が私よりも強いでしょ? ちゃんと手合わせをした事はないけれど、少なくとも冒険者情報(ステータス)上での数値は私よりもきみの方が高くなっちゃっているし、旅で使える知識や技術も私が教えられる事は大体教えたつもりだから……だからイラがその気になって一人でどこかにふらっと旅立っちゃう日がきたら私にはそれを止められる理由がなくって、それでも私はイラと一緒にいたくて、……そんな風に考えていたらきみがまだ私を必要としてくれているのか、それとももう要らない存在なのかなって分からなくなって、怖くて、不安になっちゃったの……。」


 それでも彼女が震えながら寂しそうに笑いながらどこか必死そうに語り、訴え続ける姿を目にして、耳で聴いているだけで胸が強く痛む。


「……でも駄目だよね。私がこんな風に怖がって、不安になって、イラを誤解させちゃって、傷つけて、苦しませて……私がもっとしっかりしていればこんな事にもならなかったのに……。」


 ……違う。

 そんな顔をさせたい訳じゃないのに。

 君にはいつだって笑っていて欲しいのに。


「ごめんね、イラ。」


 そう言ってゆっくりと、それでいてしっかりと彼女は僕を抱きしめた。

 そうして触れられて、ようやく僕は彼女がここまで雨風に晒されてきた事に気付いた。

 雨風に晒されて濡れているのは僕も同じだけど、だからこそ彼女が雨具の類を何一つ使わずに肌も衣服も未だにびちゃびちゃに濡れていた。

 唯一彼女の身体や衣服を雨から守ろうとしていた防寒具を兼ねている水色のローブも、ぐっしょりと濡れてしまっていて下に着込んでいる衣服や肌を濡らしてしまっている辺り雨避け代わりにもならなかったのだろう。

 触れ合う肌から感じられる体温も普段より下がっていて、だからこそ彼女がなりふり構わずに僕を探してくれていた事に今更ながらに気付かされる。


「……本当に心配してくれていたの? ……本当に探していてくれたの?」

「うん。……ごめんね、私が頼りないせいで傷つけちゃって。イラにそんな顔をさせたくなかったのに、苦しませたり、悩ませたりもさせたくなかったのに。」

「っ、ぁ……本当に……本当にツァーイは僕が必要ないって言ってないの……? 思ってないの……?」

「うん。そんな事を言う事も、思う筈もないよ……。私にとってイラは特別なんだから。」


 雨風によって二人共体温は低下している筈なのに、こうして触れ合っていると安心出来る温もりは確かに感じられた。

 言葉を交わすだけで優しい気持ちが胸を満たしていく。

 やがてすぐに胸の奥からポカポカと暖かいものを感じていて、今の今まで溢れ出していた様々な負の感情はまるで雪が解けてしまったかのようにスッとどこかへと消えて行き、やがて感じられなくなっていた。

 それに伴って混戦状態から強制シャットダウンのように停止していた意識や思考がスッとクリアになっていくような感じがした。 


「……っ、ごめん……。僕の早とちりでまた迷惑をかけちゃって……。」

「ううん、良いんだよ。私の方こそごめんね。」


 そう言いながらツァーイは抱きしめる力を少しだけ強める。

 彼女のなすがままにギュっとされながら、僕はどうしてツァーイを拒絶してしまったのだろうかと後悔していた。

 ずっとずっとツァーイに捨てられる事を恐れていた。

 最初に目覚めた時から記憶喪失だった僕は、彼女の傍が世界の全てだった。

 拾ってくれて、旅に同行させてくれて、毎日美味しい食事を食べられて、野宿や宿屋などの寝る場所も確保出来て、衣服を揃える手伝いもしてくれて、生きる為の術や旅に必要な知識を沢山教えて貰った。

 何も無かった空っぽの僕に沢山のものを与えてくれた。

 少しでも恩返しをしたかった。

 いつまで一緒にいられるか分からなかったけれど、いつまでも一緒にいたいと思ってしまった。

 旅をしていた時も、旅を終えた今も、冒険者といういつ死に別れてもおかしくない生き方をし続けているからこそ、この日常がある日突然に終わってしまうかも知れないと心のどこかで怯えていた。

 彼女の幸せを望んで、その為ならどんな事でもする覚悟をしていた筈なのに、心のどこかでは彼女の隣にいるのが自分である事を望んでしまっていた。

 だからずっとずっと恐れていた。

 いつか役立たずだと、足手纏いだと、用済みだと、そうやって捨てられてしまう事を、必要とされなくなる事を、優しいツァーイがする筈ないと思っていても心の奥深くでは恐れ続けていた。

 そしてその隠していた恐怖心がツァーイの言葉の断片と結びついてしまって、恐れていた事が事実となってしまったのだと誤解をする原因となってしまった。

 そこまでは納得は出来ても、どうしてあれ程の負の感情が溢れ出してしまったのかが分からなかった。

 まるで自分の中に別の誰かがいて、その誰かさんが負の感情を煽り、肥大化させていたのではないかとすら思えてしまう。

 【強欲のアワー】との戦いの最中でも暴走してしまって、自分の感情を制御する事が出来ずに衝動に身を任せてツァーイを傷つけてしまった。

 だとすれば負の感情の発生源と思わしき感情とも記憶とも判別の付かなかったあれこそが、やはり記憶を失う前の自分自身の本質だったのだろうか。

 もしかしたら記憶を失う前の僕はあまり良い人ではなかったのかも知れないと思うと、尚更ツァーイと一緒にいても良いのかと不安になる。

 また僕が僕じゃなくなったようになってしまって、ツァーイに迷惑をかけたり傷つけたりしてしまうのではないかと思うと凄く怖い。


「ねぇイラ。……帰って来てくれるよね……?」


 それでも結局はツァーイの傍が一番暖かくて、居心地がよくて、優しい気持ちになれるから……もう少しだけ、もうちょっとだけと自分自身に言い訳をしながら彼女の優しさに甘えたくなってしまう。

