隣国のお客様
「フォース閣下!この大雨の中ですと、ホテルの到着にもう少し時間が掛かりそうです!」
「そうか…これでは……、」
雨音に掻き消されないように声を張る部下の言葉にダンティールは眉間に皺を寄せる。ちらっと後ろに停車中の馬車を見た後、
「ホテルまで保ちそうにないかもしれない。アネモネ領に向かおう。」
「えっ、閣下の領地にですか?確かにその方が近いですね。ホテルの手配は…、」
「いや。私の家に来てもらう。今からホテルに準備させても間に合わない。……普通のお客様とは違うからね。」
家ならなんとかなるだろう。と優秀な執事とメイド達を思い浮かべる。
とりあえずアネモネ領の方にあるフォース家と王宮に現在の状況を伝達しないといけない為、その指示を出したダンティールは馬車の小窓を静かに叩いた。
「失礼します。確認が遅くなり申し訳ございません。」
「いや、かまわないよ。この雨ではどうにもならないからな。で、どうするんだ?」
相手の苛立ちのない返事を聞き、
「結論から申し上げますと私の領地であるアネモネ領に向かいます。ホテルの手配は間に合わないので、私の家に泊まって頂きたいと思います。」
「くくっ、いつもの事ながら私の想像の斜め上をいくね。いいよ。君の家に向かおうか。」
「お褒めの言葉として受け取ります。医者の手配も致しますので」
「いや、医者は結構。風邪や病の問題ではないんでね。寝かせておけば自然と落ち着く。」
「しかし……、承知致しました。」
到着しましたら、またお知らせします。そう言って、ダンティールは馬車から離れた。
自分が口を出す資格はない。と思い、それ以上言うのをやめた彼は、兎に角今は少しでも早く領地に着く事が優先だと判断し、出発したのだった。
ーーーーーーーーー
「……、ん…ぅ」
ふと、目を覚ますココティアーナ。何故なら、屋敷が慌ただしい気がしたからだ。
上体を起こし、カーテンを少し捲る。午後から降り出した雨は夕方になると、どしゃ降りに変わり、今でも変わらず大きな音を立て降り続けていた。
5歳になったココティアーナはフォース家の領地であるアネモネ領に数日前から滞在している。ダンティールの仕事がそろそろひと段落する為、長期休暇を利用し、領地にやってきたのだ。とはいっても、ダンティールはまだ仕事中のなので後から合流する形でココティアーナ達だけ先に来たというわけなのだが、
「やっぱり、何かあったのかな?」
下の階から微かだが忙しなく動き回る足音を聞き、もう一度窓の外を眺めると、
……?あれ、馬車が停まってる。
見下ろすと、そこにはフォース家の馬車ではないものが玄関前に停まっていた。
「すごい立派な馬車。家紋までは見えないけど…」
なんて思っているとトイレに行きたくなり、ベッドから降りて、部屋を出た。
「ふぅ。」
トイレを済ませ、来た道を戻るが、やはり下から話し声がちらほら聞こえる。
ココティアーナはちょこっと階段の手すりの隙間から見下ろすと執事やメイド達が忙しなく動き回る姿が目に入った。とはいっても彼らの表情は焦りはなく、いつものようにきれいな立ち振る舞いをしていた。
ーーでも、気になる…。
それでも様子を知りたいココティアーナは階段を降りようとすると、
『ココ〜。どうしたの〜?』
『おへやこっちじゃないよー?』
妖精らがポンっと現れ、不思議そうな表情で聞いてきた。
「うん。もう遅い時間なのにみんなバタバタしてるから気になっちゃって…。」
『ほんとだー。じゃあ、ぼくたちがみてきてあげるよ〜!』
『ちょっとまっててね〜!』
「えっ!ううん!だいじょ、」
断ろうとしたが、既に下へ降りて行った2匹。余計な事をさせてしまい、申し訳なく思っていると、
『ココ〜。パパがいたよー』
「お父さまが?まだ帰って来られないはずなのに?」
それともお仕事が早く終わったのかな?だからってこんな遅くにしかも大雨の中、帰って来るわけないよね…。
もしかして、何かあったのかな…。
と不安になったココティアーナは妖精達にダンティールがいる所まで案内してもらった。
『ここだよ〜。』
着いた先は来客用の部屋であった。
ここにお父さまが?なんて思いながら、ノックをしようと片手を上げた時、先に扉が開いた。
「ーーココじゃないか。どうした?こんな時間に起きて…」
「あっ、お父さま…。」
驚いたように目を丸くするダンティール。特に変わった様子はないことにホッとし、
「みんな慌ただしそうにしてるから気になっちゃって…、」
「うるさかったかな?寝てたのにすまない」
「ううん。私もお仕事の邪魔してごめんなさい。」
部屋に戻ります。と言って立ち去ろうとしたらーー、
「ーーお前の娘か?フォース公爵」
「えっ。あ、はい。娘のココティアーナです」
聞いたことがない男の声が奥から聞こえた。少し驚いた様子のダンティールはその男に返事をする。
