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王子の恋

 王子と私は、無言でお茶を飲んでいる。とりあえず、この世界にもお茶があって良かった。

 会話のない今、間を持たせるために本当にありがたい。

 私はちらりと王子をうかがった。


 まつげが、長い。

 はっきりした意志の強そうな目は、琥珀色。光の加減で金に見えるという噂は本当だった。

 こんな事考えてる場合じゃないけど、つい見てしまう。

 全体的に見た印象は、やんちゃそうだけど、品がある。

 しかし、細身だが鍛えられた体つきは、さすが若干二十一歳で近衛騎士団のトップに立つ人間だ。


 ジェラルド・フィン・モルヴェン。モルヴェン王国の第二王位継承者。

 長子相続が伝統であるこの国では、ジェラルド王子の二つ上の姉のブリジット王女が第一王位継承者として、ブリジット王太女と呼ばれている。

 ジェラルド王子は小説ではうつくしい王子って書かれてたから、優男風を想像してたけど、こうしてみると大分予想と違っていた事に気づく。


 茶色混じりの明るい金髪は、少しくせっ毛で先があっちこっちへ飛んでいる。お城では、きっちり撫でつけられていたから、印象が大分違う。

 うつくしいって言うよりは、格好いいっていう方があっていると思う。

 きっとこっちの方が素なんじゃないかな、と、城で話した時よりも若干くだけたさっきの口調を思い出した。


「アリアと二人で話をさせてもらうぞ。用がある時は呼ぶから、それまで誰も近づけるな」

 と、エミリーを追い払い、私と二人になると、ジェラルド王子はソファにどっかりと腰を下ろした。

 しかし、何も話さない。


 私は王子に従って、その近くの一人がけの椅子に座ったが、どう反応して良いのかわからず、お茶を消費するばかりだ。

(どどど、どうしよう……! もしかしてプロポーズの返事を待ってる? 即座に断わって良いもの? 後日またお返事しますとか言うべき?)

 王子は深刻な顔で両手を膝の上で握りしめ、何か思案しているように見える。


 どうしよう、と私は内心頭を抱えた。

 そもそも、王族からの結婚の打診は、断わっていけないんだっけ?

 王族からの結婚の断り方なんて、私の今までの人生で考えもしなかった。

 しかも私には昨日将来を誓い合ったと主張する相手もいる。


(いや、こういう時はまずマナーより誠意よね。人として真面目に対処するのがマナーよりも大事なはず……!)

 私は意を決して口を開いた。

「あのっ……、ジェラルドおう……ジェラルド殿下、お気持ちは大変嬉しく光栄に思いますが――」

「皆まで言うな」

 王子は制止するように片腕をあげた。私はぴたりと口を閉ざす。

「……いきなりこんな事を言ってしまって困らせたのは申し訳なかった。俺がお前にしてしまったことは取り返しのつかないことだ。……本当に悪かった」

 真摯に目を見て謝罪する王子は、誠意の固まりそのものだ。自分の非を認めて、言い訳やごまかしがない。

 きっとものすごく真っ直ぐな人なんだろうな。


 そして、小説とは口調が違う事に驚く。まあ、児童文学風の世界で王子が俺とか言ってたらイメージとあわないのかもしれない。

 つまり、あの小説はこの世界を参考にした二次創作のようなものなのかも。

 あれ? それってどういうこと?

 じゃあ、作者は何者――?


「俺は、あんな事をすべきじゃなかった。つい、お前に甘えてしまっていた。お前が俺の……」

 王子の話は続いていた。私に聞かせるというよりも、半分独り言っぽい。

 何かを言いかけて、王子はぷつりと言葉を切り、私をうかがった。


「お前は、記憶を失っているんだったな」

「――はい」

 と、いうか人格自体すげ変わっているんですが。


「なら、あの事も忘れているのか」

 あの事?