 本当はもう少しとか、もうちょっととか、そんな程度で満足できる訳がないと分かっていて、本音を言ってしまえばこの時が、この関係が永遠に続いてくれれば良いのにと思ってしまっているのに。


「……うん。ツァーイがそれを望んでくれるのなら、許してくれるなら……これからも一緒にいたい。」

「良かったぁ。」


 まるで惜しむ様に一層ギュッと強く抱きしめたと思ったら、抱きしめていた手を放す代わりにスッと僕の隣に座りこんだ。

 そうしてツァーイはホッとしたように笑みを浮かべる。それはまるで初めて出会った時のように、何度見ても見惚れてしまう愛嬌のある笑い方で可愛らしい微笑みで、直視するのが少しだけ気恥ずかしく感じてしまう。

 けれどそこで僕はハッとしたようにツァーイに問いかけた。


「……ツァーイ? 帰るんじゃないの……?」


 流されるままになっているけれどツァーイは僕を連れ帰る為に来てくれた筈で、その目的が果たされたにも関わらず、まるで長居をするかのように座り込んだ事が疑問だったから。

 そんな僕の言葉に対してツァーイはまるで悪戯をするかのように首を少しだけ傾けながら微笑んだ。


「まだ雨も止んでくれそうにないし……って言うのは言い訳なんだけどね、イラとお話をしたい事があるの。……だからもう少しだけこうしていたくって……駄目かな?」

「ううん、ツァーイがそうしたいならそうするよ。」

「ありがとう。でもその前にまずは――」


 そう言ってツァーイは懐から四次元ポーチを取り出すと、そこから更に枝葉と石を取り出した。

 僕達から少しだけ離れた場所に枝葉をばらまいて、その周囲を取り囲むように石も配置する。


「火熾し(ファイア)!」


 最後に魔法で指先に弱々しい火を熾して枝葉を燃やせば、ツァーイお手製の即席焚火の完成だ。

 旅の中で何度もお世話になったものではあるけれど、フリーダ村に住み着いてからは野宿等の必要がなくなったので何だか少しだけ懐かしさを感じてしまう。


「これでよし……っと。……えっと、それじゃあどれから話そうかな。イラに伝えたい事とか、ちゃんとお話をしたい事とか、沢山あるのに……いざ話そうとしたら何から話せば良いのか分からなくなっちゃうなぁ……。」


 ツァーイが得意気に作った焚火の温もりを一緒に感じながら、僕達は互いの手と手を握り締めた。

 そんな中でツァーイは「あはは……」と困ったように笑い、僕も思わず釣られて一緒に苦笑する。

 やがて二人一緒に困ったような笑みを止めると同時に、ツァーイが「んー……」と言いながら少しずつ言葉を紡ぎ出す。


「……私ね、ずっとイラに言いたい事があったんだ。」

「ずっと……? それならいつでも言ってくれれば良かったのに。どうして今まで言ってくれなかったの?」

「……私がどう伝えたとしてもイラは恩返しの為だからって考えなしに自分の事を蔑ろにして、私にとって都合の良い答え方をしちゃう気がして……イラがそうしてくれる事を嬉しいって思っちゃう私がいるのも事実だけど、でもそれは嫌なの。……イラは私にとって大切な人だから、私が言った言葉がきみを縛り付けてしまうのなら、まだ言わなくても良いかな、もうしばらく今のままで良いかなって……そんな風に逃げて、今日までずっと言えなかった。」

「……そうだね。ツァーイが何を言うつもりだったのかは分からないけど、何を言われたとしても僕はツァーイが喜んでくれそうな言葉を返したと思う。それで君が喜んでくれるなら、それが一番だって思ってるから。」

「だよね。……イラがそんな風に思ってくれているのはすごく嬉しいけど、そんなイラに私はずっと甘えてしまっていたの。出会ってからずっと一緒にいてくれて、私を怖がったり嫌ったりしなくて、いつでもどこでもお話をしてくれるし、何より私の存在を肯定してくれる事が泣きたくなる程に嬉しくて。……だから私がイラにそうするだけじゃなくて、私としてはイラには自然体でいて欲しいって言うか……イラにも甘えて欲しいって言うか……。」

「その気持ちだけで十分だよ。それに十分ツァーイの優しさに甘えさせて貰っているよ。」

「本当に……?」


 そう言いながら真っ直ぐに見つめて来るツァーイの素顔に胸が痛む。

 別に嘘は吐いていないけど、意図的に話そうとせずに隠してしまっている事はあるから。

 だから普段ならそれ以上先の話はしないようにと自制していたけれど、ツァーイに迷惑をかけてしまったという自責の念と何よりも微笑みを絶やさないままに真剣な表情のツァーイの姿に、僕の口が少しだけ軽くなってしまう。


「……正直な事を言うとね、記憶を失っている影響なのかも知れないけど……自分の事なんてわりかしどうでもいいように思えてさ――」


 それは自分の生に対する執着や、自分本位な欲求があまり感じられない事。


「――ツァーイや皆と一緒にいられればそれだけで毎日楽しいし、僕が困ったり悩んだりしていたら皆助けてくれるし、美味しいご飯や暖かい布団、快適な暮らしとか生活面でも困っている事なんて無いから――」


 けれど欲が全くないと言われるとそういう訳ではなくて、ただ単に自分自身に関する欲が薄いだけであって、本当は――


「――……だからツァーイが幸せそうに笑っていてくれればそれだけで僕も幸せだって感じるし、ツァーイや皆を失う事がないように強くなれればそれで良いって思ってるんだよ。」

「……本当にそれだけで良いの?」


 きょとんとした様子でツァーイが問いかけ続ける。

 その言葉が確信や疑念のような感情からくる疑いではなく、どちらかと言えば心配や不安のような感情によるものだと言う事は表情で分かる。


「イラだってたまにはわがままを言っても良いんだよ……? 旅をしている間もそうだったけど、イラって欲しがる物は衣類が足りないからとか、もうちょっと強い武器が欲しいとか、本当に必要な物とか仕事に必要な物ばかりだったよね。後は珍しい食べ物を買ったりする位だし……。」

