第9話 ちょっとね、お話があるんだ
【水流都市ウォルタミアシティ 市街地】
日が傾き、空と街がオレンジ色に染まる。パトラーと別れた私は、ウォルタミアの防衛師団本部へと急いでいた。
パトラーが囮として、ヒーラーズ軍に捕まった。私はヒーラーズ兵たちがパトラーに気を取られている隙に、あの場所を突破した。
パトラーを捕まえた戦闘士アーカイズは、“パトラーと私を即刻射殺しろ”なんて命令を下すぐらいだ。急がないと、パトラーが殺される可能性がある。
「…………」
私は建物の影や戦車・ガンシップの影を利用しながら、ウォルタミア防衛師団本部へと近づいていく。まだ、アチコチにヒーラーズ駆逐兵やヒーラーズ掃討兵がいる。ただ、パトラーが捕まったせいか、油断しているようにも見える。私が残っていることを知らないのだろう。
私はヒーラーズ駆逐兵たちがいなくなったのを見計らって、十字路の角から飛び出す。誰もいないアーチ状の窓ガラスで覆われた道路――アーケード道路を走る。右側の窓から、夕日が差し込んでいる。この道路の先にウォルタミア庁舎とウォルタミア防衛師団本部を兼ね備えた建物がある。
「…………!?」
アーケード道路を走っていたとき、突然目の前に魔物が現れる。黒い頭部に赤色をした筋肉質な胴体を持つ人型の大型獣――ベヒーモスだ。
「ベヒーモス? なぜここに……?」
ベヒーモスはコスーム大陸南東部――ファンタジア州やプレリア州などの自然地帯に現れる大型獣だ。間違ってもこんな大都市にはいない。
辺り一帯に響き渡る雄叫びを上げ、ベヒーモスは私に向かってくる。鋭く長い爪で私を斬り裂こうとする。
「――遅い!」
私は力強く床を蹴り、空中に飛ぶ。ただ、ここはアーケード道路。アーチ状のガラスで、天井も覆われている。そんなに高くは飛べない。ベヒーモスと天井の僅かな間を飛び、魔物の背後に降り立つ。
着地の体勢に入りながら、腰に装備してあった2本の剣を抜く。着地と同時に、ベヒーモスの身体を背後から斬りつける。オレンジ色の床に血が飛び散る。
悲鳴を上げるベヒーモス。魔物が後ろを振り返り、私の姿を目に捉える。それと同時に、手に持っていた剣を投げる。剣は宙で回転しながら、ベヒーモスの右目を貫く。
「トドメだ――!」
間髪入れずに、私はもう一度、床を蹴り、ベヒーモスの頭部に迫る。残された剣で首を斬りつける。真っ赤な血がガラスにまで飛ぶ。
魔物は断末魔を上げ、後ろに倒れる。ベヒーモスが倒れるのと、私が再び床に足を付けるのは、ほぼ同時だった。
「動くな!」
「なにっ!?」
別の声がアーケード道路に発せられる。私が顔を上げると、そこには20人近いヒーラーズ駆逐兵が、アサルトライフルを構えて待っていた。先頭に立っているのは、ヒーラーズ駆逐部隊一般幹部のギョクズイ中将とヘキギョク中将だ。
「あんたがクラスタか」
「…………!」
いつの間にか、私の後ろ――ウォルタミア防衛師団本部に通じる道にも、ヒーラーズ軍がいる。そっちにいるのは、ヒーラーズ掃討兵だ。しかも、ヒーラーズ掃討部隊一般幹部のカルセドニー中将とジャスパー中将までいる。
「えへへ、クラスタちゃん発見っ!」
「……クリア!?」
ヒーラーズ掃討部隊がいる方向から、他のクローン兵よりもやや年齢の低いクローンが現れる。ヒーラーズ駆逐部隊の長官――召喚士クリアだ。そうか、さっきのベヒーモスもこの子が……
上級幹部(七衛士)が1人、一般幹部が4人…… 圧倒的に劣勢だ。いくらなんでも、この5人に勝つのは到底不可能だ。しかも、5人に加えて、60人近いクローン兵までいる。戦闘が始まれば、まだまだ増えるだろう。
「だが――」
降伏するワケにはいかない。私はベヒーモスから剣を抜く。血が刃から滴り落ちていく。勝てない戦いに挑むほど私は愚かではない。
「…………」
チラリとすぐ真横のガラスに目をやる。このガラスを壊して、空中に飛び出す。地上まで少し距離があるな。一緒に落ちてくるガラス片にも気を付けないと。……ここから飛び降りるのも、あのヒーラーズ軍と戦うのも、どちらも成功確率は低い。僅かに、飛び降りる方が、助かる見込みが大きいかも知れない。
私は剣に衝撃波を纏わせる。そして、戦うと見せかけてアーケードを破壊しようとした。だが、――
「…………!」
大きな食事用のナイフが飛んでくる。私は剣でそれを弾き飛ばす。ナイフは床を転がり、消えていく。――物理魔法で創り出された武器か。
