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76 「ご主人様は剣士ではありません」

 レイと仮面の騎士ローゼンハイムとの決闘はレイの攻勢から始まった。

 ローゼンハイムはレイの攻撃を逸らし、弾き、受ける事に終始していた。

 一見すればレイの圧倒的優位に見えた。

 しかし、見る者が見ればどちらが優位であるかの見解は逆になるだろう。


「弱いとは言わぬが、相手が悪かったな」

「でしょうね。18? 年齢的には上出来の部類じゃないの」

 ハクレン達と並びその決闘を見守っていたローゼンハイムの供の者が結果は見えたと頷き合う。

 むしろレイの健闘を称える雰囲気すらあった。


「若はまだ様子見の様だが、片手であしらわれている。勝負はみえている」

 3人の供の内、もっとも大柄の男アダルがハクレンへと語りかける。


「最後まで見るまでもなく若の方が優れている事は間違いなかろう。優れた主に仕える事は武人の誉れではないか。何を迷う?」

「お言葉ですが、私は迷ってなどおりません。あの方がどれほど強くとも、私のご主人様への忠誠に微塵の揺らぎも生まれません」

 アダルの言葉を受けて答えたハクレンの眼差しには、その言葉の通り僅かな揺らぎも見られなかった。

 ただ真っ直ぐにレイとローゼンハイムの戦いを見守っていた。


「それに、強さが優れた主の証左だと言うのなら、魔王にでも仕えます。この国に魔王より強い人物など居ないのでしょうから」

 それは単なる屁理屈だった。強さ=優秀さではない。それは事実だが、レイとローゼンハイムを比べたとき、どちらが優れているかと言えば総合的にはローゼンハイムではないかとハクレンも予想する。

 ローゼンハイムの多くを知っているわけではないが、剣の腕前、滲み出る家柄の良さから想像できる知識・教養、頭のキレ、心の機微を読み取る洞察力にそれを生かす臨機応変さ。

 レイを悪く言うつもりなど毛頭ないが、分かっている部分だけを比べてみればレイが勝っている部分の方が少なそうだ。


 ローゼンハイムから投げ掛けられた「真に理想的な主であるか?」という一言。

 咄嗟に答える事はできなかった。

 時間をかけ考えてみた結果、ハクレンは一つの答えに至っていた。

 そこには父の姿があった。

 父の仕えていた伯爵様はお世辞にも優秀な方ではなかった。それでも父が不満を抱いている様子はなかった。溜息と小言が絶えぬ日々に見えたが、その姿は嬉々としていた。

 『父と伯爵様』それこそがハクレンの理想的な主従だった。

 ダメな主を支える事。もしくは、父にしか見えていなかった伯爵様の優れた部分。そんな事が理由なのではない。もっと単純な事。

 それは『父は伯爵様が好きだった』極々単純で、理屈を超えた理由。それだけで良い。

 「この方の隣に居たい」理由はそれだけで十分だった。


 自身の中に結論を出し終えたハクレンの見つめる先で、2人の決闘は1つの節目を迎えようとしていた。


「フー、予想以上だな、これは」

 少し長めに距離を取ったレイの口から弱音ともいえる呟きが漏れる。

 強いということは予想が出来ていた。

 しかし、その予想を上回る実力をレイは実感していた。


 そして、1つどうしても腑に落ちない事があった。

「なぁ、なんで左手を使わない? 片手で十分と思ってるわけじゃないだろ?」

 レイの疑問、それはローゼンハイムが右手でしか剣を握っていない事だった。

 最初は余裕の表れで、ハンデのつもりなのかとも考えたが、打ち合う内にそうでなはいと感じ始めていた。

 ローゼンハイムも片手ではレイの渾身の一振りは受けきれないのだ。その為、正面から受けるより弾き逸らす事の方が断然多かった。


「フム、心配するな。何も貴様を侮っての事ではない。ただの癖、といったところだ。確かに最初はコレで十分とも思っていたが、予想以上に貴様は強かった。俺が今までに戦ってきた相手の中でも上から数えた方が早いだろう」

