13.別離
レグナリアの街路を歩く二人。
握られた手。普段一緒に出掛けることが殆どないことに気が付いて、不甲斐ない自分を恥じ、改めようと思った。
同時に、妹分の顔の広さを思い知らされた。
八百屋の店主、いつかの古物商の店主さえ、笑顔で手を振り替えしている。
「嬢ちゃんたち、これでも飲んでいきなさい」
いつもより優しさを感じる店主に貰ったジュース。そのカップの縁が、微かに波打っていた。
「おじさん。この周辺で工事とかしていますか?」
「工事? いや、聞いたことがないなぁ」
「そうですか」
「きゃあ!」
大通りの噴水に視線が集まる。吹き出す泥水。
段々と色濃くなる水は、真っ茶色になったとき、排水を止めた。
(石板の揺れが、大きくなった?)
「あっ、お兄ちゃん」
考える間もなく、噴水口が空に飛び、泥の雨が降り注ぐ。それは、地中から飛び出した巨大蚯蚓、サンドワームが引き起こした惨状。
「う、うわぁあ」
「誰かぁ警備兵を!」
「えいっ!」
悲鳴を上げ、逃げ出す人々。
全てを噛み砕く咀嚼型口器が開かれ、その異様に恐怖が伝染する。
パコッ。
そんなモンスターに向けて、エリシアが南瓜を投げ付けた。放物線を描き、コテッと転がる南瓜。
それは、大したダメージを与えるものでは無いが、意識を向けさせるには充分だった。
「ちょっ」
反射運動。
咄嗟に少女を抱き抱え、飛び退いた足元。そこは、瞬く間に空洞へと様変わりする。
─危険が危ない!?
混乱する頭で、ポケットからボールを取り出し投げ付けた。
「お願いっドラゴンさん!」
『鳴鳴!』
着地と同時、意志疎通の間もなく、ガブリッと、足元から呑み込まれ、胃袋に消えた相棒。
「えっ」
驚愕は一瞬だった。
助けようと動くより先に、モンスターは地中深くへと潜って行ったのだ。
「ど、ドラゴンさぁん!」
【騾�£繧�】
─逃げろ。
石板は、聞かずとも分かる神託を下していた。
「それは、言われなくてもわかります!」
エリシアを背負って走る、走る、走る。
目が見えていない筈のモンスターが、獲物に食らい付こうと飛び出しては地の底に消える。
狙いは、的確。
「あっ」
膨らんだ石畳に足を取られ、躓いた。
大切な神託の石板が転げ落ち、モンスターに呑まれるのを目撃した。
「石板さぁん!」
失ったものは大きい。同時に、失ってから得るものもある。それは、情報。
気付きを与えてくれた石板に、感謝。
モンスターは音か振動を察知している。
そう仮定すれば、地中からの正確な攻撃に説明がつく。
つまり、それを意図的に発生させればモンスターの動きをコントロール出来る。
ならば、役に立ちそうな魔法を知っている。
だけど、今の僕に出来るだろうか?
あの時とは違う。
神託の石板は、手元にない。
補助が無いのだ。
─それでも。
やらなければいけない。
思い出せ。
魔力の流れ、成功の体験を!
「【クエイク】」
微かな、だが確かに感じる振動が、魔法の発現を告げる。
(出来た!)
思わず笑みが漏れそうになるのをグッと堪えて魔法に集中する。
より深く、より広く。
魔力を投じる手が震え、魔力が己の限界に達したことを察する。
─堪えろ!
