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レテ川に記憶の欠片を沈めて  作者: なつ
第二章 その凶器は殺人者の手へ届けられた
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 2

 島のどの辺りか分からないが、少し開けたところに唐突にコンクリート打ちっぱなしの建物が姿を現した。と言っても、全然大きくなく、もし何も知らないものが偶然にこの場所に訪れたとしたら、この建物をなんと形容するだろうか。

 私なら「墓」、そう思うだろう。

 古川順也は伊崎園子に引きつられて連れてこられたその場所で、目の前の建物を前にして思う。あまりにも味気なく、無機質で、自分の背丈を少し越えるほどの大きさしか備えていない。入り口には南側を向き、透明度の低いガラス張りのドアが付いている。が、中がどうなっているのか、という興味もわかないだろう。せめて民族調、あるいは日本古来の家屋のような様相をしていれば興味を惹かれたかもしれない。

「こちらが入り口になります」

 園子はまずそれだけを告げると、そのガラス張りのドアの隣に立ち、そこに付けられたカードキーにカードを通す。すぐに小さな機械音が聞こえ、ドアが開く。

「すげぇ」

 古川直也がその様子を見ていて感嘆のため息をもらす。子どもの目からはそう見えるのかもしれない。だが、順也からするとすごいとは思えない。むしろ、危険だ。ただ一枚のカードキーでドアを開くことができるなら、セキュリティーとしてあまりに脆弱ではないだろうか。あるいは、それほど秘密ではないのかもしれない。それは順也の研究室を考えてみれば、一層よく分かる。もっとも彼の場合は研究室と言っても、むしろ資料室と言ったほうが近いだろうが。それに、他人に見られて困るような研究をしていないこともあり、どこにでもあるような鍵が掛かっているだけだ。資料が盗まれるようなことがあれば、それなりの痛手であるが、それほどの価値はない。

 ガラスのドアを抜けると、外から見た大きさほぼそのもののホールが広がっている。雰囲気もほとんど同じで、あまりに味気ない。壁もコンクリートそのものだ。せめて絵画を飾るぐらいの気配りがないのだろうか。部屋全体にしてもそうだ。いくらかの装飾品を並べれば、それなりに見られるスペースになるだろう。あまりにも退屈な空間を見ていると、立ちくらみでもしてしまいそうだ。順也は軽く頭を抑えると、立ちくらみがしないように気をつける。

「何もないね」

「うんうん」

 この建物までの間に後ろから聞こえていた話し声から、二人は知り合いではなかったようだが、すでに仲良くなった様子で日達瑠璃と笠倉岬が部屋を見渡している。その後ろから、二人のペアである久住照好と日比野重三が、それぞれトランクを転がしながらドアの近くで首を回している。

「本当に、何もないな」

「ええ、ここはただの玄関スペースですから。セキュリティーのためでもあります。このドアは強化ガラスが使われていますが、割ろうとしたり、あるいは取り外そうという意思があれば可能ですから。最も、そんなことを試みようとしても、すぐに警報がなるんですけどね」

 園子が笑いながら続ける。

「でも、入って何もないスペースだとショックでしょう? ここがポイントなんです。ああ、もちろん秘密ですよ」

 それから園子は、興味があるなら今入って来たドアを見ていてください、と言う。順也は、別に興味があるわけではなかったが、振り返るとドアを見た。透明度の低いガラスの向こうから太陽の光だけが透過してくる。このホールには窓はないが、天井に着いたシンプルな蛍光灯がホール全体を白く照らしている。

「分かりましたか?」

「ははん、そういうことですか」

 日比野が腕を組み、順也同様に天井を見ていた。けれど、順也にはそれがどういう意味か分からない。

「つまり、あのカードがなければ入ってもどうしようもない、ということなのでしょう。あるいは、偽装したとしても、この二段階目のセキュリティーシステムまで破るのは難しい、と」

「ええ、その通りです」

「ちょっと、ジュウちゃん、どういうこと」

 順也の疑問を、日比野のペアである岬が隣に立って声を出す。

「気づきませんでしたか、私たちが入ってすぐに、こうふらっという感覚」

「ふらっと?」

 首を捻りながら岬は額に指を当てる。

「感じたような、そうでないような。あまりにも殺風景だったから、立ちくらみかしらって思ったけど」

「それは俺も思った」

 照好も頷くと、瑠璃も同じように答える。直也を見るが、彼は何も感じなかったのか、こちらを見て眉をひそめている。

「それは、私も感じました」

 順也も答える。

「どうしても、多少のそういう感覚が残ってしまうんですよね。非常にスムーズで、ほとんど音も出していないのですが」

 笑いながら園子が説明を始める。

「簡単に言うと、エスカレーターになっているんですよ、このホール全体が。見た雰囲気はほとんど変わりません。ですが、すでにここは地階にあります。止まるときにも、おそらく皆さん違和感があると思います。ですがそちらの、今私たちが入ってきたドアの先には研究施設に繋がっています」

「一見外の風景のように見えますが、それもセキュリティーということですね」

 そうです、と園子が答える。それとほぼ同時に、順也は軽いめまいを感じる。なるほど、言われてみるとこれはエスカレーターが止まる感覚に近い。園子が再びガラスのドア近くに行くと、カードキーをリーダーに通す。けれど、今度はドアがすぐに開かない。

「皆様、すいませんがこちらに一列で並んで下さい。これから皆様をゲスト登録します。指紋の登録ですが、これをしていただけましたら、皆様に対するこのシステムの警戒がいくらか軽減されます」

 後半はよく理解できなかったが、順也は直也を連れて園子に従った。瑠璃が誰よりも早くにその操作をし、照好、日比野、岬と続く。

 リーダーの近くに四角のアクリル状の板が埋め込まれており、丸い円が描かれている。順也がその前に立つと、園子がその円の中心に右手の人差し指を置いて下さい、と告げる。その通りに指を置くと、赤いラインが上から下へと一度通り過ぎる。直也も続けて同じように指を置くと、最後に園子はありがとうございますと言った。

「それでは、皆様、お待たせいたしました。こちらが研究施設となります」

 園子のその言葉に合わせるように、ガラスのドアが横へとスライドした。


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