誓い ~ Episode0 Remnant ~
これにて結城希の物語は一旦、終わりになります。次回からいつものになりますのでよろしくお願いいたします。
「お兄ちゃん!」
明るい妹だった彼女の声が聞こえてくる。歳はもう俺よりもとっているはずなのに俺に甘えるかのように飛びついてくる。彼女はとっくに成人しているものの童顔で小柄であるが故に目の前の人物が国会議員とは誰も信じられないだろう。
「希……おいこら、人前で抱き着くな」
「いいじゃない! 久々に会えたんだから」
何年もの離れていた家族に再開した猫かのように希はすり寄ってくる。それとなんかゴロゴロ言っている気がする………。
「久々ってお前……。そこまででもないだろ? 1か月程度じゃあないか」
「だとしても、兄妹にしては会っていない方でしょう?」
「確かにそうだな」
彼女にとって俺は唯一の家族だ。俺は養子だから他の家族が居るが彼女には俺しかいない。0は彼女にとって世話焼きのお手伝いさん程度……もっと言えば執事だろう。俺が彼に直接そう言うと殺されかねないが、きっと彼女と相性はいい方だ。
「調子はどうだ?」
俺は見た目通り無邪気にクレープを頬張る彼女に問いかける。
「調子? いいに決まっているわ。ただ、今日はお兄ちゃんに伝えなきゃいけないことがあるの」
「伝えなきゃいけないこと?」
希は成人している以上は何もかも自分で決めて判断することができる。そんな彼女が俺に伝えたいこと………? 彼氏か? 俺はちゃんとした相手じゃあないと希が認めても結婚は認めないぞ。
「お兄ちゃん………多分、考えていること違う」
「そうか?」
早とちりしてしまったか。しかし、他に何か深刻な顔をしている以上は……。あぁ、そうか。知ってしまったんだな。
「お前は知ってしまったんだな。世界の仕組みというものを」
「えぇ・・・・・・・・貴方はその能力によって認知していたのでしょうけど私は『時間干渉』という完全なる時を操る能力で認知してしまったの」
一度起きてしまった事実は世界に痕跡を残してしまう。未来を、歴史を変えるならば世界を騙すもしくは世界ごと変えてしまう他ならない。
「それでもなお、お前は今この時を生きているということは望んだ未来を手に入れたか諦めたかのどちらかだな」
「なんとか手に入れたわよ。諦めるなんて性に合わないから」
そういう彼女は俺が知っている少し頼りがいのないが主張をしっかりする妹としての彼女ではなく、世界すらも敵に回して負けが確定していたとしても抗う覚悟のできた戦士のような瞳を宿した国の代表として名乗る彼女だった。
「それで? お前はその性質を覆すために世界を敵に回す覚悟を俺に伝えに来たってことか?」
「えぇ」
「そうか……………………」
私はお兄ちゃんに覚悟を伝えた。お兄ちゃんは少し頭を抱える。正義の味方を目指す彼にとって私は排除すべき悪になるのは間違いない。
「お前の選択は兄としては否定しない」
「え?」
彼からの回答は予想外なものだった。てっきり、彼の価値観や性格からして否定されるものだと思っていたのだが。
「お前の考えて考えて考え抜いてようやく得た答えがそれなんだろう? それは一種の正解だ。正義になりうる崇高なる意思だ。それを成そうとする志は兄として誇らしいばかりだ」
「えっ!? ちょっと待ってちょうだい!? 本当に貴方、お兄ちゃん!? そんなこと本気で言うとは……」
「話はまだ終わってないぞ。話を最後まで聞かないのはお前の悪い癖なのは変わってないんだな」
「うぅ…………」
机に手を突いて前のめりに突き出した身体を元に戻し、改めて彼の話に耳を傾ける。
「お前も分かっているからこそ俺に事前に言ってきたんだと思うが、お前のその行為は悪と評される行為だ。だから、俺はお前の兄として否定しないが、正義の味方を志す者として俺の全身全霊で否定させてもらう」
「えぇ。私はそれを打ち破って計画を成功させてみせるわ」
私はお兄ちゃんに向かって指を指す。私は結城希。衆議院議員にして人類再構築計画を遂行させるべく結成した組織であるブラック・ジャックのボスだ。世界トップレベルのハッキング技術を持つと言われども正義の味方を志す兄に負けているようであれば到底、人類の再構築など大逸れた行動なんざできやしない。
だからこその宣戦布告だ。これは私とお兄ちゃんとの初めてにして最大の兄妹喧嘩なのだから。
「何故だ! 何故、彼女が死なねばならない!? 答えろ! ――――――――!」
結城希と居るとふとしたときにあの記憶が思い起こされる。彼女は俺にとても良く似ている。自分で何でも出来ると思っていたが大切な人を亡くしてようやく自身の無力さを知り、そしてソイツのために自身の全てを投げ打つ覚悟で戦うのは…………。
違いがあるとすれば、コイツの場合は俺の時と違い長期戦になること。対象が大きすぎること。そして、俺よりも大きな代償を背負う可能性が高いことだろう。
「0…………調子が悪いのかしら? 話は後にした方がいいかしら?」
「いや、問題無い。続けてくれ」
俺は希に呼び出されていた。要件に心当たりは無いがコイツの目を見るに重要なことなのだろう。
「そう? 無理しないでちょうだい。でも問題無いと言うのならば、本題に入るわね」
「あぁ」
「私と契約しましょう?」
契約だと?
