第63話 レクス・タリオニス
俺は用を足しに行く振りをして少し離れた木陰まで移動したあと、行動を開始する。
まずは……奴らに見つからないように木を盾にしつつ、念のため魔法で姿も変えておこう。
樹里も密かに魔法を練習していたように、俺もアイテムボックスだけでなく、他の魔法の練習も続けていたのだ。
この偽装の魔法によって、相手からは俺がダンディーな髭面の中年男に見えているはずだ。
ついでに凝り性の俺は、声もそれっぽい声に調整する。
こっちは魔法ではなく、俺の改造された肉体の機能みたいなもんだな。
「あー、ア"ア"ア"ーー。ヴゥオホン……。これでいいか」
……さて。
俺が目指すのは俺達を見張っている連中の所だ。
昨日からご苦労にも見張っていたのは知っていたが、今日は少し様子が違っていた。
昨日は一人しかいなかったのに、今日は何故か三人も見張りについていたのだ。
他のパーティーの所にも見張りはついてるだろうし、沙織や樹里の戦闘力は奴らも知っているはず。
それなのに、三人。
その時点で怪しんではいたんだが、俺達がコボルトと戦っている時に、奴らの一人がこっそり近くまで接近してきた時があった。
好意的に見れば、戦闘の様子をチェックしてるという風にも、危なくなったら助けに入ろうとしているようにも捉えられる。
しかし、ソイツは戦闘を行っている俺らの近くに"何か"を放り投げた。
ソレが何だったのかは正直分からない。
だがその"何か"の落下地点に、後に現れた狼の魔物が頬ずりしていた事を踏まえると、あの"何か"は魔物を誘導する為のもんだったんだろう。
……なんせ、あの魔物は奴らが見張ってる地点に突然現れたんだからな。
きっと魔物を封じ込めておくような、魔導具でもあるんだろう。
少なくとも、それ以前にあの狼の魔物の気配はなかった。
いや、気配というか、そもそも物理的に存在していなかった。
では奴らの目的は……?
最初はまずそれを問いただそうと思ってたんだが、俺がこっそり行動してる間に仲間内でペラペラと話していたので、大まかは理解出来た。
奴らとはまだ距離が大分空いているが、俺がそれを意識して聞こうと思えば十分声が拾える距離だ。
それによると、なんでも樹里の魔法の力や沙織の能力がどれほどのものかを試すつもりだったらしい。
こっそり亡き者にしようという意思はなく、危なくなったら助けに入れるように、今日だけは三人で見張りをしていたようだ。
……気に食わねえな。
笑い話に出来るようなドッキリならともかく、奴らの見込みが甘ければ、死者も出るような内容だ。
変に過保護な所もあると思ってたが、こういう所の扱いは雑だ。
さて……。
完全に殺しにかかってきていたんなら、同じ目に会ってもらえば良かったんだが、どうするか。
……ううん、そうだな。
大森のお陰で精神を操作する魔法は急速に上達した。
こいつの臨床試験を奴らでも行うとしよう。
そうと決まれば至近距離まで接近して……と。
『ハロー。こんな所で男三人、デートでもしてるのか?』
『……ッ!?』
おおっと、反応が早いな。
俺は男が突き出してきたナイフを躱しつつ、持ち手を掴んで捻り上げる。
『グアァッ』
はいはい、今度は左右から同時にね。
なかなか統率のとれたコンビネーションだけど、コンデンスミルクにガムシロップをぶっかけたみてえに甘ぇんだよ。
『ッツゥ……』
俺は左右から襲い掛かる男を、右手と左手を使ってそれぞれ一人ずつ相手の腕をつかんで、捻じり上げる。
するとあら不思議。
何故か、足に力が入らなくなって、少しの間立ち上がる事も出来なくなるって寸法だ。
『まずはお前からな』
俺は一番近い場所にいた男の頭部に触れ、精神操作の魔法をかける。
これは俺のなんとなくの感覚なんだが、距離の離れた相手だと上手くいくイメージが沸かないんだよ。
なので、こうして直に相手に触れて行う。
『ヒイイイイイイィィィィッッ!! ヤメロッ! 近づくな!? いや、俺はお前を愛してる。だから早く殺してくれ! ええぇっ!? ぎゃははははははっっ……んー? そうかそうかあ』
その辺の射程距離の問題は後の課題として、俺の魔法によって男は劇的な変化を見せる。
今イメージしたのは、とにかく感情をランダムに強く刺激するってものだ。
赤ん坊なんかは、泣いてると思ったら次の瞬間笑ってるなんて事もよくある。
しかし大の大人が実際そうなっているのを見ると、非常に気持ちが悪いな。
まあ、いいか。次だ、次!
