「高谷、 好きだよ」
「彼氏ができたよ」
その場の空気が凍ったのがわかった。
それに思わず爆笑しそうになって、口を押さえて小さく笑った。
二人に本当の笑顔を見せたのはいつぶりだけ、と思い出を反芻する。
珍しく二人揃ってる両親の目に、珍しく私が映っていて。
それが悔しいけどすごくすごく嬉しくて仕方なかった。
泣きそうで、でもないたらダメだって、ぎゅっと拳を作った。
二人は私を見ながら、でも口は開かない。
口のきき方も忘れたのかもしれない。
まともに会話したすら初めてのような気がして、でもさすがにそれはない。
沈黙にいたたまれなくなって、二人の言葉を待たずに行ってきます。と家を出た。
二人が何を思ったのかは知らない。
でも私が火をつけた日以来、二人は前より家に帰ってきてるから、少しでも変わったんじゃないかなって嬉しい。
珍しく二人に向けて発した言葉が“彼氏できたよ”とかはどうかとあとになって我に返ったけど、もう遅い。
変わらなくてもいいって思ったのに。
変えるのは、大人になってからでいいって高谷に言ったのに。
でもその矛盾点が人間らしくて、私はまた泣きそうになった。
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「ぶははははははっ!! やっべぇ、伊咲様 最強じゃん!!」
うん、とりあえず小南ころすね?
先週高谷の家に泊まりに行った。
弟くんとの初絡み。
そして新しい扉を開いた上に異常になつかれた。
キモいしね。と言えば、もっと言ってくださいとはしゃがれた。
教調してほしいとか言い出したからシカトすれば、それはそれでいいとぶつぶつ言ってた。
高谷に助けを求めると、やっぱりまだ爆笑してた。
私は決めた。
絶対これからは高谷の家に行かない。
「ごめんって」
「思い出し笑いを必死に堪えてるやつに慰められてもな」
「だって……はははっ!」
「チッ」
そんで数日経っても毎日LINEを送りつけてくるので小南に相談しようと学校終わりのカフェで待ち合わせをして話した。
冒頭に戻る、私可哀想。
何故LINEを教えたって、そんなのあいつがシカトすれば喜ぶからに決まってる。
だから優しくしてやったのに、それはそれで喜んではしゃいでた。
「よかったじゃない。わかったでしょ? 伊咲はちゃんと好かれるんだよ」
……そんなの、世界中にドMが溢れ返ってれば私は素のままイージーモードだっただろうけどさ。
そうはいかないじゃんか。
「まあ、とりあえずよかった。二人が付き合ってくれて」
何がよかったのか聞こうとしたけど、何となくわかる。
小南は私と高谷をくっつけようとしていたみたいだ。
何か全て高谷と小南の手の平で踊らされてた感……私頭いいはずなのに、何でこんなにはめられるんだろ。
「……よかったて言うか、私は何も変わってない。ベフトオブ自己愛だし、ブス嫌いだし、これでもたまに本気で死にたくなる」
高谷には言ってわないけど、頑張って親とも最低限の会話はしようとしてるけどうまくいくときばかりじゃない。
うまくいかないときは絶対吐きたくなるし、死のうかなぁとか考えたりする。
結局、一回病んでしまったものは元に戻らないし。
それに私は自分のことを人よりもずば抜けて大好きだから変わろうとしないし。
「うーん、でも須藤さんには俺がいるし。須藤さんが死んだら俺が悲しんであげるし。少しでも存在意味はあるでしょ?」
……押し付けがましいんだよあほ。
でも異様に泣きたくなるのは、多分最近泣いてばっかりいるからだから。
だから、誤解しないで。
高谷は周りよりは特別だけど、私の世界のど真ん中にはいないんだから。
それでいいよって、高谷が優しく笑う。
そんな私たちを見て、小南も優しく笑った。
弟くん、実は君の歪んだような無邪気な好意を気に入っていたりする。
お母さんの、行き場をなくした無意味な愛が、少しだけ羨ましかったりする。
お父さんは、最低なくせにこの私に完全に嫌われてないのは誇ってもいいと思う。
小南の、歪んで病んでいる私を笑って励ましてくれる広い心がほしい。
高谷の、まっすぐで言葉に表せられないくらいの感謝すべきたくさんの気持ちが好きだったりする。
私は意外と、好きなものがたくさんあって。
その中の自分の部分が多いだけ。
「須藤さんは変わらなくていいよ。俺が大人になるから」
わかってるんだよ。
何言われても結局私は変わらないよ。
何でわざわざ言うんだよ。
わかってるんだよ、理解してるんだよ。
でもやっぱりそんな優しさの塊みたいな、自分に向かってくる好意が認められない、信じられない。
信じたいとは思うの。
「それでいいんだよ。須藤さん」
ああ、どうして。
高谷は何でそんなに綺麗なの。
「おーい、泣くなよ。涙の安売りは大嫌いだって言ってたじゃんか自分ー」
「はは、何それ須藤さん言いそう」
何でどうして、こんなに私の周りは優しいんだろう。
「……な、泣いてないし! 散れ!」
どうか、この先も。
私の拙い愛を知ってください。
受け止めて、ありがとうって感謝して。
離れていかないで、死なないで。
たくさん、私の名前を呼んで。
たくさんたくさん、愛して。
信じられるよう、頑張るから。
「あんたほんと、高谷と会ってからバカになっちゃって……」
「バカな須藤さんも可愛いけどね」
「……バカじゃないしぃぃい……」
情けなく大泣きする自分も好きだって思った。