「いっちょ前に契約書を作りやがって………。ンで? 何が要望だ?」
俺は差し出された契約書を親指と人差し指で摘まみ上げる。
「…………。ンだこれ? 契約者を変更しろだァ?」
「文字通りの意味よ。お兄ちゃん………高階海斗から結城希に変更して欲しいのよ。その上で彼には貴方という存在を世間一般程度の知識程度に記憶を変え、立場を中立にして欲しいの」
「それは何故? 何のために? お前は何のメリットがあるんだ?」
「計画のためよ。貴方という存在はイレギュラーだからこそ中立であってほしいのよ。私か彼がしくじって世間からの目が厳しくなるかもしれない。そんな時に貴方という存在どっちつかずの存在が居ればどちらの側からでもサポートができるから」
それはつまり、高階海斗のやり方では不十分だということだな。アイツは正義の味方を志す者でありながら現実が見えている。だが、確かに潔癖が過ぎる。アレはどこかで必ず破滅するだろう未来を回避したいということか。
「いいぜ。それで? 対価は?」
「これでどう?」
なるほどな。それなら十分すぎる対価だ。
「いいだろう。俺を使うというのならば、存分に使いこなしてみろ。だが、俺はルールという名の野に放たれた猛獣と変わりないことを忘れてはならない」
「どういうこと?」
「つまり、今まで通り規約内で好き放題させてもらうってことだ」
俺は沖縄で入手した不発弾をお手玉代わりにジャグリングする。
「ちょっ!? なんでそんな物騒な遊びをそう言ったとたんにするの!? それに貴方って運動神経良い訳ではないんだから!」
「暇だから」
「なんでそうなるの~!?」
希が頭を抱えるが俺は構わずに続けた。もちろん、何発か暴発して俺の能力で破損した箇所を直したのは言うまでもない。
2046/05/05
こどもの日、それは日本国において規定された祝日の一つ。それは「こどもの人格を重んじ、こどもの幸福をはかるとともに、母に感謝する。」と国民の祝日に関する法律に記載されているものである。それは法律上、未成年である”私”も例外ではない。
「希! 本当にこれ、貰っていいのかしら!?」
”私”は私にそう尋ねてくる。”私”の好みは私自身が十分に理解している。だから高校生くらいの年代の少女が一見好まなそうなコレだが私にとっては喉から手が出そうなくらい欲しいものだろう。
「あぁ。好きでしょう? こういうの」
「えぇ! 私の好みよ! どうしてわかったの?」
「何、Elementary, my dear Akai.初歩的なことだよ、赤井君。君の趣味や趣向は見ていればわかるとも」
まぁ、嘘だけどね。ただの一般人がコーヒーや紅茶をビーカーで飲もうなんて考えることはあっても実際にやろうとしないだろう。私は大人になってから手に入れたがそういうロマンは幼いころから表に出さないだけであった。利便性を追い求めながら同時に存在するカッコ良さというものに惹かれていた。
「シャーロック・ホームズシリーズも知っているのね! そして優れた観察眼、尊敬するわ」
「それならば、彼の代名詞たる台詞の初出が小説ではなくウィリアム・ジレット主演・脚本の舞台劇だということは知っていたかい?」
「え?」
「原作で出たのはそれから発表された『背中の曲がった男』から決め台詞に変わっていったんだ。君は英語は原文で読めるのだろう? コナン・ドイルの推理小説だけでなく歴史小説も読むといい。何しろ彼は歴史小説こそ本分だと自負していたのだからね」
才能というものがあり、それが評価されたとて自分の好みのものでなく、好みのものが評価されない彼の人生は意外に知られていないものだ。しかし、似たような人生経験をしている人間は多くいるだろう。
「希は忙しいのに多くのことを知っているのね!」
「私の持論だが、忙しいことは無知であることの理由に足りえない。それに、これくらい一般教養でしょう?」
持論は間違っていないが、後者は嘘だ。大学時代の休暇中に国立国会図書館に通い詰めて片っ端から読み込んだだけの断片的な知識だ。逆にこんなマニアックな知識が一般教養だというのならば、アインシュタインのマンハッタン計画の引き金を引いた手紙の話や織田信長の超甘党エピソードすらも一般教養になってしまう。
「さて、紅茶かコーヒー……君はどちらがいいかい?」
直観では紅茶、スコーンが一つか二つ欲しいものか?
