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77 「手札の多さが売りかな」

 突き出した剣が紙一重で避けられる。

 その反応の良さは中々だと内心で褒めておく。

 しかし、避けられる事はもとより予想済み。そもそもがその為の一撃だ。

 自身の左肩を狙った一撃を避けるなら、当然右。右足に重心が乗った状態では半身を下げる事しか出来ない筈。

 読みどおりに体を回転させ、その勢いで右手の剣を横に薙ぐ。

 それを盾で受け流す。相手の体が泳ぎ姿勢が崩れる。

 立て直そうと踏み止まるか? それとも体を投げ出し転がって距離をとるか?

 踏み止まった! それは拙いな。崩れた姿勢を立て直そうと動きが止まる。その拙さに気付いたのだろうその顔に焦りが見える。


 キーン!

 澄んだ音と共に剣が宙を舞う。

 苦し紛れに不十分な姿勢から腕の力だけで振られた剣を弾き飛ばす事は難しくない。

 剣を失い空になった両手を見つめる相手に切っ先を突きつける。


「これは勝てそうにないかな」

「いや、貴様も中々だった」

 別段社交辞令というわけではない。

 事実としてこの男はそれなりに強かった。

 技量の差は確かにあるだろうが戦い方次第で挽回できないほどではないだろう。

 惜しむらくは対人戦、特に盾を持つ相手との戦闘経験が少ないのであろう事か。

 元々対人戦を念頭に置いて修練を積んでいる俺が有利であったのは当然であろう。

 得手不得手があるのは世の常。それにより有利不利が出るもまた然り。巡り合わせが悪かったという事だろう。


「なんで剣を降ろすんだ?」

 勝利を確信し剣を降ろした俺にその男は言う。

 技量に差があり、更には得物を失った。

 にも拘らず、その顔に諦めの色はない。


「なぜ? 負けを認めたのだろ?」

「そうだったか?」

 その男はそう言って薄く笑みを浮かべる。

 この期に及んでまだ何かあるのか? 面白い。

 正直にそう思う。


「まぁ、確かに勝てそうにないな」

 そういって笑みを深める。

「剣……ではな」

 強がり、負け惜しみ、そういった類のハッタリではない。

 そう直感が訴えかけ、剣を握る手に力が入る。


「なら、見せてもらおうか?」

「その前に頼みがある」

 笑みを消し男が言う。


「聞こうか」

「死ぬなよ」

「何?」

 その言葉は短く端的だった。

 だからこそ、その言葉が本心であると感じ背中に冷たい物が走る。


「『超速転移オーバードライブ』」


「転移術!?」

 男の姿が消えた。


「おもしろい。何を見せてくれる?」

 存外楽しませてくれる男だ。


△ △ △ △ △ △ △ △ △ △ △ △ △ △ △


『「強い・弱い」と「勝ち・負け」は必ずしも同じじゃないんだよ』

 俺は以前クロードが言っていた言葉を思い出していた。

 レオとの剣の稽古を見てもらった時の言葉だ。


『レオは強いさ、俺と比べたってな。筋力、瞬発力、反射速度、技量。部分的には俺の方が上回っていた部分はあるけど、総合的に見ればレオの方が断然上だろうな』

 そう言うクロードだったが、別に悔しそうではなかった。


『だが、俺はレオに勝てない。て訳じゃない。むしろ八割方は俺が勝つ』

 何となく誇らしげに言うクロード。

 その横でレオも頷いていた。


『別に俺がレオの癖を知っているから、とかの話じゃない。相性てのはあるだろうが、『強くても負ける、弱くても勝てる』これが有るのが勝負の世界。て事さ』

 そう言ってクロードは笑っていた。


『要は戦い方さ』


 なぜそんな事を思い出していたかといえば、今まさにそれを実感していたからだ。


 ローゼンハイムは明らかに格上だ。

 身体能力にそこまで差はないだろうが、技量で大きく差をつけられている。

 正攻法ではまず勝てない。


 なら、正攻法以外では?



