第4章:リクルートスーツと深夜の教科書
午前六時半。
スマートフォンの無機質なアラーム音で、星野紬の意識は強制的に覚醒させられた。
「ん……」
ベッドの中で小さく呻きながら、紬は重い瞼を持ち上げる。
視界に飛び込んできたのは、一人暮らしのワンルームマンションの天井と、机の上に積み上げられた異様な光景だった。
大学の講義で使う『マクロ経済学』の教科書。
卒論準備のために借りた地域活性化に関する資料。
その隣に、場違いなほど高級な革のバインダーが並んでいる。
『藤堂物産株式会社・中期経営計画書』
『財務諸表の読み方・基礎』
『臨時株主総会想定問答集』
『主要取引先一覧』
『社員名簿・部門別』
二十一歳の女子大生の部屋には、およそ似つかわしくないタイトルばかりだった。
「……そうだ」
紬は、ぼんやりと呟いた。
「私、社長になるかもしれないんだ」
自分で言っても、まだ現実味はなかった。
昨日までの自分は、インターン選考に落ちて、駅の雑踏に飲み込まれて、就活の正解が分からずに立ち尽くしていた。
それなのに今は、年商四百億の商社を救うため、臨時株主総会で会社分割を承認するという、信じられないほど重い判断を下そうとしている。
夢なら、もっと分かりやすく醒めてほしかった。
紬はベッドから起き上がり、机の上の社員名簿に手を伸ばした。
昨夜、タクシーの中で開いたまま、最後まで閉じられなかった資料だった。
ページをめくる。
そこには、名前が並んでいる。
所属部署。
勤続年数。
役職。
勤務地。
ただの文字の羅列に見える。
けれど、その一つ一つの後ろに、生活がある。
家族がいる。
明日も会社に行くと思っている人たちがいる。
「……多すぎるよ」
紬は小さく呟いた。
名前を覚えようとした。
けれど、数十人目で、もう誰がどの部署だったか分からなくなる。
自分は、まだ一人の顔も知らない。
それなのに、この人たちの未来を変える場所に立とうとしている。
その事実が、朝の冷たい空気よりもはっきりと、紬の背中を震わせた。
午前八時四十分。
紬は、いつもの通学路を歩いていた。
周囲を歩くのは、同じ大学に通う友人たちだ。
「ねえ紬、聞いた? 昨日のグループディスカッション、めちゃくちゃ圧迫だったらしいよ」
「うそ、怖い。私、来週そこ受けるんだけど」
「大丈夫だよ。とにかく協調性見せとけば何とかなるって」
親友のマイとカナが、就活の話で盛り上がっている。
いつもなら、紬もその輪に入っていた。
面接官の反応。
エントリーシートの書き方。
どの業界が安定しているか。
そんな話をしながら、同じ不安の中で、同じレールを歩いているふりをしていた。
けれど今の紬には、その会話がどこか遠く聞こえた。
彼女たちが「どうすれば面接官に好印象を持たれるか」を考えている一方で、紬は「どうすれば株主総会で会社分割を承認しながら、残された社員の信頼を失わずに済むか」を考えている。
その差が、あまりにも大きすぎた。
「紬? どうしたの。顔色悪いよ」
マイが心配そうに顔を覗き込んできた。
「あ、ううん。ちょっと寝不足なだけ」
「またエントリーシート?」
「まあ……そんな感じ」
嘘ではない。
でも、本当でもなかった。
胸の奥が、ちくりと痛む。
マイは何も知らない。
カナも、ゼミの友人たちも、両親も知らない。
自分が今、大学の授業と就活の裏側で、まったく別の戦場に足を踏み入れていることを。
「無理しないでよ? 今が一番大事な時期なんだから」
「うん。ありがとう」
優しい言葉だった。
その優しさが、今は少し苦しかった。
講義中も、紬の意識は黒板には向かなかった。
教授が近代経済史について説明している声を聞きながら、紬はノートパソコンの画面で、進藤から送られてきた組織図を見ていた。