「紅茶! スコーンと一緒にアフタヌーンティーといきましょう?」
「そういうと思って、バッキンガムに行ったときに余分に買っておいたのだよ。これを淹れようか」
「わかっているじゃあない!」
私は日本の軟水ではなく硬水をあたためてポットに注ぐ。もちろん、日本の水でもいいのだが英国の紅茶に慣れている”私”はきっと日本の水ではあまりいい反応を得られないだろう。私は机の上に砂時計を置き、反転させる。
「天球……?」
「いや、これはそれに似せただけの物に過ぎない。3分という時間を計る方法はデジタルや人力で数えるなどの多岐にわたるが、こうして敢えてアナログの砂時計を使うのもいいだろう?」
「それこそ、ロマンというヤツね」
「あぁ。実にローマだとも」
所説はあるが……。
「さて、こうして待っている時間というものは何の会話もしないというのは味気ないだろう。君は能力者なのだろう? 一つ、能力を使ってみてくれないか?」
私は敢えてこう尋ねる。わかっている。自分と”私”の能力には圧倒的に彼女の能力が上であることが。だが、もしかするとひょっとすれば?
「私が、能力者!?」
「おや? 自覚が無かったのかい? 君はれっきとした能力者だとも」
この時の”私”は確実に嘘が下手くそなはずだ。であれば、この椅子から崩れ落ちるほどの驚いた様子は嘘ではない。やはり、これは使えるな。
「私から大量に輸血をしただろう? 君にも私と同じ『時間干渉』の能力が備わっているはずだ。多少、出力が劣化しているかもしれないが時間停止くらい造作もないだろう」
「私が『時間干渉』!? 時間停止も!? そうすれば、落としたコップも地面に衝突する前にキャッチできる!?」
「もちろんだとも。発動は簡単だ。右手で指パッチン……いや、フィンガースナップをすればいい」
「フィンガースナップ………。私、出来ないのよ」
”私”は右手の親指と中指を合わせて弾く動作を何度繰り返そうにも掠れるだけでパチンという心地の良い音は一切鳴らない。
「無心にやり続けてみればいいさ。そうしたらいつの間にか鳴らせるようになる。それだけなら指も傷めないだろう?」
「そうね! やってみるわ!」
そうこうしていたら砂時計の砂は落ち切って周囲には紅茶の香ばしい香りが漂っていた。
「せっかくだし、私の方からも見せようか」
私は右手を上に伸ばし、その指先で音を鳴らす。中指が親指の付け根に衝突する衝撃波によって気持ちのいいパチンという音が周囲に鳴り響く。私はポットを手に取り、均一になるように茶こしを用いてベストドロップまで注ぎ入れる。そして、再び時は動き出す。
「さぁ、どうぞ」
”私”は目を丸くして驚いている。座っていた人間がものの一瞬で立ち上がり、二人分の紅茶を注ぎ終えているのだ。
「これが……『時間干渉』! インターバルは!? デメリットは無いのかしら!?」
「インターバルは練度によって変化するだろう。デメリットも同じだよ。君はおそらく右目の視力が悪くなるといったところだろう」
元の能力のデメリットがソレだったから少なくとも変わりないだろう。ちなみに今の能力のデメリットはあるにはあるが使い方次第ではデメリットを踏み倒すことができる。
「右目………。少しだけ視力が悪いけどそれが悪くなるのは……」
「問題ないだろう? 使いすぎなければいいだけだから。もし、気になるようであれば眼鏡やコンタクトという手段だってある」
「そうね」
これで”私”の認識を書き換えられただろう。私が思うにありとあらゆるものを打ち破ることができる最強の切り札である『逆転』が自身の能力だと認識していると色々と不都合な気がする。
「さぁ、冷めると悪いしささっと飲み干してしまおう」
私はコップの中の紅茶を飲み干して立ち上がる。
「おっと、すまない急用だ」
私はかかってきた電話を”私”に見せるとそそくさと退散していった。
「いってらっしゃい」
2046/11/03
「結城希君を内閣総理大臣に指名することに決しました」
議会場が拍手の喝采に包まれる。そう、私は内閣総理大臣へと上り詰めた。
「よかったじゃねぇか………。法律上では少し違うがこれで司法権以外の日本権力のトップだ」
0が私にだけ見えるようにしてありながら無重力状態のように漂いながら話しかけてくる。
「いいや、なったところで私の成すべきことは何も変わりないわ。表と裏から世界を変革する。その過程で私の全てを失ってしまおうとてね」
小声で彼に伝えながら私は拳を握り締める。戦う相手は個人も団体でもない。そして上位存在など目に見えるものでもない。人の認識、差別意識、人の罪、七つの大罪と呼ばれる人の欲望、その罪を全て私が振り払う。
「それだが、終末機構が動き出していたようだ。『暴食』が起動した痕跡があった」
「詳しく聞かせて頂戴?」
「あぁ、人の意識は常によりよい未来………というわけではなく、破滅願望を内在しているんだ。よくあるだろ? 積み上げた作品を何もかも破壊しつくしたい・もし、明らかな致命的な行動をとったらどうなるんだろう? ってな。それが増大したときに世界を終わらせる終末装置として機能する。それは連鎖的に大罪の形を以って顕現する大災害だ。過去において『強欲』によって焼け野原になった地域があるな。だが、あくまでもそれは人がより良い未来を願う者が多い場合には必ず淘汰される。そんな『暴食』の起動痕跡があった。正確な時間はわからねぇがここ数分から数十年以内の新しいものだ」
………何それ? もしかして、それ対処しないといけないヤツ? 計画の邪魔になるタイプ? それとも計画で消えてくれるタイプ?
