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女子大生社長は、勝たない  作者: 久遠 睦


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第53章:問いを持ち帰る日

朝の電車は、思っていたより混んでいた。

星野紬は、ドア横の手すりにつかまりながら、片手で資料を開いていた。

地域共創物流ユニット設置計画。

人員体制案。

倉庫側条件。

暮らしの森マーケットへの返答控え。

銀行への返答控え。

昨日まで会社の机に広げていた資料が、今日は通学鞄の中に入っている。

学生用の鞄に、社長としての資料が入っている。

その重さが、肩にずしりと乗っていた。

向かい側には、同じ大学へ行くらしい学生たちが立っていた。

「今日、小テストだっけ」

「やば、忘れてた」

「レジュメ見とけば何とかなるでしょ」

そんな会話が聞こえる。

紬は、思わず自分のスマートフォンを確認した。

講義予定。

提出課題。

ゼミ資料。

小テストはない。

ただし、地域経済論の課題提出が三日後に迫っている。

紬は小さく息を吐いた。

会社では、銀行への事業計画、二店舗比較検証、人員体制、倉庫改修、新規取引先の選定基準が動いている。

大学では、課題提出が待っている。

どちらも、待ってはくれない。

「社長でも学生でも、締切は締切だな」

そんなことを思って、紬は少しだけ苦笑した。

大学の正門をくぐると、空気が変わった。

会社のビルとは違うざわめき。

講義へ急ぐ学生。

ベンチで朝食を食べる人。

サークルのチラシを配る声。

紬は、その中を歩きながら、少しだけ呼吸が深くなるのを感じた。

ここに来ると、肩書きが少しほどける。

社長であることが消えるわけではない。

けれど、ここでは紬も学生の一人だった。

教室に入ると、マイが先に席を取っていた。

紬を見つけると、手を振る。

「おはよう、社長」

「おはよう。できれば普通に呼んで」

「無理。最近、顔が完全に社長」

隣にいたカナも笑った。

「分かる。なんか資料を持つ手つきが違う」

紬は鞄を置きながら苦笑した。

「そんなに?」

「うん。でも、目の下のクマは学生っぽい」

「それ、褒めてないよね」

「安心して。今日の課題、ちゃんと出せばまだ人間に戻れる」

「人間じゃなかったんだ」

マイとカナの軽いやり取りに、紬は思わず笑った。

会社では、笑う前に考えることが増えた。

言葉の影響。

相手の立場。

数字。

責任。

でも、ここでは少しだけ、笑ってから考えられる。

そのことが、思った以上にありがたかった。

「で、今日は会社の資料?」

カナが紬の鞄をちらりと見る。

「うん。少しだけ」

「少しだけの厚さじゃないけど」

マイが覗き込もうとして、紬が慌てて閉じる。

「企業秘密です」

「おお、言ってみたい」

カナが笑う。

その時、教室に教授が入ってきた。

ざわめきが少しずつ静まる。

紬はノートを開いた。

地域経済論。

今日の講義タイトルは、黒板に大きく書かれていた。

『地域連携と選別』

紬は、その文字を見た瞬間、ペンを握る手に力が入った。

教授は、ゆっくり教室を見渡した。

「今日は、地域連携という言葉について考えます」

静かな声だった。

けれど、紬の胸にはまっすぐ届いた。

「地域を支援する。地域と共に作る。地域の魅力を都市に届ける。どれも聞こえのよい言葉です。実際に必要な取り組みでもあります」

教授は、黒板に『支援』『共創』『発信』と書いた。

「しかし、気をつけなければなりません。支援する側は、いつの間にか選ぶ側になります」

紬は、ノートにそのまま書いた。

支援する側は、選ぶ側になる。

胸の奥が、少し痛んだ。

新規取引先の一覧が頭に浮かぶ。

農家。

漬物屋。

味噌蔵。

菓子工房。

小さな食品メーカー。

その中から、藤堂物産は誰かを選ぶ。

誰かを選べば、誰かを選ばない。

それは避けられない。

でも、避けられないからこそ、どう向き合うかを考えなければならない。

教授は続けた。

「都市部の企業が地方の商品を扱う時、商品を選び、言葉をつけ、売場に並べます。その過程で、誰の声が採用され、誰の声が外されるのか。そこに権力関係があります」

権力関係。

紬は、その言葉を見つめた。

藤堂物産は、弱い立場だと思っていた。

貴之と戦い、銀行に資料を出し、大手チェーンに評価される側だと思っていた。

けれど、新規取引先から問い合わせが来た時、藤堂物産は選ぶ側になる。

扱うか、扱わないか。

どの声を販促に使うか。

どの改善要望を取引先に返すか。

どの取引先へ次の機会を渡すか。

その判断をする側になる。

「共創という言葉は、美しい」

教授は言った。

「けれど、共に作ると言うなら、誰が断る権利を持っているのかを見なければなりません。断れない関係での共創は、共創ではなく、従属に近くなります」

紬は、ペンを止めた。

森本食品の言葉がよみがえる。

数量は大きく増やせない。

小さいサイズはすぐには無理。

正式に受けるかどうかは、条件を見てから判断したい。

あの条件は、森本食品が断る権利を持とうとしてくれた言葉だったのだ。

紬は、急にその重さを実感した。

断っても関係が壊れないこと。

それを本当に守れるか。

藤堂物産に都合のよい取引先だけを、共創という言葉で囲い込んでいないか。

教授の声は、さらに続く。

「声を聞くことと、声を利用することも違います」

教室の空気が少し静かになる。

「消費者の声、地域の声、作り手の声。それらは企業にとって価値ある情報です。しかし、その声を販促に使う時、企業に都合のよい声だけを選ぶことがあります。良い声だけを飾り、苦しい声や断りの声を消す。そうすると、声を聞いたふりをしながら、実際には声を管理していることになります」

