第26話 僕のこと、好き、だった……?
“それ”は、私がエデンのことを、本当に命ある生き物かと疑うに十分すぎた。
「アー、カイ、ズ……」
「な、なんて…ヤツ、だ……」
アーカイズが倒れる。自分の攻撃に耐えられなかったんだ。当然だ。あれだけの攻撃を撃てるだけでどうかしている。気が付けば、レーリアも気を失っている。なのに――
「ハ、ハハ……」
なんで、エデンだけは倒れないんだ? 生き残っているクローン兵たちもエデンが生きているという事実に、呆然としている。
彼女の後ろでは、巨大な暗黒城が瓦礫の山と化している。近くの山や森もめちゃくちゃだ。あれだけ濃かった霧さえも完全になくなってしまっている。……アイツはなんで、原型を保っているんだ? 単純に考えて、エデンは暗黒城よりも頑丈だということになる。
「クッ、うぁっ……! さ、ぁ…次は、誰だ……?」
口から血を流しながら話すエデン。その足取りはおぼつかない。目の焦点も完全にはあっていない。おそらく、意識が飛ぶ寸前なのだろう。瀕死状態といったところか。
何千人ものクローン兵の猛攻、レーリアのラグナロク魔法を纏った剣の攻撃、アーカイズのラグナロク魔法を纏った拳を二度。砕けた地面、裂けた大地、崩れた要塞、割れた天空。――なぜ、エデンは生きている?
いや、だが、もう彼女は瀕死だ。たとえこの場を逃れても、このあと生きていけるかどうかはかなり怪しい。生き延びても、身体に深い後遺症が残るレベルだ。
「……レーリア、アーカイズ。無駄にはしない」
私は剣を手にする。絶望の空気が広がる中庭を、私は歩いて行く。いや、もう中庭とは言えないか。何もかもが砕け、引き裂かれて、ひっくり返されてしまった感じだ。私は大きな亀裂を飛び越え、エデンのいる大地に飛び乗る。
「…パトラー=オイジュ、ス…… 次は、お前がっ……!」
口を開くたびに、エデンは血を吐きだす。彼女の腹部には穴が開いていた。胸にかけて、皮膚が裂けている。そこからおびただしい量の血と……原形を保っていない内臓器官がはみ出ている。
私はエデンから目をそむけ、彼女に向かっていく。白色の刃を持つ鋭い剣で、彼女の胸を貫く。驚いたことに、彼女は何の抵抗もしなかった。……いや、違う。
「ぅっ、ぐっ……!?」
エデンはその場に膝をつく。彼女は確かに私を殺し、勝つという意思があった。なのに、抵抗しなかった。
「な、なぜ、身体が…動か、なっ……」
……抵抗できなかったんだ。もう、身体はとうに限界を超えている。連合政府の遺伝子改良によって、偶然得られた異常な生命力と魔法が、彼女を“延命”させているんだ。
そのとき、亀裂の向こうに誰かが立つ。
「エデン」
「……セネ、イ…シアっ」
そこにいたのは、コマンダー・セアにエデンの名を与えた少年だった。親衛士の名を持つ者が本来、守らなきゃいけない存在だ。
「さ、最期に教えて欲しいんだ……」
「ハッ、今更…なにを、だ?」
「…………」
セネイシアは震えていた。細く弱々しい腕で、ぎゅっと拳を握る。
「僕のこと、好き、だった……? ぼ、僕はエデンのこと、好きだったよ……!」
「…………」
「エデンは、どうか、な?」
セネイシアは無理やり笑顔を作りながら話す。だが、エデンの答えは非情なものだった。
「――バカか、お前」
「…………!」
「お前を、抱く度にっ、私は…虫唾が、走った。お前のような、子供を…この私がなぜ、抱かなくちゃ、ならんのだ……」
「エデンっ……」
セネイシアの目から涙がこぼれる。それは頬を伝い、瓦礫の上に落ちていく。
「そ、そっか。そうだよ、ね。ごめんねっ…… でも、僕は、エデンのこと、まだ好きだよ」
そういうと、ヒーラーズの少年リーダーは、杖を持ち上げる。杖の先端にある青色のクリスタルが光る。魔法弾を飛ばす気だ。
「じょ、冗談っ、だろ……? なんで、お前の、ような……子供に、殺されなきゃっ……!」
エデンを愛した少年は、持ち上げた杖を振り下ろす。1発の白い魔法弾――衝撃弾が尾を引いて飛んでゆく。
セネイシアの心を弄んだ女は、片膝を着いたまま、片腕を上げる。黒い破壊弾を飛ばそうとする。だが、もはや彼女にそんな力はなかった。
衝撃弾が、死にゆくエデンの腹部を貫く。爆発。血と肉片が飛び散る。そして、不死身かと思われた最強のクローンは、地面に横たわる。彼女が再び動き出すことは、もうなかった。
「エデン……」
セネイシアは杖を冷たい地面に落とす。無味乾燥な音が鳴りながら転がっていき、最後には大きな、黒い十字の亀裂に落ちていく。
最愛の仲間に裏切られた少年は、そっと腰に装備していた剣に手をかけ、剣を引き抜く。その刃を自らの首に向ける。
「まさか……!」
私はセネイシアを止めようと、彼の側に駆け寄ろうとする。だが、その途端、脇腹に痛みが走り、その場にうずくまる。さっきの戦いは、あまりに激しすぎた。身体への負担が私自身、限界を超えていた。
一方、セネイシアはもう首に刃を押し当てていた。あのまま剣を滑らせれば、彼の命は消える。――死を迎える。愛していた仲間に、残酷に裏切られ、壊れた心も終わりを迎える。
「……セネイ、シア卿」
「…………!」
あるクローンの声がした。
「レー、リア……?」
私はうずくまりながら、虚ろな目をしたセネイシアの方に顔を向ける。気を失っていた剣闘士が、ヒーラーズのリーダーの足首を握っていた。
「あなたに仲間はまだいます……」
「ごめんね、レーリア…… 僕がバカだったから、エデンの言うがままに、みんなを戦いに行かせて…… ごめん、ねっ……!」
そう言うと、彼は剣を滑らせ、首を斬ろうとする。
「セネ――シア卿!」
レーリアがセネイシアを無理やり押し倒す。僅かに血の付いた剣が冷たい音を立てて転がる。
「あなたの側には、まだあなたを愛す仲間がいます。その仲間を、捨てて逝くのですか?」
「レーリア…… 僕は、もう――生きていくのが怖いし、疲れた……」
少年の死んだような目から、涙が零れる。その口端が、少しだけ笑っているように見えた。絶望。それが、彼の心を呑み込んでしまった。――死だけが、解放になってしまっている。
「僕は…怖い……」
「シアっ……」
レーリアがセネイシアに覆いかぶさるようにして、小柄なその身体を抱き締める。セネイシアの泣き声に混ざって、彼女の泣き声も聞こえてくる。
「パトラー……」
「クラスタ……」
私の後ろから、クラスタが声をかけてくる。彼女の手を取り、立ち上がる。もし、クラスタに裏切られたら、私もセネイシアのような気持ちになるんだろうか……?
徹底的に崩れ落ちたヒーラーズ本部要塞。一帯には、何十人ものクローン兵の死体が転がっていた。たくさんのクローン兵が呆然と荒野に立ち尽くしていた。
空に立ち込める灰色の厚い雲。黒い森。薄暗い城跡。そして、泣き続ける少年と剣闘士――
――セネイシアとは、一体なんだったのか……?




