第16話 天然氷の秘密
それから一時間ほど。
「見えました!」
先頭を歩いていた騎士が声を上げる。
雪に覆われた岩山。
その中腹に、大きく口を開けた洞窟があった。
「あれが氷洞ですか?」
「はい。目的の天然氷は、あの内部で採取します」
アルベルトの答えに、アイリスはほっと息を吐いた。
「やっと着きました……」
「長かったわね……」
リリーも疲れたように答える。
空を見上げれば、すでに日は傾いていた。
雲に覆われた空の向こうで、夕日が山々を淡く染めている。
ここから洞窟へ入り、採取場所を探す時間はない。
「本日の行動はここまでとします」
アルベルトが告げた。
「今日は洞窟前で野営し、内部の調査と採氷は明日の朝から行います」
「今日は入らないんですか?」
「入りません」
即答だった。
「日が落ちてから、わざわざ氷洞へ入る必要はありません。内部で問題が起きた場合、外へ出たあとに下山することも難しくなります」
「なるほど……」
「それに」
リリーがアイリスを見る。
「今日はもう十分歩いたでしょ?」
「……はい」
今度は素直だった。
一行は氷洞から少し離れた、比較的平坦な場所を野営地に選んだ。
騎士たちが雪を踏み固め、天幕を張る。
荷物を下ろし、周囲の安全を確認する。
そして中央には、小型の暖房用魔導具が置かれた。
淡い光とともに、じんわりとした暖気が広がっていく。
「あったかいです……」
アイリスが魔導具の前へ座り込んだ。
「火は使わないんですね」
「氷洞のすぐ近くですから。念のためです」
アルベルトが答える。
「それに、この方が風の影響も受けません」
「便利ね」
リリーも隣へ座る。
雪山の夜は早い。
食事を済ませる頃には、周囲はすっかり暗くなっていた。
白い雪原。
黒い山影。
そして、その先には明日入る氷洞がぽっかりと口を開けている。
「…………」
アイリスが洞窟を見る。
「どうしたの?」
「いえ」
少しだけ考えてから、アイリスは答えた。
「天然氷を取りに来ただけなのに、ずいぶん遠くまで来たなと思いまして」
「私も同じこと考えてたわ」
「王命ですので」
少し離れたところから、アルベルトの声が飛んできた。
「アルベルトさん、それ便利すぎませんか?」
「私におっしゃらないでください」
翌朝。
夜明けとともに、一行は行動を開始した。
天候は昨日より落ち着いている。
簡単な朝食を済ませ、野営道具をまとめる。
採氷用の鋸。
楔。
縄。
切り出した氷を包む布。
そして運搬用のソリ。
必要な装備を確認したところで、アルベルトが全員を集めた。
「中へ入る前に、もう一度確認しておきます」
全員の視線が集まる。
「火は使用しないでください。また、洞窟内部では壁や天井への強い衝撃も避けます」
「はい!」
「床もです」
「はい!」
「『インパクト』も――」
「使いません!」
先回りしたアイリスに、アルベルトが一瞬黙る。
「……お願いいたします」
「信用されていない気がします!」
「信用しているから確認してるのよ」
リリーが横から言う。
「昨日、雪玉をものすごい勢いで投げてた人だし」
「あれは必要だったんです!」
「分かってるわよ」
準備を終え、一行は氷洞へ入った。
「わぁ……」
洞窟へ足を踏み入れたアイリスが、思わず声を漏らした。
内部は青白い世界だった。
壁を覆う透明な氷。
天井から伸びる無数の氷柱。
床にも厚い氷が張り、その奥には淡い青色が閉じ込められている。
「――【聖光】」
アイリスが灯した白い光が、洞窟の奥へ進んでいく。
光が氷壁へ入り込み、幾重にも反射した。
白。
青。
淡い銀。
洞窟全体が光を宿したように輝く。