美崎の言葉が、胸に戻ってくる。

声を消さないことと、全部を語ることは違う。

声を使う時は、誰のものかを考える。

紬は、ノートに強く書いた。

『声を聞くことと、声を利用することは違う。』

教授は、最後に黒板へ一文を書いた。

『地域連携は、善意だけで語ると危うい。』

紬は、その文字を見つめた。

善意だけでは足りない。

それは、会社で何度も学んできたことだった。

人を大切にしたいなら、数字を見る。

地域とつながりたいなら、負担を見る。

声を返したいなら、扱い方を見る。

共に作りたいなら、断る権利を見る。

講義が終わっても、紬はすぐには席を立てなかった。

ノートのページには、会社の資料とは違う言葉が並んでいる。

けれど、そのどれもが、会社へ持ち帰るべき言葉だった。

「紬」

マイが声をかける。

「顔が完全に仕事に行ってる」

「ごめん」

「いや、いいけど。講義、刺さってたね」

カナが言う。

「刺さった」

紬は正直に答えた。

「痛そうだった」

「痛かった」

マイは少し真面目な顔になった。

「でも、痛いこと考えられる場所があるのは、いいことじゃない?」

紬は、マイを見た。

「うん」

「会社だと、答えを出さなきゃいけないんでしょ。大学は、答えを急がなくても怒られない場所でいいんじゃない」

カナが横から言う。

「ただし、レポートは急がないと怒られる」

「それは本当にそう」

紬は笑った。

その笑いが、少しだけ胸を軽くした。

昼休みの後、ゼミ室へ向かった。

ゼミ室には、高瀬と由井が先に来ていた。

ホワイトボードには、各自の発表テーマが書かれている。

紬の名前の横には、教授が書いたのだろうか、小さく『企業による地域産品流通の検証』とあった。

紬は、その文字を見て少し身構えた。

教授は、ゼミ生たちを見渡した。

「今日は、星野さんの実務に近いテーマも少し扱いましょう」

高瀬がすぐに顔を上げた。

由井もノートを開く。

紬は、会社の資料を出すか迷ったが、まずは大学用のノートだけを開いた。

教授が言った。

「星野さん、いま取り組んでいる地域産品の売場について、話せる範囲で概要を説明できますか」

「はい」

紬は、守秘に触れない範囲で説明した。

大手チェーンの一店舗で、地域食品の小さな棚を検証したこと。

購入者の声を集め、作り手に返す仕組みを試したこと。

完売したが、次回販売は未定として、現場と取引先の負荷を確認していること。

新規取引希望が増えているが、すぐには受けず、選定基準を作ろうとしていること。

話し終えると、ゼミ室は少し静かになった。

最初に口を開いたのは高瀬だった。

「それって、結局、藤堂物産が扱いやすい取引先を選ぶことになりませんか」

紬は、息を止めた。

高瀬は続ける。

「供給量がある程度あって、表示対応ができて、声を返す仕組みに理解があって、無理な拡大をしない取引先。そういう条件を満たせるところだけが選ばれる。条件を満たせない小さな事業者は、最初から外れる可能性がありますよね」

その通りだった。

選定基準を作るということは、基準に合わない相手を外すということでもある。

「はい」

紬は答えた。

