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盲目の正義  作者: シタン
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第3話『アルム人』

その後しばらく彼は屋根の上を飛び移っていたが、例の気配が充分に離れたことを確認すると人目につきにくい路地へと降り立った


「さあもう手を離しても大丈夫ですよお嬢様、連中からもかなり遠ざかったので安心して…」


言いかけて、彼は少女が彼にしがみついたまま寝息を立てていること気付いた


(よほど疲れていたのかな。どれ、今のうちに顔を見せて貰おうか)


彼は少女を起こすことのないように気をつけながら、ゆっくりと彼女の頭を覆っているフードを外した


「っ…!」


しかしその少女の顔があらわになった瞬間、同時に少女の顔を彼の目が捉えた瞬間、とてつもなくどす黒い感情が彼に猛然と襲いかかった


速まる鼓動、荒くなる吐息、そして脳裏に蘇る昨晩の悪夢


布の下から覗かせた少女の顔は、どこか幼さが残っていたもののよく整っており、気品すら感じられる程であった


しかし彼は動くことも、彼女の顔から視線を逸らすことも出来なかった


その端正な顔立ちに見惚れていたのではない




少女の肌は、小麦色だった



アルム人


今から約五百年前にアルマムーン王国を建国し、レムリア皇国のユグドラル大陸統一を阻み続けた末に敗北、最後の一人に至るまで種族ごと虐殺された歴史の敗者


その生き残りと思しき少女が、彼の両腕の中で眠っていた


(あ…あぁっ…)


彼は激しく動揺した


腹の中から湧き上がる黒い感情を抑えるのに必死だった


少しでも気を抜けば、すぐにでも目の前の無防備な少女を地面へと叩きつけてその細い首をへし折ってしまいそうだった


「ん…むぅ…」


少女の寝言に、彼はビクリと肩を震わせる


(……何を考えてるんだ俺は… 戦争はもう終わったんだ!)


彼は自らを叱責して黒い感情を無理矢理に押し込めると、フードを少女の頭に被せた


(とりあえず宿を探して休もう、このままだと頭がどうにかなってしまいそうだ…)


額を流れ落ちる汗を袖で拭うと、彼はまた屋根の上へと飛び上がった





宿を見付けて軽い手続きを済ませ、少女をベッドの上に寝かせた頃にはすでに夜が明けていた


少女がいまだに深い眠りにあることを確認すると、彼は近くの椅子の上へと崩れ落ちるように座った


借りた部屋は机や椅子やベッドなどの家具が一通りあるだけの質素なもので、掃除もしばらくしていないのか床には薄く埃が積もっていた


(まさか…アルム人の生き残りだったとは…)


手が震える


あのどす黒い感情が再び彼の中で渦巻き、彼に向かって語りかけてきた


奴らを殺せ


(や…めろ…)


何を今更戸惑う?


奴らを一人残らず殺すのが、お前の仕事だったんじゃないのか?


(やめてくれ…!)


戦士でも、女でも、子供でも、老人でも、関係ない


肌の色を確認して、自分と違ったら殺す


今まで何千回と繰り返してきた作業じゃないか


奴らを人間と思うな


獣を殺すのと同じだ


さあ殺せ


殺せ


殺せ!


「あ、あの…」


「っ…!」


彼の意識を現実へと引き戻したのは、少女のか細い声だった


気付いた時には彼はベッドの上で、少女に覆い被さるように両手をついていた


目の前には怯えた顔をした少女が少しだけその頬を赤らめている


「その…初めてなので、その…出来れば…優しく…」


最後まで言い切れずに、上目遣いで彼の様子を伺う少女


その表情は、紛れもなく人間のものだった


(俺が殺してきたのは、獣なんかじゃない…)


突然、彼は視界が歪み、眼から何かが溢れ出るのを感じた


「ふぇっ!?ど、どうかしたんですか?」


少女が狼狽えた声を上げる


「うっ…ひぐっ…」


彼は少女の手を握り締めると、額を当てて嗚咽した


(殺すもんか…もう絶対に殺すもんか…!)


少女の手の確かな温もりを感じながら、彼は固く心に誓った


この少女に、すべてを打ち明けよう


決して許されないことでも、せめてもの懺悔をしよう


そして、命に代えてでもこの少女を守り抜こう、と


あの黒い感情は、いつの間にか身を潜めていた

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