その14 婚約破棄から考える貴族の義務について
今回取り上げてみたいのが婚約破棄。
女性向け『テンプレ』と言って差し支えないほどに、婚約破棄ものの作品は『なろう』の大多数を占めている。異世界(恋愛)のジャンルの上位は、ほぼすべてこの「悪役令嬢の婚約破棄」もので埋め尽くされているのが現状だ。
どうしてこういったものが流行っているのかは置いといて、婚約破棄をもっと現実的に考えてみよう。
ニュース番組でこんな内容が放送されていたとする。
イケメン芸能人と有名女優との婚約が発表されました。
しかし、その後2人は破局。イケメンの方から婚約破棄を申し出たそうです。
では、このニュースを視聴したあなたに聞きたいのだが……この婚約破棄、男と女どっちが原因だと思いますか?
婚約破棄を『離婚』に置き換えれば分かりやすいだろう。
男の方から女に離婚を申し出た――こう聞いたら、女性の方が離婚の原因を作ったように思えないだろうか。
妻が浮気していたので夫が離婚を切り出した、というのはワイドショーでもよくある話だが。
妻が浮気していたので妻から離婚を切り出した、という話はそうそう聞かないだろう。
このように、離婚の原因を作った側は、「お前とはもう別れてやる!」と言われた側に立つ方が圧倒的多数だ。
これは、西洋の貴族界とて例外ではないだろう。
王子の方から悪役令嬢に「お前とはもう別れてやる!」と言ってきたということは、周りの人は最初こう考えるはずだ。
「王子から婚約破棄をされるだなんて、あの令嬢はいったい何をやったんだろう?」
事実はどうであれ、これが正確な事情を知らない第三者からの見られ方となる。
とは言え、実際の婚約破棄の原因は、「王子には他に好きな女ができたので、今付き合っている令嬢とは別れる必要があった」のが過半数(というかほぼ全員)だ。
……あれ? なんだかおかしくないか?
結婚する前の男性に、他に好きな女性ができました。
でも彼は別の女性と婚約している身。
「いや、それでも君が好きなんだ。今付き合っている彼女とはハッキリ別れてくるよ」
そうして、彼は婚約中の女性に別れを告げたのです。
……率直な疑問なのだが。この男性、そんなに悪いか?
確かに浮気同然のことをしたのは最低だろう。しかし、元カノにしっかり別れを告げてケジメは付けている。ましてや結婚後ではなく、結婚する前の話だ。
むしろ、他に好きな女性がいたまま令嬢と結婚する方が問題にも思える。要するに、結婚しても男性は常に妻以外の女性のことを考えているんだぞ? それはあまりに不誠実なのではなかろうか。
しかし、家柄なり立場なりのしがらみが強い貴族や王族との関係は、こんな平日お昼13時半にやりそうなドラマのようにはいかないのだろう。
ここで上記のような展開に待ったをかけるのが『政略結婚』だ。
好いた惚れたで結婚するのではなく、お互いの家や国との結びつきを強める繋がりを得るための結婚。
ベタな例で行くなら、A国とB国は昔から戦争ばかりしていたが、このたび休戦協定を結ぶことになった。
その際、A国の王子とB国の王女を結婚させることで、お互いの友好関係を確かなものにした。
確かに、この場合の婚約破棄は、いくら王子が男としてケジメを付けようが、国としては非常にまずい。
A国の王子が、本気で好きな女性と結婚したい! と押し通すと、B国の王女に恥をかかせたとして国同士の関係は一気に悪化するだろう。
つまり、王子は婚約破棄によって生じる多大なリスクを考慮せず、身勝手な行動に出た大悪人となってしまう。
なんだ、だったら令嬢はどれだけ王子や他の女に復讐したって問題ないぞ。だって彼らは国のことをまったく考えずに駆け落ち(?)した勝手なカップルなんだから。これは報いを受けてもらわねばなー!
と、これが代表的な「ざまぁ」の一例かと思う。
ここからが本題。
王子様は勝手な行動で別の女性と結婚しました。
主人公の令嬢は、それを「勝手にしなさい。国のことも考えずに、どうなっても知らないから」と簡単に受け入れました。
では悪役令嬢に問いたい。
王子に国のことを何も考えていないと言っているが、あなたはどうなんだ?
婚約破棄をあっさり承諾していいの?
国の関係悪化するのは分かってるんだよね?
それはそれで、あなたも無責任じゃないのか?
確かに諸悪の根源は王子だろう。
王族の義務とやらを放棄して、自分の恋愛を優先させたのだ。
では、それを悪と見なす悪役令嬢側は、貴族の義務とやらを果たしているのか?
