78 「貸し1、だからな」
それは突然やって来た。
「レイ、お客さん」
温泉から帰ってきて3日、そろそろクロスロードへ帰ろうかと考えていた頃、王都のロックハート邸にレイを訪ねてきた人物がいた。
「ローゼンハイム……なら、呼ばれないよな、今更」
ローゼンハイムはこの昨日、一昨日と連日でロックハート邸を訪れ剣の稽古と称しレイと戦い実力差を見せ付け意気揚々と帰っていく。
温泉での3泊+帰りの馬車での3日を足すと8日連続で会っている。
もはや顔馴染み感が半端ない。
どうやらローゼンハイムには同年代の友人と呼べる者がいないらしくレイ達との親交を深めたいらしく何かにつけては絡んでくる。
アダルは元騎士で引退後ローゼンハイムの護衛として雇われているらしい。
トマスは王国軍の魔術士連隊の出身でケガで除隊されかけていたところをローゼンハイムの従者として拾われたらしい。
シャーリーも王国軍に在籍していたらしいが諸々の事情から退役しローゼンハイムに雇われたらしい。
二言目には「騎士道に……」なアダルはレイが気に入らないようだが、トマスとシャーリーは概ねレイ達とは打ち解けている。
ローゼンハイムでないとすれば、態々訪ねてくる人物に心当たりはない。
そんなレイの前に現れたのは、
「あれ? ハザクラ?」
レイと同じく転生者のミユキ・ハザクラだった。
「久しぶり。いきなりで悪いわね。少し話があってね」
軽く笑顔を浮かべているが、これは何か頼み事がある際には、まず下手に出るという日本人固有のスキル愛想笑いだ。
レイはそう直感した。
「あぁ、紹介するわ。この子はアルト、アルステット・セムリガー。こっちがリーゼ、リーゼリア・シュタインよ。私のパーティメンバーね」
ミユキに紹介されレイは2人に視線を送る。
アルトと呼ばれた少年はキョロキョロと周囲をせわしなく見回していて、リーゼと呼ばれた少女はカッチカチに硬直していた。
「んで? 話ってのは?」
「そうね、まぁ、簡単に言うと手を貸してほしいのよ」
「はい?」
予想外の展開の始まりだった。
「つまりそのオークの討伐に行きたい。と言う事だな」
「正確には探索が依頼内容なんだけどね」
ミユキの話を要約するとそういう事となる。
最近、王都から若干離れたとある地域の村や集落が襲われ火をかけられる事件が発生している。
既に5つの村や集落が襲われ生存者は皆無らしい。
燃え落ちた集落跡地の痕跡からオークではないかと推測されている。
オークと思われるその集団の集落の捜索が行われているが成果は上がっていない。
「それで、俺に何を手伝って欲しいんだ?」
そこがレイには分からなかった。
被害者には酷な言い方だが、別に珍しい話ではない。
魔物に襲われて壊滅した村や集落の話はよく聞くし、山賊に支配されている村というのも珍しくはない。
比較的に治安が良い王都周辺の地域でというのは珍しくはあるが。
「捜索はBランク以上とされているわ」
「オーク相手に?」
オ-クの集落ならレイもCランク昇格の試験で参加している。
指揮を取ったハンターもBランク昇格試験としてだったのであの時点ではCランクの筈だ。
「捜索に出たCランクパーティが4つ帰ってきていないらしいわ」
「なるほど。安全の為に、か」
レイの疑問にミユキが苦々しい顔で答える。
「私はCランク、アルトとリーゼはDランク。受けられないのよ」
こんな事なら早めにランク上げしておくんだった。と嘆くミユキ。
彼女は闘技場に行く事が多くその間でハンターとして働いているらしい。
実力的には十分Bランク以上らしいが、ギルドへの貢献度という点からCランクなのだろう。
レイはアルステットとリーゼリアに視線を送る。
2人ともまだ若そうだ。もしかすると規定年齢スレスレではなかろうか。
だとすれば、それでDランクというのはむしろ優秀なのだろう。
しかし、今回の件には参加できない。
「でも、Bランクのパーティに入れてもらえば」