「……それだけでそれなりに満足しちゃってるからね。」

「むー……私だってイラの為に何かしたいよ。……イラが私の為に何でもするって言ってくれたように、私だってイラの為に出来る事は何だってして上げたいって思っているのに……。」

「……その言葉だけで本当に充分過ぎるぐらい嬉しいよ。」


 残念そうにするツァーイには悪いけど、これ以上本当の事を言う事は出来なかった。

 別に嘘を吐いている訳ではないけれど、本当はどうしようもない程に欲しいものが一つだけある。

 けれどツァーイに返しきれない恩が沢山ある僕が今以上を望んでしまうのはやっぱり欲張りだから。

 旅をしていた時は自分でも彼女への恩を返し切れたと思える日が来たら、それでいて彼女の後ろではなく隣や前を歩けるようになったら、いつか口にしても良いのかな……とか少しは考えてもいたけれど、恩を返す所か傷つけて、迷惑をかけてばかりの僕にその資格がある筈がなくて、彼女の前を歩ける力を得たと思ったらそれは自分の物ではない所か大勢の罪のない人達の屍と血の上に築かれていたものだった。

 彼女と出会ったばかりの頃、彼女の身の上を知って本当の意味で仲間になれた時、旅をしている最中に思い描いていた理想の自分に近づく所かどんどん遠ざかった場所に進んでしまっていて、そうでなくても僕は記憶喪失でどこの誰とも知らない骨の馬なのだ。

 それ故ツァーイに『好き』だと想いを打ち明ける事をせずに、それ以前から困らせないようにと意図的にツァーイを女性として扱うような言葉――例えば『可愛い』とか――は言わないように細心の注意をしてきた。


「……そっか。でも何かあったら私を頼って良いんだからね。私に話せないような事ならフェアリやファクトにでも良いから。」

「うん。分かってるよ。」

「本当かなー? イラは一人で抱えようとする事があるから心配だよ。今回の件だって私に非があるけど、それでも誰にも相談せずにこんな所で一人で泣いていたし……。」

「うっ……それは、その……これからは気を付けるよ。」

「……なら、良いんだけど。……少なくとも私はイラに頼られて迷惑とか思ったりしないし、寧ろ頼ってくれない方が寂しいって言うか……。」

「ツァーイ……ありがとう。」


 それでもどれだけ強い決意をしていたとしても、こうしていると時々想いを打ち明けても良いんじゃないかと自分の中の欲が囁いてくる。

 誰よりも大切な可愛い恩人、優しくて、笑顔が素敵で、二人きりでも仲間達と一緒でもどんな形でも良いからずっとずっと一緒にいたいって思ってしまっていて、もっと色んな表情を見てみたい、もっと沢山の言葉を交わしたい、そんな風に唯一にして最大級の欲望が胸の奥底から顔を覗かせてくる。

 もしこの想いを打ち明けたら――恋仲になりたいと告白したら――彼女はどんな顔でどんな言葉を返してくれるのか……例えば困り顔で「そういうのよく分からないから」と保留にされるのか、それとも申し訳なさそうに「ごめんなさい」と振られてしまうのか、或いは顔を赤らめながら嬉しそうに「私で良いなら」と了承してもらえるのか……なんて事も時には考えてしまっていた。

 無論そんなのは空想や妄想の類でしかなくって、実際に告白したいと思ってしまっても、しないように自分の感情を押し殺しながら気を付けている。

 ツァーイが必要としているのは仲間としてのイラだから。

 それにツァーイの事を好きだからこそ、彼女を傷つけてしまった僕にその資格はない。

 一度傷つけてしまったと言う事は二度三度とこの先も傷つけてしまう可能性があるという事で、その度にツァーイは許してくれるかも知れないけど、僕自身がそれを許せない。


「……そう言えば結局僕に言いたかった事って何なの?」

「えっと……それは……」

「まだ言えない事なら、いつか言えるようになるまで待つけど……。」

「……ううん……言うよ、ちゃんと言う。」


 そう言ってこちらを覗き込むように向けられたツァーイの視線は先程よりも真剣そうで、その表情は僅かに赤く染まって見えた。



 伝えなきゃ。

 私のイラに対する想いを、口にしてちゃんと伝えなきゃ。

 けれど心臓がバクバク、ドキドキと煩い位に鼓動が早まって落ち着かない。

 まるで口の中が乾ききって喉が枯れたかのように声の出し方が分からなくなる。

 だけどそれでも私はイラに伝えたい。

 もしここで「やっぱりまた今度にするよ。」と言ってもこれまで通りの関係は続くけど、それでもまた今日みたいにありもしない誤解をしたり、されたりで離れ離れになりかけてしまうかも知れない。

 そうでなくてもいつか冒険者という命懸けの仕事の中で死に別れたり、フェアリの言う通り他の女性に盗られたりする可能性はある。

 そうなってしまったら伝える事さえ出来なくなってしまう。

 だから伝えられる内に言わないと……言ってしまった事で振られてしまったり、もしかしたら今まで通りでさえいられなくなってしまうのかも知れないけど、それでも言わないまま終わってしまう方が怖いって事を知ってしまったから。


「私ね、イラが好きだよ。」


 その言葉を告げると同時に間違いなくこれまでの人生で最も顔が真っ赤になっているだろうと思ってしまう程に熱を感じた。

 その一方で胸の内側には様々な思いがその熱で爆発したかのように顔を覗かせる。

 言った……言っちゃった。振られたり、断られたらどうしよう。というかイラを困らせたりしたらどうしよう、また出て行くとか言わないよね? ううん、大丈夫。少なくとも仲間としては大切にされてるし、振られてもいなくなったりはしない筈……だよね。だけど……それでも……やっぱりイラとちゃんと繋がりたいし、繋がっていたい。イラの口から私が好きだって言われたい。

 これまで告げなかった想いを口にした事によって生じたのは数多くの期待と不安、そしてそれを上回る程の好意。

 それでも感情の波に流されないように気を付けながらイラを真っすぐに見つめ続け、言葉を重ね続ける。



 え……? 今ツァーイは何て言ったの……?