 視線をそらす王子に、私は「銀と金」を思い返して「ああ」と声をあげた。


「王子の秘密というやつですか?」


 王子は弾かれたように顔をあげた。しまった、と私は青くなる。うかつな事を言ってしまった。

 小説の中で、該当するような箇所を思い出せたから、思わず口がすべってしまった。


「あの、秘密をもらすことなんか、絶対にありませんし、そもそも私、その辺のこともよくわからなくなっていて」

 誤魔化すように笑ってみる。

 とりあえず、私が知っているこの世界のことは、あの小説から得たことだけだ。なめるように読んだその辺の知識を駆使し、あとは記憶があいまいだと言い張ってなんとかやってきた。


 王子はわずかに安心したように見えた――が、再び表情を引き締める。

「城の医師に聞いたが、記憶をなくした後、何かのきっかけで記憶が戻る事が多いと聞く」

「――そう……なんでしょうか」


 いや、私の場合は記憶喪失ではないんだけどね。

 かといって、本当のことを言うのはためらわれる。

 頭がおかしくなったと思われでもしたら、今度こそ私をよく思っていない異母兄ジョージ夫婦に軟禁とかされかねない。


「とにかく、俺は責任をとる。貴族共には俺のせいでアリアが事故に遭ったと言ってある」

「……まあ。そのような事……とんでもないことでございます。どうかお気持ちだけで……」

 なるほど。遠巻きにヒソヒソされてるだけなのは、一応王子の後ろ盾があるからなのかもしれない。

 それにしても、この人も「アリア」呼びなのね。お城では他に人がいたからか、親しく名前を呼ばれなどしなかったけれど。


「お前は、俺が会った令嬢の中で、一番人間的に信じられるような人物だった。初めて男女の間の友情が成立するものだと感じられた」

「…………ありがとうございます」


 それ、私じゃない本物のアリアンロッドなのよね。

 しかし、予想してたけどホントに恋愛感情ないんだ、とあらためて感じる。結婚を申し込んでおきながら、ホントにいいの? と心配になってしまう。

 私が本物のアリアンロッドだとしても、どういう顔で聞いて良いのかわからない。

 責任感があるのは素晴らしいことだけど、悪い女に騙されたりしないんだろうか。まあ結婚は好きな人とするもの、といういち庶民の私のような考えは、王族や貴族ではあまり通用しないものなんだろう。


「この秘密を誰かに知られたら、きっと汚らわしいと言われるだろうと思っていた。信仰に反する行いだと」

「しんこう」

 しんこう……親交? 進行ではないだろうし……。

「空墓教会では、認められない。戒律に背くことだからな」


 ああ、しんこうって信仰なのね。私は王子の抱える秘密が、予想以上に重いものだったことを知る。

 この世界の「信仰に背く」=「神罰が下ってもおかしくないような重罪」だからだ。

 そんな秘密をアリアンロッドと共有……それは仲良くなるよね。王位継承権を持つ者として、致命的だもんね。特に今の王さま――王子のお父様は熱心な信者だしね。


「お前はそれを知っても、黙っていてくれた。なおかつ、ごまかすことにも協力してくれた。あのままなら、きっと俺の罪は白日の下にさらされただろう。俺は隠し事にむかないからな。それでいてお前は、それを利用するようなこともしなかった。お前は、言っていた。私も許されない恋をしていると」

「えっ?」

 驚いた私を見て、何を思ったのか王子は痛ましい顔をした。


「……その事も忘れてしまったんだな」


 きっと王子の表情から見て、恋を忘れて可哀想、とか思われてるんだろうけど、私はそれどころじゃない。

 アリアンロッドの恋? しかも許されない恋って、何? 

 後、王子の秘密も許されない恋ってことだよね?

 待って待って、みんな背景持ちすぎだから。後、作者は大事な情報をはしょりすぎだから!

 ヒロインや王子の恋愛情報なんて、何ページ使っても良いとこだから!


「とりあえず、無理に思い出そうとしない方がいい。無理矢理思い出そうとすれば、頭は偽りの記憶を作り出すこともあるらしい。今はゆっくりしろ」

 頭を抱える私に、王子はあくまで優しく声をかける。きっと忘れた恋を無理に思い出そうとしてるとでも思われてるんだろうな。


「また会いに来る。お前も、城に来てもらってかまわない。思い出せないのは辛いだろうが――これからまた新しい思い出を作っていけばいい」

「……さすが王子……いや、その、もったいないお言葉ありがとうございます」

 私は殊勝に頭をさげた。

 台詞がイケメン……いや、ありがちな台詞でも、王子が言うとキラッキラの素敵な言葉に聞こえてくる。さすがナチュラルボーン王子だ。おそろしい子!