「その可能性はあります」

由井が続けた。

「声を返す仕組みも、良いことだと思います。でも、返された声に対応できる事業者と、対応できない事業者が出ますよね。対応できない事業者は、評価が低いように見える危険はありませんか」

「あります」

紬は頷いた。

胸が痛い。

けれど、ここで言い訳をしてはいけない。

「だから、声を返す時に、すぐ改善を求める形にはしないように考えています。全部の声に応える必要はないことも、最初に伝えたいと思っています」

高瀬は、少し眉を寄せた。

「でも、企業が返す声って、結局は次に売るための声ですよね」

紬は、言葉に詰まった。

高瀬の指摘は鋭かった。

消費者の声を返す。

作り手が知る。

売場が改善される。

次に売れる可能性が高まる。

それは、企業にとっても利益になる。

声を返す仕組みは、善意だけではない。

藤堂物産の事業にもつながっている。

「そうです」

紬は、ゆっくり答えた。

「次に売るための声でもあります」

ゼミ室の空気が少し動く。

紬は続けた。

「だからこそ、都合よく使わないようにしなければならないと思っています。良い声だけを販促に使うのではなく、改善要望や断りの声も、取引先と共有する。外に出せない声も、社内の判断材料にする。声を集める目的を、最初に取引先へ説明する」

由井が聞いた。

「選ばれなかった事業者には、どう向き合うんですか」

その問いは、紬の胸の奥に深く刺さった。

まだ、明確な答えはなかった。

問い合わせは増えている。

一次返信は出す。

選定基準を作る。

でも、選ばれなかった相手にどう伝えるか。

そこまでは、まだ十分に考えられていなかった。

紬は、正直に言った。

「まだ、足りていません」

ゼミ室が静かになる。

「選ぶ基準は作ろうとしています。でも、選ばれなかった相手にどう伝えるか、どう関係を残すかは、まだ十分ではありません」

教授が、静かに紬を見ていた。

紬は続けた。

「会社に戻ったら、選ばない時の返答も作ります。理由を全部伝えられない場合もあると思います。でも、曖昧に期待を残すのではなく、今は扱えないこと、条件が合わないこと、将来的に再検討できる余地があるのかないのか。そこを誠実に伝える方法を考えます」

高瀬は、少しだけ頷いた。

「それ、けっこうしんどそうですね」

「はい」

紬は苦笑した。

「しんどいです」

由井が、少し柔らかい声で言った。

「でも、そこまで考えるなら、少し違う気がします」

「ありがとうございます」

教授が、そこで口を開いた。

「星野さん」

「はい」

「会社では、決めなければならないことが多いでしょう。大学では、決める前に問いを増やしてもいい」

その言葉に、紬は顔を上げた。

教授は続けた。

「ただし、問いを増やすことを、決めない理由にしてはいけません。あなたは会社に戻れば、選ぶ側になる。選ぶ側になった人間が、問いを持ち続けられるかどうかが重要です」

紬は、深く頷いた。

「はい」

「共創という言葉を使うなら、断る権利をどう守るか。声を返すなら、使わない声をどう扱うか。取引先を選ぶなら、選ばなかった相手とどう向き合うか。そこを持ち帰りなさい」