 別に聴こえなかった訳じゃないし、寧ろ焚火の燃える音と洞窟の外から聞こえてくる雨風の音程度ではこの静かな洞窟でツァーイの言葉を聴き零す事なんてある訳がなかった。

 でも……まさか……「好き」って言われるなんて思ってもみなくて、だからこそ逆に聞き間違えたのではないかと自分の耳を疑ってしまう。

 いや、だけど、一口に好きって言ってもその意味や種類は沢山ある訳で、例えば仲間として好きとか、リベルーチェ(ギルド)は家族みたいなものだし家族としての好きとか、そういう意味で言われた可能性もある訳で――


「こうしてイラの手を握っていると暖かくって、イラとお話しをするのも楽しいし、イラと一緒にいるだけで胸が優しい気持ちで溢れてきて、あぁ今すごく幸せだなぁ……ってそう思えるの。」


 ――違う。

 見た事がない程に顔を真っ赤に染めながら言葉を紡ぎ続けるツァーイの表情は普段から接している仲間としてのそれではなくて、フェアリが読んでいるような恋愛小説(旅の最中に一度だけ貸して貰った)のそれに登場する恋する乙女のもののよう――いや、ようにではなく、そうなんだとしか思えなかった。

 その表情や言葉から先の言葉が仲間や家族に対しての友愛や親愛によるものではなく、正真正銘の告白なのだと理解してしまう。

 大好きな少女からの突然の告白とそれに伴う見た事のない一面はとても魅力的で、何もしていないのにも関わらず戦いや鍛錬等で身体を動かしている時よりも心臓の鼓動が感じた事のない程に早くなり続け、それがとても落ち着かなくて、ドキドキして、心臓の音が妙に煩く聞こえる気がした。

 そんな正直な身体の反応に、ああ僕は本当にツァーイが好きなんだと、恋をしてしまっているのだと改めて自覚させられる。

 だけど……だからこそどうするのが一番正しい事なのか、分からなくなってしまう。

 僕はツァーイが好きで、ツァーイも僕を好きだと言ってくれた。

 本来なら僕もツァーイに対して本当の想いを口にして伝えて、それで恋人になるのが一番なのだとは思うし、そうしたいと思ってしまう程にとても魅力的な案だ。

 けれど僕は【強欲のアワー】との戦いで暴走してツァーイを傷つけた。

 頭の中が真っ赤に染められて怒りの衝動に身を任せて乱暴に突き飛ばしたり、押し倒して怒声を上げたりした。

 結果的にツァーイが【強欲のアワー】に攫われたり、殺されたりする事は防げたけど、だからと言って自分であの行動が正しかったなどと肯定する事は出来ないような許し難い行いをしてしまったのは事実だ。

 そんな僕が彼女の恋人になったとして、それが彼女の幸せになるのかと考えると正直不安がある。

 リべルスの末日のお祭りの夜、二人きりで過ごした時間の最中でツァーイに告げた『ツァーイをこれからもっと幸せにしてみせるから』という言葉に嘘や偽りはなく、それはまごう事なき本心から出た言葉だ。

 ツァーイを幸せにする為なら何でもしたいし、そうするつもりではあるけれど、あの時のように僕が僕でなくなってしまったら、この手がツァーイを再び傷つけてしまう可能性があるのもまた事実で……だからいつかツァーイが他の誰かに恋をして、愛して、結ばれる時が来るまでの間だけでも力になれれば良いと割り切って、彼女の幸せの為になら僕の恋心を彼女にぶつけてしまわないようにと決めた。

 ……でもだからと言ってここで断ったら、それは結局ツァーイを悲しませ、傷つけてしまう事にもなる。

 どうするのが一番正しいのか……分からない。


「……っ、どうして僕なの? 僕はツァーイを傷つけたり、困らせたり、面倒や手間をかけさせてばかりで――」


 二律背反の心情に答えが出ない以上、今ツァーイを直視したらきっと僕は後先考えずに絶対に二つ返事をしてしまうだろう。

 だから少しだけ目を背けて問いかけようとした言葉は――結局最後まで言わせてもらえなかった。


「それ以上は怒るよ。」


 気が付けばツァーイは握っていた手を放し、すぐさま両手で僕の両頬を抑え込んで目と目が合うように視線を強制させた。

 気恥ずかしいけれど振り解く気にはなれなくて、僕は大人しくする事しか出来なかった。


「ツァーイ……?」

「私の好きな人を悪く言うのはイラでも許さないから。」

「……ごめん。……でも本当にどうして僕なの? フェアリに唆されて何となく恋に興味があって手近にいたから……とかじゃないよね?」

「はぁ……そんな理由な訳ないでしょ。……確かにイラと出会うまでずっと一人だったから人肌恋しくないって言ったら嘘になるけど……。」


 「全く……言わなきゃ分からないの?」と続けて呟いたツァーイは呆れたようでいて、けれどどこか悪戯をするかのような笑みを浮かべる。


「私の事をちゃんとツァーイって名前で呼んでくれるし、声をかけたら言葉を返してくれる。私が手を握ったら握り返してくれて、私が【蒼い疫病】だと知っても一緒にいてくれる。私の事を独りぼっちにしないとか、味方でいてくれるとか、守ってくれるとか、幸せにしてみせるって言ってくれた事の全てが嬉しくて……こうして上げると本当に切りがない位、私はイラから暖かい気持ちや初めてを沢山貰っていて……だからイラとずっと一緒にいたいとか、イラを失いたくないとか、気付けばいつもそんな風に思っているよ。」