 白目になっていると、エミリーが慌てた様子で扉の向こうから声をかけてきた。

「アリアお嬢様……ウォルター様と……マクブライド伯爵様がお見えになりましたが……あっ、ちょっとお待ちください!!」

「えっ」

 エミリーの語尾にかぶるように扉が音をたてて開けられた。


 そこに現われたのは、王子付きの近衛騎士、ウォルターだった。よっぽど慌てて来たのだろう。銅の髪は乱れ、息は荒い。そして、いつも落ち着いた切れ長の琥珀のような瞳は、怒りに彩られている。


「なんで午後の公務をすっぽかしてこんなところにいるんですか」


 低く怒気の籠もった声は、直接怒られていなくても怖い。

「……すっぽかしたわけじゃないぞ。教会が新しく設立した孤児院に行くんだっただろう? 現地に直接行けばまだ余裕で間に合う時間だ」

「ではなぜ周りに言わないんですか」


 侯爵家の次男のウォルター・フィッツジェラルドと、ジェラルド王子は、従兄弟にあたるそうだ。侯爵家から、ウォルターの父の姉が王家に嫁いでいる。そんな事情を思い出しながら、私は遠慮なく王子に怒気を向けるウォルターにどう声をかけようか悩む。


 いや、もうこれはふたりをそっとしておいて、ルーのところへ行くべきだろうか。

 ルーの名前を聞いた途端、少し落ち着かなくなった私の指は、無意識にドレスの裾をもじもじといじっている。


(考えてみれば、これってまずい? いちおうはルーと恋愛関係?のはずよね。なのに王子とはいえ男と二人っきりで部屋にいて、プロポーズを受けてるし、いや私にやましいことはないんだけれども)

 とりあえず部屋を出よう。私は殿下と対峙するウォルターの横をそっとすり抜けようとした――が、私の二の腕をつかむ者があった。


「俺はアリアに大事な話があったからここに来たんだ! 遊びに来ているわけではない!!」


 ジェラルド王子である。

 怒りからか、真っ赤な顔でウォルターを睨む様子は非常に不穏だ。話してほしい。そう意を込めてそっと腕を引っ張るが、小揺るぎもしない。

「殿下、アリアが困っているでしょう」

「困ってなどいない!」


 それはあなたが言うべき台詞ではありません。


 そう言いたいが、王子相手にツッコミなどしていいのか検討もつかないので、無言に徹した。

 しかし、その場から離れようとすることで、言葉にしない意思を伝えようとする。

 びん、と二の腕が引っ張られる。王子と騎士の喧嘩は続いている。


 もうさっさと公務に連れていってください。

 思っても、それを婉曲に貴族らしく伝えるにはどうしたらいいのか。


 私はちらり、とジェラルド王子に視線を戻した。

 王子は真っ赤な顔で怒っている。

「俺は責任を取りに来たんだ!」

「そのような事を言われても、アリアが困るでしょう。物事には手順というものが」


「……あのう、公務のお時間がせまっているかと……」


「俺が誰と結婚しようがお前には関係ないことだ」

「私は王子の近衛として、そして僭越ながら友人としても王子の結婚相手は重要事項だと認識しています」


 勇気を振り絞って声をかけたというのに、まるっと無視されてしまった。というか、ふたりとも口論に熱中しているせいか、聞いてない。

 どうしよう。喧嘩はよそでやってくれないかな、と扉の隙間から集まり始めた侍女や従僕達を見ながら思う。


「だいたい王子は昔から行き当たりばったりに行動を起こすので」

「それをフォローするのがお前の役目だろう! だいたい……」


 なんだか過去にさかのぼって喧嘩のタネを引っ張り出してきているけれど、端から見たら、男二人に女が一人、どんな噂がたってもおかしくない。


 すでに「三角関係……」だの「王子と近衛を手玉に……」だの不穏な単語が漏れ聞こえてきている。

 背中に伝う冷や汗を自覚しながら、私は棚の上の置き時計を必死で抱えて時間を主張しようとした。

 だが二人とも全く見ていない。


「ふん、ならば黙ってみているがいい。どうせ王統は姉上の子が継ぐ。俺が誰と結婚しようが反対はさせない。だいたいクランシー伯の娘なら、家柄的にも問題はないだろう」

 いや、婉曲に断わったんだけど、やっぱり伝わってなかった?