 ローゼンハイムはこちらの姿を見失うと同時に身を翻し背後を警戒している。

 『相手の姿を見失ったら死角にいると思え』

 そんな教えを忠実に守ったのだろう。


 だが、俺はローゼンハイムの背後を取ってはいない。

 先ほどの位置関係から言えば自身の背後、ローゼンハイムから見れば正面へ大きく距離と取り2階の観客席へと転移していた。

 高所の方が有利という訳ではなく、下から見上げる方が見つけ難いだろうと考えたからだ。

 セオリー通りなら死角となる後か上だが、それだけではローゼンハイムには敵わない。


 おそらく正統派の剣術を学んでいるのであろうローゼンハイム。

 実戦を視野に入れ学んで入るのだろうし、十分に段取りを組まれた安全な実戦は経験しているだろう。

 だが、本当の実戦経験は少ないだろう。普通の決闘では起こりえないこの状況に対応し切れていない様だ。


 俺なら相手の姿が見えないこの状況で広い舞台の真ん中でキョロキョロと周囲を見渡したりはしない。

 死角を潰す障害物ならいくらでも在るのだから。


「実戦経験不足だな」

 その姿を見下ろし座席を盾に矢を番え弦を引く。

 鏃の先のローゼンハイムは未だにこちらの姿を見失っている。


 矢を放とうとした瞬間、俺の中に僅かな迷いが生まれる。

 「はたしてこのまま撃って良いものか?」

 相手はこちらを完全に見失っている。

 弓術スキルによりこの距離なら当てる事は難しくはない。動いている相手のどこに刺さるかまでは予測できないが。

 首筋にでも刺さろうものなら……。

 真剣を用いた決闘だ。互いに万が一は覚悟の上の筈だが……。


 この一矢で決着をつける必要は無い。

 こちらに遠距離攻撃がある事を認識させられれば良い。

 足元にでも撃ちこんだ方が良いか?