すると、現れたのはツーブロックヘアで髪色はブラックネイビー。高身長なダンティールよりも少し高く、肩幅も広い。しっかりと鍛え上げた体つきに目鼻立ちのよい精悍な男だった。
「こんばんは。可愛いお嬢さんだね。」
「こ、こんばんは。初めまして、娘のココティアーナ・フォースと申します。」
そう言って、ココティアーナは足首まであるワンピース型の夜着の裾を摘んで、カーテシーをした。
唐突で避けようがなかったけど、夜着の姿で挨拶するなんてはしたなかったかも。それにこのくるんくるんの前髪も晒してしまった…。
自分の視界に入らないくらいココティアーナの前髪は癖っ毛が強い。
それでも可愛いという周囲の評価に彼女は知らないのであった。
ダンティールの客人に失礼な事をしてしまったのでは…と思うココティアーナは恐る恐る相手を見上げる。しかし、男は特に気にした様子はなく、
「ココティアーナ嬢、歳は幾つ?」
「えっと、5歳になります。」
「ほぅ。私の息子と一緒だね。」
「……そうなのですか?」
「あぁ。それより廊下は寒いだろう。中に入りなさい。」
「えっ…、」
とココティアーナを気遣う言葉を発した男はそのまま中へと翻してしまった。どうしようかとダンティールに助けを求めると、彼も困惑した表情をした後、仕方なさそうに溜め息をつき、ココティアーナを部屋の中へ促した。
ソファに腰掛ける男の向かい側にココティアーナとダンティールが座り、
「……お父さま、どうしてアネモネ領に?」
「この大雨のせいで道が塞がったり、地面の泥濘が酷くてね。目的地に着くのに時間がかかりそうだったから急遽、家に泊まって頂くことにしたんだよ。」
なるほど。メイド達はその準備をしていたわけね。
と理由が分かり、納得していると、
「本当に君の父上は面白いよ。会がある度、楽しくてしょうがない。」
「……外交の定期的な会合に国の王が常に参加されることはあまり見かけないのですがね。それに私は談笑しに参上しているわけではありませんよ。」
「………え、」
「くくっ、この私にそんな態度を取るのはダンティールぐらいだ。」
「昔からの付き合いの影響ですかね。」
ーーーちょ、ちょっと待って…!
軽快に飛び交う2人の会話。その中で明らかに重大なことをさらっと言われ、ココティアーナは慌て始める。
「い、今、王って……?」
「ん?あぁ、名乗っていなかったな。私はクロスロード・タンザナイト。タンザナイト国の王をしている。」
クロスロードはそう笑ってみせた。
タンザナイト国はルピシル国の隣に位置する大国であり、国同士友好的である。同じく魔法が使えるが、タンザナイト国の特徴は魔獣が多く生息している故、魔獣と契約を交わし、パートナーにすることが出来るのだ。
そんな強みを持つ大国の王が今、ココティアーナの目の前で、しかもソファで寛いでいるなんてーー、
「申し訳ございません!こ、国王陛下とは…っ」
「いやいや、大丈夫だよ。わざと言わなかったから気にしないでくれココティアーナ嬢。」
「……本当に貴方って人は。ココ、陛下がそう仰ってるから頭を上げなさい。」
わざと言わなかったと言うクロスロードを見て、小さく溜め息を吐くダンティール。そんな父親の態度に慌てふためくココティアーナは隣国の王に揶揄われていたことに気付いていなかった。
「お、おとうさま、隣国の国王様です。そんなお顔で見ちゃだめです…!」
「いいんだよ。今は勤務外だから」
「で、でも」
「ココティアーナ嬢はしっかりしてるね。流石、フォース公爵家だな」
「お褒め頂き光栄でございます。」
にっこりと笑顔を作るダンティールに、クロスロードはクツクツと喉を鳴らし笑っていた。
そんなやりとりを見て、ココティアーナはぱちくりと目を瞬かせる。
本当に長い付き合いなんだ。お互い、気を許してるように見える。普通なら不敬に当たるのに、
「……きっかけはお仕事ですか?」
「そうだね。まだ陛下が王太子で私も父上の補佐官をしてた頃からね。タンザナイト国にもよく行ってたんだよ。」
と答えるダンティール。ココティアーナは、ほぅと驚嘆するばかりだった。
「ココ。そろそろ寝ないといけないね。」
「あっ!もうこんな時間!」
時計を見て、パッと立ち上がったココティアーナはクロスロードの隣に移動し、
「国王様、お時間頂き、ありがとうございます。お話が出来てとても楽しかったです。」
「うん。私もココティアーナ嬢と話せて楽しかったよ。ゆっくり眠りなさい。」
フッと優しく笑い、ココティアーナの頭を撫でるクロスロード。
とても温かく覆い被さるのではと思うくらいの大きな手。ダンティールに撫でられた時に感じる嬉しい気持ちにココティアーナは笑顔で頷いた後、ダンティールに連れられ扉へ向かおうとしたらーー、
『この子、とても苦しそう〜』
『きっと、魔力が原因だよ〜』
『大丈夫かな〜?』
いつも愉快なあの子達の声が聞こえたのだ。




