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レテ川に記憶の欠片を沈めて  作者: なつ
第七章 星の輝く場所、名探偵の到着
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 白のカットソーに、水色のフレアスカートが風にひらひらと舞う。ハートをあしらったピアスが両方の耳の横で揺れている。前髪をバレッタで上にまとめ、緩やかにウェーブの掛かった髪は、胸の先で風に遊んでいる。スラリと伸びた足には紺のストッキングに、ロングブーツ。

「ううん、いい島じゃない」

 手を額にあて、島の中腹から北にある海岸を眺める。観光に訪れたのだとしたら、いい島という表現は的と射ているだろう。が、残念ながら、そうではない。

 芹沢菫が追っているのは国際的な犯罪組織、一般にまだ名称でさえも特定できていない、あるいは、名称をつけないことによって追うものをはぐらかしているのか、だ。それも最悪なことに、その組織の組員が直接犯罪をすることはない。数多に存在する犯罪の背後に、時折見え隠れする不自然なつながり。連続性。

 けれど、今回めずらしく彼らは多く動いた。菫に言わせれば、無能な部下の不手際、と言ったところだが、もしかしたら、彼らが残すわずかな消しカスが糸になったものを見つけることが出来るかもしれない。その連絡を受けて、菫は日本に戻ったのだ。

 ついでに妹の誕生日に忍び込んでみたり、そのとき、あの篠塚桃花に男ができたという噂を聞きつけ、その彼と話をしてみたりしたけれど。そういう息抜きがなければやっていけない仕事でもある。

 それにしても、日本の警察は、何を考えているのだろうか。現状、この島の状況はおおよそ把握しているつもりである。にもかかわらず、彼女がこの島に着いたというのに、何の反応もない。それに、事件に対して警官の数が足りていないのではないだろうか。それとも、菫の情報よりも後に、事件がまた起きたのだろうか。ありえないことではない。彼らが関わっているのだとしたら、ただ一つの殺人だけで終わるなら、それほど楽なことはない。

 建物の入り口には、さすがに警官がいた。

「ご苦労!」

 敬礼のポーズをとり、そこを通り抜けようとすると、さすがに止められた。

「ちょ、お嬢さん、どちら様ですか?」

「あなた、私をご存知ないのですか。それは哀れなことです。ただいま、ここの指揮を執っていらっしゃるのは、権藤だったかと思います。私を通すことができないのであれば、彼を呼んで下さいませ」

 昔懐かしい丁寧な口調を駆使し、慇懃に挨拶をしてみせる。入り口にいた警官二人は、菫の態度に、互いに見合わせ、互いに何かを囁きあう。

「誰が来たと伝えれば、いいでしょうか?」

「あら、賢い質問ですわね。あの人の女、と言えば飛んでくると思いますけど、彼はそういうタイプではないですから。でも、難しい質問ね。あなた方に名乗ったところで、分かっていただけるかどうか。そうね、芹沢が来たと、伝えていただけるかしら」

 しばらくしてから、一方が奥へと入っていく。それでは、待たせていただきます。と言い、菫は入り口から南を向き、空を見上げる。

 広がる青空。もう秋分を過ぎたというのに、この暑さは異常だ。事件が解決したなら、あの北の砂浜で泳ぐのも悪くないかもしれない。けれど、あいにく水着を持ち合わせていない。プライベートビーチなら、全裸の開放感を満喫するのもいいけれど、ここではギャラリーが多すぎる。

 走ってくる足音が響き、菫は振り返った。階段を上ってきたのは二人。

 一人は、スーツをしっかり着ていて、頬には大きな傷が残っている。権藤だ。

 もう一人は、スーツではないが、それでも整った服。権藤よりも一回り大きく、丸い顔が、絶妙にしてアンバランスに乗っている。

「うむ、ご苦労!」

 菫は再び敬礼のポーズをとった。けれど、二人とも返さない。

「むぅ、なってないな、二人とも」

「もしかして、菫さん、ですか。萌さんでは、さすがに、ないと思いますが」

 権藤ではないほうが、声を出す。それに菫は、意表をつかれ驚いた表情を作る。

「お母様ほど、年をとっていません」

「それでは、菫さんですね」

「ええそうよ。それで、あなたは?」

「私は日比野と申します」

「あなたは、私の二人の妹を知っているの?」

「三人とも、知っています。知っているというのは、話したことがある、というレベルですが」

「そう。あの子も、今は表舞台に立つ意思を固めてみたいだから、有り得ない話ではないけど……」

「JS学園で起きた事件を担当したのが自分でありました。そのときにお会いしました。私なんかよりも、非常に優れた方だ、尊敬している」

「……あら、そんなに早くからあの子を知っていたのね。だとしたら、あの子もあなたを認めたということ、そうでなければ、ありえませんわ。それなら、私がわざわざ来なくても、もう事件は解決したのかしら?」

 日比野と名乗った男はそこで言葉を失う。権藤を見るが、彼も俯く。権藤を見ながら、菫は続ける。

「あなたは、この事件の裏に隠されている、もう一つの事件の可能性に気がついている。そうでしょう? だから、私が来たとなれば、すべての情報を私に教えなければならない、なぜならば」

「分かっています。ですが、正直、まだ何も分かっていない。二人目の犠牲者が出てしまった。それも、自分たちがここに来てから、です」

「そう。おかしいと思ったわ。まあ、とにかく二人とも、あなた方が知っている情報をすべて私に預けてください。後悔は、させません」

 菫は自信ある表情を浮かべ、一度だけ首を横に傾けた。



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