表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

13/14

ep13 私は私を知りたい

ep13です。

メイド長アンとの会話。

アンとの駆け引き。そして呪いとは。

「端的に申し上げます」

 アンは静かに言った。

「記憶を失っておられるのですか?」

 アイリーンは息を吸った。

「……いえ、そんなことはないわ。少し混乱しているだけ」

「そうですか」

 アンはアイリーンの目をのぞき込むように。

 ほんの少しの上目遣いで。

「そうですよね。ぶしつけな質問申し訳ございませんでした。なにぶん、お困りのことが多そうに見えましたもので」

「そ、それはそうよ。あんなことがあったのだもの。私だって混乱するわ」

「あんなこと? ああ、先ほど広間であったことですか?」

「そうよ。私、クリス様のことが心配で……」

「アイリーン様、私が言っているのはそんな『今』のことではございません。『これまで』のことなのです」

 そうして、いかにも心配そうに。

 何かアイリーンとの間に見えない線を一本引いているかのような丁寧さで。

 アンはこちらを見てくるのだった。

 目をそらしてはいけない。

 アイリーンは何となく。

 何となく彼女には記憶がないことを知られてはいけないと思った。

 全くの直感だが。

 直感と言うのは見えない記憶に基づいていることが往々にしてある。

「大事なお話と言うのは、呪いのことについてです」

「呪いの話?」

「こんな話を聞いたことはありませんか?」

 アンはアイリーンを見る。

 頭からつま先まで。

 再び頭まで戻ってくると、視線はアイリーンの目の中に落ち着く。

「今ヨルク家を蝕んでいる呪いは、前王がかけた呪いだと」

「え、ええ……知っているわ」

 それは……知っている。

 アネモネが前に教えてくれた話だ。

「あれはね、正解です」

「そう、よね」

「そうです、大正解でございます」

 でも……と言って、アンは唇に人差し指を置いて小首を傾げた。

「どこでその話が漏れたのかは不明なのですが……ちなみになぜ前王の呪いが発生したかご存じですか?」

「それは……」

 どっちだ?

 知っているのが正解なのか、知らないのが正解なのか。

 アイリーンの虹彩がわずかに揺れる。

「前王は……殺されたから……」

「アイリーン様も大正解でございます」

 アンは拍手をした。

 誰もいない休憩所に乾いた音が響く。

 正解……。

 アイリーンは心の中でほっとため息をつく。

 太ももの上に置かれた両手が冷たい。

「そうです。謀殺されたのです。現王のリチャード王の一派によって」

 リチャード王の一派によって殺された?

 初めて知る情報だ。

 が。

 アイリーンは努めて冷静な表情を装う。

「それ以来、リチャード王の体には消えることのない死の痣が浮かんでくることになったのです」

 アンにはまだ、アイリーンの心中は漏れていないようだ。

「上級貴族の間では禁句とされていますが」

 上級貴族の間では、とアンは繰り返した。

「追加しまして」

 アンは言う。

「呪いは生者しかかけることができないことを踏まえますと、見えてくる結論は、前王は生きている、もしくは生き残りがいる」

「生き残り……」

「ええ、まあ、こんなことは皆さん分かっていることですけどね。口に出さないだけで。ロバート様が言い出した時点で皆さん頭の中に浮かんだはずです。犯人はそのどちらかだと」

 禁句……。

 だから私は近くにいる誰からもその話を聞くことがなかったのか……。

「もちろんアイリーン様は知っておいでですよね」

「え、ええ。当り前じゃない。そんなことのために私を呼び出したの?」

「ああ、申し訳ありません。これはただの『確認』でして」

 アンは恭しく頭を下げる。

 ……表面上は私の方が格上ということみたい。

「そう。それじゃ私、体調がすぐれないから」

 言いかけながら立ち上がるアイリーンをアンは呼び止めた。

「お待ちください、アイリーン様。もう一つ大事な話があるのです」

 アンはエプロンから何か小さなものを取り出す。

「それは……」

「ペンダントでございます」

 アイリーンは目の前に掲げられたペンダントを見る。

 どこかで見た気がする。

 しかし、どこで見たかが思い出せない。

「こちら見たことはございますよね」

「私に?」

「ええ。お好きにお触りください」

 アイリーンは受け取ると、しげしげと眺める。

 ペンダントには薔薇の模様があしらわれている。

 しばし眺めていると、

「アイリーン様、どうぞお好きにお触りください」

 アンはアイリーンに再び言った。

 なんだ、触る?

