表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
レテ川に記憶の欠片を沈めて  作者: なつ
第三章 その凶器は殺人者に用いられた
16/56

 2

 再び伊崎園子に連れられて、日達瑠璃たちモニターのメンバーは研究施設の外に出た。日達のすぐ隣には、このモニターで先ほど知り合いになった笠倉岬が立っている。日達と違い、すらりと伸びた身長がうらやましい。これで、自分よりも歳が下というのはなんとも悔しいものだ。日達も、それほど低いわけではないのに。それなら、この間の芹沢雅の誕生日に参加していた篠塚桃花みたいに、小さな子のほうが、年下としてふさわしいのに。なんて、失礼な考え。

 先頭を歩く園子の隣には古川順也が並んでいる。その周りを、彼の息子の古川直也が駆け回る。地元の郷土を専門に研究しているそうだが、瑠璃から言わせると、うえぇ、である。

 瑠璃と岬に続いて、瑠璃の彼氏である久住照好と、岬の恋人である日比野重三。日達たちが似た年齢に関わらず、後ろの二人の歳はかなり離れている。おそらくここから日本の首都くらいの距離があるのではないだろうか。

 ぷるぷると、携帯が振動する。けれど、放置。電話ではなくメールだったようなので、後回しで問題なし。

 園子は来るときに通った道とは違い、研究施設の左側、西に向かって歩き出した。

 その先はすぐ佐根川にぶつかった。

 それほど川幅は広くなく、太陽の光を受けてぴかぴかと輝いている。それに、とても水が澄んでいて、思わず手を付けてみたくなる。

「これなら、岬ちゃんでも泳いで向こう岸までいけちゃうかも」

 隣で岬が、額に手を当てて遠くを見ている。本当にそれくらいの距離しかないし、流れも速くない。

「僕でも、多分泳げるよ」

 直也が答える。

「はい。それでも、あまり安全ではありません。それほど長い川でもありませんので、見ていただけると分かると思いますが、大きな石が残っています。怪我をされるとあぶないですから。ですので、ここよりもこれからこの川に沿って海岸に向かいますが、そちらにして下さいね」

 園子はその言葉どおり、川に沿って北側へと歩き出した。園子の言うとおり、佐根川を見ていると、確かに大きな石に、ところどころ岩が突き出ている。佐根姫が残した歌に、佐根川の山に立ちとあったが、ああいう岩を指しているのだろうか。

 ほどなく、海岸にたどり着く。

 川は海へと流れ出し、砂浜は想像以上に美しい状態が保たれている。これが自然な状態なのかもしれない。いわゆるゴミは落ちていない。

「こちらなら、今の道を通ってきてもらえましたら、研究施設から10分でたどり着けます。どうぞ、ご利用ください。ですが、先ほども申しましたが、海水浴場ではありませんので、どこまでが安全なのか、ということをわたしたちは分かりません。ですから、あまり遠くまで泳がれないようにお願いします。潮の流れが、大陸側とは違い激しいようですから」

 波の音が心地よく、繰り返される。

「それに、季節的に少し遅いかもしれません」

「ううん、明日は絶対にここに来るよ、ね、照好!」

「はいはい」

 後ろから照好の気のない返事が聞こえる。振り返って睨みつけると、暑いのか胸元を大きく開けて、手で仰いでいる。

「それでは次の場所に移りましょう」

 園子はその海岸を東側へ向かって歩いていく。そのままいけば、最初の波止場にたどり着くであろう。

 きれいな砂浜が失われ、先にあった道は海から少し離れる。その道を進むとやがて予想通り最初の波止場にたどり着いた。園子がそれを説明し、そのまま海岸に沿った道を歩き始める。

 道は複雑に曲がり、おそらく、海岸から離れているのだろうと思うが、回りにある木々が視界を塞いでいて、分からない。

 やがて開けた場所にたどり着き、そこには大きな岩があった。確か、地図にも書かれていた場所だ。

 岩にはしめ縄が高いところに結ばれていて、それだけで神秘的な雰囲気が増している。

「張子岩、と呼ばれています。昔からあるようで、正直、いつからあるのか分かりません。古川さんは何かご存知ですか?」

 順也は首を振る。その手には小さなノートとペンが握られていて、何かを走り書いている。

 一枚岩のようで、本当にバランスよく立っている。ちょっと力を加えれば倒れてしまうのではないか、と思うが、それはそう感じるだけだろう。あんなにも重そうなものを倒せるはずがない。

