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女子大生社長は、勝たない  作者: 久遠 睦


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45/51

第45章:終わり際に残るもの

完売した棚は、思っていたよりも目立った。

商品が並んでいた時よりも、むしろ足を止める人がいた。

『今回販売分は終了しました。』

その短い文字を見て、少し残念そうにする人。

声の掲示を読み、商品がないことに気づいて首をかしげる人。

店舗スタッフに次回を尋ねる人。

星野紬は、販売期間の終盤を迎えた青山台店で、その様子を見ていた。

棚は空だった。

けれど、片づけてはいなかった。

商品がなくなった後も、声の掲示と完売案内は残している。

売り切れたから撤去するのではなく、なぜ追加しないのか、どんな声が残ったのかを、最後まで見てもらう。

ただし、期待を煽らない。

次回を約束しない。

完売を大きな勝利のように見せない。

その線を守るため、言葉は何度も削られていた。

柚木は、空の棚の前に立ち、少し複雑そうな顔をしていた。

「やっぱり、商品がない棚って寂しいですね」

「はい」

「でも、撤去してしまうと、声も一緒に消える気がして」

柚木は、掲示された声を見た。

『説明してもらえたので安心して買えました』

『売り切れても次回未定と書いてあるのが、逆に信用できました』

『もう少し小さいサイズもあるとうれしいです』

派手な言葉ではない。

でも、一つひとつが具体的だった。

相沢が、店舗スタッフから聞いた内容をメモしながら言う。

「問い合わせは増えています。ただ、FAQがあるので対応はできています。内容は、次回販売の時期、どこの会社の商品か、感想はまだ書けるのか、ほかの店舗でも買えるのか。主にこの四つです」