藤堂物産。
繊維・ライフスタイル第一本部。
食品流通部。
倉庫事業部。
経営企画。
財務。
総務。
営業。
部署名だけは分かる。
けれど、その部署がどんな一日を過ごしているのか、そこにいる人たちが何に困り、何を守ろうとしているのかは分からない。
画面の中では、組織は綺麗な箱と線で整理されている。
でも、その箱の中にいる人たちは、線の通りになんて動かないのだろう。
紬は、昨夜の加賀の言葉を思い出した。
――資料に載ってる名前を、ただの人員数だと思うなよ。
まだ直接言われたわけではない。
けれど、きっと彼ならそう言う。
紬は、組織図の下に小さくメモを打った。
「人員数ではなく、人」
その文字を見つめたまま、講義は終わった。
午後六時。
大学の門を抜けた瞬間から、紬のもう一つの一日が始まる。
銀座にある、藤堂物産が所有する極秘のセカンドオフィス。
表向きはデザイン事務所として登録されているそのマンションの一室が、この一ヶ月間、紬のためだけの私塾となっていた。
エレベーターを降り、指定された暗証番号を入力する。
扉が開いた瞬間、そこには昼間の大学とはまったく違う空気が広がっていた。
白い壁。
長い会議テーブル。
大型モニター。
積み上げられた資料。
壁一面に貼られたスケジュール表。
その中心に、美崎が立っていた。
「三分遅刻です」
紬は思わず背筋を伸ばした。
「す、すみません。電車が少し遅れて」
「遅れた理由は関係ありません。社長の三分は、社員全員の三分を奪います」
美崎の声は柔らかい。
けれど、そこに甘さはなかった。
「今日から、あなたには時間の使い方から覚えていただきます」
「はい……」
「返事は短く、はっきりと」
「はい」
「よろしいです」
美崎は、紬を会議室の中央へ立たせた。
「まずは姿勢からです」
「姿勢、ですか」
「はい。あなたは一ヶ月後、何百人という株主、報道陣、敵対する副社長派、そして不安を抱えた社員の前に立ちます。そこで猫背のまま現れた瞬間、『やはりただの学生だ』と思われます」
美崎は、紬の肩にそっと手を添えた。
「背筋を伸ばしてください。顎は少し引く。視線は相手の額ではなく、目を見る。ただし睨まない。怯えない。媚びない」
紬は言われるままに姿勢を整えた。
たったそれだけなのに、背中の筋肉がじわりと痛む。
「ビジネスのマナーというのは、単なる形式ではありません」
美崎は言った。
「相手への敬意を示すためのものです。同時に、自分を守る防具でもあります。特にあなたのように若い女性が男社会のトップに立つ場合、姿勢の乱れ、言葉遣いの乱れ、所作の乱れは、すべて攻撃材料になります」
「防具……」
「そうです。あなたを守る鎧です」
その後、紬は徹底的に叩き込まれた。
名刺交換の角度。
挨拶の深さ。
応接室での座る位置。
資料を渡す時の向き。
会議で発言する順番。
お茶を出された時の手の添え方。
就活用のマナー本で読んだ内容とは、重みがまったく違っていた。
そこには、ただの作法ではなく、人と人との力関係、敬意、牽制、信頼を読み解くための技術が詰まっていた。
二時間後。
紬は、足が棒のようになりながら椅子に座り込んだ。
「うう……お辞儀って、こんなに体力使うんですね」
「美しく見える姿勢ほど、筋力が必要です」
美崎は涼しい顔でハーブティーを差し出した。
「よく頑張りました。では、次は進藤さんの時間です」
「えっ、休憩は」
「そのハーブティーを飲んでいる二分が休憩です」
「短い……」
扉が開き、進藤が入ってきた。
いつものように無駄のない所作で、革のファイルをテーブルに置く。
「お疲れ様です、星野さん」