『な、仲間に何をした!?』
一人目の男の狂態を見て、震えた声で問いかけてくる男。
三人もいたのに一瞬で全員が無力化され、挙句に仲間があの状態ではそれも仕方ないだろう。
『まあ、そう怯えるな。俺がお前を楽しい楽しい笑いの世界に導いてやろう』
そういって二人目の男の喜びや笑いの感情を、ノンストップで強化してやる。
すると効果はすぐに表れ、先ほどまで不安な表情をしていた男は、突然満面の笑顔に変わる。
『わははははははっっ! お前っ! 何言ってるか、ハハハ、訳、わかんねー、っぷははははっっ!』
うむ、楽しそうで何より。
笑う門には福来るってね。
にしてもホントによく笑うな。
最後に残った怯えた様子の男が、『モ、モーリス?』って声かけただけで笑い転げてるぞ。
箸が転んでもおかしい年頃なんて言葉があるが、今の男の状態はまさにそんな感じだな。
『さて、最後はどうするかな』
『な、何なんだ!? 何が目的だ! お前は何者だ!?』
『こいつはこんなに楽しそうに笑ってるから、お前には逆に鬱になってもらうか』
一回りして恐怖が麻痺したのか、急に喚きだす最後の男を無視して、俺は魔法で強制的に男を極度の鬱状態にする。
『俺が……間違っていた! なんで俺はこんな指示を疑いもせずに受けてしまったんだ……。そもそもオグルビーの奴が……』
これも即効だな。
直前まで息巻いていたのに、急にボソボソと独り言を言い始めたぞ。
精神を直接操作するってヤベーな。
下手な攻撃魔法よりこっちのがよっぽど恐ろしい。
俺も何か対策を講じておかないとマズイか。
一つ教訓を得た俺は、最後にこいつらの首筋を軽く切断して、そこからナノマシンを注入していく。
大森にもやった手段だな。
もし今後俺に不利益な言動をしそうになった時は、体の中から強制的に動きを止めさせる。
余りにそういった事を繰り返すようなら、介錯人なしの切腹でもしてもらおう。
こいつらにかけた精神魔法は、効果は強いがその分持続時間はそう長くない。
想定では多分二、三日もあれば効果は消えるはず。
その辺の臨床データもナノマシンに送信してもらうとしよう。
よし、そろそろ樹里たちの所に戻るか。
俺は阿鼻叫喚となっている男達の元から離れ、辺りに他に潜んでる奴がいないか注意しながら駆け始め…………っと、忘れてた。
「……これか」
小さく呟きながら、俺は連中の一人が持っていた水差しのようなものを奪い取る。
手に取る前から感じられてはいたが、こいつからは魔力が感じられる。
いわゆる魔導具という奴だな。
「回収完了。さて、帰るか」
そうして今度こそ樹里らの待つ場所へ、急いで戻っていった。
「もう! どこまで行ってたのよ!?」
「悪い悪い。おっきい方だったんで、ちょっと離れた所まで行ってたんだ」
「なっ……そんな事言わなくてもいいわよ!」
うむ、俺もそんな事は言いたくはなかったんだが、ちょっと離れた時間が長すぎたからな。
これも仕方ない。
「それより根本の様子はどうだ?」
「え、ああ。今は大分落ち着いてるわよ」
「そっか。そんでこの後はどうするんだ?」
「どうって……、あんなのが出るなんて聞いてなかったし、一旦キャンプまで戻ったほうがいいんじゃないかって、一色が……」
「おかえりなさい、大地さん。先ほどまで三人で話していたのですが、魔物狩りは一旦中断して、野営地まで戻ろうと思うんですが、どうでしょうか?」
樹里と話していると、沙織が小走りに駆けて来て話しかけてきた。
恐らく樹里と話していた内容が聞こえていたんだろう。
「ああ、俺もそれでいいと思うぞ」
「よかった。それでは早速この場を離れましょうか」
「りょーかい」
根本の奴は、一応見た感じでは普段と同じように見える。
しかし、あの時の根本の表情は…………。
俺はその時の光景を振り切るように頭を振って、キャンプへと向かって歩き出す。
……あっそうだ。
「おおい、帰りはこっちから回っていくぞ」
「なに? 魔物でもいるの?」
「ああ。なんかそっちの方から妙な声が聞こえるんだよ。すげー不気味な声だから、そっちは避けていこう」
「うん、いいわよ」
こうして俺達の今日の魔物狩りは、想定外の出来事によって、中断する事になったのだった。




