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二部 デレヴォーン・ゼローンの逆襲



第八章 《シャーマン》



 雲の隙間からかっと陽が覗き、ライガーの体を熱く刺した。ライガーは左の前足で額の汗をぬぐった。汗は流れてゴーグルの横を伝い、下へ垂れて行った。山に登り始めてから三時間たった。写真を取るのにライガーは忙しかった。山の風景や高山植物の姿を、彼は一つずつレンズに収めていく。今日は下りてしまおうかなという気になったが、彼はそうしない。最近はこの山の姿も変わった。登山客で人込みがし、世間の雑踏がここにも押し寄せてきている。彼は近所の山に登る意味をほぼなくしていた。ライガーの地元には大きな山がいくつかあったが、登山客でそこも普段からあふれかえるようになった。特に大きな花畑になったあそこは、「プチ富良野」といった感じで挨拶もない。あんな場所には二度と登りたくないものだ。

 だが今日の山は静かだった。静かすぎて不気味なぐらいだ。いつもの自然には静寂の中にもリズムがあり音楽があったが、ライガーはそれを聞き取ることが出来た。ライガーはその自然の奏でる音楽を聴くのが、とても好きだった。どんなクラシックにもこれは負けていないと彼は自負していたし、この音楽を聴きとることのできる自分が、素晴らしいと彼は感じていた。彼には絶対音感はなかったが、そうした方面の音感には優れていたのだ。けれどこの静寂は不気味なメロディーだった。無音の中に死の音階がひたと隠れている、ようにライガーは感じた。今すぐ降りるべきか? 彼は引き返そうかと迷った。ライガーの第六感が、今日の山は危険だと叫んだ。目には見えないものが、その辺りから下までを漂って、登山者を何かに誘っている。それはすなわち死に近しいものだ――だからこんなに人が少ないのかとライガーはようやく納得した。が、それも思い過ごしか? いやいや今回は本当にそうだ。彼は踵を逆に向け、下山を始めた。


 山を降りたら真っ先にラーメンが食べたいと彼は思った。どこからか麺をすする音がライガーの頭に響き、彼は空腹を感じた。今持っているのはカロリーメイトと、チョコレート、それからリュックに詰めてある、生肉。ライガーはポケットからカロリーメイトの袋を取り出すと、それをさっと破いて、頬張った。そんなにおいしくはないものだが、なかなか胃には溜まる。それで胃の中を潤すと、袋をまたポケットの中に突っ込み、視界に平がる景色を見た。美しいと思った。ひょっとしたら、自分は美しいものを見るのがとても好きで、それを求めて、こんな高いところまで遥々登って来たのではないかという気持ちに彼はなった。確かに、そうかもしれないな。そうでもなきゃ、ここまで来た意味がオレには分からん。しかし今深く考えるのは止そうとライガーは思った。とにかく急ぎなんだから。

 だがあまり恐怖はなかった。やはり気のせいだったかと彼は思った。嫌なものなど何もなかったのか。直観はそう当たっていなかったのか。それともそれから逃げることに成功したのか、の、どれかだった。ライガーは断然最後を選んだ。仮に外れていても、彼には打撃はないからだ。当たっていたとしても、それを確かめる術などあるはずもない。だからこれでいい。ライガーはそう自分に言い聞かせ、一歩一歩を踏みしめて行った。



 ユキヒョウだ! ライガーの眼にユキヒョウの親子の姿が飛び込んできた。ライガーはそのメスヒョウに向かってキッスを送った。これは幸運だ。やはり自分はツイているのだ。ライガーはフィルムに彼らの姿を収めると、カメラをリュックに詰め、帰途を急いだ。

 幸せが、彼の中にこみあげてきた。が、それは長くは続かなかった。山の頂上付近を包む雲の中を歩む間、ライガーは得体のしれない憂鬱に襲われた。一体何故? 何故オレはここに居るのだろう? 自宅でもっと快適に過ごすことも出来たはずだ。辛い。苦しい。空気だって薄い。それに空腹だ。ライガーは生肉を頬張った。口の端から生肉の血が滴り、空腹を少しだけそれでしのぐと、足の歩調を速くした。オレがここにいるのは、そう望んだからだ。オレは生きている――オレは生きているとそう実感する為ここにいるんだ。そしてオレは確かに、全力で、この山を下ることに命を懸けている。恋と同じくこれは命がけの行為だ。この足にもっと力を籠めるんだ。そしたらどんなにすばらしいか。死ぬことなく目的を貫徹出来たら、それもまた素晴らしいことだろう。

 冒険は、死で終わってはいけないんだ。オレは不思議だ。山に登ると、ある時ある瞬間から、オレは急に哲学的になる。山に霊性というものがあるなら――そして聞いた話それは確かにあるらしいが――、これはきっとその影響だろう。霊性か! オレにはそんな話は、永遠に関係のないものだと思っていたんだがなあ! 霊性! だが山は元々神聖なものだ。その山に……。どうしてこんなところにゴミが落ちている? 一体誰だろうか? オレの話を一体聞いていたのか? 拾おう……。

 これだから、困るんだ。どうしてこんな場所を汚せるんだ? 連中は値札の張っていないものなら何でも、自分たちの思い通りに出来ると勘違いしている。ついでにあの連中もだ! 奴等は何だってビジネスにして、何だって殺してしまう。……不快なことは、下に降りた時に誰かの土産話にしよう。そしたらその誰かが、激昂してくれるだろうさ。オレは、こんな場所で気分を悪くしたくない……。

 しかし、オレは怒るべきだ。誰に対して怒ればいいのか、オレにはこれは人間の性というか、かなり深い所と結びついた欠点のような気がしてならない。それを改善しろと政府や国が言った所で、おそらくムダなんだろう。戦争がなくならないのと同じで……じゃあ地球のゴミも永遠に減らせないし、どうぶつの絶滅も止められないのか? そうなのかなあ?