「お疲れ様です」
紬は慌てて立ち上がろうとしたが、進藤が片手で制した。
「座ったままで結構です。今夜は組織と権限の話をします」
モニターに、藤堂物産の組織図が映し出された。
昼間、講義中に見ていたものと同じ資料。
けれど進藤が説明を始めると、それはただの箱と線ではなく、複雑に絡み合った人間関係の地図へと変わっていった。
「この繊維・ライフスタイル第一本部が、副社長派の中核です。大河内常務は現場掌握に長けています。表向きは豪放磊落な人物ですが、部下の昇進と異動を巧みに使い、人事上の恩を売ることで派閥を作ってきました」
進藤は赤いペンで線を引く。
「こちらの食品流通部は、数字上は弱い。しかし地方の取引先との関係が深く、再生の可能性があります。ただし、現場には強い不信感がある。長年、繊維部門の陰に隠れ、社内では二軍扱いされてきたからです」
「二軍扱い……」
「はい。彼らは、今さら若い新社長が来て『あなたたちが希望です』と言っても、簡単には信じません」
進藤の言葉に、紬は小さく頷いた。
「そして倉庫事業部。老朽化した設備と人員の高齢化が課題です。財務上は重荷ですが、物流網の拠点としては再活用の余地があります」
進藤の説明は淡々としていた。
けれど、そこには単なる分析以上のものがあった。
どの部署にも、歴史がある。
不満がある。
誇りがある。
傷がある。
「星野さん」
進藤が画面を止めた。
「組織図は便利です。複雑な会社を一枚に整理できる。ですが、組織図だけを見て判断する社長は、必ず現場を見失います」
「はい」
「あなたは、総会で会社分割を承認する判断をしました。その判断は、勝つためには有効です。ですが、その後に残る人々の感情を扱えなければ、会社は再生しません」
「……分かっています」
「今は、まだ分かっていないと思います」
進藤は静かに言った。
紬は言葉を失った。
「責めているわけではありません。これは、経験しなければ分からないことです。だから、今は分かっていないと知ってください」
その言葉は厳しかった。
けれど、不思議と紬を傷つけなかった。
自分はまだ分かっていない。
その事実を、進藤は否定ではなく、出発点として示してくれているのだ。
進藤の講義が終わった時、時計はすでに午後九時を過ぎていた。
紬の頭は、専門用語と人物名と部署名でいっぱいになっていた。
けれど、その夜はまだ終わらない。
「次は僕です」
一ノ瀬が、いつの間にか会議室に入っていた。
手にはノートパソコンと、分厚い資料。
その表情には、いつもの冷たさがあった。
「財務諸表の基礎をやります」
紬は思わず身構えた。
「貸借対照表、損益計算書、キャッシュフロー計算書。この三つを最低限読めない社長は、社員を守れません」
一ノ瀬は容赦なく資料を配った。
「理想だけで給料は払えません。覚悟だけで仕入先への支払いはできません。美しい言葉で銀行は融資を継続しません」
その言葉の一つ一つが、紬の胸に刺さる。
一ノ瀬は、売上、利益、負債、資産、資金繰りについて説明した。
紬は必死でメモを取った。
けれど、数字が増えるほど、頭の中は混乱していく。
営業利益と経常利益の違い。
現金と利益の違い。
黒字倒産。
借入金の返済期限。
手形。
売掛金。
分かったと思った瞬間に、次の言葉で分からなくなる。
「ここまでで質問は」
一ノ瀬が言った。
紬は、ノートを見下ろした。
質問したいことは山ほどある。
でも、何が分からないのかすら、うまく言葉にできない。
「……すみません。たぶん、ほとんど分かっていません」
一ノ瀬は、呆れたように息を吐いた。
「でしょうね」
紬は肩を落とした。
「ですが、その答えはまだましです」
「え?」
