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75 「貴様に決闘を申し込む」

「よく来た。来たという事は決闘を受けるという事で良いな?」

「まぁな。逃げたと言われるのもなんだし、あんたの言い分ももっともだし、受けなきゃいつまでも付き纏われそうだしな」

 薔薇の仮面をつけた男、闘技場での呼び名は薔薇騎士ローゼンハイム。

 勿論本名ではない。闘技場では偽名での登録が認められている。要は盛り上がれば良いのだ。どこの誰かは重要ではない。それを発表する事で盛り上がるのならば素性も利用するが、そんな事をせずとも盛り上がるのならば『謎の人物』でも構わないのだ。


「刃引きではないが、良いな?」

「ああ、構わないだろ。どの道刃引きしてあっても意味は無いだろうしな」

 ローゼンハイムに相対するレイ。自身も既に木刀であっても相手を殺しうるレベルである。

 刃の有無はそこまで重要視する事ではない。使い慣れた愛用の得物が使えるに越した事はない。


 場所は闘技場の舞台。昼に使用された時のまま大岩や立ち木、川に橋といった障害物も残っている。

だが、観客はいない。

 これから行われるのは茶番と化した見世物ではない。


「約束を忘れるなよ?」

「あんたもな」

「当然だ」

 頷き合った2人は互いの剣を構える。


「……」

「……」

 何かの合図があった訳でもないが、暫く間を計っていた2人は同時に動き出す。

 互いの仲間たちが見守る中、 誇りと誇りを賭けた決闘は始まった。



 事の始まりは半日前に遡る。





「俺はお前が欲しい」

 突然のローゼンハイムからの言葉。

 最初に反応を見せたのは当事者、ハクレンだった。


「お断りさせて頂きます」

「理由を聞かせてもらえるか?」

「既に仕えている主がいます。ご主人様以外の方に仕える事はありません」

「フム。そうか分かった」

 意外と簡単にローゼンハイムは理解の意を示した。


「貴様が彼女の主という事かな?」

 傍らのレイに視線を向けるとローゼンハイムは口を開く。


「何でそう思う?」

「貴様の後に控えているかの様に立っていたのでそう思ったまでだ」

「よく見ているな。まぁ、その通りだよ」

 部屋の中をわずかに見渡しただけのように見えたが実はキッチリと観察していた事にレイは内心で驚く。

 以前の豚伯爵とは違う難敵の予感がした。


「名を聞こうか?」

「人に名を聞くときはまず自分からと教わらなかったのか?」

「確かに。失礼をした。だが、訳有って本名は明かせぬ。今は薔薇騎士ローゼンハイムと呼べ」

「薔薇騎士? 見たまんま、というよりその見た目だから、か。俺はレイ・カトー。しがないハンターだ。ちなみに本名だ」

 嫌味を1つ付けてレイは名乗る。


「ふむ。カトー……。聞かぬ家名だな。貴族や名家ではないな?」

「まぁ、由緒ある家で育てられた覚えは無いな」

「ふむ。という事は……」

 ローゼンハイムは与えられた情報から思考を巡らせる。

 評議会の議員のような一定以上の身分の者でもなければ、単なる平民が従者を持つ事などない。

 従者付きのハンターが居ないわけではないが、大抵の場合が貴族の子息だ。

 態度を見れば、単に金で雇われた者という以上の忠誠心を感じる。

 貴族や名家の出でもない若いハンターが従者の如き者を従えているとすればそれは……。


「奴隷か」

「そういう事だ。悪いが諦めてくれ」

 ローゼンハイムの頭のキレに内心で舌を巻きながらもレイは平然とした調子で言い切る。


「そうか。ならばむしろ話は早い。貴様の承諾さえ得れば良いのだからな」

「諦めてくれと言ってるんだが?」

「聞け。何も寄こせと言っているのではない。身請けしようと言っているのだ。いくらだ?」

「……」