 そこでオレは、おやッとなった。近くの雪の中に、何か、衣服のようなものが混じっているのが見えたからだ。オレはそこまで歩いていくと、その雪の中を、手でかき分けて中を探った。人間が埋まっていた。衣服を着た、登山家のような人間だ。その登山用の衣服ももう大分――一世代も二世代も――古い型の物だろう、これは大発見に違いなかった。

 一体これはいつの物だろう? オレは思った。亡くなった登山者の遺体は何も語ってはくれなかったが、しかし雄弁だった。その沈黙の中には今を生きるオレ達にとって多くの重要な示唆が含まれている筈だ。さっきまでのくだらない話題と違う、本当にいい土産話が出来たことを、オレは嬉しく思った。これならみんなも褒めてくれるだろう。最高だ。

それからオレは腰のナイフを外すと、その登山家の衣服を少しだけ切り取って、自分のものにした。カメラを取ると登山家の氷漬けの遺体と、ここの地点が後からでも分かるような写真を数枚収め、最後に自分とその遺体とで、ポーズをとってカメラに映った。少し厚かましいことをしているような気がしたが、かなりオレは嬉しかったのだ。それに向こうが逆の立場でも、きっとこうしていただろう。

 そこへザッと雪を踏みしだく獣の足音がした。ユキヒョウか? だがそこへ出てきたのは――サーベルタイガーだった。

 ライガーはむろん、サーベルタイガーを見るのは初めてだった。映画で見たような記憶があるし、いや、博物館だったかもしれない。ともかく実物を見るのはこれが初だった。サーベルタイガーは大型の肉食獣で、有名な話だが、この牙は成長するとサーベルタイガーの脳天を突き破り、その持ち主を殺してしまう。サーベルタイガーはこうして絶滅したのだ。

サーベルタイガーの腹がとてもへこんでいることにライガーは目敏く気付いた。腹をすかせた肉食獣はとても危険なのだ。それくらいのことはライガーでも知っている。ライガーは用心した。いつ襲い掛かってくるかもしれない、ピッケルを武器としてさりげなく手に持ち、肉食どうぶつに遭遇した時の対処法について(自分も含め)、ライガーは何とか思い出そうとした(そもそもこのサーベルタイガーがネコ科のどうぶつなのかどうかも怪しかったが)。自分がどんな時に狩りの本能を働かせるか、ライガーの記憶はひどく曖昧だった。

 ライガーはサーベルタイガーの興味をひかないよう、目を合わせないようにし、あたかも自分が背景の一部であるかのように動いた。そんなことより、サーベルタイガーがどうしてここに居るんだ? こりゃ絶対に夢だ! 頬をつねって見たが、しかし痛い。いや痛いのを感じる夢だってたまにはあるさ。けれどじゃあ何でこんなに怖いんだ?

 サーベルタイガーが飛び掛かって来る。たしかにライガーは夢ではないことを実感した。どうぶつの重さを感じる。臭い。だが、そんな一々を感じていられるのも、ほんの一瞬だった。山の岩肌にライガーは押し倒された。砂利のような感触と雪の冷たさを、ライガーは肌に感じた。太陽が厚い層雲に隠れ、一瞬辺りが暗くなった。サーベルタイガーの爪がライガーの背負っていたシュラフの生地を破き、使用不可能にしてしまった。絶滅どうぶつの攻撃はまだまだ続いた。ライガーの着ている登山着が破かれると、赤い血がそこから滲んだ。食われる! これ以上の恐怖はない。

 格闘しているすぐ真下には、崖下から広がる地上の光景が広がっていた。眩暈のする景色だ。幅の狭い登山道に、ライガーは牙の異様に長い豹と組み合っている。その時、サーベルタイガーの皮膚から煙が上がり始めた。この大きな肉食の猛獣が、音を立てて蒸発していく。

辺りには雪の足跡が――ライガーとこの豹のとが――ある。

 サーベルタイガーが目の前で徐々に煙と化していくのは、実に神秘的な光景だった。全てが消えてしまうと、当然ながら、ライガーは今起こったことはすべて、自分の妄想ではないかと疑った。だが、サーベルタイガーに引っ掛かれた切り傷の痛みは本物だったし、そこからは血も流れていた。ライガーは過去に読んだミステリー小説の中に、主人公が精神に疾患を抱えていて、犯罪を起こした記憶が良い様に改変されている、という、いわゆる「信用できない語り手」の話を思い出した。この自分が? まさか。オレほど誠実な語り手がいるはずがない。実際的に考えて、この近くにこの怪現象を引き起こす謎が隠されているに違いないのだ。ライガーはこの地点を取り出したメモに筆記し、山を下った。


 ぐつぐつと音がする。

タイゴンは最初その話を信じなかったし、今でもやはり信じていなかった。テントのまばらに立ち並ぶ野営地で、命からがら帰り着いたライガーはタイゴンにその話をした。ライガーは単独頂上の成果を上げるべく、タイゴンには今回ここに残ってもらっていたのだ。何かあった時には、すぐに駆け付けることが出来る体制だった。テントの中は温かく、また家庭的な感じに設えられていた。最近では、山登りを楽にする用具が色々売られている。そのいくつかがここにはあったが、それでも重量は切り詰められている。

サーベルタイガー? 何を言ってるんだ、コイツは?