やれ復讐だやれ「ざまぁ」だと言う前に、他にやることあるんじゃないの?
持論も大いに入るが、人の上に立つ者の義務とは、『決断』と『責任』かと思われる。
国をよりよくするために、AとBという2つの政策を家臣が提案してきました。
よし、それじゃあAの政策で決まりだ、責任は私がとる!!
ものすごく簡略化したが、これが人の上に立つ者の最低ラインの義務かと思う。
一国の王もそうだし、会社の社長だって同じ。
それこそ、学校の生徒会長やお店の店長だって同じだ。
組織を運営するにあたって様々なアクションをとるにあたり、実際に何を行うのかを決めて、その行動に責任を持つ。これができない人間は、何であれ人の上に立つ資格はない。
貴族や王族の義務は、つまりはそれを国家単位に引き上げたものだ。
私の行動ひとつで由緒正しき我が○○家の行く末が決まる。
僕の行動ひとつでこの国の未来が決まる。
背負うものが大きいからこそ、その決断には重い責任がのしかかる、ということだ。
要するに、王族や貴族同士の政略結婚に対し、周囲に及ぼす影響を顧みることなく身勝手な行動をとることは、貴族としては無責任と言えるのだろう。
なるほど、これでは確かに婚約破棄した王子様は、無責任に周りに多大な迷惑をかけ、国家の関係に傷を付けた罪人だ。このまま簡単にハッピーエンドになってもらうわけにもいくまい。
では、ここからが肝心だ。
この婚約破棄が国家の関係や家柄・立場などに大きな影響を及ぼすのは分かった。
しかし、婚約破棄した王子の行動は罪として問題視されるのに、どうして婚約破棄された令嬢の行動は問題にならないのだ?
そもそも、だ。
トラブルの直接的な原因は、確かに婚約破棄をした王子にある。
だが見方を変えれば、令嬢は王子から婚約破棄をされるような相手だった、とも言えるわけだ。
悪役令嬢はいかにも私は被害者です、といった認識を持つことが多いが、どうして誰もこう考えないのか。
王子様が私との婚約を解消したいと言ってきた→いきなり婚約破棄するほどに、私と結婚したくなかったのね
超極論だが、他に好きな女性ができたと王子は言うわけだが……つまり、そのヒロインの「女性としての魅力」に対し、悪役令嬢は「女性としての魅力」に「王族の義務」を足し算した上で負けてしまったわけだ。
それを、「あっちのヒロインの方が王子の好みだったんだから仕方ない」と、令嬢を擁護できるのかどうかが今回の話の焦点となる。
煌びやかなドレスで身を包み、優雅な立ち振る舞いで殿方を魅了する。これもまた、女性貴族としての義務だという解釈は可能だ。
少々、女性にとって嫌な話をするが(今さら遅い気もするが)、男性視点において、高貴で美しい――魅力ある女性を娶るのは一種のステータスだった。
「○○家のご令嬢はとても美しく、聖母のように優しい性格らしい。私のような王族が妻にするなら、あのような女性でないといけないな!!」
と、家柄や国同士の関係も確かに重要だが、純粋に女性として魅力を感じるかどうか、というのも非常に重要な要素であったと言えよう。
つまり、結論を言うとだ。
他の女性と結婚する――王子からそう言われてしまうほどに女性としての魅力に欠けていた令嬢もまた、貴族の義務を果たせていなかったわけだ。
「ざまぁ」好きの女性読者が大激怒しそうな話になってしまったが、もう少し続きます。
しかして、婚約破棄された後の展開を素直に考えてみると、
婚約破棄された悪役令嬢は、家に帰るなり両親からこっぴどく叱られました。
「この恥さらしめ! 男ひとり繋ぎとめることもできないとは、お前はそれでも○○家の娘か!」
普通に親御さんから「お前が悪い」と言われることになる。
これでも「別にあの王子がバカなだけじゃない」とお思いになる人もいるだろうが……これから先の言葉をよーく胸に刻んでほしい。
――あなたは、そのバカにフラれたんですよ?
自分はまとも、おかしいのは向こう、という認識を大前提に考えていると、こういった事実を当然のように見逃してしまう。
真に「ざまぁ」と言われるべきなのは、果たして本当に王子の方なのだろうか……と邪推もできてしまう。
ノブレス・オブリージュを心に誓ったキャラのセリフとして、こんな言葉がよく挙がる。
――私は、○○家の名に恥じぬ生き方をする!!