「綺麗……」
リリーも思わず呟く。
「これだけでも来た甲斐が――」
つるっ。
「きゃっ!?」
アイリスの身体が傾いた。
咄嗟に黄金のメイスを床へ突き、どうにか転倒を免れる。
「…………」
「…………」
リリーとアイリスが顔を見合わせる。
「危なかったです」
「入って十秒くらいよ」
「雪より歩きやすいと思ったのですが……」
「沈まない代わりに滑るわね」
床の一部は鏡のように凍結している。
雪山とは別の意味で、足場が悪い。
「足元にも注意してください」
アルベルトが言う。
「特に氷が滑らかになっている場所は避けましょう。急いで移動する必要もありません」
「はい……」
アイリスは今度こそ慎重に歩き始めた。
しばらく進んだところで。
「……あれ?」
アイリスが足を止めた。
通路の端。
青白い何かが、ぷるぷると揺れている。
半透明の丸い身体。
掌に乗りそうなほど小さい。
「スライム?」
リリーが近づこうとする。
「待ってください」
騎士の一人が止めた。
「あれはフローズンスライムです」
「フローズンスライム……」
アイリスとリリーが揃って見る。
ぷるん。
フローズンスライムが揺れた。
「……可愛いですね」
「可愛いわね」
「触らない方がいいですよ」
二人の動きが止まった。
「襲ってくるのですか?」
「いいえ。基本的には無害です」
「では、なぜ?」
「触れると急激に熱を奪われます」
「…………」
リリーが伸ばしかけていた手を引っ込めた。
「見るだけにするわ」
「それがよろしいかと」
フローズンスライムは一行に興味を示す様子もなく――。
つるーっ。
凍った床を滑っていった。
「…………」
「…………」
「楽しそうですね」
「ちょっと羨ましいわ」
人間は滑らないよう慎重に歩いている。
一行は何とも言えない顔で、その後ろ姿を見送った。
◇
氷洞の奥へ進むにつれて、通路は少しずつ広くなっていった。
やがて一行は、大きな空間へ出る。
天井は高く、いくつもの巨大な氷柱が床まで伸びている。
「この辺りはどうでしょう?」
アイリスが透明な氷壁を指差した。
だが、採氷を担当する騎士は首を横に振る。
「そこは切れません」
「こんなに綺麗なのに?」
「天井まで繋がっています」
騎士が上を見る。
「あの氷は、洞窟の構造を支えている可能性があります。切り出した場合、どこへ荷重が移るか分かりません」
「氷なのに柱なんですね」
「氷だからこそ慎重に扱う必要があります」
「なるほど……」
一行はさらに奥へ進む。
別の場所では亀裂が多すぎた。
さらに別の場所では土砂や気泡が混じっている。
「天然氷なら何でもいいわけじゃないのね」
「王宮へ献上するものですから」
「王様の氷菓ですけどね」
「王命ですので」
「便利ですね、その言葉」
「私におっしゃらないでください」
アルベルトは真顔だった。
さらに調査を続ける。
やがて採氷担当の騎士が、一つの氷塊の前で足を止めた。
「……ここなら」
周囲を確認する。
天井。
壁。
床。
氷に走る亀裂。
慎重に調べた後、騎士が頷いた。
「ここなら切り出せます。洞窟の支持には影響しません。透明度も十分です」
「やっとですね!」
アイリスの表情が明るくなる。
「では、作業を始めます」
騎士たちが道具を取り出した。
氷を切り出すための鋸と楔。
運搬用の布。
切り出した氷を固定するための縄。
アイリスとリリーは少し離れた場所で周囲を警戒する。
アルベルトも盾を手にしたまま、通路側へ視線を向けていた。
氷へ鋸が入る。
ギッ。
ギッ。
静かな洞窟に、硬い氷を削る音が響く。
ギッ。
ギッ。
そのときだった。
