プロローグ 千里の旅も、一歩から
夕暮れの沈む、地平線。
眼前に広がる海からの波の音が耳を撫ぜる。
今日という平凡な一日も、私というどうしようもない人間も、終わりを迎えようとしている。
私はタメ息をひとつ着く。
「そ〜んなに暗い顔して、どしたん?話聞こか?」
急に声をかけられ、思わず振り返るとそこには一人の女性が居た。パッと見、同年代くらいだろうか。
「ど、どちら様でしょうか?ナンパなら別の人にしてくださいよ。」
「アハハ、同性にナンパなんてしないさ。まぁ、立ち話もなんだしとりあえず、そこのベンチにでも座ってよ。」
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「でさ、結局何があったのよ。悩み事があるなら話ぐらいは全然聞くけど?」
「なんで見ず知らずのあなたにそんな事話さなきゃいけないんですか…。」
(というかそもそも初対面の人に悩みを話す人なんて居ないでしょ⋯。)
と返答しつつ心の中で毒づいた。
「確かに、それもそうかぁ⋯。」
納得したようにうなづいた彼女を横目に、じゃあもういきますのでと私が言い終わるよりも早く、彼女は言葉を発すると凄まじい速度で距離を詰めた。
「私の名前は琴木優奈、あなたは?」
「お、大嶋純子です。」
「よし、これで少なくとも見ず知らずの関係ではなくなったね!」
「⋯っていやいや、流石におかしいですよ!」
「何が?」
「何がってそりゃ……」
「まぁまぁ、なんだったらそこの自販機でなんか奢ってあげるから。もう少しだけでいいから、話さない?」
(強引だなぁ……。)
彼女は立ち上がると、近くの自販機の傍へと近寄ると迷わず缶コーヒーを買う。よくここへ来ているのだろうか。
「何、飲みたい?」
「………オレンジジュースで。」
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「えーっと純子、だっけ?海は嫌い?」
手に持った缶コーヒーを飲みながら、彼女は話しかけてきた。
「まぁ普通って感じですかね。嫌いって訳ではないです。みんなそんなもんですよ。なんでそんな事、聞くんですか?」
「暗い顔してたってのもあるけど。だって純子、さっき海見ながらタメ息ついてたじゃん。」
「聞いてたんですか!?」
「こちとら、耳の良さには自信があるからね。」
「うーんと、じゃあ、そういうあなたはどうなんですか?海、嫌いなんですか?」
「そう聞かれると、悩むなぁ。でも、多分好きなんだろうな。そうじゃなきゃ、ここに何回もは来ないだろうし。」
「やっぱり常連なんですね。」
「そうだよ〜。よく分かったね。」
「⋯⋯………………⋯。」 「⋯⋯⋯……………。」
(か、会話が繋がらない……。)
私にとっては気まずい沈黙が流れた。
自分自身で言うのもあれだが、あまり社交性の無いであろう私はやはり初対面の相手と話すこと自体、相当ハードルは高かったようだ。
本当は今すぐにでも逃げ出したいが、ジュースを奢ってもらった手前、去りづらい。
そうこうして何を話そうか迷っている内、先に沈黙を破ったのは彼女だった。
「純子はどうして今日ここに来たの?」
「……あなたは?」
「また質問返しだ。まぁいいんだけどね。私はね、お姉ちゃんを探しに来たの。」
「お姉ちゃん?」
「そ。お姉ちゃんさ、昨日の夜に書き置き残して家出したの。」
「その書き置きには、なんと?」
「探さないでくださいってさ。」
「や、やばいじゃないですか!」
「私、その書き置きにさっき気づいてさ。思い返せば昨日、深刻そうな顔していた気がしたしで随分と焦ったね。自転車で家から15分、ここまで飛ばして来たってわけ。ここは近所でも有名な飛び降りスポットだしね。」
「言われてみればそう聞いた事、ある気がします。」
「市も対策を一応強化してるらしいんだけど、いたちごっこみたいで。至る所が脆いのに、ここの市はお世辞にも裕福ではないから予算もあまりかけられないし。先々月にも柵の低いところを越えた人が飛び降りたらしいよ。」
「へぇ〜、そんなことが……。それで、結局お姉さんは見つかったんですか?」
「うんや。ただ、手がかりは見つけた。お姉ちゃんのSNSのアカウントに電車の中から撮った写真が上がってたの。お姉ちゃん、旅行好きだったからさ。放浪の旅にでも行ったのかなって。」
「ひとまずは安心ですね。」
私はほっと胸を撫で下ろした。
「純子は、優しいね。」
「へ?急にどうしたんですか?」
「見ず知らずの他人、しかも目の前にいる人ですらない人を心配して一喜一憂するなんて純粋なヤツ、今どき珍しいタイプさ。」
「そんなもんですかね?」
「ま、それは置いといて。こっちも話したんだから、そろそろそっちの話も聞かせてもらおうじゃないか。さっきの質問の答え、教えてよ。」
「えーっと、それは………。」
「まぁ、話したくないなら強要はしない。流石によく知らない人には話せないことだってあるだろうし。何より今は物騒な社会だしね。どこから情報が漏れるか分からない。」
「ち、違うんです。その、あなたが私に対して悪意を持ってない、良い人だってことは何となく分かります。私を心配して話しかけてきてくれたことも。」
