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レテ川に記憶の欠片を沈めて  作者: なつ
第七章 星の輝く場所、名探偵の到着
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 3

「もう、目を瞑ると、気持ち悪い映像が延々と流れるんだよ」

 古川直也は、北原朋彦の部屋のベッドに横になり、眉をハの字にしている。その直也の手をしっかりと握りながら、古川順也は大きく頷く。

「そんなのはな、すぐに平気になる。お前にあんなことする奴らには、天罰が下るからな、心配するな」

「心配なんてしてないよぅ。もう、せっかくゲームをいっぱい遊べるって思ってたのに、これさえなきゃ、騒ぎまくるよ」

「大丈夫だ。父ちゃんがついてるからな」

「父ちゃんは、父ちゃんで用事があるんだろ、いいよ、別に僕についてなくても。僕は朋彦おじちゃんがいればいいから」

「だから、大丈夫だ。たいした用事なんてない」

「いいよ、無理しなくて。父ちゃんにとって、とっても大切なことなんだろ?」

 後ろからハンカチで手を拭きながら北原主治医が現れる。

「いいですよ、順也さん。自分が直也くんと遊んでますから。まあ、今まで仕事らしい仕事ほとんどしていなかったから、むしろ楽しいくらいですわ」

「いえ、本当に、用事は終わってしまったんだ」

「そうなんですか? 確か、順也さんは、佐根姫の伝説を研究なさっているとか。でしたら、この島は……」

「北原さんは、この島にいつからいるんですか?」

「まだほんの少しですよ」

「佐根姫の伝説は、この島に来てから知ったのですか?」

「まあ、そうです。この島には多くの遺跡が残されていて、それほど興味があったわけではありませんが、それでも自然に溶け込んでいるその風景を見ていれば、それがどういったものなのか、気になるのが人間ってもんでしょう」

「この島の遺跡の中で、佐根姫と関係しているものなんて、ありましたか?」

 順也の問いに、一度だけ北原主治医は首を捻る。

「だって、そうなんでしょう。東にある巨石群……は、違う、な。あれはもっと古いものだ。ああ、でも、ほら川がある。佐根川ですよ」

「問題はその川です。どうしてあれが佐根川と呼ばれているのか。確かに、本島での調査に私は行き詰っていた。けれど、佐根姫の伝説がこの島に来たのならば、それにまつわるものがもっと残されていなければおかしい。石碑でも、巻物でも、なんでもいい。けれど、そういった類のものは、残念ながらこの島にない」

 強くこぶしを握りながら、順也は続ける。

「となれば、可能性は少ない。口承でしか伝説が残されていないのか、あるいは、すべてが嘘なのか」

「いやいや、その二者択一はおかしいでしょう」

「島の東にある巨石の遺跡、あれもおそらくは偽者だ。古代の人があのストーンサークルと張子岩をあがめていたはずがない。彼らの背を考えると、とても張子岩を見ることができない。それが偽者だと確信したからこそ、もう一つの佐根姫の伝説も、偽者なんじゃないかと疑うことができる。疑ってみれば、なるほど、すべてが嘘だというのは、納得できることばかりじゃないか。レテの川なんてものが、ここにあるはずがない」

「はい、残念賞」

 部屋の入り口に、いつからそこにいたのか、見たことがない女性が立っている。その後ろには権藤と日比野が、申し訳なさそうにいる。

「あなたが古川さんね。ごめんなさい、途中からお話を聞かせてもらっていたけど、残念ながらその推論は、少しだけ間違っているわ」

「君は誰だね」

「あの暗号、伝承自体が残っているのは真実。そして、あの暗号を紐解けば、星の輝く場所にたどり着けるのも真実。レテが何を意味しているのか、私には分からないけれど、佐根姫の伝説とあわせるならば、記憶を失いたかった思いが歌われているのも真実。問題は、あの歌を残したのが、本当に佐根姫なのか、つまり、その時点から古川さんが騙されていたのか。ということと、どうして、ここにその星の輝く場所があるのか、ということね」

 足音を響かせながら、短いスカートをふわりと浮かせ、その女性は順也のすぐ近くまで歩いてきた。

「結論を言えば、あの歌自体が偽者だった。そのときから、あなたは騙されていた、ということになる。あなたは、研究が加速したと、他の資料から同じ文句がないことを疑わなかった。そして、最初から答えはきちんと用意されていた」

 まっすぐの瞳が順也を睨む。

「そして、あなたがそれに気がつくことも予想の範疇。それを仕組んだのは伊崎園子だと、もう幾日かあれば、あなたは突き止める。目的は、どうやって、ではなく、どうして、なのか。でも、私が来たから、あなたは心配しなくていい。あとは、どうやって、かを突き詰めれば、表の事件はすべて解決する」

 まるで指揮をするように、その女性の指が動く。英語で、QED、だ。順也には理解が出来ない部分も多かったが、その迫力にほとんど口を挟むことができなかった。


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