「フフフ、腹でも減ったか?」
「ジャスパー……」
ジャスパー中将が槍として使えそうな大型フォークを手に、不敵に笑っている。さっきのナイフも彼女が創り出したのだろう。
すでに他の一般幹部も手にそれぞれの武器を持っている。上級幹部(七衛士)でない、一般幹部たちもかなりの実力者だ。
「まぁまぁ、落ち着きなって、クラスタちゃん」
あどけない表情で召喚士クリアが歩いていくる(誰がクラスタちゃんだ)。
「ちょっとね、お話があるんだ」
「話……?」
「うん、お話っ!」
そう言いながら、クリアは私の前にテーブルとイスを召喚した。
<<軍隊と人物>>
無駄話ですが、ヒーラーズ各兵団の上級幹部と一般幹部たちです↓
※特に重要ではありません。
◆第1a兵団(制圧部隊)【降伏】
◇レーリア(剣闘士)
――剣を使う上級幹部。クラスタに重傷を負わされ、ダーク・サンクチュアリに撤退した。
◇エメラルド
――レーリアの補佐を行うクローン。ソフィアの弟子で、指揮官としても有能。エコノミアシティの戦いで臨時政府に降伏した。
◇アンバー
――レーリアの補佐を行うクローン。ソフィアの弟子で、指揮官としても有能。エコノミアシティの戦いで臨時政府に降伏した。
◇アルマンディン
――レーリアの補佐を行うクローン。ソフィアの弟子で、指揮官としても有能。エコノミアシティの戦いで臨時政府に降伏した。
◇カイヤナイト
――レーリアの補佐を行うクローン。ソフィアの弟子で、指揮官としても有能。エコノミアシティの戦いで臨時政府に降伏した。
◆第1b兵団(鎮圧部隊)【降伏】
◇ソフィア(戦術士)
――戦術・戦略を立て、実行に移す実力はヒーラーズ軍ナンバー1だが(臨時政府将軍に匹敵)、身体能力は高くない。エコノミアシティの戦いで臨時政府に降伏した。
◇ヒスイ
――ソフィアの護衛と補佐を行うクローン。主にハンドガンを使う。エコノミアシティの戦いで臨時政府に降伏した。
◇コハク
――ソフィアの護衛と補佐を行うクローン。主にマシンガンを使う。エコノミアシティの戦いで臨時政府に降伏した。
◇ルビー
――ソフィアの護衛と補佐を行うクローン。主に槍を使う。エコノミアシティの戦いで臨時政府に降伏した。
◇サファイア
――ソフィアの護衛と補佐を行うクローン。主に弓矢を使う。エコノミアシティの戦いで臨時政府に降伏した。
◆第2a兵団(駆逐部隊)
◇クリア(召喚士)
――魔物や物体を召喚することに関してはクローン軍ナンバー1だが、戦闘能力は高くない。ソフィアを姉のように慕っているらしい。
◇ギョクズイ
――クリアの補佐を行うクローン。指揮官として未熟なクリアに変わってヒーラーズ駆逐部隊を指揮している。元々はソフィアの弟子だった。ヒーラーズ軍ナンバー2の指揮官でもある。
◇ヘキギョク
――クリアの護衛を行うクローン。主にマシンガンを使う。クリアを妹のように可愛がっているらしい。
◇スギライト
――クリアの護衛を行うクローン。主に刀を使う。
◆第2b兵団(掃討部隊)
◇ハンターZ型
――上級幹部の1人。生物兵器であるため、意思を持たない。
◇カルセドニー
――意思を持たないハンターZ型に変わって、ヒーラーズ駆逐部隊を指揮している。元々はソフィアの弟子だった。ギョクズイと共に、ヒーラーズ軍ナンバー2の指揮官でもある。
◇ジャスパー
――カルセドニーの護衛を行うクローン。主に大型のナイフやフォークを武器にしている。魔導士のフェールと仲がいいらしい。
◇タンザナイト
――カルセドニーの護衛を行うクローン。主にナイフを使う。
◆第3a兵団(強襲部隊)
◇アーカイズ(戦闘士)
――上級幹部の1人。身体能力はヒーラーズ軍ナンバー2。敵は全てぶっ潰せを基本信条としている。
◇ルベライト
――アーカイズの弟子。
◆第3b兵団(精鋭部隊)
◇フェール(魔導士)
――上級幹部の1人。
◇ゾイサイト
――フェールの弟子。
◆第4a兵団(防衛部隊)
◇エデン
――親衛士の地位を持つクローン。身体能力はヒーラーズ軍ナンバー1。
◆第4b兵団(親衛部隊)
◇セネイシア
――ヒーラーズ軍の少年リーダー。
※第1a、1b、2a、2b兵団は人数が多いので、一般幹部の数も多いです。逆に第4a、4b兵団は人数が少ないので、一般幹部はいません。




