第四話
「破談の嵐じゃなぁ!」
第五王女の縁談の顛末を聞いた王は、大きな笑い声を上げた。
「大変申し訳ございません。私の淑女教育が、うまくいかず……」
「いいや、エルミナはよう励んでおる。恋ばかりは、机上の話でどうにかなるものではないからのう。どうしたものか」
「皆が憧れる、歴史上の英雄などはどうです? ヘンドリックスではなく、まずは実在の人間に興味を持たせるところからではないかしら」
王妃の言葉を、エルミナはありがたく拝聴した。さまざまな人々が、イザベラのヘンドリックスへの偏愛をなんとかしようと知恵を絞っている。
にも関わらず、王は「無理じゃろ!」と笑い飛ばした。
「ヘンドリックスに敵う人間などおらんよ。生きていれば、人間は屁もする。尻がかゆくなることもあろうよ。しかしヘンドリックスはせんだろう」
「それが──するそうです」
王は玉座から興味深そうに身を乗り出した。
「するのか! ……まあ、よい。生涯独身の斎王というものもある。イザベラが縁談を断りつづけるならば、ヘンドリックスという精霊との婚姻としてもよい。いかようにも、手はあるわい」
***
第五王女イザベラは、隣国のシャーロット王女によく手紙を書く。教育係エルミナはその内容までは知らないが、どうやらヘンドリックスについての話をしているらしい。
「イザベラ様、いったいどのようなお話をされているのです?」
「ヘンドリックスについての話です。シャーロット王女にも、ヘンドリックスのような架空の存在がおられますのよ。守護者……と呼んでいるそうですけれど」
「守護者!?」
教育係エルミナは、予想外の返答に目を白黒させた。
ヘンドリックスだけでも訳がわからないが、この上、他の架空の存在まで現れては、混乱してしまう。
「シャーロット王女はヘンドリックスへの理解も深く、『きっとヘンドリックス様ならこうなさるのでは?』とおっしゃってくださいますの。なかなか的確ですのよ!」
「えぇ……」
「シャーロット王女の守護者のお話も、大変興味深いですわ! 快活で鷹揚で、ちょっとばかり皮肉っぽい物言いもなさるそうです。でも面倒見がよくて、ときおり寂しそうに微笑まれるのだとか!」
「……何の話をされているのですか」
「架空の存在の話です」
イザベラは両手を組んで目を輝かせると、熱のこもったため息をついた。
「幼馴染というのは、長い時間を共に過ごした関係です。その長い時間のなかで関係が断絶するほどの大きな破綻もなく、親しい関係がつづいているというところに、非常に大きな魅力があります。つまりは、それだけ分かり合えているということ! そうして、長い時間を共に過ごしたことで以心伝心、当意即妙、そうしたやりとりが可能になる……。その上で、適度な礼節も忘れない……それが、それこそが、幼馴染の魅力です!」
語り倒すイザベラに、教育係エルミナはわずかに視線を逸らして、疲れ切った笑みを浮かべた。
そもそもイザベラに幼馴染ものの恋愛小説を勧めたのは、エルミナである。
***
ある日の晩餐会で、第五王女イザベラは唐突に切り出した。
「お父様、わたくし、ついに理想的な幼馴染を見つけましたわ!」
架空の幼馴染・ヘンドリックスに夢中であるはずのイザベラの言葉に、晩餐会に集まった人々は目を丸くして驚いた。口火を切ったのは、王妃である。
「それは、現実の人間ですか?」
「はい。身近にいても、意外と気がつかないものですわね! ヘンドリックスも認めてくれました」
「ほほう。それは誰かね?」
白いヒゲをなでながら、王はイザベラに尋ねた。晩餐会に出席した全員が、固唾を飲んだ。
緊張した空気が流れるなか、第五王女イザベラは胸を張って、可憐に微笑みながら宣言した。
「隣国の、シャーロット王女です!」
「……シャーロット王女は、女性ではありませんか」
「シャーロット王女にも、守護者という架空の存在がいらっしゃるそうですわ。そういった架空の存在を、隣国では精霊や神として、心の支えとして、理解するのだとか」
落胆を隠さない王妃とは裏腹に、教育係エルミナは心のなかで快哉を叫んだ。
隣国のシャーロット王女であれば、たしかにヘンドリックスへの理解も深い。イザベラと親しく、しばしば手紙をやりとりする仲である。守護者のいるシャーロット王女ならば、ヘンドリックスごと、イザベラを受け入れてくれるだろう。
そしてなにより──。
「なにより、幼馴染です! ……ね、ヘンドリックス」
第五王女イザベラには、二人の幼馴染がいる。
<おわり>