――パキッ。
「……?」
アイリスが振り返る。
今の音は、鋸ではない。
「どうしました?」
「いえ……」
周囲を見る。
氷壁。
氷柱。
大きな氷塊。
特に変わったものは――。
パキッ。
今度は、はっきり聞こえた。
「アルベルトさん」
「はい」
「何か、音がします」
採氷作業が止まる。
全員が静かになった。
――パキ。
――パキパキッ。
右側。
「……氷が」
リリーが息を呑む。
壁だと思っていた巨大な氷塊。
その表面に亀裂が走っていた。
縦へ。
横へ。
亀裂が、巨大な人影の輪郭を描いていく。
「離れてください!」
アルベルトの声。
次の瞬間。
氷塊が壁から剥がれた。
巨大な腕。
太い脚。
青白い氷で形作られた巨体。
「アイスゴーレム!」
騎士が叫ぶ。
だが――。
パキッ。
背後からも音がした。
「え?」
振り返る。
先ほど通り過ぎた氷柱が動いている。
さらに左。
別の氷塊にも亀裂が走る。
「三体……!」
リリーが周囲を見る。
前。
右。
後方。
いつの間にか、一行は三体のアイスゴーレムの中央まで入り込んでいた。
「採氷班は中央へ! リリーさんも下がってください!」
アルベルトが即座に指示を出す。
「分かった!」
採氷担当の騎士たちとリリーが、広間の中央へ集まる。
戦闘を担当する騎士たちがその外側へ。
アルベルトが正面。
アイリスが右側。
残る騎士たちが後方を受け持つ。
これで守る対象を中央に置き、三方向から来るゴーレムを迎え撃つ形になった。
「来ます!」
正面のアイスゴーレムが動いた。
巨大な腕を振り上げ、アルベルトへ叩きつける。
アルベルトは盾を構えた。
激突。
「ぐっ……!」
足元の氷が滑る。
アルベルトが僅かに後ろへ押された。
同時に右側。
アイスゴーレムがアイリスへ迫る。
「私が!」
アイリスが踏み込む。
「――わっ!」
靴底が滑った。
咄嗟に踏み込みを止める。
直後、巨大な拳が目の前を通過した。
「危ない……!」
雪とは違う。
外では足が沈んだ。
ここでは、力を込めるほど足が滑る。
いつものように踏み込んでは戦えない。
「アイリス!」
「大丈夫です!」
アイリスはメイスを構え直した。
アイスゴーレムが再び腕を振り上げる。
今度は踏み込まない。
その場で身体をずらす。
巨大な拳が床へ迫り――。
「床は駄目です!」
採氷担当の騎士が叫んだ。
「えっ!?」
アイリスではない。
ゴーレムの拳へ向けてだった。
ドンッ!
氷床が震える。
全員が固まる。
「今のは私ではありません!」
「分かっています!」
採氷担当の騎士が周囲を確認する。
「ですが、長引けば危険です! 壁際にも寄せないでください!」
「床も駄目、壁も駄目……」
リリーが呟く。
「天井も当然駄目よね」
「はい!」
「アイリス」
「分かっています!」
右側のアイスゴーレムが迫る。
アイリスは後ろへ下がった。
だが――。
つるっ。
「わっ!」
足が滑る。
どうにかメイスで身体を支える。
その頭上を、氷の腕が通過した。
「これ、すごく戦いにくいです!」
「見れば分かるわよ!」
さらに後方。
騎士たちも一体を押さえているが、決定打を与えられない。
剣で表面を削っても、分厚い氷に阻まれる。
しかも欠けた部分へ、周囲の氷片が少しずつ集まっていた。
「再生しているわ!」
リリーの声。
アイリスも気づく。
砕くだけでは駄目だ。
「……あれ?」
アイスゴーレムの胸。
半透明の氷の奥。
何かが光った。
淡い青色。
周囲の氷とは違う。
「アルベルトさん! 胸の中です!」
「胸?」
「何かあります!」
アルベルトが正面のゴーレムを見る。
