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67話 この世にオカルトなんて存在しないよ

 いつものように、山羊なのか悪魔のデフォルメなのか判別に困るヤギ君のアバターが、画面の中で小さく首を傾げた。


『そういえば、佐助《ようすけ》君。そろそろ中間テストじゃなかったっけ? 勉強しなくていいのかな?』


 師匠から頼まれた仕事の内容を確認していた最中、そんな言葉が飛んできた。


 確かに世間一般では、中間テストだ何だと慌ただしい時期ではある。


 だが、俺としては特に焦るようなものでもない。


「まあ、何とかなるだろ。別にいい点を取りたいわけでもないし」

『ん? そうなの? でも、中学の頃は学年一位を取るって、けっこう必死に勉強してなかった?』

「ああ、そんな時期もあったな」


 今となっては、遠い日の思い出だ。


 親から出された一人暮らし許可の条件の一つが、学年十位以内に入ることだった。

 だが俺は、後からケチをつけられないよう、あえて一位を取りにいった。

 結果、見事に学年一位を勝ち取ったのである。


 まあ、俺、天才だし?

 当然だな! ははは!


 ……と言っても、本物の天才の前では、俺など少しばかり頭の回る村人Aにすぎないわけですが。

 それを、師匠と知り合ってからの数年間で、嫌というほど思い知らされている。

 出しゃばらず、身の丈に合った場所で生きるのが一番なのだ。


「ま、目標だった一人暮らしは見事勝ち取ったしな。今さら成績に執着する理由もない」

『ふうん。そう。ああ、確認してもらったと思うけど、今回お願いする仕様なんだけどね――』


 本人から話を振っておきながら、師匠はこの話題にそこまで興味がなかったらしい。

 あっさりと、依頼内容の説明へ移った。


 仕事の説明を受けながら思った。


 毎度のことながら、師匠からの仕事依頼は実に絶妙な難易度だ。

 無茶苦茶に簡単ではない。

 かといって、不可能でもない。


 頑張ればできる。

 だが、手を抜けば確実に失敗する。


 そういう、実に面倒くさいラインを狙って投げてくるのだ。


 俺は師匠からいろいろと学んで――というより、技術を盗んでいる立場なので、依頼を受けること自体に大きな不満はない。


 だけどな。

 たまにはもっと手軽で、寝転がりながら片手間で片づけられるような仕事があってもいいと思いませんか? 省エネ的に。


 俺は要件と仕様をある程度確認しながら、自分の能力、作業可能な範囲、実装の見通しを頭の中で組み立てる。

 それらを基に、大まかな見積もりを出した。


「……うん。ざっくり見積もって、二週間以内には何とかなると思う」

『へえ。思ったより早いね。さすが佐助君。頼りになるな!』

「師匠にそう言われると、ただの皮肉にしか聞こえないから不思議だな」


 実際のところ、俺に依頼するまでもなく、師匠が自分で処理したとしても、そこまで時間はかからないだろうという確信がある。

 それでもこうして俺に仕事を回してくれるのは、弟子への課題なのか、単なる手間の分散なのか。


 まあ、そこはどうでもいい。


 一人暮らしをしている俺が、わざわざ外でアルバイトをしなくても生活できているのは、師匠がこうして仕事をくれるおかげでもある。


 大人の単価と比べれば確かに安い。

 だが、それでも一般的な高校生のバイトよりは、かなり割のいい収入になっている。


 そのおかげで、一人暮らし中にもかかわらず、俺の財布事情はなかなか潤っているのだ。


 もちろん、それは口に出さないが。


 そんなことを言えば、正月とかに酒を飲んで酔っ払い、子供に絡んでくる親戚のおじさんみたいな面倒くさい態度を取ることが目に見えているからだ。


『――じゃ、仕事の話はここまでにしておこうか。さて、佐助君。この前行ってたキャンプは楽しかった?』


 だから、なんでそのことを知って……いや、もういい。

 いい加減突っ込むのも疲れた。

 この人の前に、俺のプライバシーなどないのと等しい。

 

「普通に楽しかったぞ。バーベキューに、水着でしょ、水遊びもしたし。後、いろいろと優人《ゆうと》のラブコメを観察できた。実に意義深いイベントだった」

『へえ』

「ああ、そうそう。肝試しもあったな。いやあ、まさか実際にオカルト現象を体験することになるとは、なかなかできない貴重な――」

『佐助君』


 そこで、師匠の声が不自然なくらい低くなった。


『世の中に、オカルトなんて存在しないよ』

「……ん?」


 俺は思わず画面を見た。


 ヤギ君が、いつの間にか画面いっぱいに身を乗り出している。

 今にもモニターの向こう側から飛び出してきそうな勢いだった。


「い、いや。確かに馬鹿げた話に聞こえるかもしれないけど、実際にポルターガイストみたいな現象が――」

『存在しないよ』

「いや、だから……」

『オカルトは、存在しない』

「……」


 ……え?

