表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
27/27

26話 脇役の師匠は教えない

 ――あれから、もう二年になる。


 この二年で、俺は師匠から本当に色々なことを叩き込まれた。


 だが、それは前世で俺がやっていたような、普通のシステムエンジニアの仕事とは少し違うものだった。


 そういう実務的な感覚は、前世の俺の中にすでにあったもの。


 師匠が俺に見せてきたのは、その先だった。

 画面の向こう側にあるものを、どう見るか。


 表に出ているものと、出ていないものの境目をどう読むか。

 誰かが隠したものを、どう見つけるか。


 逆に、見つけられてはいけないものが、どんなふうに隠されているのか。


 どこまで踏み込んでもいいのか。

 どこから先は、踏み込んだ瞬間に戻れなくなるのか。


 そういうものを、師匠は俺に叩き込んだ。


 とはいえ、師匠が何かを丁寧に教えてくれたことなど、ほとんどない。


 答えをくれることはない。

 手順を説明してくれることもない。

 「これはこういう意味だよ」と優しく解説してくれることもない。


 その代わり、師匠はいつも、妙な場所に痕跡を残す。


 あからさまなほど怪しい断片。

 気づかなければ見落とす程度の違和感。

 追いかけるには少し足りない、けれど無視するには気持ち悪い手がかり。


 それを見つけるかどうかは俺次第。


 見つけた後、どう考えるかも俺次第。


 追うか、引くか。

 踏み込むか、やめるか。

 その判断も、全部こちらに投げてくる。


 性格が悪い。

 本当に、性格が悪い人だと思う。


 だが、そのやり方が一番俺を伸ばしたことも、否定できなかった。


 気づけば俺は、師匠がわざと残した痕跡を探すようになっていた。


 画面の端にある小さな違和感。

 言葉の中に混じる不自然な沈黙。

 一見どうでもよさそうな情報のつながり。


 そういうものを拾い集め、繋げて、考える癖がついた。


 師匠は俺に答えを教えない。

 ただ、答えに辿り着くまでの道を、わざと遠くにちらつかせる。


 追いつけそうで、追いつけない。

 届きそうで、届かない。

 その距離感が、ひたすら腹立たしかった。

 だからこそ、俺は追い続けた。


 ……まあ、認めたくはないが。


 結果として、俺は師匠の思惑通りに成長させられていたのだろう。


 それでも、今なお俺の技量は師匠の足元にも及ばない。


 師匠の技術に触れれば触れるほど、その差を思い知らされる。

 悔しいが、世の中には本物の怪物がいる。


 俺は、それを思い知らされた。


 まあ、結局のところ俺は脇役モブということなのだろう。


 どれだけ手を伸ばしても、主役級の天才には届かない。

 悔しいが、最近はそう納得するようにしている。


 あの日以来、俺はこうして師匠の仕事を時々手伝っている。


 天才ハッカーの仕事、なんて言うと、いかにも怪しい匂いがする。

 だが、少なくとも俺が関わっている範囲では違法なことはしていない。

 師匠が言っていた通り、基本的にはフリーランスのアルバイトみたいなものだ。


 報酬もちゃんと受け取っている。

 もちろん、税金もきちんと処理している。


 まだ学生なので、大人ほどの単価が出るわけではない。

 だが、それに大きな不満はなかった。


 金銭以上に、師匠から得ているものが多すぎるからだ。


 そんなことを考えていると、モニター越しのヤギくんの頭上に浮かんでいた文字が、「完了!」へと変わった。


『納品完了ー。 お疲れ様、佐助君。 じゃあ、改めて佐助君の青春モテ期について議論しようか』

「だからまだその話をするのかよ……。 というか、今さらだけど、どうしてそこまで見てきたみたいに詳しいんだ」


 それを聞いた途端、ヤギくんの目から無駄にキラキラしたエフェクトが飛び出した。


 いや、本当に何なんだその機能。

 毎回思うのだが、このヤギくん、どうやって操作しているんだろうな。


『あ、その部分気になる? 気になっちゃう? んん?』

「……いや、ろくでもない答えが返ってきそうで怖いから、やっぱりいいです」


 師匠ならどんな方法を使っていてもおかしくない。

 そして、それを確認する勇気のない臆病者である俺を、どうか責めないでほしい。


 ……まさかとは思うが、盗聴とか監視とか、そういう類いのアプリをこっそり仕込んだりしてないよな?


『……このままいくと佐助君が……私だって……』


 恐ろしい想像にぶるっと体を震わせていたせいで、今の言葉はうまく聞き取れなかった。


「ん? 師匠、今何か言ったか?」

『なーんにも? それより、後学のために佐助君の青春について聞かせてほしいんだけど』


 俺の青春?

 ははは!

 妙なことを聞くな、師匠。


「優人の隣で脇役として青春ラブコメを観測すること。 それがすべてだ! いい機会だ。 改めて、その崇高なる使命について――」

『あ、それは要らない』


 刃物みたいに鋭い拒絶が返ってきた。


 モニターの中では、ヤギくんが両手で大きくバツ印を作っている。


 うん……。

 そうか……。

 要らないのか……(´・ω・`)


『佐助君って、本当にブレないよねー』


 師匠は楽しそうに、あはは、と笑った。


 松のように変わらぬ信念を持つ男。

 それがこの俺、月影佐助である。


 それから他愛のない会話が数十分続いてから、ヤギくんが残念そうな顔をした。


『それじゃ、今日も手伝ってくれてありがと。 いつも通り口座に振り込んでおくから、楽しみにしてて。 僕はこれから忙しいので通信終了! 佐助君、明日もモテ期がんばってね!』

「いや、だから誰がモテ期――」


 ぶつっ。


 やけに大げさな効果音とともに、ヤギくんのアバターが画面から消えた。


 俺は顔をしかめ、深いため息をつく。


 本当に、相変わらず嵐みたいな人だ。

面白いと感じていただけましたら、反応をいただけますと励みになります。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