腕を振り上げた瞬間、胸部の氷が僅かに薄くなる。
その奥。
確かに青白い結晶があった。
「魔核です!」
採氷担当の騎士が叫ぶ。
「自然発生型のゴーレムなら、あれが中枢です!」
アイリスが自分の相手を見る。
胸の奥。
同じ位置に光がある。
「つまり――」
身体全部を壊す必要はない。
あれだけを砕けばいい。
アイリスは周囲を見る。
滑らかな氷床。
その中に、一箇所だけ凹凸のある場所がある。
砕けた氷片が散り、靴底を掛けられる。
「……あそこなら」
アイリスが移動する。
急がない。
一歩。
もう一歩。
アイスゴーレムが追ってくる。
そして。
アイリスは凹凸のある氷へ足を置いた。
滑らない。
「来てください!」
アイスゴーレムが腕を振り上げた。
アイリスは避けない。
ぎりぎりまで引きつける。
拳が振り下ろされる。
その瞬間、身体を横へ。
拳が空を切る。
ゴーレムの胸が開いた。
狙うのは一点。
大きく振りかぶる必要はない。
洞窟を壊すほどの力も必要ない。
必要な場所へ。
必要なだけ。
神力を黄金のメイスへ流し込む。
「――ブレイク!」
短い一撃。
メイスの先端が胸部へ突き込まれた。
表面の氷を貫き――。
魔核へ届く。
パキンッ。
澄んだ音が響いた。
アイスゴーレムの動きが止まる。
全身を形作っていた氷から力が抜けた。
巨体がその場で崩れ、いくつもの大きな氷塊となって床へ転がる。
「止まりました!」
「魔核を狙ってください!」
アルベルトが叫ぶ。
仕組みが分かれば早かった。
騎士たちが残る二体の動きを引きつける。
正面の一体をアルベルトが盾で受ける。
「アイリスさん!」
「はい!」
アイリスは足場を選びながら移動する。
アルベルトがゴーレムの腕を盾で逸らした。
胸が開く。
「今です!」
踏み込みは最小限。
メイスを胸へ。
「――ブレイク!」
二つ目の魔核が砕けた。
残る一体。
騎士たちが左右から動きを抑える。
アイリスは滑らない場所を選び、正面へ回る。
ゴーレムがこちらを向いた。
巨大な腕が上がる。
その瞬間。
「そこです!」
三度目。
黄金のメイスが魔核を正確に捉えた。
パキンッ。
最後のアイスゴーレムが停止する。
静寂。
洞窟内に残るのは、氷片が床を滑る音だけだった。
「…………」
アイリスが周囲を見る。
「終わりました?」
アルベルトが慎重に三体を確認する。
「……はい。動きません」
「よかったぁ……」
アイリスが大きく息を吐いた。
「洞窟は!?」
採氷担当の騎士たちが慌てて周囲を調べ始める。
壁。
天井。
氷柱。
床。
しばらくして――。
「問題ありません」
その言葉に、今度こそ全員が安堵した。
「大きな亀裂はありません。採氷地点にも影響はないようです」
「よかったです!」
「ちゃんと加減できたわね」
リリーが笑う。
「私だって、いつも壊しているわけではありません!」
「そうだったかしら?」
「リリーさん!?」
そんな二人の横で。
「…………」
採氷担当の騎士が、倒れたアイスゴーレムを見ていた。
「どうしました?」
アルベルトが尋ねる。
「いえ……」
騎士はゴーレムの残骸へ近づく。
しゃがみ込み、その氷を調べた。
「…………」
表面を見る。
光へ透かす。
別の場所も確認する。
「……これは」
「何か問題が?」
「逆です」
騎士が顔を上げた。
「非常に質の高い氷です」
「え?」
全員の視線が、倒れたアイスゴーレムへ集まった。
「気泡がほとんどない。不純物も極めて少ない。それに――」
騎士が巨大な氷塊を叩く。
「すでに洞窟本体から分離しています」
「…………」
「つまり、壁や床を切る必要がありません」
「…………」