持ち帰りなさい。

その言葉が、紬の中に静かに落ちた。

会社から大学へ来たのではない。

大学から会社へ、問いを持ち帰る。

そのために、紬はここにいるのだと思った。

ゼミが終わると、廊下でマイとカナが待っていた。

「ゼミ、めっちゃ真面目な顔だった」

マイが言う。

「いつも真面目だよ」

「いや、今日は特に。眉間に会社の決算書挟まってた」

「何それ」

カナが笑った。

「でも、大丈夫?」

紬は、少し考えた。

「大丈夫。痛かったけど、必要だった」

「また痛いって言ってる」

「大学って痛いところだったっけ」

マイが言うと、カナが頷く。

「単位落とす時は痛い」

「それは本当にやめて」

三人で笑いながら、学食へ向かった。

紬は久しぶりに、トレーを持って列に並んだ。

日替わり定食。

小鉢。

味噌汁。

学生たちの声。

席を探す視線。

会社の応接室や会議室とは違う、少し雑然とした空気。

それが、今の紬にはとても大事に思えた。

席に着くと、マイが聞いた。

「社長業ってさ、やっぱり人を選ぶの?」

紬は箸を止めた。

「うん。最近、それをすごく考えてる」

「採用とか?」

「採用も。取引先も。売場に出す商品も」

カナが真面目な顔になる。

「選ぶって、選ばない人も出るもんね」

「うん」

紬は頷いた。

「私、就活で何度も選ばれなかったから、選ばれない側の痛みは少し分かるつもりだった。でも、今度は自分が選ぶ側になる。それが、思っていたより怖い」

マイは、少しだけ黙った。

そして、ぽつりと言った。

「じゃあ、選ばない時に、雑に扱わなければいいんじゃない?」

「雑に扱わない」

「うん。選べないことはあるんでしょ。でも、なかったことにしないとか、期待だけ持たせないとか」

カナも言った。

「お祈りメールみたいなの、きついもんね。理由も分からないし、全部同じ文章だし」

紬は、苦笑した。

自分が受け取ってきた何通ものお祈りメール。

あの時、画面越しに感じた空白。

自分は必要とされなかったのだと、静かに突きつけられる感覚。

今、取引希望の相手や採用応募者に、同じような空白を渡す側になるかもしれない。

「ありがとう」

紬は言った。

「雑に扱わない。持ち帰る」

マイが笑った。

「持ち帰り多いね、今日」

「本当に」

カナが言う。

「でも、レポートも持ち帰ってね」

「忘れてた」

「忘れないで」

昼食後、紬は大学の図書館へ寄った。

少しだけ時間があった。

机に座り、会社の資料を開く。

地域共創物流ユニット設置計画。

その冒頭文を見直した。

『地域の作り手と消費者の声をつなぎ、持続可能な売場を構築する』

美しい言葉だった。

けれど、今日の講義とゼミを経た後では、少し足りない。

紬は、ノートに新しい文を書いた。

『地域共創物流ユニットは、地域を救うための仕組みではない。藤堂物産が、取引先、現場、販売先に負担を押しつけず、扱える範囲を確認しながら売場を作るための仕組みである。』