かっこわるくてもいいのかもしれない。
だって私は可愛いし。
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カフェで大泣きした日から数日経って、今日も今日とて高谷は私を家まで送ってくれる。
まあ、家が近いからなんだけど。
じゃあね。と高谷に手を振って、玄関を開ける。
母親の靴はなくて、でも父親の靴はあった。
少しビクつく自分に腹が立ったけど、でもそれは父親のせいじゃんか。と靴に八つ当たりして、リビングに向かう。
「……ただいま」
恐る恐る出したにしてははっきり言えて上出来だと思う。
そうやって自分を慰める。
……くそジジイ、空気読めよ。
返事しない気かよくそ。
ふいっと顔を背けて自分の部屋に向かおうとしたとき、小さく父親の声が聞こえた。
「……お前は、幸せなのか」
聞いてどうするの。
あんたらのせいでつい最近まで……っていうか、今も完全に幸せだとは言えない状況にいるよ責任とれ。
「…………今でもまだ死にたいとも思うし、私の人生ないわーって一人で落ち込むけど、結局私は今死んでないし。明日も高谷に会いたいなぁって思ってるよ」
支離滅裂。
おまけに最後はただのノロケ。
でも父親は確かに頷いて、そうか。って笑った。
小さくだけど、笑った。
そんなんで許されると思うなよ。
そんなんで解決できないくらいこっちは歪んでるんだよ。
作り笑いばっかりうまくなって、私は素ではうまく笑えないし、感情を出すのもうまくない。
「……すまなかった……」
ソファーに座っていた父親が、立ち上がって私に近づいて、深く頭を下げた。
何の、心境の変化だよ。
だから、謝罪ごときで許されると思ってんのか。
一生罪背負って生きろ。
おまけにそんなんで家庭は完全には修復できないんだよ、どいつもこいつもバカか。
でも、
「……私は可愛いから、その言葉を信じてあげてもいい」
生きろ。
死ぬな。
それだけだから。
人間を作ってるのは、それだけだから。
誰も死ぬな。
絶対無理なそんな願い事を胸の中で繰り返しながら、二階の自分の部屋に駆け込んだ。
嗚咽交じりに泣きながら、嬉しくて悲しくて、明日はもっと話してみようって。
母親とも父親とも、たくさん話をしようって。
だから今日は泣くのを許して。
駆け込んで、明日は目が腫れるだろうなあって、そう思いながら高谷に電話を掛けた。
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「おはよ」
「おはよー、須藤さん」
「何でいるの高谷」
「ははっ、それ何度目?」
「こっちの台詞だ。何でいっつもあんたは私が朝起きたら私の両親と仲良く朝食食ってんだよバカ。ここの家の住人のごとく食卓を囲んでんじゃねーよバカ」
あのあと、母親が過労で倒れたり、父親が愛人? と別れたり、結構重いことがたくさんありながら一年ほど経ったわけだけど、重い話はとりあえず割愛さしてもらう。
1つ言えることは、とりあえず物事はひどく呆気ない。
十数年でできた溝は、完全には埋まってくれていないとしても、ぎこちなく、そしてゆるゆると元に戻ってきていたりする。
朝、父親と母親が二人ともリビングにいて、私がおはよ。って言えば、声を絞り出しておはよう。って返してくれる。
普通の家庭なら当たり前なのかもしれないその行為だけで、私は幸せになれたりする。
元通りとは行かない。
仲が良い家族とは言えない。
でも私の存在は確かにそこにあって、確かに何かは変わっている。
そして何故か、高谷との仲が親公認になっている。
それに対しては非常に不本意で、私より高谷の方が父親と仲が良いんじゃないかと思ったりする。
「………………どうなんだ、高谷くんとは」
「……えー……、会話に困ったからってその話題するのよくないよ……? そこら辺は思う存分高谷に聞いたらいいと思う」
私は普通じゃないけど、多分普通は父親に彼氏との仲を報告しないと思う。
知らないけど。
とりあえず高谷が笑ってるのを横目で見ながら、キッチンに行った母親についていく。
「……ねぇ、伊咲。今幸せ?」
「……それさぁ、おとーさんにも聞かれたけどさ」
普通じゃない私は、幸せなんてわからなくて。
本当は徐々に修復してきつつある状況を、素直に喜んで良いのかすらわかっていなくて。
やっぱりいつか壊れるんじゃないかって、信じきらない自分がいて。
それを思うと多分今幸せなんかではなくて。
「でも、一応今の生活は好きだよ」
そう言って笑って見せれば、母親がひどく安堵した顔を向けてくる。
その顔は、好きだなって思う。
私の可愛い顔はこの人の遺伝子からきてるんだから、もっと笑っとけよって思う。
まあ、笑えなくさせたのは父親だし私だし、この人自身なんだけど。
「高谷、行こ」
「須藤さん朝ごはんいっつも食べないよね。行きしお菓子食べさせるから」
「めんどい」
「はい、行こ行こ」
手を引かれて、それにだらだらとついていく。
そんな私たちを見ている両親は、優しい顔をしていて。
やっぱり私の周りには優しさばっかり溢れてるなって思った。
大丈夫。
私は変わらなくて良い。
何も変えなくて良い。
「高谷、 好きだよ」
「……うん、俺も。ほんと須藤さん可愛い」
「それは私が一番知ってる」
この話で本編は完結とさせていただきます。
別の人の視点や番外編をこれからは書く予定です。




