エピソード6永遠
通話が切れた後も、静寂は俺の部屋を押し潰すように重く居座り続けた。
スマホから漏れていた玲明の吐息の余韻が、湿気った空気の中に溶けて残っているかのようだ。
床に座り込んだ頼人は、濡れた前髪の隙間から俺を睨みつけていた。
その目には、恐怖も感謝もなかった。あるのは、玲明の注意がほんの一瞬でも俺に向けられたことに対する、粘つき、腐りかけたような嫉妬だけだ。
「山中……お前、笑ってるだろ」
頼人がかすれた声で呟く。
「え……?」
「僕たちがこんなになってるのを見て、心のどこかで『自分はまともだ』って優越感に浸ってるんだろ。でもさ、お前ももう同類だよ。本当に拒絶したいなら、電話なんて最初から出なきゃいい。僕を部屋に入れなきゃいい。……お前も、僕たちの毒がないと退屈で生きていけないんだ」
頼人はゆっくりと立ち上がると、濡れた服のままドアへと歩き出した。
引き止める言葉を、俺は持っていなかった。彼の言葉は、俺の胸の奥底にある一番見たくない汚泥を寸分違わず突いていたからだ。
ドアが開く。外はまだ冷たい雨が降り続いていた。
「また連絡するよ、山中。……僕たちのこと、見捨てないでね」
そう言い残し、頼人は暗い廊下へと消えていった。
それからの日々は、まるで底なしぬかるみを歩いているようだった。
二人は俺を「逃がさない」ための奇妙な共同戦線を張るようになった。
玲明からは深夜、頼人を精神的に追い詰めるための「言葉の選択」を相談するメッセージが届き、頼人からは玲明にどれほど深く侵食されているかを誇示するような報告が届く。
俺は二人の間で、歪んだ愛憎の触媒として機能させられていた。
二人にとって俺は、自らの狂気を鏡のように映し出し、承認させるための絶対に欠かせない存在となっていたのだ。
ある週末の夕方、俺は玲明に呼び出されて近所の公園のベンチに座っていた。
傍らには玲明が座り、俺の肩に不自然なほど身体を預けている。頼人は少し離れた木の陰に立ち、こちらを殺気立った目で見つめていた。
「ねえ、裕人」
玲明が俺の耳元で囁く。香水の甘い香りと、冷たい吐息が肌を撫でる。
「あいつ、あんなところで嫉妬に震えてるよ。可愛いでしょ? 裕人がこうやって私に触れられてるだけで、自分が壊れそうになってるの」
「……こんなことして、何が楽しいんだよ」
「楽しいよ。だって、裕人も拒絶しないでしょ? 私の手を払いのけることもできるのに、じっと耐えて、この惨劇の配役を演じ続けてくれてる。……頼人も、私から離れられない。裕人も、この歪な関係の観察者であることをやめられない」
玲明は愉悦に満ちた笑みを浮かべ、俺の頬にそっと指先を滑らせた。
離れた場所で、頼人が爪を噛みながらこちらを睨みつけているのが見えた。彼の顔には絶望と嫉妬、そして自らが試されていることへの不気味な恍惚が混ざり合っていた。
俺は二人を助けに来たわけでも、巻き込まれた被害者でもない。
このドロドロとした泥沼の中で、二人と一緒に窒息していく快感に、とっくに溺れていたのだ。
誰も抜け出せない。誰も救われない。
ただ暗く重い執着の糸が絡まり合い、俺たち三人は同じ檻の中で、永遠に解けない結び目となって沈んでいくのだった。