「困っている様子はありますか」

「次回未定の説明で、少し残念そうにされることはあります。でも、無理に追加しない理由を説明すると、納得される方が多いです」

柚木が小さく息を吐いた。

「よかった」

加賀がすぐに言う。

「安心するのは早い。納得してくれたように見えるだけかもしれねえ。店舗スタッフが説明に時間を取られてる可能性もある。数字と声で見ろ」

「はい」

柚木は、もう落ち込まなかった。

すぐに記録表へ書き込む。

販売期間の終盤、中央売場はまだ動いていた。

売上規模は大きく、客も途切れない。

しかし、初日のような輝きは薄れていた。

人気色のリネンは品薄のまま。

代替提案で売れている商品もあるが、目当ての商品がないことに不満を残す客もいる。

器の一部は動きが鈍くなり、棚の奥に在庫が残っていた。

売場はまだ美しい。

けれど、その美しさを維持するための疲れが、少しずつ見え始めていた。

それでも、貴之は崩れなかった。

朝から売場に立ち、動きの鈍い商品を組み合わせに変え、POPの位置を変えている。

問題が出た時に直す力がある。

売れるものを見つける力もある。

だからこそ、簡単には負けてくれない。

そして、簡単に間違っているとも言えない。

昼過ぎ、野上が両方の売場を回った。

中央売場の売上表を確認した後、紬たちの空の棚の前に立つ。

「商品がないのに、立ち止まる方がいますね」

「はい。想定より多いです。完売後の問い合わせも、記録しています」

一ノ瀬が資料を差し出す。

「完売後問い合わせ数、内容分類、対応時間、店舗スタッフ負荷です」

野上は、資料に目を通した。

「売り切れてからも検証しているんですね」

「売り切れた後に何を聞かれるかも、次に必要な情報だと思いました」

相沢が言った。

「販売が終わっても、お客様の質問はしばらく残ります。そこまで想定しないと、終わったつもりになるのは会社側だけです」

野上は、その言葉をメモした。

「売場を閉じる、ですか。非常に重要な視点です」

相沢の表情が、少しだけ緩んだ。

柚木が隣で嬉しそうにしている。

加賀が、小さく「にやけるな」と言った。

午後、中央売場で値下げの話が出始めた。

大きな値下げではない。

動きの鈍い一部雑貨を、セット購入で割引するという案だった。

貴之の声は落ち着いていた。

「値下げではなく、組み合わせ提案として見せます。単価は少し下がりますが、在庫回転は改善できます」

川辺が資料を見ながら頷いた。

「売場としては、その方が動きそうですね」

紬は、少し離れた場所でその会話を聞いていた。

売れ残りを動かす。

それも売場には必要な判断だ。

ただ、地方の暮らしという世界観で並んでいた商品が、少しずつ販売技術の中で組み替えられていく。

美崎が、紬の隣で静かに言った。

「最初に掲げた言葉と、終盤の売り方が少しずつ離れていくことがあります」

紬は、中央売場を見た。

地方の暮らしを、都市へ。

その美しい言葉の下で、動きの鈍い商品がセット化される。

それは商売として自然なことだ。

けれど、終盤にこそ売場の本当の姿が出るのかもしれない。

「私たちも、次に商品が残ったら同じ問題に向き合いますよね」

「はい。今回は完売しましたが、次もそうとは限りません」

加賀も言った。

「売れ残った時にどうするかを決めずに広げるなよ」

一ノ瀬がすぐにメモする。

「次回検討項目に、売れ残り時の判断を追加します。値下げ、回収、再販売不可、取引先負担の有無」

柚木が、少し表情を引き締めた。

「完売したから見えなかった課題ですね」

「はい」

紬は頷いた。

「相手の売場で見えた課題を、私たちの次の条件にも入れましょう」

貴之の売場の綻びを、ただ相手の弱点として見るのではなく、自分たちの未来の危険として見る。

それができなければ、いつか同じことを繰り返す。

夕方、紬たちの棚の前に、一組の親子が立ち止まった。

母親が完売案内を読み、小学生くらいの女の子が声のカードを眺めている。

「もうないの?」

女の子が言った。

店舗スタッフがやさしく答える。

「ごめんなさい。今回分は売り切れてしまいました」

「また来る?」

「次があるかは、今、確認しているところです。無理なく続けられるか、作っている人やお店の人と相談して決めるそうです」

女の子は、少し考えた。

「無理なくって大事だね」

母親が笑った。

「そうだね」

その何気ない会話に、紬は胸をつかまれた。

無理なくって大事。

大人が何度も資料に書き、会議で確認してきた言葉を、子どもがさらりと言った。

柚木も聞いていたらしく、目が少し潤んでいた。

美崎が小さく言う。

「使いませんよ」

「分かっています。投稿には使いません。でも、記録には残します」

言葉は、すぐに外へ出すものではない。

まず受け止める。

誰のものかを考える。

使っていいのかを考える。

美崎との対話が、ここでも生きていた。

閉店後、暮らしの森マーケットの小さな会議室で、終盤の振り返りが行われた。

野上、川辺、宮下。

貴之とその会社の担当者。

藤堂物産からは、紬、進藤、一ノ瀬、美崎、加賀、柚木。

黒川、松永、相沢はオンラインで入っている。

最初に、中央売場の数字が共有された。

売上高は大きい。

初速も、集客効果も良い。

一方で、欠品問い合わせ、商品背景の説明、棚の維持、動きの鈍い商品の処理が、課題として挙がった。

貴之は落ち着いた声で答えた。

「課題は想定範囲です。売場を動かせば、当然出るものです。むしろ、これだけの集客を得られたことを評価すべきだと考えます」

川辺が頷く。

「売上面では、大きな成果です」

次に、紬たちの棚の結果が共有された。

販売数は小さい。

売上額も、中央売場とは比べものにならない。

しかし、販売上限に到達し、完売後も問い合わせが続いている。

声のカード回収数。

再購入。

店舗スタッフの説明しやすさ。

次回未定への納得。

野上が、その資料を見ながら言った。

「こちらは、売上規模では小さいです。ただ、検証としてはかなり濃い結果が出ています」

貴之が静かに言った。

「売上が小さい検証を、どこまで評価するかですね」

その声は穏やかだったが、鋭かった。

「大手チェーンの売場としては、売れることが第一です。小さく完売し、声が集まった。それは良い話です。しかし、事業として広げられるかは別問題です」

野上が、紬の方を見た。

「星野社長は、どうお考えですか」

紬は、資料に手を置いた。

「藤堂代表のおっしゃる通りです。今回の完売だけで、事業として広げられるとは考えていません」

貴之が、少しだけ目を細めた。

「むしろ、今回分かったのは、広げる前に整えなければならないことの多さです。声の返し方、売り切れ後の問い合わせ、店舗スタッフへの説明、売れ残った場合の判断、作り手への返却方法、現場負荷。完売したから次へ進める、ではなく、完売したからこそ、次に進む条件を整理する必要があります」