「分かっていないのに分かったふりをされるより、はるかにましです」
一ノ瀬は資料の一ページを指で叩いた。
「覚えてください。数字が読めない社長は危険です。しかし、分からないことを分かったふりをする社長は、もっと危険です」
紬は、ペンを握り直した。
「もう一度、最初から教えてください」
一ノ瀬は少しだけ目を細めた。
「時間はありません。ですが、やるしかありませんね」
それから一時間半。
紬は数字に打ちのめされた。
理想を語ることはできる。
未来を想像することもできる。
でも、来月の給与を払えるかどうか。
仕入先への支払いが滞らないか。
銀行が融資を引き上げないか。
それらを判断するためには、言葉ではなく数字を読まなければならない。
社長とは、夢を見る人間ではない。
夢を現実に落とし込む責任を負う人間なのだ。
午後十一時。
一ノ瀬の講義が終わると、紬は机に突っ伏しそうになった。
そこへ、勢いよく扉が開く。
「おう、まだ生きてるか」
加賀だった。
片手には缶コーヒーが二本。
彼は一本を紬の前に置いた。
「糖分入ってるやつだ。飲め」
「ありがとうございます……」
「礼はいい。飲んだら十分だけ外に出るぞ」
「外、ですか?」
「頭でっかちになった社長候補を、少し現実に戻す」
連れて行かれたのは、ビルの裏手にある搬入口だった。
深夜にもかかわらず、近くの通りでは配送トラックが走り、作業着姿の人たちが荷物を運んでいる。
銀座の華やかな表通りとは違う。
そこには、光の当たらない仕事の匂いがあった。
加賀は缶コーヒーを開けながら言った。
「資料、たくさん見ただろ」
「はい」
「そこに載ってる名前を、ただの人員数だと思うなよ」
紬は、思わず顔を上げた。
まるで昼間の自分のメモを見透かされたようだった。
「現場の人間は、資料の中じゃ静かだ。数字にもなるし、部署名にもなる。でも実際は、文句も言うし、怒るし、怖がるし、簡単には動かねえ」
加賀は、通りを走るトラックを見た。
「特に今回みたいに会社が割れる時はな。誰が残る、誰が出ていく、どっちにつけば生き残れる。そういう話になる。きれいごとで『一緒に頑張りましょう』なんて言っても、現場は動かねえ」
「じゃあ、どうすればいいんですか」
紬が尋ねると、加賀は少し笑った。
「知らねえよ」
「え」
「だから見に行くんだよ。聞きに行くんだよ。何に困ってるのか、何を怖がってるのか、何を守りたいのか」
加賀は、缶コーヒーを一口飲んだ。
「現場を知らない社長は、現場に嫌われる。現場を利用しようとする社長は、現場に潰される。でも、現場を知ろうとする社長なら、まだ話くらいは聞いてもらえるかもしれねえ」
「話くらい……」
「最初はそれで十分だ」
その言葉は、不思議と救いになった。
認められなくてもいい。
信頼されなくてもいい。
まずは、話を聞いてもらうことから始めるしかない。
セカンドオフィスに戻ると、柚木が大型モニターの前で待っていた。
「社長、今度は未来の話をしましょう」
「未来……」
「はい。ここまでずっと重い話ばっかりだったと思うので、少しだけワクワクする話です」
モニターに映し出されたのは、色鮮やかな資料だった。
若年層の購買傾向。
SNSで拡散される体験型店舗。
地方ブランドのライブ販売。
在庫を持たないショールーム型ショップ。
紬がかつて面接で提案し、否定されたアイデアに近いものが、より現実的な形で整理されていた。
「これ、すごい……」
紬は思わず身を乗り出した。
「星野さんの在庫ゼロの空間ビジネスの話、ちゃんと詰めればいけると思います。ただ服を売るんじゃなくて、地方の小さなブランドや生産者、職人さんを、都市の若者と直接つなぐ場所にするんです」
