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レインに囚われてから数日が経った。
当初は一体何をされるのかと身構えていたアリアだったが、レインはアリアを封じた首飾りを肌身離さずに持ち歩き偶に服の下から出して話し掛けたり、アリアの映る鏡にその日の出来事や嬉しかった事等アリアが囚われる前と同じ様に話しかけて頑張った事を褒めて欲しがるだけだった。
これまでの様に頭を撫でて貰ったり抱き着いたりする事が出来なくなったのは寂しいけれども、ずっと一緒に居られる様になったから我慢できると嬉しそうに言うレインに当初抱いていた不信感が薄れてしまいそうになる。
伊達に幼少期から面倒を見ていた訳ではないのだ、愛着も沸いているしどうしたって甘くもなる。
〔ねぇリョク、貴方レインの友達なんでしょう? 友達ならこの事態を止めるべきなんじゃないかしら?〕
〔僕だって一応はアリアが可哀想だから止めた方が良いって言ったんだよ?でもぜ~んぜんダメ。確かに僕とレインは友達だよ?でもそれ以前に主と従者だもん、聞いてくれなかったらどうしようもないよね。いくら言っても全然聞いてくれなかったんだもん、仕方がないじゃん〕
レインが馬術の授業を受けに行っている間、アリアの話し相手になりにやってきたリョクに苦言を言うが頬を膨らませて不貞腐れてしまう。
〔それに、アリアで失敗したくないからって何度も精霊の森に行って色々試してみたりとかしてて、見かねたツッチーが注意しても言い包められちゃってるしさー、フーイは前回のあれでご主人に絶対服従だし、スイは何考えてるか分かんないし、メラはご主人第一主義だし、ヒョウなんか性格曲がってるから面白がるだけなんだよ?
僕みたいな産まれた年数の浅い幼児にどうこうするのは無理ってもんじゃない?〕
聞き捨てならない言葉が聞こえた。
〔ちょっと待って、色々試した? 試したって一体何をしたの?〕
〔えっとねー、契約しないで捕まえた精霊がどれくらい魔力の供給効率が悪いのかでしょ?どの位の期間で飢えて死に戻りしてしまうのかでしょ?無理矢理捕まえてから契約を結んだらどれ位の力が出せて結ばなかったらどれ位までしか出せないのかとか、精霊の入った呪具を他の呪具と連動させる事が出来るかとかその場合精霊に何か影響はあるのかとか、とにかくすっごくいっぱい試してたんだよ〕
〔確かに何かに打ち込んだら一直線な部分があったけれどもそんな、まさかそこまでだなんて……一体どれ位他の精霊達に迷惑をかけているのよ、あの子。その実験、ちゃんと同意を得てから手伝って貰っていたの?〕
〔面白そうだからって協力してくれた精霊も多かったけどそれだけじゃ検証できないからって無理矢理の時もあったよ〕
眩暈がした。
〔昔から精霊術に興味を覚えたら独学で勉強して術式を書いて試してみたりとかしていたのよ。精霊術に強い好奇心を抱いているのは知っていたけれども、殺して無理矢理帰すのはやりすぎよ〕
〔片鱗はあったんだねぇ〕
精霊はこの世界で死を迎えても元の精霊界に戻るだけで本当に死ぬ訳ではない。
この世界での死とは精霊にとっては一つの帰還方法にしか過ぎないのだ。
だから精霊にはこの世界での生死を楽観視する節がある。
とは言っても死の苦しみは等しく味わう事になるので好き好んで死のうとする者は少ないし、帰ろうと思って帰るのと無理矢理帰らされるのとでは全然違う。
自分だけならまだしもよそ様に多大なる迷惑を掛けていた事を知ったアリアは眩暈だけではなく頭痛も覚える。
〔ねえ、やっぱり貴方から言って聞かせるべきよ。最初は無理でも聞いてくれるまで諦めずに続けてみて頂戴な。あの子も根は悪い子ではないから聞いてくれるわよ〕
〔え~僕には無理だよぉ〕
〔確かにまだ数十年しか生きていない貴方には酷かもしれない。けれど友人、いいえ主従ならば間違った道を選ぶのを止めるのが正しい主従の在り方よ。ただ主人の愚行を黙って見て、命令に従っているだけでは奴隷となんら変わりはないわ〕
〔え~僕はアリアじゃないもん、そんな事言われてもなぁ〕
〔それにこの国では精霊は尊ぶべき者で危害を加える行為は忌諱すべきもので重罪よ。そんな事をしているなんていつまでも隠し通せる事ではないわ。レインの為を思うのならば今の内に何とかするべきよ〕
恐らく、アリアを拘束した一件はあの場に居た弓兵位しか知らないだろう。
人の口には戸が立てられない。
もし広まってしまった場合、貴重な霊眼持ち故に処刑される事はないにしても最悪レインは王族と言う身分を剥奪され、奴隷契約を結ばされた上で幽閉されてしまう。
まだ今なら隠蔽する事も不可能ではない筈だと説明するアリアにきょとりとしながらリョクが言った。
〔え? この事は王も宰相もアバも知ってるよ?〕
〔……え?〕
〔知ってるって言うか頼んだら材料用意したりしてくれてたよ。じゃなきゃあんなにいっぱい実験なんかできないし、もっと前から何かしらの噂が流れてても可笑しくないでしょ?〕
〔そんな……〕
何故そんな事になっているのか。
精霊を尊ぶ国で王族が精霊を蔑ろにすれば民の王族に対する敬愛の念は薄れ、威信を損なう事に繋がってしまう。
良識のある王であるのならば、得る物よりも失う物の方が大きいのが分からない筈がない。
これが長男であり王位継承権第一位のスティーブンであればまだ理解はできた。
だがレインは末の王子だ。
継承権から最も遠い末の王子の為に何故そこまでするのか。
精霊使いだからと言う理由だけならば隷属契約を結べば事は簡単に運べる。
スティーブンへ隷属契約を結べば絶対に逆らう事のない忠実な武器を手に入れ将来の王としてより盤石な地盤を手に入れる事が出来る上に態々面倒な事をする必要がない。
にも拘わらず態々末の王子の為に国の上層部が法を犯す事を容認し、あまつさえ手を貸すとは一体何が起こっているのか。
自分が考えていたよりも今回の事態が深刻である事に気が付いたアリアは目の前が暗くなった。
当初、ヴァンがアリアを召喚すれば命を失うと言うならばそれ以外の方法で脱出をしようと考えていた。
その第一歩が外部の人間へ協力を要請する事だったのだが、これでは一層ここから抜け出す事が困難である事が証明されただけだ。
それどころか、一連の事を知ってしまったらヴァンの命が危うい。
精霊を失った霊眼持ちではない精霊使いには国が守る程の価値は無い。
話に聞いた規模の事をやっているのならただの人間一人を闇に葬り去る位訳もないだろう。
傍で守る事ができない今の状態に焦燥感が募る。
〔まあ、アリアが大人しくしている限りご主人もアリアのご主人に手は出さないって。ご主人はアリアとの約束は絶対守るよ〕
〔……そうね〕
アリアもそれは分かっていた。
打つ手がないなら下手に刺激してヴァンへ危害が加わる事が無い様に大人しくしておくしかない。
少なくとも自分が囚われている間はレインはヴァンには決して危害を加えない。
その間にレインの機嫌を取っておけばもしかしたら解放してくれるかもしれないし、ヴァンの身の安全もより保障されるだろう。
そう考えたアリアは胸の奥に秘めた熱を抑え、目下の方針としていつも通りレインに接する事に決めた。




