12.恩恵の対価
「それでは、出席を確認する─マルス」
「はいっ!」
生徒の名を呼ぶ声に元気いっぱいの返事が響く。
優に五十人は収まりそうな雛壇状の空間は教室より講義室に近い構造。
そこに四人+α。
生徒より空席の方が目立つ室内。
10人に満たない出席数は明らかに異常だった。
「フタバ」
「はい」
当然、出席確認はあっという間に終了。五分も掛からなかった。
役目を終えた名簿がパタンッと閉じられ、呼ばれなかった少女へ視線を向ける。
「さて、知ってる者もいるだろうが、彼女はトウカ。クラヴィス殿下の護衛役を承っている」
「私は護衛、紹介は不要かと」
「開示した方が護衛しやすいだろう。Aランク卒業生に刃向かう者は少ない」
「あ、あの、すいません。私と、戦って貰えませんか?」
「それは断る」
唐突な挑戦状を叩き付けるフルプレートアーマーのフタバ。
当然、拒否。
返答は間を開けず、即答。
護衛役が自らトラブルを起こすことはない。
だが、雇い主は違った。目を輝かせ、提案に前乗りな姿勢を見せる。
「そういえば、私はトウカの実力を確認していませんね?」
「それは!」
「ヴァルドール、少し時間を頂戴出来ますか?」
「構いません。私の推薦と言えど、その疑問は理に叶っておりますので」
鎧姿からは伺えぬ感情。
小さなガッツポーズの名残だけが、その内心を伺わせていた。
パチンッ!
ヴァルドールが指を鳴らし、渇いた音が響く。
それを合図に黒板が開き、渦巻く光源、魔力塊が室内を青白く照らした。
「それでは、転移を開始する。─テレポテーション」
ぐにゃり、と視界が歪み一瞬で景色が変わる。
視線の先は、一騎討ち会場。観客席から見る景色は、相対する二人が意外と小さく見えた。
既にふたりは対峙している。
「準備は良いか? ─はじめっ!」
「うおぉぉりゃあぁぁぁ」
初っぱなからロングソードを振り回すフタバは剣に振り回され、足元が覚束ない様子。
剣術の心得を一切感じない挙動。
対するトウカは瞳を閉じたまま、剣に手を掛け、じっと動かなかった。
対照的な二人は、素人が見てもわかる程の実力差が存在する。
剣先の定まらぬ攻撃。出鱈目な剣筋は巧みな足運びひとつで回避され、慣性に呑まれた。
二度目の攻撃は警戒して当然。
だが、その判断が二の足を踏み、隙となる。
「ぐぅう!」
胴体に食い込んだ回し蹴りが、重厚な鎧を滑らせ、物理的に遠くなる距離。
剣を杖に、辛うじて転倒を耐えた全身鎧が構え直す。息も絶え絶えに肩震わせる鎧姿はまだ諦めていないようだ。
「Aクラスの実力はその程度なんですか?」
明らかな挑発行為。
それは不自然な言動。劣性の状況で尚、相手を挑発することは無謀な行為。
ならば当然、裏があると考えるべきだ。
挑発に乗る必要はない。
力の差は歴然。このまま戦闘を続ければ勝利は容易い。
...だが、挑発された少女は笑みを浮かべた。
─直後。
地面に粉砕した足跡を残し、視界から消失。
一瞬。瞳が捉えた姿が揺らいで溶ける。
無数に立ち並び、剣を構えるトウカは分身ではなく残像。実体があるのはひとつだけ。
それは圧倒的な速度が成す神業。
だが、その瞬間をフタバは待ち望んでいた。
「偽装同調」
それは、模範スキル。
価値観を押し付けられ続けた少女、その努力が形となった恩恵。
真っ二つに切り裂かれたフルプレートアーマー姿が揺らいで消える。
0.1秒。瞬きすら許されない速度の移動。
型や技。手本となるものは数あれど、速度や力まで真似することは本来不可能。
それを可能にしたのはスキル。
「なるほど、私の技を真似したかったのね?」
「...っ」
「見せてあげるわ。だから、ものにしなさい」
「あなたは、何でそんなにっ..」
余裕を崩さない強者に、不満を隠さない弱者。