一ノ瀬が資料を差し出す。

「次回検討条件案です。販売数だけではなく、店舗スタッフ評価、問い合わせ対応時間、取引先継続意向、売り切れ後対応、売れ残り時の判断基準を含めています」

川辺が、少し表情を変えた。

「売れ残り時の判断も入っているんですね」

「はい。今回は完売しましたが、次回もそうとは限りません。売れ残った時に、誰が費用を負担するのか、値下げするのか、回収するのか、取引先にどう伝えるのか。そこを決めずに広げることはできません」

黒川がオンラインで言った。

『回収するなら、倉庫側の確認場所も必要です。今のままでは複数店舗分は受けられません』

松永も続けた。

『取引先に値下げや回収の負担を戻す場合は、最初から条件を明記しないと信頼を失います』

相沢が言った。

『売り切れ後の問い合わせは、店舗にも食品流通部にも残ります。販売終了後の対応期間も決めるべきです』

三人の声が、会議室に流れた。

野上は、真剣に聞いていた。

貴之は黙っていた。

紬は、胸の奥で静かに感じた。

自分一人では言えないことを、現場と取引先を知る人たちが言ってくれている。

これが、藤堂物産の提案なのだ。

小さい。

地味。

面倒。

でも、声がある。

会議が終わる頃、野上は両方の資料を閉じた。

「最終的な社内判断は、販売期間終了後の全体データを見て行います。ただ、両案の違いは、かなり明確になりました」

そして、少しだけ言葉を選んだ。

「中央売場は、売る力が強い。藤堂物産様の棚は、続けるために必要な声が見える。どちらも、簡単には切れません」

貴之は、その言葉に表情を変えなかった。

しかし、紬には分かった。

貴之も、野上の言葉を聞き逃してはいない。

続けるために必要な声。

それが、大手チェーンの担当者の口から出た。

販売期間の最後の夜、紬たちは空になった棚の前に立った。

店内の照明は少し落ちている。

紬たちの棚には、声の掲示と完売案内だけが残っている。

柚木が、ぽつりと言った。

「商品がないのに、まだ終わった気がしません」

加賀が答える。

「終わってねえからな。売り切れた後の方が、仕事は面倒だ」

一ノ瀬が資料を閉じながら言った。

「報告、収支、検証、次回条件、銀行説明。ここからです」

進藤が静かに言った。

「暮らしの森マーケット側の判断も、まだ出ていません。貴之さんの売場は数字で強い。こちらは継続性で評価されています。比較は続きます」

紬は、五人の声を聞きながら、空の棚を見つめた。

貴之側の売場は、強さと疲れを残している。

紬たちの棚は、空白と声を残している。

どちらが次につながるのかは、まだ分からない。

売場は、始まった時より、終わる時に本当の姿が見えるのかもしれない。

本社に戻った後、紬はノートを開いた。

『中央売場は売る力を見せた。けれど、売れた分だけ欠品、説明、棚の維持、売れ残り対応が見えた。』

続けて書く。

『こちらの棚は商品がなくなった。でも、問い合わせと声が残った。売場は売り切れた後にも続く。』

さらに、野上の言葉を書き残す。

『売る力。続けるために必要な声。』

その二つを並べて、紬はしばらく見つめた。

どちらも必要だ。

売る力がなければ、会社は救えない。

続けるための声がなければ、誰かの我慢で売場は壊れる。

紬たちは、まだ売る力が弱い。

そこから逃げてはいけない。

貴之側は、続けるための声が薄い。

そこが見え始めている。

でも、それを相手の弱さとして喜ぶだけでは足りない。

藤堂物産が次に進むなら、売る力も身につけなければならない。

紬は、ペンを持ち直した。

『私たちは、売る力から逃げない。けれど、売るために声を消さない。』

書き終えると、胸の中に静かな緊張が戻ってきた。

完売の喜びは、もう過去になり始めている。

次は、結果をどう扱うか。

どの声を返すか。

どこまで広げるか。

誰と続けるか。

その判断が待っている。

紬は、空の棚の写真と、声のカードの束を机の上に並べた。

何もない棚に残った声。

それが、次の扉を開ける鍵になるのかもしれない。

ただし、その鍵は軽くない。

売場は終わり際に、本当の問いを残していった。


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