 何だ、この反応。


 いつもは飄々としていて、やたら余裕ぶった態度を崩さないくせに、妙に子供っぽいところもある人なのは分かっている。

 だが、今の反応は見たことがない。


 単なるオカルト否定論者、という感じではない。

 まるで、その言葉自体を認めるわけにはいかないとでも言うような、妙な必死さがあった。


 俺がどう反応すればいいのか分からず黙っていると、画面いっぱいに迫っていたヤギ君は、すっと元の位置まで戻った。

 そして何事もなかったかのように、にやりと笑う。


『別の話をしよう! あ、そうだ! 最近出た新モデルの――』


 師匠はあっさりと話題を変えた。


 ……ううむ。なんだかなぁ。


 俺は一人、画面の前で戸惑い気味で小さく首を傾げた。




 ◇ ◇ ◇




 GWのキャンプ以来、特にこれといった事件もなく、時間だけが淡々と流れていった。


 そんなある日の放課後。


 俺は一人、帰路についていた。


 桃源高校は絶賛中間テスト期間に入っている。

 そのため、部活動は停止勧告状態になっていた。


 禁止ではなく、あくまで勧告。


 このあたりの曖昧さは、実に桃源高校らしいと言えばらしい。


 進学科にとって定期試験は重要だが、スポーツ科や芸能科、芸術科などの他の科としては、その限りではない。


 もちろん試験自体はどの科にも存在する。


 だが、試験のためにすべての活動を止めて勉強に集中する、という意識は科によってかなり違うのだ。


 だから学園側としても、できれば定期試験に集中してほしいが、強制的に活動を止めることもない。

 そんな実に中途半端なスタンスが、この停止勧告という言葉に表れているわけだ。


 とはいえ、我らのお悩み相談部は普通に休業中だ。

 特待生である久木《ひさき》先輩を除けば、部員は全員進学科だし、当然だけど。


 優人とエリナは教室に残って試験勉強をしている。


 そして俺は、別の用事を済ませてから帰るところだった。


 まあ、そこまで大事な用事ではない。


 桃源高校独自の閉鎖型SNS『To Gen Kyo』の投稿を眺めていたところ、少し気になるものを見つけてしまったのだ。


 そして、その調査結果は――見事に当たり。


 いやあ~あれは驚いたぜ。


 まさか本当に、動物たちの秘密会合場所が実在していたとは!


 どこにでもありそうな路地を抜けた先にある、小さな空き地。

 犬や猫、鳥、鼠、そのほか小動物たちが一堂に会している光景は、まさに種族を越えた円卓会議だった。


 俺が姿を見せた瞬間、奴らは蜘蛛の子を散らすように逃げていった。


 だが、それまでは確かに何かの会議でも開いているかのように集まっていたのも事実。


 あいつら、いったい何を企んでいたのだろうか。

 思うに、人間社会を侵略する計画でも企てていたのかも。


 猫など、すでに人類の一部を下僕化することに成功している存在だしな。


 そう考えると、これは実に由々しき事態だぞ!


 この情報は、きっと学内に大きな反響を呼ぶに違いない。


 そう!

 まるで、息子が結婚すると言って連れてきた嫁が、画面の向こう側から出てこられない存在だったときくらいの反響が!


 ……何の反響だよ。


 そんなふうにセルフツッコミを入れながら歩いていると、視界の端に見慣れない光景が映り込んだ。


 白く高い柵の向こう側に、中世の聖堂を思わせる白を基調とした尖塔が見える。


 正門らしき場所の近くには警備所のような建物があり、開かれた門からは、秋の紅葉を思わせる色合いの制服を着た女生徒たちが次々と出てきていた。


 聖《セイント》真理愛《まりあ》女学校。


 中高一貫の女子校であり、この一帯ではかなり有名なお嬢様学校だ。


 彩花《あやか》ちゃんと有栖川《ありすがわ》が通う学校でもある。


「ごきげんよう。また明日」

「ええ、ごきげんよう」


 正門を抜けていく見目麗しいお嬢様たちは、当然のように優雅な挨拶を交わしている。


 気のせいだろうか。

 彼女たちの周囲だけ、背景が妙に少女漫画じみた花で埋め尽くされているように見えた。


 これが、伝統と格式の力か。

 恐るべし、お嬢様学校。


 少し離れた場所では、桃源高校の制服を着た男子生徒たちが、通りすがりを装いながら彼女たちをチラチラと見ていた。

 見事に鼻の下が伸びている。


 だが、なるほど。

 

 噂の調査で寄り道でもしていなければ普段は通らない道だが、これは確かに、男子たちの間で噂になるのも納得だ。


 こんな場所に優人を嗾けたら、いったいどんな化学反応が起こるのだろうか。


 その結果を想像するだけで、なかなか楽しいものだ。


 ……ふむ。

 これはいつか一度、真剣に作戦でも考えた方がいいかもしれない。


 ちょうど彩花ちゃんもここに通っているのだ。

 理由さえ上手く作れば――


 親友の幸福を願う善意に満ちた計画を企てている、そのときだった。


「げっ!」


 視界の先に、見覚えのある赤い髪が映った。


 こちらに背を向けているため、顔は見えない。

 だが、あれほど鮮やかな赤髪に、上品なウェーブを入れている人物など、俺の知る限り一人しかいない。


 言うまでもない。

 有栖川《ありすがわ》世慕《よしの》だ。


 幸い、有栖川はまだこちらに気づいていないようだった。


 ならば、このまま華麗に回れ右を決め、別の道から帰るか。


 そう判断しかけた、その瞬間。


 肌を切り裂くような、冷たい声が聞こえた。


「――跪きなさい。この汚らわしい豚ども」


 ……どういう状況?


面白いと感じていただけましたら、反応をいただけますと励みになります。

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