「でもそれ位の事はツァーイだって……ううん、それ以上に僕はツァーイから沢山の優しさを貰っているよ。」

「……だとしても、私にとっては【蒼い疫病】のせいで絶対に手に入らないものだと諦めていたものだから。……だから今もこうしてイラとお話をしたり、毎日一緒に食事を食べて仕事をしたり、同じ景色を見て隣を歩いて行けるって言うのは私にとっては全部が奇跡みたいなものなの。」


 ……もう、良いんじゃないか。

 顔を赤く染めながら照れ臭そうに言葉と想いを紡ぐツァーイの姿に、心の片隅でそう思ってしまった。

 僕がツァーイに恋慕の念を抱きながらも、その感情を出来うる限り表に出さないようにしてきたのはツァーイを傷つけたくないからという理由も勿論あるけれど、そもそも最初はツァーイが仲間としての僕を必要としていたからで、純粋に仲間を欲していた彼女に恋愛感情をぶつけて困らせたくなかったからだ。

 そのツァーイ当人が僕の事を好きだと言ってくれるのなら、恋仲になる事を望んでくれるのなら、自分の感情を押し殺し続ける意味もないのではないか。

 もしもツァーイの家族や故郷が滅ぶ事なく健在だったのなら、今頃彼女は故郷のアイラ村で両親に愛されながら普通の日常を享受して幸福な暮らしを送っていたのだろう。

 そして村にいたという友達、或いは同年代の男の子の誰かに恋心を抱いていたとしても何らおかしくはない年頃で、そんな普通の村娘としての日々が確かにあった筈なのだ。

 けれど《サイス》という理不尽に奪い尽くされたその日々が訪れる事は絶対になく、たった一つの凶病によってツァーイは大きく人生を狂わせられた。

 愛する家族や友達、故郷の全てを奪われ、挙句には【蒼い疫病】というレッテルを貼られて人々から忌み嫌われるようになってしまう。

 そんな普通ならやさぐれてもおかしくないような日々を送りながら、それでも優しいままでいてくれたツァーイの本質はどこにでもいるような極々普通の十五歳の少女だ。

 僕やファクトやフェアリ、フリーダ村の人達の前で笑顔を絶やさないようにしているけれど、故郷やそれに纏わる昔の話をする時にツァーイの瞳は悲しそうにどこか遠くを見ているような気がして、大切なものを沢山喪失してきた悲しみが完全には癒えていない事を僕は知っている。

 それでもツァーイの痛みを少しでも癒したいと思い続けていた。

 顔を曇らせたりしたくなくって、少しでも笑っていてほしくて、助けたい、支えたい、力になりたい、守りたい、幸せにしてあげたいって思い続けてきた。

 少しずつ積もり続けたそれらの思いが命の恩人に対する感謝や恩義のようなものだけではなく、恋心や恋愛感情も含んでいると気づいてからも僕が言い寄る事でツァーイに不快感を与えたり、そうでなくても困らせるような事をしたくなくて、蓋をして見て見ぬふりをし続けてきた。

 いつの日かツァーイが誰かに恋をしたとして、その誰かがツァーイを本当に大切にしてくれるのなら……それが一番だと諦めていた。

 だって僕はツァーイに拾われて、助けられた身だ。

 だからそんな僕が彼女を欲しがってしまうのはわがままで、欲深い事だと思っていた。

 そうしている内に僕は彼女を傷つけてしまって、一緒にいたらいけないと思って、それでも一緒にいて欲しいと言ってくれて……今日だって誤解をして勝手に飛び出した僕を連れ戻しに来てくれた。

 だからこそ彼女が恋をして、愛し合って、結ばれる相手は僕じゃない他の誰かになると思っていた。

 そう考えてしまう程に胸が苦しくなって、痛くって、でもやっぱりこの想いをツァーイにぶつけてしまうのは僕のわがままでしかないって諦めようとしていた。

 だけど今のツァーイは僕を必要としてくれている。

 好きだと愛情を向けてくれているし、失いたくないと存在を惜しんでくれている。

 それは僕の中でどこか欠けていたもの。

 僕はツァーイの事が大好きで、それとは意味が少し違うけれど勿論ファクトやフェアリの事も大切に思えている。

 けれどその感情を自分自身に向ける事は出来なかった。

 僕は僕の存在を認識しているし、意味もなく死にたいとは思っていない。

 ツァーイと出会って旅をしていた時も、フリーダ村に住み着いた今も、いつだって生活に不満はなかったし、深くは考えていなかったけれど今しばらくはこのままの生活が続くものだと思っていたし、そうなってくれる事を期待すらしている。

 それでも自分の存在をどこか軽く見てしまっていて、自分の命をどこか安く思っている。

 それは記憶を失ってしまった事で『イラ』という存在のどこからどこまでが僕自身なのかが分からずに、少しだけフワフワしてしまっているせいなのかも知れないし、或いは記憶を失う前からこうだっただけという話かも知れない。

 そんな訳で僕は自分で自分の事を愛せないし、死ぬ必要性があるのなら――例えばそうしなければ仲間の誰かが死んでしまう状況に追い込まれたら――きっと僕は簡単に自分の命を投げ出してしまうだろう。

 だからこそ僕の代わりにツァーイが僕に対して、そういった感情を抱いて言葉を向けてくれていたのだと嬉しく思えてしまう。


「……だから私はイラの事が好きで……その……イラが良ければだけど……ちゃんと付き合いたいって思っていて……」


 こちらを真っ直ぐに見つめながらも落ち着かない様子で何度も視線を左右や下に逸らし、それでもその度に視線を合わせようとしながらツァーイは言葉を紡ぎ続ける。


「……えっとね、イラ。……イラは私の事をどう思ってる?」


 そんな様子のツァーイに心臓の音がバクバクと大きく煩く鳴り響き続ける。

 手先に震えさえ感じるし、緊張で喉もカラカラになりそうだ。

 そんな状態でも思考は正常――なのかは分からないけれど、とにかく動いてくれている。

 今更ながらにツァーイの顔が近いとか、まだ僕の顔を掴んで離さないツァーイの両手も僕の手先と同じで震えているんだなとか、緊張のあまりに余計な事も考えてしまっているけど。