 絶望的な思いで私は王子を見る。頭を冷やそう? 冷静に話そう?


「アリアの意思は確認されたのですか?」

「――はっきり言えば良いだろう」

 王子の顔は真っ赤だ。ウォルターを睨み、一歩も引かない。

「何をでしょう」


「……あのう、公務のお時間は……」

 いい加減時計を掲げる腕も疲れてきた。

 果てしない口喧嘩を聞くのも、飽きてきた。かなり耳を素通りするようになった罵り声は、今や私の耳には外で鳴く虫の声のごとく無視出来るものになっている。決してシャレのつもりはない。


「お前が、俺に遠慮などしているからだ」

 そう、虫の声のごとく――。


「俺の本当の気持ちもしらないくせに」

 私の目の前で、王子は一瞬くしゃりと顔をゆがめた。まるで今にも泣き出しそうな顔。

 私は素通りしかけた声を、必死で捕まえる。え? 今、何を言ったの?

 本当の気持ち?

 え? ジェラルド王子の?


 ゆがめられた顔は一瞬で戻る。あとに残ったのは、怒りのような拗ねているような口つき。

 真っ赤な顔。

 これ、もしかして――。


 と、ひょいっとウォルターの後ろから顔を出したものがあった。

「ご機嫌うるわしう、殿下。アリアも、昨日ぶりだね」

 ――ルーである。


「ご、ごきげんようルー様……」

(よりによってこんな時に! どこかで待っててくれればいいものを! いやこれだけ大騒ぎしてればしょうがない……?)


 私が動揺しているのがわかったのか、ルーは苦笑めいた笑みを浮かべて部屋に入ってきた。

 相変わらず人目をひく人だと思う。

 昨日の精緻な刺繍の施された華やかなジャケットとはうってかわって、落ち着いた黒のコートも似合っている。


 そうして当然のように私の横に並び、ルーは口を開いた。

「ジェラルド王子、僕とアリアンロッドは、昨日、将来を約束した仲になりまして」


 その時、時が止まった。

 王子とウォルターの舌戦も、廊下から漏れ聞こえるささやき声も、一瞬で静まりかえり、何も聞こえなくなる。


 うわあすごい、魔法みたいだあ……。

 現実から逃げたいと訴える自分の意識を叱咤して、私は直立不動で王子とウォルターの視線を受け止める。

 その目は「マジで?」と率直に訴えていた。


「あ、はい、約束したというか、まずはお友達からと言うかその」

「なので、誠に申し訳ありませんが王子の求婚は、お断りするよりほかにありません」


 率直すぎる! これでいいの? 婉曲に言おうと悩む必要なかった! 学友だから? 性格? これが神の子?


 ルーの王子に対する姿勢に、私は驚愕しきりだ。

 なので、頭の上を素通りする話についていくので精一杯だった。


「結婚式は、来年を予定しています」

「えっ、来年? えっ?」

「来年? なるほどそれは……大丈夫か? どうしたアリア?」

「い、いえその大丈夫でございます……えっ?」


 王子よりも、私が驚いた。むしろ王子は驚く私に驚いている始末。

 どういうことなの、せめてそういうことは打ち合わせをしてほしい。本人が青天の霹靂だよ!


「ぜひ王子とウォルターも出席していただきたいと」

 えっ、この流れでよべる心臓がすごい! 


 内心ツッコみすぎて、もう自分のキャラの方向性が定まらなくなってきた。

 いや、いくつか口から出ていたかもしれない。

 その証拠に、王子がいちいち驚いた顔をして私を見ている。横のルーを見上げると、いつも通りのふんわり笑顔で私を見てきた。


 そっと背中を引っ張ってどういうことかと合図を送ってみたが、その手はそっと反対側の手で優しく握られる。

 あれ? これ端から見たら、こっそり見えないところで手をつないでるけどバレバレってやつじゃない?

 これもうただの恥ずかしいカップルだよね!?


