第61話 コボルト
ふあああぁぁ……。
火星人に改造されて以来、別に睡眠を取る必要のなくなった俺の体だけど、やっぱ普通に暮らしてる時はこうして寝るのっていいよね。
俺はテントの外へのろのろと出ていき、朝日を浴びながらグーンと背を伸ばす。
これもまたノーマル人間だった頃からの習慣のようなものだ。
「ふいぃぃぃ……」
俺がそんな朝の健やかなひと時を満喫していると、テントの中から誰かの大声が聞こえてきた。
「わわわっ! はむぅふんぐ…………。なしておらの口に藁さ詰まってんだべか!?」
どうやら俺の朝の健やかなひと時は、崩壊を迎えたようだ。
つくづく俺って人間は、集団行動ってのが向いていないと実感する。
俺はアンニュイな顔を浮かべながら、キャンプ地の中央部にある井戸へと向かう。
そこには幾人かの日本人や教官たちの姿があり、まさしく井戸端会議をしている所だった。
まあ、女だけじゃなくて男も結構いるからちょっと違うのかもしんないけど。
そんな彼ら彼女らの横を通り過ぎ、井戸から水を組み上げると、その水で顔をパシャパシャと洗う。
冷たい水が寝起きの俺をシャキッとさせてくれる。
「あ、大地! おはよう!」
「おう、樹里は朝から元気だな」
「え? そうかな? 別にいつも通りだと思うんだけど」
俺の勝手なイメージだと、女って朝が弱い人が多いってイメージあったけど、樹里の場合はそんな事はないようだ。
「それより、今日は一日中魔物狩りさせられるみたいだから、今日こそはあたしらで一位を狙うわよ!」
「へいへい、ほどほどにな」
「ほどほどじゃダメなのよ!」
なんで樹里がここまでムキになっているのかが、未だによく分からん。
ちなみに昨日は結局火神たちが一位、俺達が二位という結果になった。
というか、三位が十六個だったんで、一位と二位が飛びぬけ過ぎだと思うんだよ。
「とにかく! 今日はハイスコア目指すんだから、朝はしっかり食べてきてよね!」
それだけ言って、樹里は元の場所に戻っていった。
あそこにいるのは、同じテントの女達だな。
「……そーいや、今日の昼飯ってどうなるんだろ」
昨日はキャンプ地にいたから自分らで料理したが、今日は午前からパーティー行動なんだよな。
そんな事を思っていたら、朝の朝礼のような集まりの時に、教官から昼食用の携帯食を支給される事が告げられる。
そして俺は昨日と同じメンバーで、森に魔物狩りに向かう事になった。
……ううん。出発前にカロリーを補給するメイトな感じの携帯食を渡されたのだが、これってこの世界の基準からしたら贅沢品っぽいな。
軍人であれば三食食べる事もあったりするけど、まだまだ一般庶民は一日二食ってのが普通な世界みたいだし。
だというのに、この携帯食にはドライフルーツなんかも練りこまれている。
他の連中は気づいてるのか知らんけど、相変わらず優遇されてはいるようだ。
それだけ、魔甲機装の使い手というのは得難いって事か。
まあ、優遇されてるって事に気づいていない奴の方が多そうだけど。
そう、なんだかんだ言って、この世界の基準からすれば俺達は優遇されている。
実は今も俺らから少し離れた場所に、なんか特殊な技能を持った奴が後を付けて来ている。
これは何も今日だけでなく、昨日も。それどころか街で暮らしている時からも。
常に一定距離離れた場所で、俺達を見張る者達がいた。
特に昨日と今日は、魔甲玉の携帯が禁止されたせいか、いつもより近い距離を維持しながら後を付いてきている。
街で暮らしている時はともかく、今こいつらが近くについてきているのは、何かあった時の為だろう。
街中ではただウザイだけだが、こうして俺達を守る為の人員は配置されている。
沙織辺りはどうも、そいつらの存在をなんとなくの感覚で認識していそうだが、他に気づいている奴は……火神はもしかしたら気づいているかもしれんな。
街で暮らしてた時は、難なく振り切る事が出来たので気にしていなかったんだが、こうして野外で活動してると好き勝手出来なくて面倒だ。
「…………」
「……っと…………ち」
「…………ねえ、大地。聞いてるの?」
「え、ああ。聞いてるよ。この方角で合ってるぞ」
考え事をしつつも、俺はしっかりと樹里に受け答えする。
「ほんとに聞いてたのね。携帯食を見てボーっとしてたから、お腹が空いてあたしの話を聞いてないのかと思っちゃった」
「まあ少しお腹が空いてきたのは事実だな。この先にいる魔物を倒したら、食事休憩する事にしよう」
「そうね、次はあたしも魔法じゃなくて剣でいくわ!」
「じゃあ僕はサポート重視で立ち回ります」
「私も今回はこの槍で援護しようと思います」
おうおう、皆随分やる気だねい。
「大地はどうすんの?」
「俺かぁ? まあ高度な柔軟性を維持しつつ、臨機応変に対応する予定だ」
「えーっと……、そ、そう? じゃあおーへんに頑張って!」
まあ昨日の様子からして、わざわざ俺が出張る必要もないだろう。
最初の説明にあったように、ここには大した魔物は出現しないようだし。
「あ、いたわ!」
樹里が発見したのは、ゴブリン……ではなく、犬のような頭部を持つ魔物、コボルトだった。
数は八匹。……いや、八体と呼ぶのか?