 それでも今一番に考えるべき事――即ちツァーイへの返答についても思考する事が出来ている。

 ずっとずっとツァーイの事が好きだった。

 人として、恩人として、仲間として、女性として。

 一緒にいればいる程に彼女の事を好きになり続けた。

 だからこそ彼女に劣り、彼女を傷つけた自分にはその資格がないと諦めようとして、何度も自分の想いを押し殺そうとしてきた。

 ……だけど今、ツァーイが幸せになる為に僕を必要としてくれている。

 ツァーイもそれを望んでくれるのなら、僕がツァーイを幸せにしてあげられるのなら、もう少しだけ……後一つだけ……わがままを言っても良いのかな……。

 それに何よりもツァーイは今までに沢山辛い思いをし続けてきた。

 何も悪い事をしていない、それ所か優しい彼女は幸せになるべきだし、その恋心が成就しない……なんて事があってはならないし、ここで僕が先々の不安を優先してツァーイを振ってしまえば結局彼女を傷つけてしまう事にもなる。

 もしかしたら今後【強欲のアワー】との戦いで怒りに呑まれて暴走したような事態にはならないかも知れないし、なったとしても次はツァーイを傷つけないように自分自身の衝動を律する事が出来れば良いだけだ。

 勿論そんなのは確証のない理想論で、そんな風に全てが上手くいってくれるなんて楽観視は出来ない。

 ……だけど僕が隣にいる事を望んでくれるのなら、そうする事で少しでも彼女の悲しみを埋めたり、幸福感や安心感を与えたり、笑顔にする事が出来るのなら――


「……僕もずっと……ずっとずっと前からツァーイが好きだよ。」


 ――僕も覚悟を決めよう。

 そう考えたのが先か、それとも口走った後なのか。

 どちらとも分からないけれど、気が付けば僕はこれまで言わないようにしていた本心を口にしてしまっていた。

 けれど今までは何があっても口にしないようにしていたツァーイへの愛情や恋慕と言った感情は、一度口にした途端に歯止めが利かなくなったかのように溢れて零れ続ける。

 もう自分の想いを押し殺したり偽ったりするのは止めて、自分の中にある得体の知れない力と衝動を恐れる事も止めにして、ツァーイを幸せにする事だけを考えていこう。

 まるでそんな風にしか考えられなくなったんじゃないかと思える程に頭の中や胸の内側がツァーイの事で一杯一杯になる。

 今の自分がどんな顔をしているのかなんて分からないし、意識して表情を変える余裕もないけれど、とにかく顔がツァーイと同じように真っ赤になっているという事だけは身体の熱が教えてくれる。


「……っ……本当に?」

「……うん。」

「恩返しとか、そういうのじゃないんだよね……?」

「うん。ちゃんと、その……惚れてるよ。」


 いざ口にしようとすると喉が詰まったように言葉が簡単には出て来てくれなかったけど、それでも何とか言いたかった言葉を取り出して告げる。

 するとツァーイの顔は先程よりも更に赤みを帯びていき、驚いたような表情を浮かべたかと思えば氷が溶けるかのようにすぐさま見た事がない位に頬を緩ませながら「そっか……そっか……。」と笑みを浮かべながら僅かに涙を流していた。

 ツァーイを泣かせたくはないけれど、見るからに嬉しそうな様子に嬉し涙なら良いかと割り切って、釣られて一緒に笑みを浮かべた僕もなんだか照れ臭くなってしまって身体の熱が上がっていった。


「……じゃあ、その……もう一回だけす、好き……って言って欲しいな。」

「う、うん。……ツァーイ、す……大好きだよ。」

「っ……あ、ありがとう。わ、私もイラが大好きだよ。」


 そう言いながらツァーイは僕の顔を掴んでいた手を放してギュウと僕を抱き寄せて、言葉を紡ぎ続ける。


「何だか幸せすぎて、少し怖いなぁ。これが夢だったりしたらどうしよう……。」


 まるで耳元で囁くように……いや、身体が密着している影響で本当に耳元からツァーイの声が聞こえてくるし、手先の震えや喉のカラカラとした感じも戻ってくれないし、心臓もドキドキとバクバクと煩くって何かもう色々と平常心とは程遠い感じになり続けていく。