「パ-ティとして依頼が受けれる、て事か」
「そういう事」
ようやく事態がレイにも見えてきたが、別の疑問も生まれてくる。
「何で俺達なんだ?」
「理由は2つ。1つ目は他には断られたから」
ミユキは人差し指を立て肩をすくめて言う。
それなりに親しい相手にはもう声を書け断られているらしい。
「2つ目は、あー、そうねー……」
ミユキは中指を立てながら2つ目の理由を考えている。
「貴方ならいざという時の切り札を持っていそうだから。かしらね」
ミユキの言葉は文字通りの意味と、その裏に「同郷のよしみで助けなさいよ」というものが含まれているの事にレイは気付く。
それは逆に言えば「貸しときなさいよ、今度返すから」という意味にも取れた。
そして「アンタの秘密バラすわよ」という脅迫にも聞こえた。
「1つ聞きたいんだが、何でそこまでしてこの依頼に参加したいんだ?」
ギルドの依頼は無理をして受ける必要はない。
むしろ身の丈に会わない依頼は受けるべきではない。
ミユキは実力的には問題ないのだろうが、後の2人を巻き込むほどの事でもない。
「……お世話になった村が焼かれてるの。右も左も分からなかった私に親切にしてくれた人達の仇よ」
「俺たちの村も近いんだ。次に襲われるかもしれない」
ミユキの言葉に続きアルステットもその胸の内を明かす。
アルステットの言葉にリーゼリアも頷いている。
「貴方が断るなら、勝手に行くつもりよ。そうしないのは出来ればギルドの持っている公開されていない情報が欲しいから」
ミユキの目は真剣だった。
レイが断れば間違いなくその言葉どおりに実行するであろう事が手に取るように分かった。
「分かった。まぁ、仲間とも相談しなきゃいけないけど、その依頼を受ける方向で考えるよ。その代わり、ハザクラ、貸し1、だからな」
「えぇ、たっぷり利子をつけて返すわ。倍返しよ!」
どこかで聞いた気がするフレーズを口にするとミユキは満面の笑みを浮かべる。
そんな顔で笑うのか。というレイの視線に気が付くと無理やり口角を下ろしそっぽを向く。
どうやらキャラ作りはまだ出来上がっていないようだ。
☆ ☆ ☆
その翌日。
「んじゃ、次は足の確保だな」
ハンターギルドでミユキ達とのパーティ登録を済ませ、謎の集団の探索の依頼を請けてきたレイが移動手段の確保に向かおうとしたときだった。
「その必要はない。既に手配済みだ」
最近良く聞く声が聞こえてきた。
「あー、呼んでないぞ、ローゼンハイム」
「呼ばれてから来たのでは遅いであろう」
そこには派手な仮面を着けた男とその従者達がいた。
「誰だこいつらにしゃべったのは?」
こうなる事を予想して緘口令を敷いたはずだった。
レイの視線からエリスとミーアがサッと顔を逸らす。
そしてニヤニヤ笑っている所からすると聞き出したのはシャーリーか。
「お前は手伝う理由がないだろ?」
「困っている者が居るのだ手を貸すのは人として当然であろう? それに……」
「それに?」
「迷惑だと言うなら手を引くが、俺は貴様の友のつもりだ。理由としては十分であろう」
ローゼンハイムはレイと向き合い何でもない事のように言い切る。
「……そういう事をサラリと言ってのける辺りがお前らしいと言うか、ツンデレとか誰得だよ」
「つんでれ?」
「なんでもねえよ。
ハァ、手貸してくれるか? ローゼンハイム」
ため息を1つ吐くとレイはローゼンハイムに右手を差し出す。
何を言わなくともローゼンハイムは手を貸すのだろうが、こちらから頼んだという形の方がやる気を出すだろう。
「よかろう。俺に任せるがよい」
満面の笑みで頷きレイの右手を握り返すローゼンハイム。
正体不明の仮面の騎士という後ろ盾を獲たレイ達が軍高級将官仕様の軍用装甲馬車で王都を発ったのはその2時間後であった。
ちょうどキリがよかったので短めです。
転生者2人が揃ったら……。
あのイベントが発生か?