 かつてあの豚伯爵にも同じような事を言われたな。そんな事を漠然と思い出しどう答えるべきをレイが悩んでいると、部屋の入口から1人の男が入ってきた。


「ローゼンハイム様。勝手に出歩かれては困ります。行き先ぐらい告げてもらわないと、闘技場も広いんで探すのに一苦労でしたよ」

「そうか。手間をかけたなトマス」

「それで、何をなさるおつもりで?」

「彼女を身請けする」

「ほう。あー、先程の試合の」

 決定事項のように言い切るローゼンハイムの視線の先を見たトマスが理解した様に頷いている。


「悪いが売る気はない」

「そう言うな。貴様の言い値で良い」

 再び既視感を感じる発言にレイも以前のやり取りを思い出す。


「なら、1千万。ただし、1千万ギルではなく、1千万枚だ。聖晶貨の一活払いでな」

「ほう。聖晶貨1千万枚とは中々豪気だな」

「確か王国の発行枚数が1万と数百枚でしたか? 共和国からもかき集めてきても足りませんから事実上不可能ですね」

 レイの答えにローゼンハイム、トマス共に驚く素振りも

なく冷静な反応を見せる。

 断る為の方便、無理難題を言ってくるという予想をしていたようだ。


「金銭で譲り渡す気はないという事だな?」

「というより譲り渡す気自体がないんだよ。何度も言うが諦めてくれ」

 ローゼンハイムの問いかけにレイは苦笑いを浮かべたまま先程から繰り返している答えを再度口にする。


「理由を聞こう。必要なのが奴隷というだけなら他にいくらでも居よう。なぜ彼女なのだ? 戦闘能力という点でも彼女以上の奴隷は居よう。何故だ?」

「質問に質問を返すことになるが、そういうあんたは何でだ? 正にあんたが言った通りだろ?」

「言ったであろう。俺は彼女が気に入ったのだ。容姿、戦闘能力、戦いぶり、将来性。その他諸々を含め彼女が欲しいのだ。代わりなど居ない」

「同じだよ。俺にとってもハクレンの代わりなんて居ない。単なる奴隷なんかじゃない。大事な仲間で、大切な家族だ」

「そうか。貴様はそういう考えの持ち主か。俺も奴隷を単なる所有物としてしか見ない輩には辟易としていた所だ。むしろ好感が持てる」

 ハッキリと目を見つめ返して答えたレイにローゼンハイムは口元の笑みを深める。


「だが、だからといって諦めるわけにはいかない。駄目だと言われれば更に欲しくなるのが人の業というものだ」

「それは単なる我が侭だろ」

「その通りだ。故に押し通す」

「あんたの我が侭に付き合う気はないよ」

「聞け。貴様は言ったな『大切な家族だ』と」

 話を打ち切り歩き出したレイをローゼンハイムは呼び止める


「言ったが、それが?」

「ならばもっとも大事な事は彼女の幸せではないのか?」

「何が言いたい?」

「貴様の下に居るより、俺の下に居たほうが幸せだと言っている」

 振り返ったレイの目を見詰めローゼンハイムが言い切る。

 その目は確信と自信に満ちていた。

 本気でそう信じている者の目だった。


「何を持って幸せとするかは俺や貴様が決める事ではないだろうが、彼女の本質は忠を持って仕える武人であろう。ならば優れた主に仕える事こそ幸せであろう」

 ローゼンハイムは「違うか?」という意味を込めてハクレンを見る。


 その視線を受けハクレンが答える。

「私はご主人様に何の不満もありません」

「そうであろうな。主に不満を抱くなどという不忠を貴様はしないだろうな」

「そうではありません。私にとってご主人様は最高の主です」

「他の者に仕えた事は?」

「ありません」

「ならば何故その者が最高と言える? そもそも、真に理想的な主であるか?」

「それは……」

 確かに他の者と比べることが出来ない以上、最高だと言い切る根拠はない。

 そして、ハクレンにとってレイは確かに良い主ではあったが、「理想の主か?」と言われれば、元々どんな人物が主人となろうと誠心誠意仕えるだけと決めていただけに理想の主の像など考えてもいなかった。


