プロローグ
唐突だが、俺には前世の記憶がある。
だから今のこの状況は、たぶん世間で言うところの「転生」ってやつなんだろう。
転生といえば、チート能力、無双、ハーレム、ついでに世界から主役として扱われる人生――そんなものを思い浮かべる人間が多いはずだ。
表現や方向性に差はあっても、そういう連中はだいたい例外なく「主人公」として扱われる。
だが、俺は違う。
――この世界の主人公は、俺じゃない。
俺の視線の先で、ひとりの少年が慌てた様子で駆け出していた。
「危ない!」
神代 優人。
俺の親友であり、この世界におけるどう考えても主人公としての運命を持って生まれたかのような男。
優人が駆けつけた先には、木の上に登って猫を助けようとしていた少女がいた。
入学式の朝に、たまたまこういう場面に出くわす。
木の上には猫を助けようとしている美少女。
そこへ、たまたま優人が通りかかる。
ここまで揃えば、あとはもう決まったようなものだ。
案の定、少女の足場になっていた枝が嫌な音を立てた。
「きゃっ――!」
そして枝は、まるで空気を読んだみたいに派手に折れた。
少女の身体が傾く。
そして、駆け付けた優人がそれを受け止めるために腕を伸ばした訳だが……
何故そうなってしまったかは最初から見ていた俺でもよくわからない結果となった。
少女を受け止めようとした優人は、そのまま勢いよく地面に倒れ込み、互いの手足を派手に絡ませたまま、実に見事な体勢で転がった。
優人の顔面は少女の尻に埋まり、逆に少女の顔は優人の股間付近に収まるという、どうしてそうなったのか説明不能な体勢が完成していた。
俗に言う、69の姿。
それを見た俺は、内心で叫ぶしかなかった。
(うっひょう!! 来た来た来た!! これよ、これだよ!)
典型的なラッキースケベ!!
これこそ王道ラブコメ!
わざとやれと言われても難しいような、あまりにも作為的で、あまりにも完成度の高い事故。
まさしく、主人公だけが踏み抜けるラブコメイベントである。
これは……押せる!
そして、そんな主人公・神代優人の親友ポジションにいるのが、この俺――月影 佐助。
名前から脇役であることを全力で主張しているような、冴えない眼鏡オタクである。
そして脇役に転生した俺は――
(よしっ……! 完璧だ……! 朝からこのクオリティのラッキースケベを直視できるとか、脇役転生は神からのプレゼントと言っても過言ではない!)
――この立場を、心の底から満喫していた。
主人公?
チート能力?
ハーレム?
はっ! そんなもんクッソくらえだ!
俺が欲しいのは、そんなものじゃない。
主役なんてまっぴらだ。
俺はただ、主人公である優人の隣で、あいつのラブコメを最前列から眺めていたいだけだ。
それだけで十分すぎるほど楽しい。
「きゃあああっ! へ、変態!!」
優人の上に乗りかかる形になっていたピンク髪の美少女は、顔を真っ赤にして飛び退いた。
それから涙目のまま、起き上がろうとした優人の頬を思いきり引っぱたく。
ぱぁんっ、と実に景気のいい音が登校中の通学路に響き渡る。
「おお……!」
素晴らしい!
ラッキースケベからのビンタまで完備とは、朝一番のイベントにしてはサービスが良すぎる!
優人に一撃を入れた少女はそのまま、地面に落ちた瞬間に腕の中から逃げ出した猫みたいに、涙目で走り去っていく。
「ご、誤解だ……」
頬にくっきりと手形を刻みながら、優人がなんとも言えない顔で呟く。
だがその弁明は、当然のように虚しく朝の空気へ溶けていった。
朝から王道ラブコメを頂きました。ごちそうさまです。
ありがたやありがたや。
俺は心の中で静かに合掌し、それから気の毒そうな顔を作って優人の肩をぽんと叩いた。
「災難だったな」
「……佐助。せめて、もう少し心配してる顔を作ってから言ってくれないか?」
疲れたようにため息をつく優人を見て、俺はますます頬が緩むのを止められなかった。
やはり、主人公の親友ポジションは最高だ。
こうして一歩引いた場所から、新鮮なラブコメを最前列で浴びられるのだから。
――そう。
俺はただの脇役でいい。
脇役に転生した俺は、親友のラブコメを眺めていたいだけだ。
それ以上は望まない。
……これで、いいんだ。
だが――そんなささやかな願いすら、全力で踏み荒らしてくる連中が現れることを、このときの俺はまだ知らなかった。
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