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レテ川に記憶の欠片を沈めて  作者: なつ
第一章 その凶器は神名島へ届けられた
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 6

「ばっかもーん」

 千堂祐次は、ゴーグルから伸びたマイク越しに、怒声を発する。けれど、イヤホンが自動調整し、その声は勢いだけしか伝わらない。

 楕円形のテーブルに、祐次は誕生日席。そこから時計回りに、千堂美影、矢口誠一、有田百合、浜嶋佐登留、伊崎園子の六人が座っている。といっても、実際にある部屋に集まっているわけではない。ゴーグル越しに、そう見えているだけだ。定時報告は、少し前まではTV電話を利用したシステムを使っていたが、今はこの方式に変更している。画面越しで得られる情報よりも、遥かに多いし、報告もしやすい。

 しやすい、というのは、方法が楽、という意味ではない。祐次のような、上に立つものが目を光らせておかなければ、報告がおろそかになる、という意味だ。進捗の状況把握も行うし、また問題が発生したときは、その対処法についても話し合う。彼の部下からすれば、面倒で骨の折れるものとなるのだろうが、全体としては効率がいい。たとえどれだけ優秀な人材であっても、デッドラインを設けなければ動けないものだ。

 最も、それなら全員が施設に集まっているのだから、本当に同じ部屋に集まれば言いだけの話ではないか、と思われるかもしれない。だが、残念ながら、それはそれで非効率であると祐次は気がついている。進捗の確認にせよ、問題の把握、解決にせよ、その場ですぐにアクションが取れないなら無駄である。後でやる、明日でいい、ほど当てにならない言葉はない、というのは祐次の持論である。

 それで、問題が発生しているわけである。

「怒鳴られたところで、このプログラムを修正しなければならないだけです。何が原因でこのようなミスが発生し、どうするのか、話し合いましょう」

 百合がほぼ正面の位置で、手を上げる。

「モニターの6人は今日の12時に到着する。園子は、すぐに彼らを迎えに行って。施設に着くのは1時の予定だ」

「それでしたら、レクリエーションのための準備と称して、島の案内を先にしてしまいます。そうすれば6時間くらいの時間を稼ぐことができると思います」

 園子が手帳を見ながら祐次に伝える。

「分かった。それなら、簡単なレクリエーションを考えても、リミットは8時だ。それまでに、問題のプログラムを修正しなければだめだ」

「だめだって、簡単に言いますけどね、主任。これはなかなか厄介な問題ですよ。ミスといっても、誰かに責任を押し付ける種のものではない。俺たちのプログラムの隙間から発生しているんだから」

「ああ、もちろん分かっている。だが、今回のモニターのメインでもある。それの体験をしてもらいたいわけだ」

「まあ、何とかごまかせないか挑戦はしますが」

「相互に作用するプログラムの互換性に問題がある、ということでしょうか?」

 議事録を打つ手を止め、美影が顔を上げる。

「うんにゃ、そんな互換性のミスはしていない。それは想定されていたことだからな。要は座標がずれてしまっているわけなんだけど、その原因がはっきりとしない。何度やっても、目的の場所とはずれた場所に現れてしまうんだ。それも、各人の、まあ、ゴーグルを通してだが、ずれた場所になってしまい、そこで計算が止まってしまう」

「切り捨てればいいだけなんじゃないの?」

 誠一はキーボードを叩きながら答える。

「もちろん、他の部分、つまり、他の人からの映像を一時遮断して、当人の現状を再度アップしてやれば問題はない。けれど、それは無駄が多い。だから、その作業を飛ばすためのプログラムだったんだが、なぜかうまくいかない」

「その、一時的に遮断してってやり方なら、問題ないのか?」

「もちろん、問題ありませんが。これは主任の言葉を借りるなら、過度な負担をかけることになるから、避けるように。という状況」

「最悪、の話だ」

「それなら、以前のプログラムが残っているからそちらを通せば大丈夫です」

「百合、今の意見は?」

「こちらの求めるものではありませんが、主任がそれでいいなら、いいのでしょう。ですが、本社に報告するときのプログラムをどのタイプにするのか、共通意識を持たなければなりません。もしも矢口の方法で行うなら、私たちは用なしでしょうが」

「最悪、だ。いざとなれば、一応プログラムは組んであるんだ。それを見せればいい。どうせ本社の連中は見たところで分からない」

「分かりました。では、3時まではなぜ、座標がずれてしまうのか、そちらの検証をしたいと思います。浜嶋、作業中に申し訳ありませんが、そちらのプログラムをチェックさせてもらいます」

「どうぞ、ご自由に」

「よし、頼むぞ」

 祐次は立ち上がった。それと同時に、その場から消える。

 ゴーグルをはずすと、元の部屋だ。どこにでもありそうな、ほぼ1Kのアパートそのものの間取り。望めば、もっと機能の揃った部屋を作ることもできるというのに、祐次はあえてこの部屋にした。以前暮らしていた環境に近く、落ち着くというのが主な理由だ。それに、妻である美影と部屋を別にする、という目的もある。仕事中はほとんど一緒にいるのだ。それなら、仕事以外の時間は別の場所にいたほうが、双方にとって都合がいい。どちらかというと、美影からの提案である。

 腕時計を確認すると、10時を回っている。おそらく、モニターに参加する6人はすでにこちらの島に向かって船に乗っているころだろう。

 あと12時間、あるいは、明日の夜にはこんな時期にモニターを呼んだ理由の多くが解決する、している、はずである。

 祐次は念のため、自らが組んだプログラムをチェックしようと、ディスプレイを睨む。このために、この方式を選んだのだ。失敗は許されない。失敗したとなると、何のためにこんな苦労を背負い込んだのか、分からない。

 軽い動作音のあと、メールが着信する。

 が、メールのアドレスに見覚えが無い。関係機関以外からのメールは自動でカットされるはずである。にもかかわらず、知らないメールだ。

「このプログラムは、不自然な部分がある」

 その件名の後に、内部告発、とある。祐次は、すぐに本文をチェックする。

「……」

 声に出さずにそれを読むと、そのままメールを削除。立ち上がると、そのまま部屋の外へ。

 そこに小さな黒い箱が置かれている。それを拾い、祐次は箱の中を確認する。

 右手に隠れてしまうほど小さな、自動拳銃だ。

「……」

 祐次の口元が、怪しく緩む。


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