 それでも黙っている訳にはいかないから、何とか喉の奥から言葉を取り出して口にする。


「……そうだね。目が覚めたらベッドの上だったら嫌だなぁ。」


 僕がそう言うとツァーイは「ふふっ」と笑いながら「だよね。」と頷いてくれた。


「……ねぇ聞いても良いかな?」

「うん。何でも良いよ。」

「えっとね……さっき言ってくれたでしょ? ……その、ずっと前から好きだよって。……い、いつからそう思っていてくれていたの……?」


 名残惜しそうに抱き寄せるのを止めて、再び僕の顔を覗き込みながらきょとんとした様子で問いかけるツァーイ。

 今度は顔を掴もうとはしなかったけれど、自分で言った言葉でより一層に顔を赤く染めながら真っ直ぐ見つめて来るその様子が普段よりも更に可愛らしく思えてならなかった。

 こういうのを惚れ直す……とか言うのだろうか。いや、惚れ直すも何もずっと惚れっぱなしなんだけどさ。


「うーん……きっかけは色々あったけど、最初から一目惚れだったと思うよ。」

「へぇ……そっかそっか……って、えっ……なっ……ひ、一目惚れ!? 嘘でしょ!?」


 納得したようにうんうんと頷いていたかと思えば、コロコロと表情を変えながら真っ赤な顔で驚いた様子になったツァーイは抗議の声を上げ始めた。


「嘘じゃないよ。」

「だ、だって今までずっとイラは私に対してそんな素振りを見せてくれなかったのに!」

「これでもバレないようにするの大変だったんだよ?」


 寝惚けていた事もあって最初に出会った時に「――天使……?」とか言っちゃったし、事実第一印象は天使と見間違える程に可愛い女の子だなって感じだった。

 空のような蒼色の髪はとても綺麗な色で風が吹くとサラサラとした揺れていて、触れたり撫でたり出来たら柔らかそうだなとか考えてしまう事もあった。

 海のような瞳の色は見ているだけで吸い込まれそうになって、時々ツァーイに見つめられると目が離せなくって、少しドキドキして、でもそれがどこか心地良かった。

 初めてツァーイが泣いているのを見た時は胸の奥が落ち着かなくなって、どうすれば良いのか分からなくて、何もして上げられなかったのが悔しかった。

 衣服の調達をしに行った時はちょっとだけ驚いてしまったけれど、楽しそうに笑っているツァーイの姿を見られて嬉しかった。

 始めて魔法を使った時に魔力の枯渇で意識を失った際に心配してくれた事に対して申し訳なさはあったけれど、心のどこかで心配してくれた事を喜んでしまっていた。

 ツァーイが【蒼い疫病】だと糾弾された時は不愉快な痛みを感じたし、今にして思えばあの時も怒りで多少枷(・)が外れていたような気がする。

 ツァーイが昔の事を隠さずに話してくれてからは恩人として以上に、この極々普通の女の子を守れるようになりたいと思うようになっていた。勿論恩返しをしたいというのも本心ではあるけれど、それ以上にツァーイを放っておけなかったし、放っておきたくなかった。

 初対面の時は可愛い女の子というだけだった筈なのに、気が付けばツァーイの事が本気で好きになっていて、昨日よりも今日、今日よりも明日、毎日少しずつツァーイの事が好きになり続けていた。

 一緒にいる時間が増えるに連れて色んな表情を見て、優しさに触れて、少しずつ惹かれて、まだ一緒にいたい、もっと一緒にいたい、ずっと一緒にいたい。そんな風にツァーイに対する感情がどんどん大きくなり続ける。

 そんな風に隠しておく必要がなくなった胸中を吐露し続けていると、ツァーイが「なっ……なっ……なっ……」と真っ赤な顔で言葉にならない言葉を口にする……と言うよりは口をパクパクさせていた。


「ツァーイ……?」

「て、天使ってそういう意味だったの……!? それにか、可愛いって最初から思って……っ……! な、何で今まで一度も言ってくれなかったの……!」


 しばらく口をパクパクさせていたツァーイは、やがて抗議の声を強めるように頬を膨らませてむすっとした表情をしながら面と向かってそう言った。


「言ったらツァーイを困らせちゃうって思って……今までツァーイが僕を必要としてくれたのは仲間としてだったから……。」

「それは……そうだけど、でもだからって――」

「だから僕がツァーイの事を好きなんだって意識してからは特に口や顔に出さないようにって気を付けていたつもりなんだけど……ファクトやフェアリにはバレてたみたい。」


 数時間前にファクトに指摘された事、それがフェアリの差し金であるという言質を取れた事を思い出しながら観念したように今まで隠していた事を白状し始める。


「……本当はさ、ツァーイに言うつもりはなかったんだ。」

「――ぇ……?」

「自分の気持ちに気づいたばかりの時はね、いつかツァーイに追いつけたら告白しようかなとも考えていたんだ。……でも僕は君を傷つけて……手に入れた力も望んでいた形とは違くて、このまま一緒にいても良いのか不安で……何よりもツァーイから貰ってばかりの僕がこれ以上欲しがるなんてやっぱりわがまま……だから、諦めようとしていたんだ。隣じゃなくても傍にいられるのなら、それだけで良いんだって。」

「イラ、まだあの時の事を気にしているの……?」

「……うん。気にしないとか、忘れるとか、出来そうにないんだ。……あの時は頭の中が真っ赤になって、衝動を抑え切れなくって、本当になんであんな事をしちゃったのか分からなくって……なのに、きみを突き飛ばしたり、酷い事を言ったりした感覚だけは鮮明で……。いつかまたああなるかも知れない、次は傷つけるだけじゃ済まないかも知れないってそんな風に考えると怖いんだ。……ツァーイを傷つけるような事なんてしたくないのに……。」


 【強欲のアワー】との戦いで怒りの衝動に呑まれて暴走をしてしまい、ツァーイを傷つけてしまった事への罪悪感がまるで粘着性の強い染みのように胸の内側にこびりついていて消えない痛みとなっている。

 あれから何度も考えた。

 朝も昼も夜も、特に一人になってしまうと罪悪感に押し潰されてしまいそうで……誰にも話せてはいないけど、あれ以来一人で寝付くのがすっかり苦手になってしまった位だ。

 これからもツァーイの傍にいる事で、この先もっと酷い事をしてしまうのではないかと思うと皆と別れた方が良いのではないかとも思ったけれど、ツァーイもファクトもフェアリも皆が一緒にいて良いのだと言ってくれるせいで離れようとしても離れたくなくなってしまう。

 いや、例えそうでなかったとしても、ついさっきまでツァーイに捨てられると勘違いをしていた時でさえ一人で迷いの森の外まで出て行く事が出来なかったのだから結局の所は何があってもツァーイの傍を離れたくはないし、離れられないのだろう。