 ハッキリと即断できないハクレンを見てローゼンハイムは付け入る隙ありと笑みを浮かべる。

「レイ・カトー。貴様に決闘を申し込む」

 自らの左の手袋を外しレイの足元へと投げつける。


「勝ったらハクレンを寄こせ、か? そんな勝負受けると思うか?」

「勘違いするな。勝ったら寄こせ、譲れなどと野暮な事は言わん。俺が勝ったら、貴様には主人としての特権を捨ててもらう」

「いや、意味が分かんねーよ」

「つまりだ。彼女が自らの意思で他の者に仕えたいと思っても、貴様にはそれを拒否する権利がある。それを捨ててもらうと言っている」

「ハクレンがお前に仕えたいと言い出したら邪魔をするな。という事か?」

「そういう事だ」

 ローゼンハイムはようやく意図が伝わったかと鷹揚に頷く。

 仮面の奥でその表情自体は見えないものの、その瞳は自信に満ち溢れている。


「分かんねーな。なんでだ? それじゃあ結局ハクレンが首を振れば勝敗はどうでもいいって事だろ? 決闘で俺に勝ったぐらいで愛想尽かされるような絆じゃないつもりなんだけどな」

「かもしれん。だが、何もせずに引くのでは俺の気がすまん。貴様が俺よりも強いか、貴様たちの絆を俺には断ち切ることが出来ないか、やらずに終わるというのは性に合わん」

 それは完全にローゼンハイムの都合であった。

 レイには受ける理由も義理もない。


「まぁ、嫌なら逃げても構わん。無様に地に這い蹲るのは目に見えているわけだしな。そんな無様を晒せば女も逃げよう。特に獣人は強さに惹かれるらしいからな。自信がないなら逃げるが良いな」

 レイの思いを見透かしたかのようにローゼンハイムから言葉が発せられる。


 あからさまな挑発である。

 だからこそ、それで逃げれば名に傷が付く。というものだ。

 レイには傷が付いて困るような名などない。だが、だからと言ってそう簡単に逃げだせるものでもない。

 そこまで枯れているわけではない。


「刻限は夜21刻。場所はここ、闘技場で良かろう。話は俺が付けておく。受ける気があるのなら来い」

 それだけ言い残しローゼンハイムは控え室を後にする。


「……」

「……」

 立ち去るローゼンハイムを無言で見送るレイとハクレン。


「まったく」

 最初に口を開いたのはレイだった。


「勝手にやって来て、勝手に欲して、勝手に挑んで、勝手に決めて、勝手に帰る。勝手の権化かよ」

 苦笑いを浮かべながらレイは言う。

 相手の都合など一切気にする事のない、むしろ清々しいまでの身勝手さだ。

 しかし、その目は人の心の機微を的確に読んでいる。ただの身勝手な男ではない。


「で? どうするの?」

「さーて、どうするかね」

 ミーアが他人事のように気楽に言う。

 実際ミーアにとっては他人事であり、結論は分かりきっている。


「受ける必要はありません」

 そうハッキリと言い切るハクレン。

 しかし、その表情は硬い。


「一度誓った主従。何があろうと変わる事はありません。結論が出ている以上、無駄に危険な決闘に応じる必要はありません」

 そう、結論は分かっている。

 5年後、10年後までは分からないが、今日決闘で無様に負けた程度でハクレンがレイを見限る事などない。

 無様に地に這い蹲るところなど既に何度も見ている。レイより強い人物などクロスロードだけでも数多く居る。

 決闘の勝敗に係わらず結論は分かりきっている。


「勝てそうにないか」

 ハクレンの硬い表情がその事を物語っている。


「いえ、それは……。はい。現状でご主人様が薔薇騎士ローゼンハイムに勝つのは難しいかと。以前見た試合を参考にすると、レオルードさんでも簡単には勝てないと思います」

 それはレオルードに簡単に負けるレイとの実力の差を物語るものだった。


「決闘での怪我や最悪の事態も自己責任」

「決闘中の事故に見せかけて亡き者にしようっての?」

 エリスの物騒な物言いにミーアが尻尾を逆立てる。

 確かにそうなればハクレンとミーアの主人の座は空いてしまう。

 金銭奴隷であるミーアはレイが「自分の死後は解放する」と決めてあるので晴れて自由の身となる。だが、身分奴隷のハクレンは新たな主人の下に送られる事となる。

 新たな主人に成るには、獲得の為に早めに動き出した者ほど有利だ。


 だが、

「それはないな」

 レイがそれを否定する。


「あいつの目は自信に溢れていた。姑息な策を弄するより、正面から叩き潰しに行く奴だろうな。事故はあっても故意はない」

 何故かそれを確信をもって言えることにレイ自身が驚いていた。


「まぁ、時間はあるし、考えてみるさ」

 そう言いながらも既に答えが出ている事を皆がなんとなく分かっていた。

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