 そんな印象をライガーに対し、タイゴンは持った。ライガーが馬鹿にされるのを承知で、タイゴンにこの話を打ち明けたのは、コイツなら「こんな突拍子のない話でも乗りそう」だ、と、彼は暗に思ったからだ。もし信じてくれないなら、ひとりでも行こう。ライガーはそう思っていた。タイゴンはライガーにきつく言った。直ぐに直してもらえよ。きっとどっかおかしくなってるんだろうな。こう、はっきり言ってやりたくないはないが、気が触れているのかもしれんぜ。

 雪を溶かして作った湯が煮えた。タイゴンがレトルト生肉のパックを入れる。

 ライガーは失望した。もうタイゴンには頼らない。込み合うテントの群れの中で一匹、ライガーはタイゴンに背を向け、山を再び上る準備を始めた。おいおいおい待てって。タイゴンが背中から呼びかけた。気の触れた云々は嘘だから、せめて日本には帰ろうぜ。

 いたんだよ。ライガーはここで強く言った。確かにオレは見たんだ。

 博物館でか? タイゴンもやり返す。剥製のだろ?

 生きたサーベルタイガーだ! それがオレに飛び掛かって来たんだ。オレは。オレは……。言って、ライガーは毛布を頭までかぶった。死ぬとこだったんだ。

 そもそもサーベルタイガーってなんだ? タイガーだから虎か? ここら辺にそんなものが棲んでんのか? それって絶滅したどうぶつだろ。

 オレはどうぶつ学者じゃない。ライガーは言った。ただ本で読んだことなんだが、失われたどうぶつたちがいる世界が、この世のどっかにまだ残されているかもしれないって考え方があるんだ。

オレが言いたいのは。ライガーはそこで言葉を一度区切った。捜索してみる価値があるってことさ。ライガーは、サーベルタイガーが煙と化したことは秘密にして言った。ライガーにとってもそれは謎だった。翌日が明け、ライガーとタイゴンは捜索に出発した。第一陣――とは言っても、第二陣があるかどうかも今のところは不明だが――が出た後の山の天気はとても良かった。眼下に見える景色には、雪と水のコントラストが美しい。それから二日間歩き続けた。三日目――しばらく歩くと、ライガーがメモを確認する場所に到達した。

 あ。タイゴンが思わず声を上げた。おい、見るんだ! 塔がある! 近づくと、塔の出入り口はまだ残されていた。中に入ると、だだっ広い空間がそこにはあった。壁は蔦と熱い氷で覆われ、生き物の気配はない。扉はあいていた。



 しばらく歩き、奥に着いた。小さな祭壇がそこにあり、どうぶつのものとみられる骨がそこら中に散らばっているのも見て取れた。タイゴンが祭壇に上がって中を調べ、ライガーは祭壇の周りを調べた。この祭壇はもう長いこと使われた形跡がないとタイゴンが言った。そっちはどうだ?

 祭壇の周りには骨がごろごろ散らばっているばかりで、他には何一つ、ものは置かれていなかった。壁にかがり火をともすところがあるのを見つけ、ライガーがマッチを擦り、そこに火をつけて回った。辺りがぱっと明るくなった。そこはまるで何かの神殿だった。ただ仏像もなければ、レリーフすらない。見たところ、とても質素な作りのようだ。ライガーは不安だった。またサーベルタイガー、或いはその他の絶滅した猛獣(それが恐竜だったら?)が今さっきの通路からやって来たら、それこそ逃げ道はないからだ。内心ビクビクしながら、ライガーは調査を続けた。そっちにも面白そうなものは何かあったか?

 いや、ない。タイゴンが答えた。しいて言うなら、この祭壇が面白い。こんな遺跡のことはうわさにも聞いたことがなかった。俺たちこれで大発見したんだぞ!

 タイゴンははしゃいでいた。

 ああ。そうだろうな。ライガーは言った。だが謎はまだ残っていた。あの牙の長い豹が煙と化した謎だ。その謎とこの遺跡が絡み合い、ライガーは何か人知を超えた者の存在をそこに見ていた。タイゴンはかなり興奮しているが、ライガーは危ない何かを感じていた。

 ライガーはふと足元を見た。どうぶつの骨の中に明らかな人骨が混じっている。それを彼は発見して、タイゴンに急いで伝えた。一体こりゃあ何だ……? 人骨を手に、いぶかしむようにライガーは言った。誰か死んだ形跡があるんだ、ここで! しかも服を着ていた! これは何かのコスチュームだぞ! おい、誰か来た!

 タイゴンは祭壇を調べるのに夢中で話を聞いてはいない。祭壇の台座にはどうやら奇妙なレリーフが彫られているらしく、それがタイゴンの見たこともないような幾何学模様を成している。タイゴンを残し、ライガーは物陰に隠れた。すると通路の入口から、黒いフードをかぶった奇妙な一団が無言で中に入ってきた。タイゴンは全力で抵抗したが、彼らはわらわらと彼を取り囲んだ。

 (タイゴン!)

