第3話 三大精霊王を攻略せよ
ゲームのチート知識をフル活用し、無事、岩陰の隠し通路を見つけ、汗だくになりながら火口へ辿り着くと、そこには炎のドレスを纏った美女――炎の精霊王、イフリーティアが退屈そうに溶岩を眺めていた。
私が炎耐性マックスのローブを着ても汗だくなのに、彼女は涼しい顔だ。
「珍しいわね。人間がこんなところまで来るなんて。また戦争? それとも復讐の依頼かしら?」
彼女はため息混じりに、興味なさげに言った。
私は彼女をじっと観察した。
やはり。
彼女の立ち振る舞いと先ほどの言動で確信した。
ゲームのキャラと同じだ。
どこか、長い生に飽き、憂いている。
彼女は歴代の召喚者たちによって「破壊兵器」として扱われることに飽き飽きしているのだ。
ならば、この提案に興味を持つはず。
私は彼女に話しかける。
「炎の精霊王、イフリーティア。あなたは最も熱い炎を操りながら、心は冷たく冷えているのね」
『心』という言葉を聞いて、イフリーティアの動作がピクリと止まった。
「私はあなたに、戦場以外の景色を見せに来たの。ついてきてくれるかしら?」
先ほど私が彼女を観察したように、今度はイフリーティアが私を見つめる。
「確かに、あなたの中には懐かしい血の匂いがあるわ。精霊に愛されたマーブルの血――それは本物でしょう」
イフリーティアが指先に青白い炎を灯し、何気なく息を吹きかける。
「けれど、それだけなら私は従わない」
小さな火は溶岩湖に落ちた瞬間、轟音とともに爆ぜ、表面を深くえぐった。
「……ずいぶん派手な返答ね」
強がってはみたものの、心臓はうるさいほど跳ねていた。
(……溶岩を燃やすって何よ! 規格外すぎる!)
「私は護衛も連れず、一人でここまで来たの。あなた本人と話したかったから。今までそんな人間、いなかったでしょう? 退屈しのぎにはちょうどいいと思うけど」
イフリーティアは、ふっと肩の力を抜いた。
「いいわ。提案に乗ってあげる」
私は彼女を連れ出し、とある田舎にある、夕陽が一番美しく見える丘へと案内した。
湖に沈む夕陽が、水面を茜色に染め上げる。ただそれだけの、静かな光景。
けれど、破壊と悲鳴しか知らなかった彼女は、その景色を食い入るように見つめた。
「……綺麗。燃えるような赤なのに、こんなに穏やかなのね」
私はバスケットからサンドイッチを取り出し、彼女に差し出した。
彼女は恐る恐るそれを口にし、目を丸くした。
「美味しいわ……」
夕日が山に沈む。世界は青く深く沈んでいく。
「こんな時間が、ずっと続けば良いのに」
「でしょう? 私と来れば、もっと美味しいものや、楽しいことも教えてあげられるわ」
「ふふ。フランシスカ。あなた、面白い人ね」
イフリーティアが、横目で私に優しい眼差しを向ける。
「こんな人生も悪くないわね」
イフリーティアは満足げに微笑み、私の手を取った。
「フランシスカ。いいえ、フランシスカ様。あなたに私を捧げましょう」
イフリーティアの触れた手が熱を帯び、炎の紋章が浮かび上がった。
契約成立の証だ。
こうして私は、炎の精霊王との契約を果たした。
(ちなみに、契約印は、普段は肌の奥へ沈めるように隠せるらしい。王都へ戻ったあとも、誰かに気づかれることはなかった)
***
次に向かったのは、深く険しい「獣の森」だ。
空はいつの間にか曇り、梢のあいだから冷たい雨粒が落ちていた。
獣の精霊王がいるはずの場所だが、そこには血の匂いが充満していた。
到着した私とイフリーティアが見たのは、絶命した巨大な銀狼――先代の獣の精霊王と、網にかけられた一匹の子狼だった。
その傍らには、裏稼業の冒険者たちが、幼い仔狼を網で捕らえて下卑た笑いを浮かべていた。
「精霊王相手だからどうなることかと思ったが、楽勝な仕事だったな!」
「こいつは高く売れるぜぇ」