 右手の剣を一振りするとローゼンハイムは口元に笑みを浮かべる。


「敬意を表し本気で相手をしよう」

 そう言いローゼンハイムは左手を前へと突き出す。


「俺が左手を剣に添えない理由、それがコレだ」

 左手のブレスレットが僅かに輝いたと見えた瞬間、ローゼンハイムの左手には真紅の盾が握られていた。


「右手に剣を、左手に盾を。コレが本来の俺の戦い方だ」

 そう言って剣と盾を構えるローゼンハイムの姿は確かに様になっていた。


「チッ! 厄介だな」

 剣一本だけにさえ攻めあぐねていたレイにとって相手が盾を使えるということは死活問題だった。

 もしもローゼンハイムが剣と同じレベルで盾を使いこなせるのであれば、その守りを突破するのは至難の業と言える。少なくともレイにとっては。


「休憩はもう良いか? では、第2幕と行こうか」

 ローゼンハイムが盾を前面に押し出し前へと進み出る。


 魔物相手が主となるハンターにも盾を使う者はそれほど珍しくはない。

 しかし、盾を持った相手と戦う事はほぼないと言える。

 つまるところ、盾使いの攻略法をレイは知らなかった。


 ――とりあえず、死角に回るか。

 目の前に盾を押し出すという事は大きな死角を作るという事だ。

 ならば、側面に回ってその死角を突く。

 そう考え側面に回りこもうとするレイ。


「なっ!?」

 そのレイに向かって真紅の盾が迫る。

 側面に回りこんだレイにローゼンハイムは盾ごと体当たりを仕掛けた。

 金属製の盾をぶつけられたレイはそのまま弾かれ転がる。


「フッ、盾使いを相手取るのは初めてか? ならば気をつけるが良かろう、盾は守りのみに非ず。だ」

「そういう大事な事は、もっと早めに教えておいて欲しかったよ」

 盾と衝突する寸前に自ら後に飛んだおかげもあり、深刻なダメージを受ける事は避けられ軽口を叩いたレイだったが、その内心では盾を相手取る難しさを実感していた。


「厄介だね」

「悪いが、時間を与える気は無いぞ」

 どう攻略すべきか考えるレイに再びローゼンハイムが迫る。

 対処法の思い浮かばないレイは追い立てられただ下がるばかりだった。



「時間の問題だな」

 アダルの言葉は客観的な意見だった。

 贔屓目抜きでローゼンハイムとレイの間には明確な技量の差があった。


「遊び過ぎよ。最初から本気になってれば、とっくに終わってたのに」

 シャーリーが呆れた様に言う。

 これもまた客観的な事実から見た見解だった。


「舐めない方がいい」

 そんな時、最初から分かっていた事だと言わんばかりの態度のアダル達の耳が小さな呟きを拾った。


「今何と?」

 アダル、トマス、シャーリー、ローゼンハイムの従者3人は経験豊かな実力者だった。

 故に小さく呟かれたその一言を聞き逃す事はなかった。

 聞き返したのは聞き逃したからではなく、聞き違えたと思ったからだった。


「レイを舐めない方がいい」

 今度はハッキリと主語まで付けてエリスは言い切る。


「よく分からぬ見解だな。侮っているつもりはないのだがな。客観的な事実から見積もったつもりだが?」

「そうね。若は「本気で」とか言ってたけど、まだまだ手を抜いてるわよ? ケガさせないように気を使う余裕があるのよ」

 アダルは憮然とした表情で、シャーリーは挑戦的な視線をエリスに送りながら言葉を発する。


「相手を気遣っているのはレイも同じ」

 シャーリーの言葉を受けエリスは挑戦的なシャーリーの視線を見返し言葉を返す。


「へー。あの坊やにそんな余裕があるとは思えないけどね」

「レイがその気なら決闘開始直後に終わってる。相手を殺しても良いのなら」

「ふーん」

 シャーリーはエリスの言葉を単なるハッタリだと判断していた。

 それほどシャーリー達は自身の眼力に自信を持っていた。

 そしてそれは正しかった。


 それぞれの仲間が見守る前で一本の剣が宙を舞う。

 剣を弾き飛ばされたのがレイで、剣を弾き飛ばしたのがローゼンハイムだった。


 死角へと回る事を諦め、正面から手数で勝負に出たレイの攻撃をローゼンハイムは右手の剣と左手の盾を使い分け見事に捌ききった。

 特に左手の盾が厄介だった。ローゼンハイムは盾を剣以上に自在に操りレイのどんな攻撃をも弾き、逸らし、受け流し、そして自身の言葉を証明するように盾を打撃用武器としても使用してみせた。


 レイは最後までローゼンハイムの持つ盾を攻略できなかった。


「これは勝てそうにないかな」

「いや、貴様も中々だった」

 ローゼンハイムの言葉は社交辞令ではなく本心であった。

 勝った事は当然とした上での余裕の表れでもあった。



「大体予想通りなんだけ……ど?」

 目の前の光景にシャーリーがハクレン達に声を掛け若干の勝ち誇った笑みを向ける。

 そしてハクレンやエリスの顔付きに違和感を感じた。

 その顔に敗北の悔しさや健闘を称える気配はなく、未だに戦いを見守る真剣な面持ちだった。


「負けず嫌いが悪いとは言わないけど、ここから逆転出来ると思ってるの? まさか素手の方が強いのかしら?」

 シャーリーが肩をすくめながら子馬鹿にしたような言葉を放つ。

 闘技場の決闘のルールから言えば剣を落とした段階で負けと決まる。

 この決闘にそのルールが適用されないとしても勝敗は明らかと言って良いだろう。悪足掻きをしてどうにかなるものでもない。

 それがシャーリーの感想だった。


「30点」

 視線を向けることもなくエリスが再び呟いた。


「何が、かしら?」

「少し当たってるから30点」

 エリスの答えにシャーリーが顔をしかめる。

 言わんとしている事がまるで理解できなかったからだ。


 そんなエリスの言葉を引き継ぐようにハクレンが口を開く。

「ご主人様の力量を見切ったかのように申されますが、一体何を見てそう思われているのですか?」

「ホウ、まだ本気を出していないと?」

 ハクレンの言葉にアダルも興味深げにハクレンを見る。


「いえ、全力だったと思われます」

「何言ってんのアンタ達?」

 ハクレンの言葉にシャーリーが肩を落とし呆れたように言う。


「ですから、剣で戦うご主人様しか見ていないのに、ご主人様の全てを見切った気になるのは早いと言っているのです」

 ハクレンもエリス同様にレイとローゼンハイムから視線を逸らす事なく言う。


「ご主人様は剣士ではありませんよ」


 ハクレンの言葉にアダルとシャーリーも視線を前方へと向ける。

 その目がローゼンハイムとレイを捉えた直後の事だった。


「『超速転移オーバードライブ』」

 レイの姿が忽然と消えた。



 それを最初に見つけたのはさすがと言うべきかアダルだった。

 皆が闘技場内を見渡し探す中、視界の隅で小さくキラリと光る何かを見逃さなかった。

 闘技場の2階観客席に立つその姿にアダルの背中に冷たいものが走った。


 レイは構えた弓に矢を番え、今にでも放たんとしていた。


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