 卒倒しそうになって、手をはずそうと試みても、小揺るぎもしない。

 しまった、もう王子の前でいちゃいちゃしてる馬鹿者共にしか見えないもう死にたい。


 私の手の中の時計は気づけばルーによって机の上に置かれ、時を刻み続けている。

 私に出来るのは、早く王子達が公務に出かけてくれるよう祈ることだ。

 そのあと、ルーと意見のすりあわせを早急に行わなければ。

 もう流されたりしない。自分の意見をはっきり言う。ヤンデレだろうが天使だろうが関係ない。


 困って目を泳がせると、ウォルターと目が合う。こっちも驚いたような顔をして私を見て――。

 ……あれ?

 驚いていると言うよりも、困惑している……? それとも怒りが持続しているのだろうか。


 いつも落ち着いて泰然自若とした彼にしては、妙な表情だ。

 こんなウォルターは初めて見た。


 思わずまじまじ見てしまうと、ウォルターはふいと顔を背けてしまう。

 そうして、王子をうながした。


「さあ、そろそろ出かけないと、いい加減公務に間に合いませんよ。――すいませんお二人とも。ぜひゆっくりお話しをお聞きしたかったのですが、なにぶんこれから予定がつまっていて。おめでとうございます。また、あらためてお祝いさせてください。――お幸せに」


 ルーに向けられた笑顔は、全くいつも通りのウォルターだった。

 落ち着いていて、そつがない。


 王子は、感動したのか

「今までそんな話をルーから聞くことはなかったが……水面下で愛を育んでいたのだな。俺が心配することはなかったな。おめでとう、幸せになるんだぞ」

 と、若干涙ぐみながら私たちの手を握りしめて公務に行ってしまった。



 残された私は、王子達がいなくなるとどっと疲労が肩にのし掛かってきたように感じられた。

 お茶の用意だけお願いして、私はエミリーを下がらせる。

 マクブライド伯爵と、率直な話をしたい。なのでやましいことなど何もない。そう言い含めることを忘れない。

 あなたのアリアお嬢様は、男性に対して真面目なのです。だから、心配することなどないのです。


 二人だけの部屋の中で、ルーはくつろいだ様子でお茶を飲んでいる。

 少し距離をおいたところに腰をおろしてみれば、一瞬興味深そうな顔をした後、首をかしげられた。

 くそう、あざといけど様になる! 今日も天使は健在です。


「あのう、私、実は今、王子のプロポーズを受けていたのですが……大丈夫だったのでしょうか。その、結婚が来年などと、いきなりすぎるように思うのですが」

「……王子が良かったのですか?」

 若干低くなる声が怖い。私は慌てて首を振った。


「いえいえ! 断わるにしても断り方があったかな、と。他意はありません! 王子のプロポーズにしても、責任感からのお申し込みだったみたいですし! お、王子は他に好きな方がいらっしゃるようで……!」


 しまったああああ!!

 勢いで口走ってから、私は青くなった。

 どうしよう、ルーに詳細をツッコまれたらどうしたらいい?


 いや、私は王子の好きな人を本人から聞いたわけじゃないし、知らぬ存ぜぬで通したって良いわけだし。

 軽く目を見開いて驚いたように私を見つめるルーの前で、私は打開策を必死で練りあげる。


 恋愛のカンが特別いいわけじゃない。なんたって前世の私には、人生経験が圧倒的に足りない。

 しかし、思い当たってしまえば、そうとしか見えないことはいくつもあったのだ。

 そして、この『恋』は王子にとって決定的なスキャンダルで、ヘタしたら政治生命は終わりかねない。

 この、空墓教会が圧倒的な力を持つ今のモルヴェン王国において。


 だから、私は死んでも彼の秘密を守らなきゃいけない。

 あの人は、まだ若いけれど、こんな私の記憶喪失なんかをずっと気に病むような優しい人だ。

 人の事を真剣に考えられるような人が、上の立場にいるってこの国にとって良いことだと思う。

 この世界は上っ面なところばかり目についてしまうけど、思いやりのあるジェラルド王子や、真摯で真面目なウォルターなんて人達を見ていると、まだまだこの国も大丈夫だと思えるし――。


「……もしかして、ジェラルド王子がウォルターを好きだと、お気づきですか?」


 がふっと飲みかけた紅茶が口から吹き出した。

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