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レテ川に記憶の欠片を沈めて  作者: なつ
第五章 凶器からは何も得られない
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「本来であれば、こんな情報を一般人に教えるわけにはいかないんだがな、まあ、お前は一般人じゃない」

 権藤は日比野の前に座り、煙草を吸いながら続ける。

「最初に言ったとおり、被害者は千堂美影。部屋に入ってすぐのところで、倒れていた。おそらく、誰かが尋ねてきて扉を開けたところを撃たれたのだろう。顔見知りによる犯行と考えて間違いないだろう。顔見知り、というのはこの場所ではもっと親密な意味を持つ。この施設は、結構な部屋が隣り合って並んでいるというのに、隣に誰がいるのかさえ、分かってないみたいだ。会議は基本的に、ネット上で行っていると言うし。だから、部屋に尋ねてくるなんて、めったに有り得ないとのことだ」

「彼女と親しい人は、ここにいるのか?」

「残念ながら、皆無だ。旦那さんと、あとは、お前らが参加していたモニターの関係者くらいだ。主任補佐という肩書きだが、それほどの能力はないらしい」

「行きずりの犯行ではなく、計画された殺人ということか」

「……ここが閉鎖はされているが、一つの社会と考えて行きずりの犯行、というのもないことはないだろうが、計画殺人だろうな。一応、この施設に現在勤めているのは30名ほどいるようだが、彼らの昨日の動向を調べているところだ。けれど、調べるだけ無駄だな。アリバイがある人間なんていない。さっきも言ったが、彼らは隣に誰がいるのかさえ知らないし、めったに部屋を出ることもない。一人で作業することが多いし、まれに島の散歩に行くものもいるようだが、基本一人で行動している奴ばかりだ。当然、目撃者もないし、銃声を聞いたものもいない。銃声に関して言えば、防音がしっかりしているので、部屋の中にいれば気づきようがないが」

「容疑者は、暗中模索、という状態か」

 日比野の考える素振りに、権藤は資料をめくりながら首を振る。それから、煙草を灰皿に押し付けて続ける。

「凶器に問題がある」

「凶器に、犯人を絞る証拠が残されている、ということか?」

「指紋は今のところ見つかっていない。が、この凶器を手に入れるには、通常の手段では不可能だ。金を積めばどうにかなるものではない」

「権藤がこの島に来たということは、以前の事件で行方が分からなくなっていた銃なのだな」

「手製のオートマチックだ。有名な数学者が、護身用に自ら作り出した、ということになっている。一ヶ月ほど前、別の事件で、その凶器が用いられた。その事件はすでに解決しているが、未だ凶器だけが見つかっていなかった」

「確実にその凶器だという証拠はあるのか」

「ない。だが、間違いないと、俺は考えている。Kカンパニーの幹部が前の事件の被害者だった。そしてここはKカンパニーの研究施設だ」

「では、凶器の流れを捜査することで、犯人にたどり着けるかもしれない、と?」

 そういうことだ、と権藤は相槌を打つ。権藤はもう一本煙草を出すと、火をつけて大きく吸い込む。

 最悪な形での凶器との再会であったが、凶器を抑えることはできた。この事件を解決し、前の事件への影響も読み解くことが出来る。Kカンパニー内の怪しい動きも、これで調べることができる。

 が、日比野が休暇とはいえ、ここにいて、今、事件のあらましを聞いてきている状況には疑問がある。日比野は上からの信任も厚く、公安の関係者と接触しているとの噂もある。この事件の背後の、権藤でさえ疑惑を抱いた、もっと大きな組織の存在を日比野が調査している可能性もある。

 どこまで日比野の打ち明けていいものか、あるいは、すべて打ち明けなければならないのか、現時点で判断ができない。つまり、先ほど濁したが、これが数学者が作り出した凶器であるのか、否か。

「具体的に、犯行は何時ごろなんだ?」

「お前、そんなことまで知ってどうしようというんだ?」

「昨夜のモニターの間なのだろ」

「だから、お前たちには全員アリバイがある」

「俺も容疑者の一人、ということか」

「アリバイがあるのにか?」

「今までの話を総合すると、そういうことになる。これは計画的殺人で、あのモニターの間に事件が起きた。犯行時刻に誤りがあるか、俺たちを欺き、あの時間内に犯行を行ったのか、そのどちらかだ」

「俺の考えと同じだ」

「それにもう一つ、その可能性を向上させるに足る証拠がある」

 日比野は自身が取ったメモ帳を広げる。そこには小さな字で、長い文章が書かれている。

「これは、被験者の一人が昨日受け取ったメールの文章。先月の事件に、この事件。二つのことに言及している。そして、凶器についても触れている」

「……これは、本当のことか?」

 日比野はただ大きく頷く。


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