 その集団と、ライガーがいる物陰までの距離は、ほんの僅かだった。フードの男が一人、ライガーの方を振り向いた。


 フードの男は、黙ってその怪しいフードを取り、素顔をさらした。男だと思っていたのは女だった。何をしているんだ……、一体、こんな場所で? ライガーが恐る恐る訊いた。

 呪術の研究です。女がはっきりと、よく通る声で答えた。《シャーマン》博士による、失われた霊魂を蘇らせる術を、我々は発明したのです。

 ほう? タイゴンが首を傾げた。何言ってやがるんだ?

 今のは聞かなかったことにします。女が言った。それからフードの男たちがさっと二つに分かれて道を作った。付いて来なさい。

 女について行くと、さっきまでの通路の途中で女は立ち止まり、壁に触れた。すると、その壁がへこみ、突然あたらしい道が目の前の通路に現れた。隠し通路です。女が言った。ここから研究室に移動します。そこから先の通路は、下に続いていく階段道だった。カツン、カツン。足音が響く。階段の壁は古く、隙間なく詰められた石造りで、そして湿っていた。四段か五段おきに、壁に掛かっている燭台の炎が、爛々と燃えている。さあ、ここです――。古めかしい、重厚な扉の前で女が言った。そして扉を開け、ここが研究室です、お入りください――。



第九章 吠え合い



 野良がいなくなった後、ウルフハンター達は野犬の群れを次第に追い詰めていった。野犬たちは自分たちが絶滅の危機に瀕していることを知った。彼らは醜く吠え、それがウルフハンターの怒りを買った。その吠え方には、人の住む場所の治安を、野犬に都合のいいように変えていく力があった。一匹の野犬が一吠えすれば、他の多くの野犬が集まって来る。野犬たちのその吠えの根底にあるのは、言葉などではなく、この世界が彼らに身に付けさせた、雷同精神だ。その野犬を黙らせるのも銃ではなく、言葉だった。しかしそれも虚しい鼬ごっこだ。雷同精神はデレヴォーン・ゼローンの作り出した、悪しき最高傑作だろう。

 ウルフマン引退後、ぼくは野犬の群れに混じり、野犬たちがウルフハンターに敵意をむき出しにする様を間近で見た。

 ぼくは、ウルフマンの仕事をしている間はウルフハンター側の立場に立っていたし、今でもやはりそうだ。野犬たちには二つの種類があり、それは明確に区別しなければならない。それは考えがある野犬と、思想も何もない野犬の二種だ。多くのウルフハンターにとって、どらちの野犬が敵に当たるのか、と言えば、それは明らかに後者の野犬で、そのタイプの野犬はとにかく噛みつく。特に噛みつくことに長けた野犬たちで、時に、その動きが何者かに統御されているような気が感じられもした。

 それが、秘密結社デレヴォーン・ゼローンだというのか? この頃のぼくは、ここに来て、何を言ったかではなく、誰が言ったかで物を判断する、残念な習慣を身に付けた。それが後者の多くの野犬に通じる特徴で、彼等は時に不満のはけ口として政治に吠え掛かる。ただ彼等の吠えは、短く単発的なので、ひょっとしたら誤解を招いている面があるのかもしれない。とにかく、ぼく好みではない。

前者のタイプの野犬について思うのは、もしかしたら、自分もその型の野犬なのではないかという事だ。彼等は後者のタイプの野犬よりも理知的な表現をする。彼等が日本産の犬種を持ち上げるさまは、ウルフハンターと多くのウルフマンには(一部のウルフマンは彼らの味方に付いている)、耐えがたいことらしく「どうぶつ公論」では、しばしばその火花が散らされる。もっともそんな雑誌に寄稿している野犬が、こんな地下くんだりで、のたりくらりしている筈がないのだが。

 地下と上の世界をつなぐ抜け道はすぐ目の前にあった。誰もそれを利用しようとはしなかった。なぜなら地下は便利だから。地下に来れば、仲間の野犬と、狼と、ウルフハンターと、ウサギと、様々などうぶつと会えるから。地下には不思議な引力があった。その地下がどうぶつの世界をどれほど豊かにしたか? 地下はどうぶつを地下に縛り付けて置く鎖だ。どうぶつは鎖に縛られていてはいけないのだ。ましてぼくは狼だ! 狼が荒野を希求しなくなったら死ぬしかない! ぼくは階段を上がった。しかしそこには次の階層があった。


      *


 ぼくはウルフマン時代、いかに自分が自由だったかを思い知らされた。ウルフマンはどこにでも行けた。世界中のどこでも、望みとあれば、すぐにでも駆けつけることが出来た。それがウルフマンの仕事だったし、ぼくはその自由に対して、疑いを挟まなかった。地下に落ちたどうぶつが、再び地上の光を見ることがこんなに難しいとは――話にだけは聞いていたが――ぼくは思わなかった。地下の一日は素早く過ぎ、ぼくに生の実感を与えないまま、素早く終わった。思えば、ウルフマンは緩かった。第二階層におけるぼくの仕事は麻薬探知犬だった。次々と段ボール一杯に運ばれてくる、麻薬の疑いのある遺留物を嗅ぎ分けて、吠えていく。それは麻薬探知犬という機械の仕事だ。もうぼくはウルフマンには戻れないだろう。

 吠えろ!