「そりゃあ、光栄だ。」
「ただ、少々心の準備がいるといいますか……。後で話せるようになったら話すってことでいいですか?」
「ふーん。ま、心の準備ができたらでいいさ。」
「ありがとうございます、って、きゃあっ!」
狙い済ましたかのように突風が吹く。いわゆる海風ってやつだろうか。
「あっ!私のキーホルダーが!」
私は風に吹かれて転がっていくキーホルダーを追いかける。あれは大切なものなので無くすわけにはいかない。しかし、キーホルダーに夢中になっていたのであろう。周りを私はよく見ていなかった。
「じゅ、純子!!前見て!前!」
身体がフワッと中に浮く。一瞬何が起こったか分からなかったが、直感的に理解する。
────落ちている。
目を閉じると、脳裏に先程彼女が言っていた言葉が浮かぶ。
(確か、脆い柵が予算オーバーで放置されてるんだっけ。)
ちょうど脆かった柵に突っ込んでしまったんだろうとか、とうとう私もこれで終わりなのかとか、落ちているというのに私は意外と冷静だった。元々生きていたくなんか、なかったからかな。
あぁ、もうどうでもいいや。
きっと私にはこんな最後が相応なんだろう。
私の生きた価値って、一体なんだったんだろうな。
何のために、産まれてきたのかな。
教えてよ、神様。
「何もかも!」
「諦めた顔してんじゃ、ねーよ!!」
「!」
その声と共に目を開けると、私は自分が重力に逆らって宙に浮いていることに気づいた。
いや違う。服の襟が引っ張られている感覚がする。
すんでのところで、助けられたのか。
でも、ダメだ。私がのうのうと生きてていいわけが、ない。
最期の最期でまた人に迷惑かけて、バカみたい。
「離して!離してください!私はもう疲れたんです!それに、このまま掴んでいるときっとあなたまで落ちます!私を見捨てたところで誰も咎めません。私に、私に命を賭ける価値なんてないのに……。」
「私は、その弱気な言葉に虫唾が走るの!価値なんて、関係ない!!理由も、要らない!!他でもないこの私自身が『あなた』を助けたいと思っているからこそ、助けてるんだよ!!!」
「私は純子のことを何もかも、まだ知らない!何が純子をこんなに苦しめてるのかも、分かんない!知らない、分かんないことだらけだよ!それでも!!」
彼女は腕にかける力を強める。
「私が、いつどんな時でも必ず手を差し伸べる!!純子が困った時の!道標になってやる!!!」
そう言った次の瞬間、一本釣りのような感じで私の身体は陸へと打ち上げられる。
「はぁ、はぁ……。何とか、助かった。やっぱ火事場の馬鹿力って偉大。」
「………………。」
「純子。あのね、『いのち大事に』だよ。励ましに、生きてればいつかいいことがある、なんて無責任なこと言えない。私自身、過去に縛られ続けて生きている人間だから。」
「でもね、この世を去るってことは自分の運命から逃げて、言いたいことも、伝えたいことも残せず自分の生きた証を風化させることなんだよ。」
「純子にだってひとつやふたつ、言い残したこともやりたくてもやれなかった、やり残したことあるでしょ?」
「は……、い。」
私は声に聞こえない程の掠れた声で返事をした。
「どうして。」
「?」
「どうして、あなたはこんなどうしようもない、私を気にかけてくれるんですか?」
「さっきも言ったでしょ。それは私がそうしたいと思ったから。それに、私と純子。もう友達でしょ?友達を助けたいの思うのは当たり前。あと、そのネガティブ思考も禁止!」
なぜかは分からない。けれどその言葉は私にとって、とても暖かく感じた気がした。
「…………!その、助けてくれてありがとうございました。」
私の表情を見て、その言葉を聞いた彼女はニコッと笑う。
「いいんだよ。それはそうとして、決めた!」
「?」
「純子、さっきのここに来た理由ってやつ。内容までは分かんないけど、何となく予想はつく。でも、言うのはちょっと待っててよ。」
それと同時に彼女、琴木優奈は立ち上がり私の手を引いた。
「私、純子のことをもっと知りたい!あなたのことをちゃんと知れた時に教えて欲しい。その時ならきっと、ちゃんと受けとめられるから。それに純子にも私のことを知ってほしい!純子はどう?」
「わ、私もです……!」
「だったらさ、私と一緒に行こうよ!これから私はお姉ちゃんを追いかける。その途中で、一緒に生きれる理由を、探そう!証を残して、叫んでやろうよ。抵抗してやろうよ。この世界にさ。」
そう言うや否や、彼女はスマホを取り出した。
「これ、お姉ちゃんのSNS。ちょうどさっきに投稿されてたやつ。」
「京都駅、ですか?」
「多分ね。私たちも追いかけるよ。」
「あの、私お金とか持ってないですし、それにどのくらい行くのかの予定とか準備もしてないんですよ?迷惑になりませんか?」
「迷惑になんか、なるもんか。旅行は1人より2人だよ!お金なんて全部私が出すし、そういうめんどくさいことはあとから考えたらいいでしょ!」
「ほ、本当ですか?」
「大マジだよ。さ、善は急げって言うでしょ。京都目指して、レッツゴー!」
こうして私は半ば引きずられながら旅に同行することになった。
見上げると、暗くなり始めた夜空に星が瞬いていた……。