永遠に感じる一瞬。
もう、指一本も動かせない体から意識が遠のくのを感じ、唇を噛み締めた。
魔法が終われば、モンスターが動き出す。
それは駄目だ。
....。
意識が途切れる直前、定まらない視界の中で赤い騎士を見た気がした。
ならば、僕に出来ることはひとつ。
魔物を、彼の元へ誘き出す事。そのために魔力を絞り、揺れる範囲を限定する事。
最大限の意気込みで、最小限の範囲に魔力を集中。
「...食い、付け!」
一畳の震央地。
そこが、そこだけが膨らみを帯びた。
怒り狂ったモンスターが飛び出した。その数は五。
想定外の数。だが、迎え撃つは最強の騎士。数の利という常識は通用しない。
「マルスにエリシア、無事でよかった。」
素通りした騎士を、巨大蚯蚓が追う。
数ミリの躍動。だが、それが現実を自覚させる。
取り残された胴体が、頭部と別れを告げ、崩れ落ちた。
『グルルルル?』
瞬殺。
敵が気付く前に、戦闘は終わったのだ。
Ж
遥か遠い天井。
手を伸ばしても届かない。届くことはない。
一度、空を掴んだ手が落ちる瞬間。
その手を、誰かか掴んだ。
温かい、優しさに包まれた手。
それは、知らないおじさんの温もりだった。
「うわぁあ!?」
「ほほっ元気そうで何よりじゃ!」
くたびれた神父服。剥げ散らかした頭皮。
明らかに初対面の老人は、優しく微笑み掛けた。
「あのっ痛てて...」
「ふむ、倒れた時に体を打ったのかな? まぁ回復はしたから時期に治るじゃろ」
「ありがとうございますっ」
「礼はいらんよ、今日に限って言えばお主が救ったものの方が多いじゃろ?」
「あのっ、エリシアは?」
「連れの子は無事じゃよ、クロムちゃんと一緒におる。今はそこが一番安全じゃろて」
「良かった...あの、僕の相棒はどうなりましたか?」
「相棒? すまんが見てないのぅ」
「そうですか」と意気消沈する僕はゆっくり部屋を見渡す。広い室内。豪華な家具。荘厳な装飾。
貴族の部屋と見紛う室内は、とても居心地が悪かった。
「すいません。僕、そろそろ...」
「行くのか? なら、ワシも行こう!」
「えっと、出口はどっちでしょうか?」
「知らん!」
「...」
笑顔のおじさんと向き合うこと数秒。ちょうどその場に、騎士団長が鉢合わせした。
「教皇さま、こちらにいらしたのですね」
「ほほっ、グッドタイミングじゃ」
老人の名はフランチャスカ・ピウロ三世。
神を讃える教会の最高責任者。一国の王に等しい存在だった。
「さぁ行くぞぉ、マルスちゃん!」
萎縮する僕に、差し出された手。
その手を掴み、歩き出す二人。
その後を追う騎士。
「教皇さま!」
「なんじゃ、クロムちゃん?」
「応接室は、反対側でございます」
「なんと!?」
「...」
ちょっとだけ、先行きが不安になった。
Ж
王都動乱。
現在進行形で、王都は襲撃を受けていた。
モンスターによる侵略行為。
王城が揺れた直後、室内に爆発音が届く。
だが、室内に集まった面々は、微動だにしなかった。
教皇、騎士団長、警備隊長、宿屋の女将、ギルドマスター。錚々(そうそう)たる面々は己が仲間、部下を信頼していた。
「現在の戦況を報告せよ!」
「はっ、王都を囲む魔物の群れは、概ね討伐が完了しています」
「王の所在は?」
「未だ不明です。現在、我々警備隊が王女と共に捜索を行っています」
「承知した、引き続き捜索を続けてくれ。では、他に報告はあるだろうか?
...無いようですので教皇、お願いします」
「はぁい! まずは確定事項。モンスターは召喚されている見たいだから、まだ気は抜かないでね」
衝撃的事実に、一瞬で空気が張り詰める。
「召喚...『勇者』じゃあるまいし、誰がそんなことを」
「それを確認するための、レグナリア王捜索だね」
「レグナリア王が、裏切ったのか?」
「その可能性は低いね、操られているか、召還能力を奪われたと考えるべきかなぁ?」
「一体誰がそんなことを!」
「そんなの、決まってるよね」
「『魔王』」
「!!」
「魔王は討伐された筈では!?」
「まぁ、復活するから『勇者』召還を止めなかったんだよねぇ、違うかな?」
「それは...」
会議は混迷を極める。
レグナリア王捜索と違い、魔王調査と王都防衛は明確な危険を伴う。
特に魔王調査。魔物の群れを抜けて、魔王城に向かうのは、リスクが高すぎた。
「じゃ、ワシが行こっかな? ね、クロムちゃん」
「はっ、お供致します」
「ちょっと、ちょっと、それじゃあ王都はどうするのよ」
「ほほっ、戦力は増強すれば良い。マルスちゃんこっちおいで」
渡されたのは『スキルスクロール』。貴重な魔具だった。