 ぼくの中の何かが言った。ぼくは、吠え続けなくてはならない。たとえ世界が終ろうとも――デレヴォーン・ゼローンが実在のものだろうが、不在のものだろうが――ぼくは吠えなくてはならないんだ。数日後、ぼくは監査員を噛み殺して逃げた。悪いことをしたとは思っていない。ぼくの狼の血がそうさせたのだから。



第十章 《シャーマン》を倒せ!Ⅰ



 《シャーマン》を倒せ。ぼくのあの依頼は解除されたわけではなかった。奴は死人使いだ。地下で安らかな眠りを頂いている死者を現世に引っ張り出し、自らの目的のため利用するマッドサイエンティストだ。ぼくは新コスチュームを着こむと、これがウルフマン最後の戦いになるだろう――なぜなら〝吠え〟が封じられているのだから――と決意し、《シャーマン》との戦いに臨んだ。

 ただぼくにとって、《シャーマン》を殺害せよというのは、やはり気が乗らないことだった。《シャーマン》はまるで息をするように降霊術を使う。そこにはほんの僅かの罪の意識さえなく、それが罪なのかどうかさえ、正直ぼくには判別しがたい。奴にとって降霊とは、生きることと同意でさえあった。《シャーマン》は降霊術で呼び出した霊を自在に彼の人生の登場人物として扱った。その中で第二の人生を与えられた霊は、時に《シャーマン》によって救われ、時に殺され、時にただの背景として扱われた。それの一体どこに《シャーマン》を殺さなくてはならない理由があるのかは分からなかったが、もともとウルフマンなんて汚れ仕事だ。ぼくは自分を捨てることに決めた。そして粛々と《シャーマン》の住む《魔の山》へと向かった。



第十一章 《シャーマン》を倒せ!Ⅱ



 ぼくと《シャーマン》が対峙しあい、魔の山にある《シャーマン》のラボにはピリリとした緊迫が起こった。そうです。心を鬼にして、ぼくは言った。あなたは霊魂を呼び出し、それを自らの仕事に利用している――所であなたはこのように考えたことはありませんか――あなたが仕事をしている最中に起こった事件が、あなたのとったその行為によって引き起こされたものだという考えは?

 それが一体なんだというのだ? 《シャーマン》は言った。何が言いたいのだ。

 あなたの罪深い行いによって、それは現れたのですよ。どうぶつは本来、死者と対話などしてはいけないのです。ぼくは《シャーマン》に言った。ぼくにはそう考えられますね。

 貴様は……、自分が何を言っているのかわかっているのか、ウルフマン? 問題発言だぞ!

 ぼくがウルフマンだという事をお忘れなく。ぼくは言った。ですから、それでこそのウルフマンなのです。

屑め……。《シャーマン》は初めにそう罵倒してから、言葉を進めた。そんなことを言っていては息をすることも出来ないだろう。《シャーマン》は反論した。儂は儂の術が罪深いものだという事をよく知っている。これまで謙虚な気持ちを忘れることは決してなかった。それでもう十分ではないか!

 あなたが何を言っているのか、ぼくにははっきりしませんね。だがそんなことは問題ではないんだ。ぼくは畳みかけるように言った。《シャーマン》、今回はあんたが蘇らせたどうぶつが悪かった。

 そ、それはどういう事だ? 《シャーマン》が明らかに動揺して言った。けれどもだぞ――その責はほんとうに儂が負うものなのか? 誰にでも死者と対話する権利はある筈だ! こんな悪党の儂にでも!

 それが望まれない死者もいるのだ。ぼくはゆっくりと、含めるように言った。それに何を言っているのか、よくわかりませんね。

《シャーマン》は怒鳴った。どんな力をもってしても、人間の想像力に制限をかけることは出来ない筈ではないか!

 黙れ! 言って、ぼくは〝牙〟の体制を取った。《シャーマン》は、研究ラボの中をうろうろと回り、いい案はないかと探していたようだったが、その時だ――いつの間に、そんなゲスくなったんだ? 低く澄み渡る声が別の方角からラボに響いた。


      *


 おい、《シャーマン》! 四足の獣が博士に呼び掛けた。獣はどこかで会ったことがある顔の狼だったが、ぼくらとは違い四本足で立ち、体全体に黒いオーラを身にまとっていた。獣は口が利けるようだった。信じるなよ! そんなクソみてえな理論、そのウルフマンの頭ン中にしか存在しねえんだ! 全部嘘っぱちだ!

 そして四足獣は名乗った。


 ――俺はブラックウルフ。正義の味方さ――。


 すべてを思い出した。あの時の狼だ。そしてブラックウルフは〝吠え〟た。しかしぼくは知っている。このブラックウルフ――どんな真の名前を持っているだろうか?――が、どれほど後ろめたい背景の持ち主かという事、この狼は悪の秘密結社の一員であり、そのデレヴォーン・ゼローンのメンバーなのだ。そんな過去の持ち主が一体どれほどの〝吠え〟を見せたとして、果たしてその声に世界は震えるだろうか?

 世界は震えた。

 ぼくの読みはぜんぜん違っていた。その〝吠え〟に呼応して、黒いオーラがブラックウルフを包んだ。世界が震えているのだ。ブラックウルフは鋭くとがった犬歯をむき出しにして、にっと笑うと、〝牙〟の体制を取り、素早く目の前の空間に噛みついた! ブラックウルフのオーラが巨大な牙となって、ぼくを襲った。



第十二章 《総統》が吠えるという事



 第一の部下シャーマンを倒された《総統》は荒れ狂っていた。それを必死でなだめようとする犬っころを噛み殺し、《総統》は吠えた。この雄叫びが聞こえているだろう! ブラックウルフ! 聞こえている筈だ、私はお前がこの声を聴いたその気配を感じる。そしてこれが聞こえているという事は、貴様はデレヴォーン・ゼローンの存在を知ったという事だ。我々に歯向かったのだ! 貴様はもはや後戻りすることすらできない。死ぬまで我々という問題に向かい合い続けるのだ! そして我々は不滅であり、貴様がどれほど粘ろうと、我々は人類が滅亡するその日までこの地球に居残り続けるだろう! 我々とは不死なる者、邪悪そのものなのだ!