 そんな僅かな躊躇いが幸か不幸か事態を動かした。


「後、2階席!」

 ローゼンハイムの連れの大男が大声で俺の位置を伝えた。


 その声に促されるように矢が放たれた。


「チッ! いや、まぁ良いか」

 放った矢は声に素早く反応したローゼンハイムの盾によって阻まれた。

 振り返り様に偶々盾に当ったのか、それとも矢を見切ったのか、もう一射で見極める。


 2本の矢を持ち、まず1本目を真っ直ぐローゼンハイム目掛け放つ。

 だが、ローゼンハイムは飛来する矢を盾ではなく剣で難なく切り払った。


「体勢が整ってれば見切れるか」

 不意を突けなければ弓矢だけでは無理だと分かった。


 残るもう1本を放つ。

 こんどは真っ直ぐではなく上空へ向け曲射だ。近すぎるのでかなりおかしな射線となる。

 これは攻撃ではなく単なる時間稼ぎと囮。

 何かあると深読みして矢を目で追うだろう。


「『超速転移オーバードライブ』」

 再び転移術で移動する。


「むっ!?」

 今度の転移はローゼンハイムの目の前だ。

 上空に撃った矢に注意が向いた次の瞬間に目の前に相手が現れたのだから驚くのは当然だろう。

 動きの止まったローゼンハイムに対して僅かに視線を上に向ける。

 その僅かな動きでローゼンハイムは上空から落ちてくる矢の存在を思い出したのだろう注意が上へと向く。


 残念ながら曲射の矢は当らないだろう。もともと注意を引く為の小細工でしかなかったので構わない。

 目的は既に十分果たしている。

 目の前の敵から注意を逸らすのは悪手だろう。

 今の位置関係が剣の間合いとしては遠いとしてもだ。


 即座に具現化した槍、コルセスカと呼ばれる三叉の槍。間合いは簡単に言えば剣の倍、今の位置関係がちょうど良い。


「チッ!」

 意表を突いた筈の槍が盾で防がれる。

 その反応速度はさすがと言わざるを得ない。

 そのまま槍を外に押し流し踏み込んでくる。


 しかし、その時には既に俺は槍を手放している。

 代わりに両手にはスローイングダガーを2本ずつ。

 投擲の距離としては近い。見切れるものではない。


 ローゼンハイムは目を見開き驚いた様子だったが即座にこちらの意図を読んだのか盾を引き寄せその影に身を潜ませる。

 その直後に金属のぶつかり合う音が2度鳴り響く。

 ほぼ同時に俺は1歩の助走で跳躍すると、盾にドロップキックをお見舞いする。

 体勢が不十分だったところに俺の全体重をかけた飛び蹴りを受けれローゼンハイムは後ろへと倒れこむ。


 後はそのまま首筋にでも剣を突きつけて終わりだ。



 と思っていたのだが、ローゼンハイムは後ろに倒れた勢いでそのまま後転し素早く起き上がる。

 追撃で残しておいたダガーを投じるが難なく盾で防がれる。


「フン。中々やってくれる」

「そりゃ、こっちのセリフだ。一応、必勝のつもりだったんだけどな」

 冗談めかして肩をすくめて見せるがそれは本心だ。

 次策が無いわけでもないが、最早意表を突く事は期待できそうにない。


「弓も槍も投擲も素人というわけではなさそうだな?」

「まぁ、ハンターなんでね、剣だけで良いってわけじゃないんだよ」

「なるほど、多彩な攻撃手段が強みという事か」

「そう、手札の多さが売りかな。(カードファイターだけにな)」

 後半は心の中だけで呟いておく。


 さて、これからどうするか?

 遠・中・近、全ての距離からの攻撃を織り交ぜたとしても、そう簡単にはローゼンハイムの守りは崩せそうにない。

 意表を突くことの出来る初回が最大のチャンスだったのだが、結果は押し切れなかった。

 魔術も織り交ぜるか? 魔術カードならノータイムで連発出来る。


 そんな事を考えていると背後から膨れ上がるような殺気を感じ振り返る。

 そこには憤怒の表情の大男がいた。


「貴様、神聖なる決闘を何だと思っている! 物陰に隠れ、飛び道具を使う等卑怯千万! そこへ直れ剣の錆としてくれる」

 大男は怒気と殺気を撒き散らし剣を抜く。

 背中に冷たい物が流れる。直感的にこの男はレオに匹敵すると悟る。

 

「ご主人様には手出しさせません」

 そんな俺を庇うようにハクレンが俺の前に立つ。


「そこを退け娘。貴様を斬る気はない」

「それは出来ません」

 静かに睨み合う2人。


 ――仕方ない、使うか。

 そう思ったときだった。


「やめろ。アダル」

 ローゼンハイムが静かに命じた。


「しかし」

「2度言わせるな」

 ローゼンハイムは剣と盾を収め武装解除していた。

 静かに俺の横を通り過ぎ大男の前に立つ。


「これ以上俺に恥をかかせるな。負けた上に供の者が仕返しをした等となれば俺の立つ瀬がない」


「ん?」

「なっ!?」

 ローゼンハイムは今なんと?

 その言葉が信じられなかったのか大男が驚愕の面持ちで震えている。


「若は負けてなどおりません!」

「いや、実力の程はともかく、決闘の勝敗で言えば俺の負けだ」

「何故負けたなどと」

「当事者以外の助力が加わればそれは負けであろう?」

「それは……」

 ローゼンハイムの言葉に大男は返す言葉を無くす。


「お前の声に振り返っていなければ、あの矢は俺の首を貫いていただろう」

 そうなっていたかどうかは分からない。

 自分にとって都合の良い結果としないのがこの男の矜持なのだろう。


「貴様の勝ちだ」

 ローゼンハイムは良い笑顔でそう告げた。

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