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レテ川に記憶の欠片を沈めて  作者: なつ
第六章 三日月の浜辺に流れ着く
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 笠倉岬は部屋でテレビを見ながら、ボーとしていた。テレビはただついているだけで、情報として岬の頭には入ってきていない。さすがに、少し無理をしているかもしれない。空元気だということは、すでに日比野重三に見破られている。けれど、彼は優しくない。だから、甘えさせてもらえない。そこが、またいいのだけど……

 彼と出会って、まだ3ヶ月ほどしか経っていない。それに、会った回数だって、両手で足りるほどだ。それなのに、私のわがままに付き合ってくれているのは、きっとただの同情からなのだろう。

 最初は、五月雨屋という大学の近くにある飲み屋の正面だったか、結城静江とそこでお昼を食べていたときに、呼び出された。岬にとって関わりの少ない事件ではあったけれど、静江からすると、間近な事件だった。佐々木直人殺人事件。どう報道されていたのか、私は知らない。興味もない。彼の印象は、柱時計のような、どっしりとした、けれども、似合わない眼鏡の奥にあるその瞳はどこまでも冷たい。

 次は、佐々木直人殺人事件の、犯人を捕まえるときだった。静江と一緒に呼び出されて、大学の近くの喫茶店へ行ったときに、彼はいた。いくらかの話をした後、彼は逮捕せずに、自首を促した。多分、そのときに、私は落ちて、しまったんだ。

 でも、そのときには、私は別の事件に巻き込まれていた。もしもあの喫茶店で彼に相談していたら、あそこまで巻き込まれることもなかったと思う。

 その週の月曜日、私の元に届いた一通のメール、アイーシャとドラクの物語が始まるよ。私は、その日、三ツ谷教授と一緒にいた。静江から飲みたいという連絡があるまで。水曜日、三ツ谷教授が装飾された遺体で見つかった。私の立場は、危なかった。だけど、ただそれだけのことで、彼に相談すること何て、私には考えもつかなかった。

 金曜日、喫茶店で彼と別れてから、静江と二人でまた五月雨屋に行った。そこで二通目のメールが届いた。アイーシャとドラクの逢引……そして、四条兼が、その日に殺された。アイーシャとドラクが別れたというメールが届いたのは、7月の終わり、芹沢茜が演じたエリザベート=バートリーに捧ぐ血と愛という芝居を見た日のことだ。その日に、須藤六花が殺された。

 再び、喫茶店で彼に会った。事件のことを話して、私が疑われていることも教えてくれた。多分、あの時点で私に教えてくれたのは、彼が私のことを疑っていなかったからだろう。理由は、分からない。だから、私なりの考えを、彼に伝えた。

 事件が終わってから、もう一度だけ、喫茶店で彼に会った。静江と一緒に。事件の顛末を話し、彼は去っていった。

 多分、それで終わってしまえば、私も、こんなに苦しまずにすんだのだろうに。私は何も変わっていないのかもしれない。今も彼にこんなに迷惑を掛けている。

 お昼から外に散歩に連れて行ってくれるって言ったのに、彼は帰ってこない。もう1時を過ぎているというのに、胸が、苦しくなる。


 岬は応接室に移動した。ソファーに日達瑠璃と久住照好が座っている。岬はおはよう、と挨拶をして、彼らの正面に座った。

「おはよう、て、もしかして岬ちゃん、今起きたところ?」

「ううん、違うよ。部屋でテレビ見てて。重ちゃん、戻ってきてない?」

「私たち、ずっとここにいるけど、一回戻ってきただけで、またすぐに行っちゃったよ……彼、すごい、でしょ?」

「うん?」

「だって、照好も、動けなかったでしょ。眼光だけで動けなくなるなんて、そんなの実際あるわけないって思ってたけどぉ」

「ああ、何だか、緊迫してた。俺たちに、ここから出ないようにって、それだけ告げて、な」

 二人で互いに顔を合わせてから頷く。

「多分だけど、また事件が、起きたんだな」

「また……」

 岬はソファーから立ち上がった。瑠璃が岬を止めようと手を伸ばすが、岬には届かない。岬はすぐに部屋を飛び出し、施設の入り口側へ走った。

 警察の数が少ない。昨日よりも減っている。十字路を、岬は右に曲がる。手近にいた警察に、日比野を見てないか聞くが誰も知らないと答える。右手にある最初の部屋に、岬は入った。昨日、夜集められた部屋だ。

「立ち入り禁止だ」

 瞬間、岬は怒鳴られた。権藤、日比野と同様に警部だ。

「日比野さんは?」

「彼は警察の人間だから許しているが、君は違う。君は、例えアリバイがあるとはいえ、容疑者だ。ここに来ていい人間じゃない」

「日比野さんは?」

「もう一度言うぞ?」

「日比野さんは?」

 権藤は立ち上がり、岬の腕を引っ張りあげる。その目は鋭いが、日比野ほどではない。だから、恐くない。

「調査中だ。悪いが、日比野が今どこで何をしているかなんて、俺は把握していない。彼に入れ込むのは勝手だが、深入りはしないほうがいい」

 権藤は岬を睨んだまま続ける。

「俺たちは身勝手な人間の代表格だ。そんな人間に付きまとうなんて、よほどの酔狂者が、ただの馬鹿だ」

「ごめんなさい。でも、また、事件が起きたって」

「残念ながら、君も容疑者の一人だ。事件が起きたのは確かだし、また君たちの証言が必要となる。あとで呼び出す予定だったが、それなら先に聞いておく。昨夜、夜10時以降、どこで、何をしていたか、だ」

「わ、私は、もう、ベッドに入ってた、と思います。私が先に寝ないと、彼、寝ようともしないから」

「何か怪しい物音や、気づいたことはないか?」

「……すいません、落ち着きました、大丈夫です、離してください」

 岬の息が整ったのを確認したのか、権藤は、岬の腕を離す。

「ですが、本当にそのまま眠ってしまったので、覚えていません。起きてから、つい先ほどまで、ずっと部屋にいましたから」

「まあ、アリバイと呼べるか分からないが、あるといえば、あるな」

「昨夜、誰かが殺されたのですね」

「そうだ」

「……古川さん?」

「どうしてそう思う?」

「最初のモニターでも、狙われていたみたいだから」

「ああ、直也くんが寝込んでしまったあれ、ね。二人とも今北原医師のところにいる。薬を処方してもらって、直也くんは寝ているが、父の順也さんも、一緒にいる」

「それなら私たちではない」

「だが、知っている人物だ」

「誰?」

「伊崎園子だ」

 頭がくらっと揺れる。


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