さらに続ける。

『共創という言葉で、断る権利を曖昧にしない。声を聞くことと、声を利用することを分ける。選ばなかった相手への返答も、仕組みに含める。』

書きながら、紬は胸の奥が少し落ち着いていくのを感じた。

会社に戻ったら、美崎と文案を直す。

進藤と選定基準に「選ばない時の返答」を入れる。

一ノ瀬と、対応コストを費用に入れる。

加賀と、社内説明で「通常業務を軽く扱わない」と伝える。

柚木と、声を返す資料に「すべてに応えるものではない」と明記する。

黒川、松永、相沢にも共有する。

大学で増えた問いは、会社で使える問いになっていた。

夕方、紬は会社へ戻った。

社長室に入る前に、美崎の席へ向かう。

「美崎さん、少し文案を直したいです」

美崎は顔を上げた。

「大学で何かありましたね」

「はい」

「良い痛みですか」

紬は少し笑った。

「たぶん、良い痛みです」

大会議室に五人を集め、紬は大学で聞いた言葉を共有した。

地域連携は、善意だけで語ると危うい。

支援する側は、選ぶ側になる。

声を聞くことと、声を利用することは違う。

共創と言うなら、断る権利を守らなければならない。

選ばれなかった相手にどう向き合うか。

五人は、それぞれ静かに聞いていた。

加賀が最初に言った。

「いい大学だな」

紬は少し驚いた。

「そうですか」

「ああ。会社にいると、前に進めって声が強くなる。止まって考えろって場所は必要だ」

進藤も頷いた。

「選ばなかった相手への返答は、確かに抜けていました」

一ノ瀬がすぐに言った。

「対応コストが増えます」

「入れてください」

紬は答えた。

「選ばない相手に返す言葉も、ただの事務処理ではありません。時間がかかります」

美崎は、ノートに書き込んでいた。

「一次返信、見送り返信、再検討可能性あり、条件未達、現時点では対応不可。分類が必要です」

柚木が言った。

「声を返す資料にも、“全部の声に応えるものではない”だけでは足りないですね。“応えられない声も記録する”と入れたいです」

「お願いします」

紬は頷いた。

「地域共創物流ユニットの冒頭文も直します」

紬は、図書館で書いた文を読み上げた。

『地域共創物流ユニットは、地域を救うための仕組みではない。藤堂物産が、取引先、現場、販売先に負担を押しつけず、扱える範囲を確認しながら売場を作るための仕組みである。』

読み終えると、会議室はしばらく静かだった。

美崎が、ゆっくり頷いた。

「その方が誠実です」

進藤も言った。

「目的が明確になりました」

加賀は短く言う。

「きれいごと臭さが減った」

柚木が少し笑った。

「加賀さんらしい褒め方ですね」

一ノ瀬は、資料を見ながら言った。

「銀行向けにも良いと思います。過度な理念先行に見えにくい」

紬は、少しほっとした。

大学で持ち帰った問いが、会社の言葉を変えた。

それだけで、大学へ行った意味があったと思えた。

夜、社長室に戻ると、紬は大学のノートと会社の資料を並べた。

片方には講義の言葉。

片方には事業計画。

まったく違うようで、つながっている。

紬は、ノートを開いた。

『大学は、会社から逃げる場所ではない。会社の言葉を問い直す場所。』

続けて書く。

『選ぶ側になった時、選ばれなかった人を雑に扱わない。声を聞くなら、都合よく使わない。共に作るなら、断る権利を守る。』

さらに、一文を書き足した。

『問いを持ち帰ることも、社長の仕事。』

ペンを置くと、胸の奥に静かな疲れがあった。

でも、それは悪い疲れではなかった。

会社で前に進もうとすると、どうしても速度が上がる。

大学は、その速度を少しだけ落としてくれる。

落としたからこそ、見えるものがある。

紬は、地域共創物流ユニットの表紙を見た。

その言葉は、朝より少しだけ重くなっていた。

でも、重くなった分、現実に近づいた気がした。

明日、この言葉で社内に説明する。

新しい取り組みを特別扱いするためではない。

地域を救うと胸を張るためでもない。

藤堂物産が、誰かに負担を押しつけず、扱える範囲を確かめながら売場を作るための仕組み。

そのために、人を入れ、倉庫を整え、断る言葉も用意する。

紬は、大学のノートをそっと閉じた。

問いは、置いてくるものではない。

持ち帰って、仕事の中で使うものだ。

そう思いながら、紬は会社の資料に手を伸ばした。


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