杓子定規で融通の利かないイメージもあるだろうが、このセリフの根本にあるのは克己心だ。
貴族の義務は責任重大で、逃げ出したくなるくらいに辛いけれど、国のため、家のために頑張らないといけない。
後述する『誇り』にも直結する精神であり、これを満たした者こそが、貴族としての高み――高貴な人間と呼ばれるわけだ。
※ここから先、かなり感情論に走っています。
本音を言おう。
私は、婚約破棄されて「いいですよ分かりました」と簡単に受け入れてしまうような無責任な女性が、反吐が出るほど大嫌いだ。
悪役令嬢が悪役たる由縁なのかもしれないが……勝手に他の女と結婚した王子をとやかく言えないほど、令嬢もまた自分勝手が過ぎるだろう。
政略結婚だか何だか知らないが、離婚されて喜ぶ時点で、人としてどうなのだ。
正直、令嬢がこういった意識であることを、王子は見抜いた上で婚約破棄したのではないのか?
今回、女性読者からご感想が来るのであれば、おそらく「男の方だって○○が悪いじゃない」といったお声が出るのは明白だろう。
しかしだ。
そうやって相手の悪い所ばかり探していて、婚姻関係なんて成り立つとお思いか?
簡単に婚約破棄を受け入れるということは、つまりは最初から嫌々結婚しようとしていたわけだ。
内心そう思っているような人が、どうして相手から好意を寄せられると思えるのか。
そりゃあ王子だって悪い部分はいくらでもある。一途になれず、令嬢に恥をかかせ、身勝手な感情で国を傾けたのだ。
だからと言って、被害を受けた令嬢の方は正しく、悪い点などなかったという証明になどなりはしない。
『正しさ』回で述べたとおり、相手の間違っている・悪い点を指摘することは非常に簡単だ。
しかし、自分が正しいことを証明するのは実に難しい。
「お前は間違っている!」→「じゃああんたは正しいのか?」と問われて、果たして令嬢は行動で示せるのか?
こんな悪役令嬢を問い詰めるとすれば、こんな感じ。
王子があなたとの婚約を破棄してきたそうですね。
↓
悪いのは王子です。私は何もやっていないのだから悪くないでしょう?
↓
じゃあ、あなたは婚約破棄されないようにするために、いったい何をしてきたのですか?
↓
だって王子がいきなり勝手に婚約破棄してきたのですよ? 私にどうしろと言うのですか?
↓
婚約破棄なんてされないように、その「どうすべきか」を考えて行動に移すのが、王子と婚約した貴族令嬢としての義務でしょうが。
もう一度繰り返すが、いきなり婚約破棄なんて非常識も甚だしい「間違った人間」は、テンプレ作品ではいくらでも出てくる。
問題はそこからで、その状況で「付き合ってられないわ、さようなら」とすぐに逃げ出した令嬢も、大概無責任だろう。
人の振り見て我が振り直せ、だ。
悪役令嬢に限らず、「ざまぁ」を好む主人公全般に言えることだが・・・・・・相手を悪者として陥れようとする前に、まず自分の行いを振り返ってはどうだろうか。
私はできることを全力でやった。にも関わらず王子は別の女と結婚すると言い出した。
今までの私の努力は何だったのよ! こうなったら王子とあの女に復讐してやる!
理に適っているかどうかはさておき、王子たちに復讐して「ざまぁ」するにあたり、これなら一応令嬢の心理としては筋が通っている。
これが、
いきなり王子に婚約破棄された。別に私は何もやっていないのに。
まぁ、あんな馬鹿な王子と結婚せずに済んでせいせいしたわ。でもこのまま別の女と幸せになられるのも腹が立つわね。
ちょっとギャフンと言わせてやろうかしら。
こうなると、特に何もしていない令嬢が、気に入らないから腹いせに「ざまぁ」しようとしただけとなる。私からしたら、こんないい加減な意識の女性相手だったら、そりゃあ王子も結婚したくなくなるわとしか思えない。
別に王子のことを笑って許せとまでは言わない。
しかし、なぜ婚約破棄に至ったのか、もしかして自分の行動ひとつで回避できたのではないか、と思惟を巡らすくらいはしたらどうだろうか。
その決断にかかる責任が大きければ大きいほど、冷静に考え、時には相手と話し合い、できるなら分かり合う努力が必要かと思う。
で、そういった責任ある貴族としての正しい対応をした令嬢に惚れ直した王子に対し、
「あなたみたいな考え無しのバカ王子、こっちから願い下げよ!!」
と、胸を張って堂々と言い切ってやる方が、よほどスカッとする「ざまぁ」だとは思わないだろうか。