 それから、岩に隠れていて見えなかった反対の道を園子は進み、今度は開けた場所に、先ほどと比べて十分の一以下の岩の群があった。

 それがほぼ円形に並び、場所によっては岩が互いの上に乗り、ベッドのような構造をつくっている。イギリスにあるストーンヘンジを思わせるようなところだ。

「おそらく、先ほどの岩と関連があるものと思われます。あの、一つだけ少し大きな岩が置かれているのですが、そこから先ほどの張子岩を見ることができます。そちらの方向が真東になっていまして、春分、秋分の日にはちょうどそこから太陽が昇るところが見ることができます。古代の天文観測場なのではないか、というのが、今のところの見解のようです」

 さっそくその一つだけ大きな岩に乗ろうとしたが、岬に先を越される。

「うーん、頭の先がちょこっと見えるかも」

 さっと岬が降りた後で、瑠璃がその岩に乗る。けれど、岬と同じ方向を向いてもそれらしいものは見えない。仕方がないので、地面を確認してから、えい、と飛んでみる。そうすると、わずかであるが、岩の先が見えた。

「これも、いつの時代のものなのか分かっていません」

 それからしばらくその遺跡を見ていたが、やがて園子に案内されてまた別の道を進み始める。

 曲がりくねった道は、おそらく少しずつ南西に向かっているのだろう。左手には、木で見えないが海の音がずっと聞こえている。

 道の途中で園子が止まると、そこに木でできたポールが埋められているのが見えた。そこで園子は道をそれた。

 それた、と言っても一応、人が歩くことができるほどには整備がされている。今まで歩いてきたある程度の幅がある道とは違い、獣道ではあるが。すぐに、その獣道の先に、暗い闇が広がった。

 それが、自然の洞穴であることはすぐに分かった。

「この島には、このような自然の洞窟がいくつもあります。まだ未発見の……いいえ、内部構造が明らかになっていないものもあります。海と同様に安全の確証はありませんので、もし見つけましてもむやみに入らないようにして下さい。一応安全が確認されている洞窟の近くには、先ほどのポールが目印として立っています。特にこの洞窟は研究施設から見て、ちょうど南側にありまして、ここを入っていきますと、研究施設の壁にぶつかります。まあ、ですから見つかった、というのが正しい正直なところですが」

「どれほどの深さがあるのですか?」

「これはほぼまっすぐに、そうですね、50メートルほどです」

「ということは、研究施設は、そこまでの広さがある、ということですね」

「そうなります」

 聞きながら順也はメモを走らせる。

「それでは戻りましょう」

 獣道をもどり、再び元の道を西へと進む。

 やがて、左側の木々がなくなり、海の姿が見えるようになった。けれど、その海は遥か下にある。北側とは違い、南側は絶壁のようになっている。

 もうしばらく進むと、その絶壁で三方を囲まれた湾のような部分があった。そこで園子は立ち止まると、下を指差す。

「こちらから降りることができます、降りますか?」

 その指先には、確かに絶壁に付けられた階段がある。瑠璃は、顔を振る。冗談じゃない。

「地図にありました、星マークのところがちょうどここになります。下には先ほどの洞窟ではないですが、もう少し奥まで海が到達しています。長い年月をかけて削られたのでしょう。明日以降興味がありましたら降りてみてください」

 どうやら今日は降りないらしい、助かった、と瑠璃は心の中で安堵のため息をつく。

 園子はそのまま道を進み、やがて再び海の姿は消えた。

 次に見えたのは、滝の姿だ。それも、上から。滝、といっても5メートルほどだろうか。園子は最初に見た佐根川の上流だと説明してくれた。滝の上側の川幅は一層せまい。ほんの1メートルほどしかなく、それほどの幅の清流がいくつか集まって、滝の部分で合体しているようだ。

 ジグザグに降りていくと、滝の下へとたどり着く。滝つぼはそれほど大きくなく、そこから北側に向かって川となって流れている。それでも、川幅は広くない。

 その川に沿って北に向かって歩いていくと、いくつもの同じくらいの川が重なり、やがて、最初に見たほどの川幅になった。その先のところに橋が架かっていて、反対岸まで渡れるようになっている。

「橋を渡って、北にもう少し進むと、最初に出発した地点になります。どうでしょう、歩いて2時間ほどです。研究施設に勤めている人の中には、毎日の散歩としてこの道を利用している人もいます」

 新鮮な風景のせいもあり、ここまで歩いてくることができたが、足には疲れたたまってきている。地図に載っていた、不思議なポイントはこれでほとんどまわったことになる。まず明日は海で遊ぶとして、それからどうしよう。

 瑠璃が考えながら歩いていると、研究施設の前へと戻ってきていた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