精霊を殺め、さらにその子を売買するなど、国際法でも固く禁止された禁忌だ。
気づけば私は叫んでいた。
「何の罪もない子を人質に取って親を殺すなんて、それでも人間なの!?」
私の方を冒険者たちが向く。
「誰だ!? 同業者か? ……いや、女だと?」
「ち、見られちまったか。だが、ただの小娘が二人だろ? ここで始末すれば良い」
残念。一人は小娘で当たり。だが、もう一人は不正解。
「フランシスカ様。私も久しぶりに怒りに燃えさかってますわ」
私の激しい怒りに共鳴し、イフリーティアの炎が爆発的に膨れ上がった。
炎の渦が、冒険者を包む。
「ぎゃああああ!」
手加減なしの業火が冒険者たちを吹き飛ばす(黒焦げだが一応生きていた。あとでギルドに突き出した)。
「獣の精霊王がそこらの人間にやられるはずはありません。おそらく、この子を守るため、親は……」
イフリーティアの言葉の先を、私は聞かなくても分かった。
網から解放された子狼は、倒れた親の鼻先を必死に舐めていた。
冷たい雨に濡れた指先が、かすかに震えた。
それでも私は、そっとその子に手を差し出した。
「……あなたの親を助けてあげられなくて、ごめんなさい」
子狼は低く唸り、私の手に噛みついた。
「フランシスカ様!」
駆け寄ろうとするイフリーティアを、私は首を振って制した。
「あなたの気持ちが全部わかるなんて言えない。でも、私はあなたの悲しみに寄り添いたい。それだけは本当よ」
子狼はしばらく私を睨んでいたが、やがて噛む力を弱め、静かに口を離した。
そのまま、まっすぐに私の目を見上げてくる。
しばらく見つめ合った。
子狼の苦しみと、私の悲しみが、静かに溶け合っていくようだった。
「ワオォォォン!」
森全体を震わせるような長い咆哮が響く。
その直後、倒れた銀狼の体から淡い銀の光が立ちのぼり、子狼の小さな体へ吸い込まれていった。
子狼の全身が銀色に輝く。
先代の獣の精霊王の力が、引き継がれたのだ。
「……やはり、貴女には感じるのでしょうね」
イフリーティアが静かに呟く。
「この子は、マーブルの血を本能で知っていますわ。けれど――」
「……クゥン」
子狼は、私の手にそっと頬を寄せた。
「貴女を選んだ理由は、きっとそれだけではありません」
イフリーティアが、やわらかく微笑む。
「フランシスカ様。この子は、貴女と契約を結ぶことを望んでいますわ」
私は涙を拭いながら、その小さな体をそっと抱き上げた。
まだ震えているぬくもりが、腕の中でかすかにしがみついてくる。
「ありがとう。……今日から、私が家族よ。名前はそうね、『タロウ』ってどう?」
本来はゲーム内の呼び名『獣の精霊王ウルフィリオン』に負けないもっと威厳ある名前が良いのだろうが、私には彼の名前には『タロウ』がぴったりに思えた。前世で可愛がっていたお隣さんのワンちゃん、『タロウ』にそっくりだったからだ。
彼は尻尾を振って喜んだ。
こうして、二柱目も仲間になった。
***
そして最後。冥界の入り口、常闇の洞窟。
その先にいるはずの、闇の精霊王、デーゼ。
私とイフリーティア、そしてタロウは、重苦しい空気の中に立っていた。
「ねえ、イフリーティア。あなた、これから会うデーゼと戦ったら、十回中何回勝てるの?」
「そうですわね……ゼロですわ」
「え!?」
私は思いがけない返事につい声をあげた。
「じゃ、じゃあ百回なら?」
「百回でも、千回でも、ゼロはゼロです。彼とは幾度となく戦場で相見えましたが、勝てた試しがありません。悔しいですが、次元が違います」
「そ、そんな」
獣の森の凶悪なモンスターを指先一つ振るだけで一掃し、冥界のアンデッドや異形なモンスターを吐息一つで消し炭にするイフリーティア。そんな最強だと思っていたイフリーティアの即答に、私は膝が震えた。
そんな化け物を相手にするのか。