第十三章 五匹のウルフマン評議会による、

ブラックウルフをウルフマンとするか否かの採択



 孤狼組合のあるビルにポチが入っていく。彼女は五匹のウルフマンからなる新人ウルフマンの最終選考委員にして、中堅のウルフレディーだ。彼女は野良の吠えについてあらかた調べ終わっており、物語というものが悪党をヒーロー化してしまうその現実に、わずかながら心を痛めていた。彼女は、野良の野犬地区時代の主張が好きだったが、それは伏せておこうと心に決めていた。彼女がつい思ってしまって反省しているのは、リベラル的な主張に対し増悪を燃やす野良に、「いいぞもっとやれ」と、強く念じてしまったことだった。こう思うだけなら全然自由だが、このような主張の野良をウルフマンにしてしまうと、一匹の野良が百匹にも千匹にも増える可能性があった。野良は悪い意味でとにかく煽情性のある狼だからだ。

 とにかくポチことウルフレディーは、ブラックウルフ、いや野良の真の姿を、今回の最終討論で、あぶり出してやる気だった。今回使用する犬部屋は八階にあり、観葉植物の鉢植え以外何もない、簡素な作りだった。ポチが入ると、他のウルフマンたちはすでにその場に居揃っていたが、少々部屋が雑然としている。ポチが尋ねると、ブラックウルフをウルフマン選考に残すことについて、野犬地区の方から苦情が殺到しているとの事だった。

 野良の栄光からそれらは始まった――かつて犬ぞり隊にシベリアンハスキーの群れに混じって橇を引いていたこと。それの引退後、狂犬病に掛かり、保健所の世話になったこと。親に噛みついたこと。環境保護を生業とするウルフマンにとっては最も痛手の、野犬地区時代の争乱的なコメントの数々。ついにどうぶつリーダーが口火を切った。このブラックウルフとやらは、おそらくロクな奴じゃない。そんな発言はマジであったのか? そこは重要なとこだぞ。



 ブラックウルフが持ち上げられるにしたがって、ぼくの仕事は激減していった。傷は完璧に癒えたが、ぼくには仕事が回ってこなかった。ぼくは負け犬、噛ませ犬として世間でもはや認知されているらしかった。ぼくは酒におぼれるようになった。こんなぼくに対し、狼くんは泣きながら禁酒を訴えた。だがぼくは飲んだ。今では飲まないと〝吠えられ〟なかった。酒を飲むと、とても喉の通りがよくなり、上手く吠えることができたが、飲まないと吠えるどころか、敵の顔をまともに見ることさえかなわなくなっていた。

 ぼくにとって悲しかったのは、狼くんがウルフマンに対する幻想を捨て、連中は狼のクズだと思うようになったことだ。ぼくは仕事もろくに出来ず、酒がなければ吠えることも出来ず、いまだに一匹狼だ。仲間たちはどんどん僕を見放して行った。いつの間にか皆がぼくより高いステージに昇ってしまって、その差をぼくは埋められそうにない。ぼくがその中でぼくらしくあるためには、ウルフマンをし続けるしかないのだが、そのぼくには「負け犬」というレッテルがいつの間にか張られていた。何がいけなかったのだろう? ぼくの考え方が、根っこから正しくなかったのだろうか? ブラックウルフに否定された通り、ぼくは間違っていたのか? だが、そんなものは全部どうでもいい。ぼくは荒野に行かなくてはいけないんだ。


      *


 一度こうだと思い立ったら、ぼくは立ち止まらない。それから荒野に行く準備をしている最中、ウルフマンのオフィスに一本の電話があった。電話の内容は仕事の依頼だった。デレヴォーン・ゼローンの新兵器を破壊せよ。ぼくは神妙にその依頼を聞いた。組織デレヴォーン・ゼローンは人間の行う悪の究極が戦争であることをついに知った。人が誰かを傷つけた時、そこにこの組織があり、一人で勝手に傷ついた時でさえもデレヴォーン・ゼローンは存在する。噂話という悪魔の仕事を、誰にでも分かりやすく具体化したのが組織デレヴォーン・ゼローンなのだ。そのデレヴォーン・ゼローンが実際的な行動に出るとは――自ら武器を開発し、途上国に売りつけるとは――、思ってもみない発想だった。だが、それはおかしなことではなかった。軍需産業を行う企業の中には、ゼローンの信奉者とみられる人間が多数紛れ込んでいたからだ。

 デレヴォーン・ゼローンは、いまやネット内だけの活動から飛び出し、大量の武器を持ち、そしてそれを売却し、その組織を拡大しようとしている。ぼくはこの巨悪と本当に戦うべきなのだろうか? 今からでも荒野に向かうべきじゃないのか? ぼくはふと思った。だってウルフマンの〝吠え〟に何ができるだろう? 敵はあまりにも強大だ。

 ぼくは迷いを抱えていたが、それでも荒野へと旅立った。旅立った荒野には誰もいなかった。どうぶつの姿もなく、ウサギを狩ることも出来なさそうだった。それでもいいのだ。ぼくはその日、その原っぱに野営した。晩、ぼくは吠えた。どうぶつたちの町から遠く離れ、ぼくは寂しかった。夜星を見ていると、夜空に浮かぶ狼座が輝くのが見えた。その時、夜空の雲が大きな勢いで渦巻き、銀の狼の形を作ったかと思うと、その声がぼくに答えた。