柚木の目は輝いていた。
「実店舗はショールームと体験の場にする。購入はQRコードからECへ。ライブ配信も組み合わせる。倉庫事業部の拠点を、配送と在庫管理のハブに再設計できれば、残った事業にも意味が出ます」
紬の胸が、久しぶりに高鳴った。
面白い。
新しい。
未来が見える。
そう思った瞬間、加賀の言葉が頭をよぎった。
現場を知らない社長は、現場に嫌われる。
紬は、画面を見つめながら言った。
「これをやったら、現場の人たちはどうなりますか」
柚木が一瞬、言葉を止めた。
「え?」
「倉庫の人たちとか、食品流通の人たちとか。仕事のやり方が変わりますよね。負担は増えませんか。ついていけない人は出ませんか」
柚木は、すぐには答えなかった。
「そこは……設計次第です」
「じゃあ、その設計をする前に、現場を見ないと駄目ですよね」
自分で言って、紬は少し驚いた。
三日前の自分なら、まず「面白い」と飛びついていたかもしれない。
でも今は、その先にいる人たちのことが気になった。
まだ顔は見えない。
けれど、見ようとしなければならないことだけは分かってきた。
柚木は、少し照れたように笑った。
「星野さん、ちゃんと社長っぽいこと言いますね」
「たぶん、今のは加賀さんの受け売りです」
「それでも、言えるのは大事です」
柚木は資料に新しいメモを打ち込んだ。
『現場ヒアリング必須』
その文字を見て、紬は小さく息を吐いた。
午前一時半。
ようやくその日の講義が終わった。
美崎は明日の身だしなみ課題を渡し、進藤は組織図の復習を指示し、一ノ瀬は財務諸表の練習問題を置いていった。
加賀は「寝ろ。倒れたら全部終わる」と言い、柚木は「でも五分だけ資料見てください」と追加データを送ってきた。
五人それぞれが、まったく違うやり方で紬を鍛えようとしている。
ありがたい。
けれど、正直、重い。
帰宅した時には、午前二時を過ぎていた。
ワンルームの蛍光灯をつけると、朝よりさらに散らかった机が目に入った。
大学のレポート。
藤堂物産の資料。
マナーのメモ。
財務の練習問題。
社員名簿。
全部が同じ机の上にある。
紬はシャワーを浴びる気力もなく、椅子に座った。
そして、社員名簿を開いた。
今日、進藤に教わった部署。
一ノ瀬に見せられた数字。
加賀が言った現場。
柚木が描いた未来。
そのすべてが、この名簿につながっている。
名前を一つずつ指でなぞる。
佐伯。
三浦。
長谷川。
小野寺。
川上。
知らない名前。
知らない人生。
けれど、この先、自分の判断で傷つけるかもしれない人たち。
「覚えなきゃ……」
紬は小さく呟いた。
一人でも多く。
せめて、ただの文字にしないために。
けれど、睡魔は容赦なく襲ってきた。
まぶたが落ちる。
ペンを持った指から力が抜ける。
気づいた時には、社員名簿の上に頬をつけたまま、紬は眠っていた。
数時間後。
窓の外が白み始める頃、紬は首の痛みで目を覚ました。
「いた……」
身体を起こすと、社員名簿のページに、自分の頬の跡が薄く残っていた。
慌ててページを確認する。
覚えられた名前は、ほんの数人だけだった。
何百人もの社員のうち、まだほんの数人。
紬は、名簿を見つめた。
自分は、この人たちのことを何も知らない。
それなのに、もうすぐこの人たちの未来を決める場所に立つ。
その事実が、胸に重く沈んだ。
けれど同時に、逃げたいとは思わなかった。
怖い。
分からない。
足りない。
それでも、知ろうとすることだけは、今からできる。
紬は、名簿の余白に小さく書いた。
「数字の前に、人を見る」
それは、社長としての宣言というには、あまりにも頼りない文字だった。
けれど、今の紬に書ける、精一杯の約束だった。