沈黙。
リリーが恐る恐る尋ねる。
「もしかして……」
「はい」
騎士は真顔で答えた。
「これを持ち帰るのが、最も安全です」
全員が再び氷塊を見る。
つい先ほどまで、自分たちを殴ろうとしていたアイスゴーレム。
今はただの、非常に透明度の高い氷である。
「……天然氷なんですか?」
アイリスが尋ねる。
「自然に発生したアイスゴーレムです」
「はい」
「身体を構成しているのは、この洞窟の天然氷です」
「はい」
「したがって――天然氷です」
「なるほど!」
「納得するのね……」
リリーが額を押さえた。
アルベルトはしばらく氷塊を見つめていたが、やがて口を開いた。
「……必要量を切り出しましょう」
「そうですね」
「それと」
アルベルトが全員を見る。
「王宮への報告は、『氷洞で採取した天然氷』で統一してください」
「…………」
誰も反論しなかった。
「アイスゴーレムから採ったことは――」
「アイリス」
リリーが肩へ手を置く。
「はい?」
「天然氷よ」
「でも、さっきまで――」
「天然氷よ」
「…………」
アイリスは氷塊を見る。
「……天然氷です!」
「よろしい」
◇
採取作業は、それまでとは比べものにならないほど順調に進んだ。
なにしろ、洞窟の壁を気にする必要がない。
天井への影響もない。
巨大な氷塊から、必要な大きさだけを切り出せばいい。
切り出された天然氷は布で包み、縄で固定してソリへ載せられた。
「これで必要量は確保できました」
「やっと終わりました……」
アイリスが嬉しそうに言う。
「まだ帰りがあるわよ」
「そうでした……」
本日二度目だった。
一行は氷洞を出る。
外では雪が弱まっていた。
来たときの足跡はほとんど消えている。
それでも帰路は、行きより幾分気楽だった。
目的の天然氷は手に入った。
あとは持ち帰るだけだ。
ソリを引きながら山を下り、麓の集落へ戻る。
翌朝。
天然氷を冷却用の魔導具とともに馬車へ積み込んだ。
「これなら王都まで保つでしょう」
採氷担当の騎士が確認する。
「もし溶けたら?」
リリーが何気なく尋ねた。
「…………」
「…………」
騎士たちが一斉に冷却用魔導具を見る。
「だ、大丈夫です!」
「今の間は何ですか!?」
念のためもう一度魔導具を確認してから、馬車は王都へ向けて出発した。
◇
三日後。
王都。
王宮へ運び込まれた天然氷を前に、アルベルトが報告する。
「北方山岳地帯より、天然氷を持ち帰りました」
「おお!」
王は満足そうに氷を見る。
「見事な透明度ではないか」
「現地で確認したところ、非常に質の高い天然氷とのことです」
「そうか!」
王は満足そうに頷いた。
後日。
その天然氷を使った氷菓が王宮で振る舞われた。
一口食べた王は、大きく頷いたという。
「うむ! やはり北方の天然氷は違う!」
その場にいた騎士たちは、誰も何が違うのか尋ねなかった。
一方、王都大聖堂。
「リリー、アイリス。ちょうどいいところに来たな」
大司教の執務室を訪れた二人を待っていたのは、小さな器に盛られた氷菓だった。
「王宮から届けられたものだ。先日の天然氷を使っているらしい」
「…………」
「…………」
アイリスとリリーが揃って黙る。
そんな二人の様子には気づかず、大司教は一口すくって口へ運んだ。
「なるほど。確かにこれは美味いな」
「……そうですね」
「ええ。天然氷ですから」
リリーが妙に強調した。
大司教が首を傾げる。
「どうした?」
「いえ、何でもありません」
嘘は言っていない。
あの氷は、間違いなく北方の氷洞で生まれた天然の氷である。
ただ――。
数日前まで歩いていただけだ。