 アイリーンは上下左右、裏表、ひっくり返してみたが特に変わったところはなかった。

「アイリーン様……」

 アンがアイリーンの目をのぞき込んでくる。

「アイリーン様は本当に記憶を失っておられないのですか?」

「そんなことないわ」

「それとも……アイリーン様は本当にアイリーン様なのですか?」

「……どういうこと?」

 のどが渇く。

 口の中が水分不足で上手くしゃべれない。

 何かが蠢く。

「いえ……野暮な質問でしたね。今一対一なのですから」

 アンは笑って言う。

「呪いの件は正解、ペンダントの件は不正解。アイリーン様はまだアイリーン様でございます」

「あ……当り前じゃない、私は私よ」

「ええ、その通りでございます」

「……今更だけど」

 アイリーンは頷くアンを見る。

 飄々とした彼女の表情からは何も感じ取れない。

 アイリーンは『無』に近い彼女を見据えて言う。

「あなた、色々と知っていそうね。私なんかよりよっぽど」

 震える手を押さえて、アイリーンは言う。

 やられっぱなしは私の性に合わない。

 悪役はもう捨てたけど。

 今だけは悪役令嬢でいさせて。

 どんな相手であれ。

 気高く、そして横暴にふるまう悪の華で。

「そんなに知っているのなら少しくれないかしら、ヒント」

「……」

『無』だったアンの目に冷たさが宿る。

「私だって犯人を探し出したいのよ。命を狙われたんだから。クリス様も傷つけちゃったし。黙ってられないわ」

「……」

 アンは何かを測りかねているように黙りこむ。

「どうしたの? もしかしてあなたが犯人ってわけじゃないわよね」

「それは誓ってありませんね」

「そうなの? 悪人面しているから、てっきりそうかと。ねえ?」

「……お戯れはここまでにしましょう、アイリーン様」

「もうお終いなの?」

 アンは再び『無』に戻る。

「そのペンダントはアイリーン様に差し上げます。それが私からのヒントです」

「あら、ありがとう」

「正確に言うとお返しします、ですが」

 アンは立ち上がる。

「犯人を見つけ出してくださいね、アイリーン様。これは王からの命令です」

 何かが蠢く。

 それに。

 アンは言う。

「それにアイリーン様はとてもお強いみたいですから、犯人の生死は問いませんわ……。期待しております、アイリーン様」

 頭からつま先まで。

 再び頭まで戻ってくると、アンの視線はアイリーンのほんの少し後方に落ち着いた。



 アイリーンが広間に戻ってきたときには、部屋の明かりはすでに消えていた。

 広間には誰もいなかった。

 皆自室に帰ったのだろう。

 クリスに謝りたかった。

 アイリーンは目を伏せる。

 私のせいで本来負うはずのない傷を負わせてしまった。

 明日、謝りに行こう。

 そして、こう言おう。

 私なんかで良ければ。

 一緒に踊ってください。

 次の舞踏会は無理でも。

 クリスの傷が完治したら素敵なワルツを踊るのだ。

 申し訳ないけれど、私にはクリスとの思い出が『アイリーン』ほどにはない。

 私が寵愛を受ける資格なんてないかもしれない。

 でもクリスとの数少ない思い出を思い浮かべると。

 心が温かくなった。

 これが恋なのかは分からない。

 現実世界でも本ばかり読んで、大して恋愛なんてしてこなかったから。

 でも。

 それでも。

 もう少しあなたのことが知りたい。

 ここで死んでほしくない。

 もっとあなたのことが知りたいから。

 ……犯人を探し出そう。

 クリスを殺そうとする犯人を、私を狙う犯人を。

 手ごわいアンだって、ロバートだって利用してみせる。

 私ならきっとできる。

 ねえ、こんな時くらい力を貸してくれる、呪いさん?

 ぞぞ、と。

 何かが蠢いて。

 私の肩に誰かの手が置かれた。

 呪いからの返事の代わりに。

 アイリーンの背後に広がる闇の中から。

 冷たい手が。

ep14執筆中です。

明日、明後日には上げる予定です。

おそらくep14か15で二章終了の予定です。

三章のタイトルは「憎しみの中に潜むもの」になります。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