 まるで駄々をこねてる子供みたいで情けなくなる。

 だけどそれだけツァーイの事が大好きって事なんだと思う。

 自分の存在を軽く感じている癖に、ツァーイの事になると簡単に感情が揺れ動いて、途端に落ち着かなくなってしまう。


「……良いよ。傷つけても。」


 僕の両手を包み込むようにツァーイは自分の両手で握りしめる。

 そうやって握られているだけで不安が小さくなっていくような温もりを感じられる。

 それでもあくまで小さくなるだけで、不安が完全に消えてなくなってはくれない。


「……ぇ? ツァーイ、何を言って――」

「全く、前にも言ったよね? 私はイラに傷つけられるよりも、イラを失う方が怖いんだって。」


 そう告げたツァーイの表情は先程までの緩んだり照れたりしたものではなく、熱の余韻を残してはいるものの真剣で真っ直ぐに見つめていた。


「約束するよ。この先イラが私を傷つけても、今日みたいな行き違いがあったとしても、喧嘩をする事になっても、私がイラを嫌いになる事だけは絶対にないから。」

「ツァーイ……。」

「だから私はこれからもずっとイラと一緒にいたいの。……それじゃあ駄目……かな……?」

「……本当に僕で良いの? ツァーイならもっと他に良い人を――」

「――何度も言わせないで。イラが良いし、きみじゃなきゃ駄目なの。」

「……後で後悔しても知らないよ?」

「後悔なんてしないよ。」


 僕の問いに対してツァーイは即答で答えてくれた。

 自己肯定の出来ない僕にとって、僕の存在を受け入れて肯定してくれるその言葉は泣きたくなる程に嬉しいものだ。

 胸の内側がキュッとざわついて、まるで頭の中がざわついているように何だか落ち着かない感覚に見舞われるような感じで、この温もりがあればそれだけで生きていけるような気さえする。


「だってイラは私にとっての勇者なんだから。」


 満面の笑みを浮かべてそう告げるツァーイの姿と言葉に、胸の鼓動が加速する。


「……絵本の勇者様はもう良いの?」


 それが何だか照れ臭くて、隠す訳じゃないけれど咄嗟に出た意地悪な言葉にツァーイが「うっ……それはそれ、これはこれだよっ!」と返す。

 ああ、本当にどうしてなんだろう。

 こうしてツァーイと言葉を重ねているだけで心が落ち着かなくて、暖かくて、楽しいや嬉しい、大好きって気持ちが沢山溢れ出してくる。

 一緒の時間を過ごせている事がこの上ない奇跡のようにすら思えるし、永遠にこの時が続いてくれれば良いのにとさえ考えてしまう。


「そっか。……じゃあ頑張らないとね。」

「……何を?」

「ツァーイに見限られないように、絵本の勇者様よりも強くならないと。」

「なっ……だから私はイラを見限ったりしないよ!」


 僕の言葉に対してツァーイが怒ったような、焦ったような表情を浮かべて抗議する。


「さっきから言ってるでしょ。私はイラと一緒にいたいの!」

「うん。……じゃあさ、この先何があっても僕の手を離さないでいてくれる?」


 何でそんな事を言ったのかは分からない。

 なにかを意識した訳じゃない。

 けれど何故か手を離される事が、手を掴もうとしても掴めなくなる事が、ただ漠然と恐ろしい事のような気がしてしまった。

 暴走の件もあるし、もしかしたらこの先僕がツァーイの手を放してしまう事だってあるのかも知れない。

 それでも今こうしてツァーイと一緒にいる事、手を握って貰えている事、好きなだけ話し合う事が出来る事……そんな当たり前がいつまで続けられるのか、考えてしまうと少しだけ怖くなってしまう。


「あ……いや、えっと……ずっと手を掴んでいて欲しいって事じゃなくって、隣にい続けて欲しいとか、そういう意味で……。」


 そんな咄嗟に出てしまった言葉がかなり欲張りで、わがままなものだと思い至ってしまって、急に恥ずかしくなって、慌ててしまうけれど、取り繕う事さえままならなかった。


「ふふっ。分かってるよ。」


 だけどそんな僕を見てツァーイはクスクスと愛嬌のある笑い声を上げてから、当たり前の事のように言った。


「私はイラを手放したりしないよ。……だからイラも私の手を離さないでよね。」


 いつも通りの眩い笑みを浮かべながらそう宣言した彼女の姿と言葉に胸が一杯になる。

 ああ、もう、本当に……ツァーイと一緒にいるとわがままになってしまう。

 恩返しをしないといけないのに、幸せにして上げたいのに……それなのにずっと一緒にいたいとか、もっと触れていたいとか、笑顔を見ていたいとか、そういった欲が、わがままが増えていく。

 自分で自分を愛する事も肯定する事も出来ないのに、ツァーイに対する感情だけは日に日に大きくなるばかりで、でも恋人になったからと言って何が変わるのか……なんて言うのはまだ具体的な想像もつかないけど、今すぐに何かが変わっても変わらなくてもツァーイと一緒なら大丈夫だと信じられる。

 もしかしたら僕はまた間違いを犯してしまうかも知れないけれど、こうしてツァーイと付き合う事が本当に正しい選択だったのか自信もないけれど、それでもツァーイが大切で、大好きで、幸せにして上げたいって想いだけは本当だ。

 だけどそれでもこの先何事もなくハッピーエンドになってくれる……なんて楽観視はもう出来ない。

 そんな僕の不安が的中して、次の戦いが起きるのはもう少しだけ後の話。

 お久しぶりです。

 気が付けば前回の投稿から約二月程経っていて、『記憶五十三』で言っていた第四章完結の目標からも大きく遅れてしまいました……。

 本当はどこかで分割して投稿しようかなと思ったんですが、今回の話は纏めて書き上げたかったのと単純に区切りの良い分割箇所がなかったので、結局この二か月間はずっと今回の話を書いたり消したり書いたり修正したりという事を繰り返して、ようやく投稿出来るようになったと言う訳です。

 その影響もあって最近は一話一万字前後で区切っていたのに、今回は三万字とちょっとばかり長くなっています。

 さて、今回の話で第四章は完結となって次回からは第五章を書く予定です。

 ですが『記憶五十七』でも言った通り、書籍化を目指す為にもどこかのコンテストに今作『人格喪失者、それは記憶喪失を望んだ者』を投稿してみようと思っています。

 どこの出版社に出すかはこれから色々と調べてから決める予定ですが、どこにしてもコンテスト用に校正作業を行う必要があるので、またしばらくこちらでの更新は滞ってしまうかも知れないです……。

 校正作業が終わってコンテストへの投稿を終えるか、或いは校正作業の息抜きをしたくなったらこちらの更新を再開して第五章の執筆を始めるつもりではいますので、その時はまたよろしくお願いします。

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