「起動とは言ったがまだ不完全のようだ。ただ、終末装置は相手によって出力が変化するからLEVEL9なんざ当てようとしたら手を付けれないバケモンになるだろうな」
「………人の生み出した自業自得みたいだけど、形は? 人と同じなの? 異形なの?」
「さぁ? 人じゃねぇか? 俺が対峙したことがあるのは『傲慢』だからな。アレだけで決めつけるのは何ともな」
………ガッツリLEVEL9ぶつけているじゃあないの………。でも彼の性格上、未知のものは性質を調べようとするから倒したとしたら内臓の隅から隅まで見るだろう。疑問形である以上は倒して人と同じか人型だが現状は無害と判断した倒せなかった個体と見るのが良さそうだ。
「ここ数百年は注意しておいた方がいいかもな」
そんな言葉を残して彼は去っていった。さて、そんなマズそうな話を聞いた後だが内閣総理大臣………しかも、最年少・女性初の内閣総理大臣の就任のスピーチは一体何を話そうか………。用意しておいたプロットが先程の話で全て吹き飛んでしまったが何とかするしかない。
「バッドタイミングなのは狙ったわね………………」
私は情報提供には感謝しつつ、心の中で舌打ちをしてスピーチのために演説台へと向かった。
私は計画に賛同してくれそうな人を片っ端から仲間に引き入れた。どうせ、計画は私の自己犠牲で終わるのだ。幅広いところまで役をこなせるのならば人格は多少問題ない。とは思っていたが、NO.2と3は選択をミスった気がする。
「ボス………×××××していいですか?」
NO.2の武田信二が私に問いかけてくる。彼は警察権のトップの癖してどうしようもない変態だ。しかも、私の容姿は彼のドストライクなのだとか………。そんなことを考えているだけでも正直、悪寒が走る。一番消すべき欲は彼を見ていると色欲な気がする………。
「ダメに決まっているでしょう? 貴方の趣味に付き合うのはゴメンだといつも言っているじゃあない。そういう発言は冗談だけにしておきなさい。いや、思考するだけにしておきなさい」
「じゃあ、——————は?」
そして、我が組織の問題児のNO.3の佐々木葵。彼女を知ったからこそこのポストだが本来ならこのような加虐趣味のサイコパスは組織のトップに据えてしまったらマズイだろう。
「もっとダメに決まっているわ」
結成した組織運営は正直、首相としての業務が忙しすぎて手が回らないためにほぼ彼らに丸投げだ。だが、同時に彼らの勝手に暴走してしまった後の後始末は私が引き受けている。まだ権限がある上にある程度目的に即して行動してくれているからいいが、暴走度合は帝国時代の関東軍並みな気もする………。
⸺ おまけ・人物紹介 ⸺
結城希/この章の主人公
ロマンっていいわよね!
0/ナチュラル外道
宙に浮かぶ演出は希を重要な場面で笑わせるため
赤井ゆの/騙された娘
これ以降、『時間干渉』が自身の能力と認識
高階海斗/ゆの・希の兄
兄として妹の夢は応援する。
佐々木葵/グロ方面にやべぇやつ
やべぇやつなんて失礼な! 生きようとする意志がいいんじゃあない!
武田信二/エロ方面にやべぇやつ
学生時代のあだ名が『変態終末期』
竹中昴/この物語の作者
マグカップは国立科学博物館で買った300㎖のビーカー