 その夜の空に浮かぶ巨大な狼は、しかし〝吠えろ〟とは、言ってくれなかった。



第十四章 ウルフマン評議会の失態/禿鷹



 私はその野良像を信じません。ウルフレディーが言った。たとえそれが過去の野良の正しい姿であっても。野良には彼と同じ境遇だった野犬たちの突破口として、私はその存在を認めます。それを周囲が認めるか認めないかは、野良が生涯をかけて認めさせていくのが、彼の責務だと思っています。だって考えてみてください。これまでのたった数回の〝吠え〟で、ここまで大きな騒動を巻き起こしただなんて、事件だとは思いませんか?


      *


 野犬地区でぶらぶらしている野良のもとに、デレヴォーン・ゼローンのからの使者がやって来た。

 ――「ブラックウルフ、お前の〝吠え〟を我々が買おう」禿鷹は言った。


 野良は保健所にとらわれ、狂犬としてむごい扱いを受けたあと、野犬地区に再び放逐された。今の野良の眼は、怒りと憎しみで、煮えたぎるように輝いている。抑えがたい破壊への衝動が、野良の全身を支配していた。暴力的な気持ちがふっと衝動的に盛り上がり、それを野良は抑えられない。その破壊的な感情は、野良自身を傷つけようと、時に暴れまわった。

 禿鷹は野良を組織のビルに連れてきた。デレヴォーン・ゼローンのビルは大企業を装っていたが、その裏では悪魔的な計画が着々と進められていたのだ。ブラックウルフ、そんなのでは使いものにならないぜ。禿鷹が言った。自制心ってやつを身につけてもらわなければ、俺たちが何のために貴様を雇ったのか、まるで分からないだろうが。

 どうなれってんだ? 野良が言った。

 俺たちはな、貴様に自分をコントロールして欲しいのだ。でなければ、〝吠え〟が発動しないからな。何も立派になれって言ってるわけじゃない。俺は実に簡単なことを要求しているつもりだ。禿鷹は続けた。出来なけりゃクビだ。

 それが悪の秘密結社が言うセリフか? 野良は言った。

物事には二面性があるのさ。俺たちが善を成すことだって時にはあるんだよ。それもそう珍しい現象じゃない。この世界ではよくあることなんだ。禿鷹は言って、ぺっと唾を吐いた。あのウルフマンを見ろ! 俺らよりもひどいんじゃないか? まずは、貴様のその生活で生ぬるくなった根性を叩き直す必要がある。よく聞け。あのウルフマンを殺せ。

やつは以前戦った。野良は言った。そして勝った。

 能書きはどうでもいい。殺せ。〈組織のために〉殺人を犯す勇気は貴様にあるか?

 何の組織だ、と野良。

 我が組織だ。……狼をやめろ、貴様は機械になるのだ。禿鷹はそこで、言葉をいったん区切った。連中ウルフマンは、問題が持ち上がると、その悪とその騒ぎを起こした犯人の生活とを結びつける。下らねえぜ! 考えて見て欲しい。背景のない悪事がこの世のどこに存在する? 現実の悪の裏には必ず背景があるんだ。それが架空の世界の悪でもな。ところが連中は人間の裏がクリーンだと考えている。期待しているんだ。だから裏切られて傷つく。その連中自らが作った傷口に、我らデレヴォーン・ゼローンは生きているのさ。俺たちが悪? 悪だって? ハハ。

 突然何の話だ? 野良は戸惑って言った。

 ゼローンとは噂話、貴様の影なのだ。禿鷹は言った。我々が悪というならば、その心を人間どもはすでにどこかに有しているのだ。

 だがあんたらは。野良は最後の抵抗を試みた。戦争を望んでいるだろ……。

 しかし禿鷹は自信満々で返した。それをウルフマンが、人間たちが、望んでねえとは言わせねえぜ? 我々はその欲望の背中をほんのちょっと押してやっているだけなのさ。我々は誰にでも手を貸すが、自ら手は下さない。ただ最後に笑うのは、我らデレヴォーン・ゼローンたった一人というだけなのさ。お分かりかな?

 あのウルフマンを殺せばいいのか? 野良は言った。

 眼光が前のようになってきたようだな。禿鷹はにんまりして言った。やつを殺せ!


      *


 俺からお前に教えられることは次が最後だ。禿鷹は最後のレッスンを始めた。形のあるものを希求しよう負うとする心、形のない心というものを支配しておきたいと願う心。その二つからくる恐れこそが、デレヴォーン・ゼローンの力を常に肥大させるのだ。ブラックウルフ、お前は自分の〝吠え〟を捨てろ。なぜなら唯一無二の自由な心はどんなものであれ、デレヴォーン・ゼローンよる支配を破壊させる武器になりかねないからだ。お前はこれから、灰色のウルフマン軍団に加入するのだ。灰色のウルフマン軍団は背丈も見た目も〝吠え〟も一緒。その灰色のウルフマン軍団が真のウルフマンたちを数で圧倒し駆逐したとき! 魔法を使えるどうぶつは、この世から消滅するのだ! フハハハハ………‼



