第3講:授業なんて趣味を語ってしまえ
「はい、えー、さっきも言いましたが補語とは、動詞の後ろにきて、主語とイコールの関係になる名詞・形容詞のことです。これはテキスト十九ぺージからそのまま読み上げているだけなので、あとでアンダーラインでも引っ張っておいてください」
はやくも疲労の色が見て取れるキャンキャン。頑張れ。
「それでは早速、例文をみていきましょうもっちゃん高杉君こんばんはあとで絞めますのでよろしく」
サラッと恐ろし気なことをもらすキャンキャン。さっきまで思いっきり話題になっていたことを知らないのか、兼本君と高杉君は自分の顔にタテ線をいれながら、取り敢えずガクガクと頭を上下させてしきりに頷いていた。
きっと、キャンキャンに絞められた後、親にも怒られるんだろうな。
…………アーメン。
「えーはい、それでは例文です。あ、遅刻二人組、今テキスト十九ページですので」
抑揚のないキャンキャンの声に、二人は慌ててテキストのページをバラバラとめくる。……キャンキャンって、実は何気に恐ろしい人なのかも知れない。
「で、例文です梶野さん」
突然梶野さんに話題を振るキャンキャン。みると、梶野さんはケータイで黙々とメールを打っている最中だった。
「なんですかキャンキャン」
ひょうひょうと言いつつ、サッとケータイをあたかもシャーペンのように持ち直す梶野さん。いや、それバレバレだって。
「いや、それバレバレですから」
あ、同じこと考えてたのか。
取りあえずケータイをこちらによこしなさい、とキャンキャンは梶野さんの方に寄って右手を差し出した。梶野さんはといえば、何事もなかったかのように平然とケータイをポケットの中にしまっている。互いの視線が交錯する。睨み合う両者。
次の瞬間、キャンキャンが行動を起こした。その外見からは想像もつかない俊敏な動きでその右手を伸ばし、梶野さんのケータイをひっ捕らえる。
うーん、見事な身のこなし。
数人でパラパラと拍手を送るとキャンキャンは、
「高校時代に長刀部でしたので」
と、ケータイを折り畳みながら謎のプロフィール公開。いや、それあんま関係ないと思うけど……。私の横で「なぎなたってなに、米の銘柄かなんか?」と囁いた寺鷲さんは、対応が面倒くさいのであとで張り倒すことにする。ちょっと面白かったなんて言うまい。
「なにすんだよー!?ほんとマジ返してって!」
喚く梶野さん。そして、そのすぐ隣でうまいこと本を読んでいる大友さん(タイトル:『だいすきだよって、伝えたい。3』)。
こ、こいつ、できる。あとでバレずに読む方法教わろうっと。是非学校で活用したい。
「授業中ですので、預からせていただきます」
梶野さんの目の前で軽くケータイを揺らすキャンキャン――に、果敢に飛びかかっていく梶野さん。その勇気は別のところで生かせ。
十数秒戦ったのちに、二人は再び膠着状態となった。またも睨み合う両者。目と目の間に火花が散る幻すら見えてくる。
「返してください」
「嫌ですね」
断固としてケータイを渡さないキャンキャン。
「返却してください」
「表現の問題ではありません」
「Please pass me a cellphone」
「言語の問題でもありません。文法としては言うことないですが」
言って、キャンキャンは親指を立てた。頷く梶野さん。一体何をしてるんだろうか、この人達は。
とにかく、キャンキャンがケータイを教卓に置いたのを皮切りに、授業は再開された。
「はい、もう前半残り十五分切ってますので急ぎます。例文です。補語とは、何度も言いますが動詞の後ろにきて、主語とイコールの関係になる名詞・形容詞のことです。例えば――」
言葉を止めると、キャンキャンは黒板に「I am a student.」という、至って分かりやすい英文を書いた。
「これ、分かりますね。『I am a student.』、もちろん『私は生徒です』という意味です。この文では、『a student』が補語になって」
「a student」の下に赤チョークで線を引く。
「『I』とイコールになります」
「I」の下にも赤チョークで線を引いて、更に下からふたつを結ぶ。
「『私=生徒』になるので、これで正解です」
英文の横に「(私=生徒)」と書き足して、キャンキャンは私達の方を振り返った。
「キャンキャン」
だらしなく右手を挙げているのは、高杉君。
「なんですか」
「主語とイコールにならないやつは、なんなんすか」
「良い質問ですねっ!」
キャンキャンは、いきなり目を輝かせながらビッと高杉君を指さした。なんだ、びっくりさせないで欲しい。
「それは目的語です! 目的語は補語と同じく動詞の後ろにきますが、主語とイコールになりませんっ! 例えば――」
キャンキャンは再び白いチョークを手に取ると、さっきの英文の下に別の英文を殴り書きし始めた。段々と文があらわになっていく。
「We love dog very much.」。それがキャンキャンの書いた英文だった。
「この場合、目的語は『dog』です。主語は『We』、『私達=犬』ではありません」
キャンキャンは補語のときと同じように英文に装飾していって、「(私達=犬)」に大きくバツを描いた。
……けど、それをちゃんと聴いている私達ではない。
「『love』って」
「しかも『私達』にされてるし」
「で、『very much』」
「どんだけ犬好きなんだよ」
机から机へ小声で交わされる会話には、呆れを通り越して諦めの色が滲んでいる。こうなったら最後、キャンキャンは止まらない。
最近通勤中に見掛けたトイプードルが可愛かったこと、それが毎日ほぼ決まった時間に散歩していること、可愛過ぎて可愛過ぎて、通勤方法を自転車から歩きに変えたこと。
……この人、捕まったりしないんだろうか。ま、心配してあげる義理もなし、ってことで。
その後もキャンキャンは自分で飼っている犬のこと、この間観たらしい犬の映画のこと、と鈍ることなく快調に話し続け、更に雑種犬の魅力やドッグランの設備のことまで話し続け、更に更に話し続け、
「あの、栗岡ですけど、今日の出欠は」
前半の授業が終わる合図と化している事務の栗岡さん(数少ない女性)の出欠確認がくるまで話し続け、
「あの、豊田先生。聴いてます?」
栗岡さんの「にこやかな」笑みに圧倒されて、
「あ、浅間君と金山君以外全員います」
キャンキャンはやっと話すのを止めた。
……うん、やっと前半の授業が終わった。
後半こそちゃんと、……って、淡い期待だったか。
以上。




