05.行きなり! 卒業試験
ジンジン痺れる身体が、熱を持つ。
痛む臀部によって覚醒された意識。
必然的にそこに触れる。残念なことに、落下の衝撃で割れてしまったお尻。
...訂正。
意識が混濁していたらしい。お尻は元から割れていたんだった。
天井の穴は視認出来ないほど遠く、相当な高さから落下したようだ。
にも拘らず、肉体的な損傷は見当たらないのは幸いだろう。
『◎△$♪×¥●&%#?!』
慟哭の雄叫び。
通路から溢れ出る血の匂い。
よろよろ起き上がり、覗き込んだ先は数多のモンスター
...の亡骸だ。
その殆どが鋭利な凶器で切り裂かれていることから、同一犯であると断定出来る。
しかし、惨劇の現場に犯人は居らず、悲鳴は鳴り止まず、心拍数は収えることが出来なかった。
警報を鳴らす脳に従い、慎重に移動を開始する。
惨劇を起こした張本人が、僕の味方だとは限らないからだ。
「ここは、大丈夫かな?」
覗き込んだ先には走る、モンスターの大群。
しかも、こちらを目指していた。
現実はいつも残酷。
『グゥオオオオオ!!!』
まるでモンスタートレイン。
通常、それは獲物を追いかけることで発生するが、この大群に獲物狙う意図はない。
僕と同じように逃逃走しているかのようなモンスター達。
僕は、先頭を切って駆け出した。
「はぁ、はぁ、はぁ」
袋小路はまずい。
祈りながら、迷路のような通路曲がる。曲がる。曲がる。
博打のような逃走を繰り返すこと数度。
幸運は、何度も続かなかった。
(しまった。行き止まりだ!)
袋小路に迷い混む。しかし、後には引けない。
そんな僕の前にあるのは鉄製の箱。
黄金色の豪華な装飾。中央に金属製の鍵が刺さったままの鍵穴。
それは、誰がどう見ても宝箱だ。
最後の頼綱。
祈りを込めて中を覗いた。
中には黒いい筒状の得物が一本。
杖のようなそれを、握りしめる。
僕は魔法を使えない。杖があっても宝の持ち腐れ、打開策にはなり得ないのだ。
─目を瞑り、思考する。
『『『グオオオォォ!』』』
徐々に大きくなる咆哮。
考えている暇は無いようだ。
僕は一か八か宝箱に入り、蓋を閉めた。
ドドドドドドドッ
バァン!!!
複数の足音が地を踏み鳴らし、衝撃と共にゴロゴロ転がる宝箱。
蓋が開かなかったのは幸いだ。
グルグル回る頭で、鍵穴から外界を覗く。
そこは笑声と悲鳴の合わさる阿鼻叫喚状態。
─血塗れの少女が踊っていた。
鉄製の鎧に包まれた細身の身体。
腰まで伸びる青髪は、ポニーテールで纏められていて、凛とした顔立ち。
いたいけな少女のような童顔に似つかない、厳つい鉄製のロングソード。
それが振られる度に、少女を赤黒く染めあげる。
まるで...悪鬼。
「あははははっ」
ダンスのステップを思わせる軽い足取りで、モンスターを切り伏せて行く少女。
一匹、二匹、三匹。
腕、首、胴体が飛び交う戦場に恐怖を感じて、息を潜めた。
─漸くして、蓋が開かないことに気付く。
両足で蓋を蹴りあげる。何度も、何度も、何度も。
グラグラ揺れる宝箱は、中身を吐き出しながら倒れた。
掌に生暖かい、滑りの感触。
あたり一面血の海で、僕だけが佇んでいた。
そんな惨状で、一際目を引く光る魔方陣。
ポータル。
魔法の一種で、ダンジョン内をテレポートできる装置。それが、この部屋にあったのだ。
入ろうか、止めようか考え中。
困ったときの神頼み。石板が示すのは【陦後¢】。
先に進め、と言うことらしい。
意を決して、ポータルに触れる。
...溢れ出す光球が全身を優しく包み込んで、姿が消えた。
Ж
「おぉっと、勇者トウカ! やはり『卒業証書』なしのボスアタックは無謀だったか!?」
鳴り響く歓声に震える石畳。円形の壁で囲まれた空間を多くの人間が注視していた。
役者のように綺麗な踊りを披露する少女。
その手には血濡れのロングソード。
縦横無尽の剣捌きはまるで、女神か鬼神のよう。
誰もが少女の勝利を疑っていなかった。
けれど、彼女が戦う相手は神話に登場する怪物。
二匹の蜥蜴が、互いの尾を喰らい合う異質なモンスター、『ウロヴォロス』は不死身の象徴。
切り刻まれても、すぐに復元する肉体。
無限の再生を繰り返すモンスターには、無数の攻撃さえ無意味と化す。
少女が徐々に追い込まれて行くのは必然だ。
瞬き一閃、目にも止まらぬ速さで怪物の首に一線が走った。
それでも、死ぬことはない。
切り離された首さえも復元する不死性。
きりがない。それどころか血液に触れれば、毒に犯されるおまけ付き。
Aランク指定されていることも納得出来る。
何故、そんな強敵と退治しているのか、それにはちゃんとした理由があった。
これは卒業試験だ。
卒業試験はA~Eの選択制で、結果はそのまま冒険者ギルドのランクに引き継がれる。
選択出来る試験は成績によって変わるため、間違いが起こることは少ない。
けれど、最高ランクにもなれば話は変わる。
彼女が受けた試験は、Aランク。
一目瞭然だと思うが、これは一人で受ける試験ではない。
複数で受けることを前提とした試験内容だ。
前代未聞の卒業試験。
故に、観客は満員御礼。
生徒も先生も、惜しみ無く声援を送る。
だが、期待とは裏腹に、ウロヴォロスに弾き飛ばされ、壁に激突する少女。
尾を噛った姿は円形。
手足をばたつかせながら回転を始めるウロヴォロス。
誰もが少女の敗北を想像した、その時...