真っ向勝負、高速の打ち合いが始まった。
Ж
「なぁ先公、何でこの勝負許可したんだ? 俺ん時と違って対面を保つって訳でもないんだろ?」
「気付いていたのか、確かにその通りだ。明確な意味は存在する。お前が、変わったようにな」
「それを言われちゃ何も言えないが、この戦闘に意味があるとは思えないんだよなぁ」
「意味は彼女らにのみ存在する。尤も、今のところ収穫がないのは確かだがね」
「???」
「そうだな、予習と行こうか。スキルは経験、つまり『時間』を代償に発現可能となる。ならば、『勇者スキル』は何を代償とする?」
「そんなの、召還時に説明受けたじゃねぇか?」
「ここには、知らぬ者もいるだろう?」
「?」
「マルスか。えーと、勇者スキルは記憶を犠牲にしている。特に大事な、死ぬ直前の記憶が消える、だよな?」
「正解だ。捧げた記憶によってスキルは強力なものになる。それは、死の記憶である必要はない、とだけ付け足しておこう」
「まぁ記憶がないから、重要かなんて判断つかないんだよな」
「...お前は『死』が怖いか?」
「怖いとはちがうかな。嫌ではある」
「それだ。恐怖を感じないのは経験故だ。身体が死を覚えているからこそ、恐怖心が無くなると言われている」
「そんなもんかねぇ?」
「私は経験していないからな、知らん。...見ろ、決着が着きそうだぞ」
剣が折れる音を聞いた。
くるくる回る剣先が、地面に刺さり役目を終えた。
「敗因は、武器の性能差かしら?」
ピシリッと、兜に罅が走って砕け散った。
中から現れたのは青髪の少女。いつか見た、純白パンツの君。
「もっと強くなって、出直しなさい」
「...私を、覚えていますか?」
「あなた、誰?」
不安を孕んだ瞳がゆっくり閉じて、戦闘終了が告げられた。
教室への帰り道。
神託の石板がカタカタ音を立て、揺れる。
注目を集める僕は、石板を見つめた。
【謨吩シ壹°繧牙ュヲ譬。縺ク蠕蠕ゥ縺帙h】
「一旦、協会に戻って良いですか?」
「それは、卒業試験を指示したアーティファクトだったかな?」
「そうです!」
「ふむ、ならば許可しよう。どうやら私も、授業どころではないようだ」
「おいおい、じゃあここで解散か?」
「ならん。教室で待機、それ以外は認めん」
「マルスは良くて、俺たちは駄目なのかよ!」
「彼は『卒業資格』を持っている。それに、『神託』について検証は必要だろう。神託はこれから起こる事象を詳しく示しているのかな?」
「えーと、教会と学校を往復するように指示します」
「教会には何があるかな?」
「シスターマリーとエリシアがいます!」
「ふむ、ならば急いだ方が良い。怪我には気を付けろ」
「はいっ!」
石板ナビに従い、迷宮を駆け出した。
目指すは教会。家族の元へ。
校門を難なく抜ける。目映い光が、視界を塞ぎ目を細めた。
街中は一見、平和そのものだった。
行き交う人々。賑わう街並み。
教会は郊外部。
人混みに逆らって歩くと、そこには異様な光景が広がっていた。
銀の甲冑を纏う騎士団。鎧を装着した兵士達が数十、いや数百、晴天の下で整列していた。
「これ、は?」
「おや、マルス。授業はどうしたんだい?」
「クロムさん! これは一体?」
「僕のことは良い、君は、どうしたのかな?」
「一旦、教会に戻る許可を得ました!」
「成る程、例の『神託』か。協会にマリーは居ない。エリシアを連れて行きなさい」
「はいっ!」
「それから、王城には決して近付かないように」
「分かりました!」
教会へ走る。目と鼻の先に見慣れた建物。
玄関を開けて、名を叫ぶ。
「エリシア!居るかい!?」
「...どうしたの?」
トテトテと二階から降りるエリシアと合流して、教会を出る。シスターマリーはいないようだった。
学校へ向かう。道中、そこに騎士団の姿は無かった。