洞窟に到着する。生きるものは誰も近寄らぬ地。
その理由は洞窟に入ってすぐに分かった。奥から、底知れぬプレッシャーと共に、黒い影が滲み出てきていたからだ。
だが、ここで引き下がってはいけない。なんせ、ここでデーゼと召喚契約ができないのなら、私にはバッドエンドが待っているのだ。
私の記憶を頼りに進む。道中はイフリーティアとタロウのおかげで安全に進むことができた。いくら冥界の魔物といっても、精霊王の敵ではない。
そして最奥の間。そこに闇の精霊王、デーゼはいた。
オーラが、全く違う。
「……誰だ? 私の眠りを妨げる者は」
暗闇の中で、デーゼの真紅の瞳がこちらを向く。
その瞬間、突風に殴られたかと錯覚した。
タロウが怯えて私の後ろに隠れる。イフリーティアも心なしか、冷や汗を流しているように見える。
交渉の余地などない。出会えば即、死。それが闇の王。
だが、私には前世の知識という切り札がある。ゲームの設定資料集の隅っこに書いてあった一行、『実は極度の甘党』という情報を信じるしかない。
「ちょ、ちょっと待って。これ。お口に合うかなぁ? なんて」
私は震える手で、氷魔法で冷やしておいた器を差し出した。
屋敷の厨房で作った、特製カスタードプリン。カラメルソースは苦味と甘味のバランスを極めた自信作だ。
「捧げ物だと? ふん。つまらん。どうせ宝石か、生贄の肉あたりだろ……う、む?」
デーゼの鼻がピクリと動いた。
一瞬、消えたと思うと、パッと私の目の前に現れた。
私は驚きのあまり心臓が止まりそうになる。
そして、彼は怪訝そうな顔で器とスプーンを手に取り、プリンを口へと運んだ。
パクッ。
……静寂。
数秒後、デーゼの全身から殺気が消え失せた。
スプーンを持ったまま、固まって動かない。
「あ、あの、デーゼさん? 大丈夫? おーい」
私の問いかけに返事がない。
「き、気絶していますわ」
イフリーティアが信じられないといった声をあげた。
「え!?」
訳がわからない。
しばらくの静寂。その後、デーゼの目の焦点が徐々に合ってきて、呟いた。
「……なんだ、これは!」
彼はスプーンを見つめ、陶酔したように語りだした。
「この柔らかな身に詰まった鋭利なまでの甘さ……これは光か? そしてこの黒き蜜……深淵よりも深く、甘美な闇の味がする……。そうか、これは光と闇を表現した……」
食レポが絶望的に厨二病だったが、スプーンの動きは止まらない。
あっという間に完食してしまった。
後で分かったが、このデーゼ、キャラが闇すぎて、お供えや提供される生贄は生肉やら宝石やらばかりで、甘党なのに人生で一度も甘いものを食べたことがなかったそうだ。
そりゃ、誰も気づかないはずだ。
「お、おい! 娘。これの代価は何だ? 国一つか?」
おいおい。プリンと国を交換する奴がどこにいる?
「いえ。ただ私と契約して、ピンチの時に守ってくれれば、毎日でも作るけど……」
「ふむ。それだけで良いのか? では契約成立だ。それで、主よ。私が食べたいのは……」
食い気味だった。
「ほれ、契約の印だ」
デーゼがそう言うと、漆黒の翼から羽が二枚、抜け落ちた。
それは私の背中へ吸い込まれ、黒き翼の紋章が刻まれる。
こうして、私は世界最強の精霊王たちと、秘密の契約と密約を交わしたのだ。
『十八歳の誕生日に、もし私が呼んだら、必ず迎えに来てくれ』と。
***
――そして、現在。
私の意識は、嵐の吹き荒れるパーティー会場へと戻ってきた。
目の前には、何も知らずに「絶望せよ」と叫ぶ哀れな王子。
(ふふっ。ごめんなさいね、殿下)
私は心の中で呟いた。
絶望? そんなもの、美味しいプリンとモフモフの癒やしで、とっくに上書き保存済みよ。
(お待たせ。準備はいいわよ、みんな!)
私が合図を送ると同時に、王城の窓ガラスが一斉に砕け散った。