ポンッ!
「おっと! あ、あれ?」
...試験会場に突如出現した少年。
円形の空間は静まり返り、モンスターでさえ、少年を警戒し動きを止めた。
注目の的にさらされ、石板を抱き抱えたまま硬直する少年。
「乱入者、乱入者だ! これは、卒業試験史上発の出来事です! 解説のタカシさん、これをどう見ますか?」
「えー、タカシです。この試験は本来、三人のパーティ構成が推奨されています。従って、この乱入自体は特に問題ありませんね」
「さて、この乱入は希望となるか!? おっと、彼は『卒業証書』を持っているぞ! これはチャンス。後は運次第かぁ!?」
僕は手に持った黒い筒を眺める。
どうやらこの杖は卒業証書と言みたいだ。
けれどいま、運は僕に向いていない。
動けないのだ。
僕は今、蛇に睨まれた蛙。
いや、蜥蜴だった。
一歩でも動けば、モンスターが襲い掛かって来るだろう。
そんな膠着状態を破るように、よろよろ起き上がる少女が蜥蜴を牽制する。
「あなた、戦闘スキルは?」
「ありません!」
「......」
青髪ポニーテールの少女は第一印象とは別物で、落ち着いていた。
綺麗な顔立ちがぽかんとして、僕をみる。
一瞬だけ、場の空気が凍り付いたように錯覚した。あくまでも一瞬の出来事。
少女はすぐに険しい表情で蜥蜴を睨んだ。
「リタイアか、『卒業証書』を使いなさい。時間は私が稼ぐわ」
共食いする蜥蜴に飛び掛かる少女。
僕は、『卒業証書』を眺めた。使え、ということはこれには使い方があるのだろう。
さわさわ筒を撫で回すと、先端がキュッと回った。
キュポン!
蓋が外れて、中にあったのは一枚の高級用紙。
それはスキルを授ける魔具、『スキルスクロール』一般人は入手できない貴重品だ。
『スキルスクロール』を握る手が熱を持った。まるで、生きているかのように、脈を打った。
─ドクン。
掌からなけなしの魔力が吸い上げられ、用紙に文字が刻まれていく。
一面が埋まった瞬間、それは溢れ出した。
弾け跳ぶ文字列がマルスの腕に集まり、刺青を刻み込む。
それは『スキル』を授かった証。
初めて獲得したスキル。
腕に刻まれた文字は僕に相応しい、いや、僕だからこそ授かった『スキル』だ。
─途端。
地面が揺れ、砂煙が舞った。
ウロヴォロスの尻尾が、鞭のように撓りながら地面を砕き、少女を弾き飛ばした。
少女は軽やかに着地して、問いかける。
「スキルの詳細は分かる?」
「はいっ! 『翻訳』ですっ」
「...」
また、一瞬、空気が凍りついた。
心なしか悔しそうに見える少女。
勇者『スキル』のようにカッコいい名称ではないから、ハズレスキルだと思われているのだろうか?
ちょっとだけ、心外である。
「『翻訳』は凄い『スキル』ですよ。見ててください!」
神託の石板に出現した新たな文様。
幾何学模様のそれは文字ではないが、スキル『翻訳』によって内容が理解出来た。
神託が与えたのは魔方陣。
起死回生の攻撃手段。
僕は入手したばかりの杖、『卒業証書』を握り締め魔方陣を描く。
『卒業証書』を床に突き立て、文様を刻み始めた。