まあその辺はよく分からないが、数が俺達より多いのは間違いない。
「少し数が多いようだけど?」
「スコアを稼ぐビッグチャンスね!」
ううん、これは負ける事を考えてないな。
まあ実際コボルトもそれほど強い魔物ではないんだけど、ゴブリンよりは僅かに強い。
「向こうはすでにこちらに気づいているようですね。ここで迎え撃ちましょう」
「笹井さん。相手は数が多いですし、最初に魔法で数を減らしてもらえませんか?」
「んー、そうね……。剣で行こうと思ったけど、敵の数も多いし仕方ないか。あたしにまっかせなさーい!」
張り切って呪文の詠唱を始める樹里。
ここは森の中なので、一番得意な炎系の魔法が使えなくて不便だと言っていたが、樹里は他の系統の魔法もちゃんと扱う事が出来る。
昨日のまんまるウサギにボディアタックを食らった根本にも、回復魔法を使って治していた。
今使おうとしてるのは、風系の魔法かな?
昨日の狩りの時に使用していたのも、風系統の魔法が多かった。
「ミ、パファス。ストナ、セロス!」
樹里が魔法を発動させると、風ではなく石の塊が幾つか宙に形勢されていく。
そして中距離にまで迫ったコボルト達に、それらの石が砲弾となって放たれた。
樹里の魔法による攻撃で、三体ほどの足止めに成功した。
一体は比較的軽傷だが、残り二体はそれなりのダメージのように見える。
しかし、残りの五体は勢いを弱らせる事なく俺達に迫る。
「うわっっと、ぬおおおぉぉぉ! ちょえええぃ!」
「おい根本。妙な奇声ばかり上げるな。気が散る」
「そ……んな事を言われましても……ね! 僕も、必死なんです……よ!」
話している間に敵が待ってくれるのは、漫画やアニメの世界だけの話だ。
だが根本はコボルトの攻撃をいなしながらも、俺に返事をしてくる。まあ、本当にやばかったら俺か沙織がサポートに入るし、あれだけ無駄口が聞けるんならまだまだ大丈夫だろう。
実際、当初こそこちらより数が多かったコボルトだが、すぐにもその数を逆転させられている。
俺も一応随所でフォローはしていたんだが、一つ気になる事があったので、実はあまり戦闘に集中してはいなかった。
「ふうぅっ、ふうぅぅぅ……。なんとか、いけるもんなんですね」
「あたしの魔法があれば、あれくらいラクショーよ!」
「ですが笹井さん。今回は少し相手が多かったですし、あまり無茶をするべきではないと思いますけど」
戦闘を終えて息の荒い根本と、対照的に全く息を乱していない沙織。
その二人の内、沙織の方が樹里に苦言を呈し始める。
「なによ。ちゃんと倒す事が出来たじゃない。ケガ人だっていないんだし」
「それは結果論というものです。相手の力量を見誤っていたら、どうなる事か考えた事はありますか?」
「でもコボルトは昨日も戦って強さは分かってたでしょ? ……確かにちょっと数は多かったかもしんないけど」
「ですが私達は――」
「お前達ちょっとストップ」
言い争いを始めた樹里と沙織だったが、どうもそんな事してられない状況に発展してしまったようだ。
言い争う二人に声を掛けた俺は、森の奥をジッと見つめるのだった。