第十五章 レジスタンス



 灰色のウルフマン軍団は急速にその数を拡大し、町にあふれかえった。灰色との競争に敗れたウルフマンたちは次々廃業していき、どうぶつ社会における〝吠え〟の様相はすっかり変わってしまった。そして悪しき〝吠え〟は、どうぶつの世界に溢れんばかりの問題を巻き起こした。どうぶつたちの心をそれまでとは一変させたのだ。

 今までもウルフマン間に競合がないわけではなかったが、灰色のウルフマン軍団との戦いはその倍、熾烈を極めた。その敗北は、どうぶつランドにいる全ての生命にとっての良心の敗北である。だが、ウルフマンはヒーローであった。だから負けるはずがない――そう――負けはしなかったが、華々しい勝利もなかった。この世界の全てのどうぶつが同じ〝吠え〟に聞き入る時代は、ついに終わったのだ。そしてウルフマンがヒーローでいられる時代も終わったのだ。

 デレヴォーン・ゼローンは徐々に力を増して行った。ウルフマン不在の今、一体誰が、この組織の悪を止められるというのだろう? 為政者はデレヴォーン・ゼローンの悪を利用し、社会にはこの組織のもたらす悪が蔓延っている――唯一無二の自由な心! それが今、圧殺されかかっている!


      *


 だがウルフマンたちは簡単には声明の吠えを発しなかった。一つの問題を深く嚙みしめ、何遍も熟慮することこそ、荒野の賢者ウルフマンに求められる資質でもあるのだ。灰色のウルフマン軍団が本物の敵となるかどうかは、長い時間をかけて確かめるべき事柄なのだ。そして「早い言葉」というのは、デレヴォーン・ゼローンの力の源泉でもあった。灰色のウルフマン軍団が作り出す〝吠え〟が、素早く過ぎ去っていくものならば、真のウルフマンの〝吠え〟は、実に遅く過ぎて行く。それは一世紀二世紀と、遅々として世界にとどまり続ける〝吠え〟だ。灰色のウルフマン軍団がその喉でかき鳴らす〝吠え〟は、所詮、安っぽい清涼飲料水に過ぎない。

 しかしウルフマンを支持する者たちは、ウルフマンに対し、声明を――一刻も早い声明を――求めた。それこそデレヴォーン・ゼローンの罠だった。早い言葉というものは、情熱をも素早く消費してしまう。心から発せられた〝吠え〟をも茶番にしてしまう力さえあるのだ。デレヴォーン・ゼローンはあらゆる手段で一つの〝吠え〟があまり大切にされず、消費される文化を作った。〝吠え〟を、自販機で買える缶ジュースと全く同じものにしてしまおうという試みを行ったのだ。そしてそれはかなり成功した。〝吠え〟はいまや身近なものになり、しかし、そこにあった大切な何かが失われた。それは回復できない損失で、ウルフマンにとってそれは致命的だった。いくら懐かしんでも、いくらその何かをとり戻すための工夫を重ねても、その過去にはあって、今の〝吠え〟にはない何かを、ウルフマンたちはとり戻せないのだ! これには絶望するウルフマンあり、新しい時代が来たんだとうそぶくウルフマンあり、反応は多種多様だったが、その何かが復活することだけはなかった。

 だが、ここにレジスタンが誕生する。彼等六匹のどうぶつは、その〝欠けたもの〟を現代の〝吠え〟に再び蘇らせてこの世界を変えようとする、革―命―軍だ。その数こそ少ないが、そのほとんどがかつてブラックウルフを否認した、五匹のウルフマン協議会の面々で占められており、その全てが一騎当千の必殺技を持っていた。本部ビルの最上階では、たった今、重大な話し合いが行われようとしていた。〝吠え〟だけでは変えられないものがあるのだ! ウルフマンは今行動すべき時なんだ! 私たちに言葉以外に何ができるっていうの? 言葉だけが私たちの戦い方なのよ! あるとも! 俺たちには〝牙〟がある! あんなのただの玩具よ! どうぶつリーダーとウルフレディーが激しく言葉の応酬を交わす。

 どうぶつリーダーは言う。〝吠え〟の力を自分は信じている。だが、自分に今何が出来るかを考えた時、オレは〝吠え〟の外側に飛び出してみたいと思った。自分は老い先短い。死ぬ前にデレヴォーン・ゼローンに〝牙〟で、一戦臨んでから死にたいと思う。

ウルフレディーは言う。〝牙〟なんて野蛮よ……。本物のウルフマンなら、言葉で立って言葉で死になさい。最後まで〝吠え〟るのよ。

 ウルフレディー、オレの気持ちは変わらない。どうぶつリーダーは言った。オレは奴らに決戦を挑む。

 そう。ウルフレディーは言葉をそこで区切り、勝手にしなさい、と言った。

 連中の力がどんなものかについては常に考え続ける必要がある。忘れちまうからな。どうぶつリーダーは言った。果たしてデレヴォーン・ゼローンの力が一般に浸透しているか? 果たしてデレヴォーン・ゼローンはどうぶつたちにとって身近なものか? いいや。オレはそうは思わない。連中は架空の世界に生きるどうぶつたちにとっては身近なものかもしれないが、平素な世界で生きるどうぶつたちにとっては、全く異質なものだ。けれど、オレたちの〝吠え〟は違う。オレたちは、それを証明しなければならない。

 そしてどうぶつリーダーは、机をドンと叩くと立ち上がった。ウルフレディーが叫んだ。どうぶつリーダー! デレヴォーン・ゼローンを甘く見ないで! ネットでの力なんて確かに高が知れてるわ。ただそのネットでの傾向が、お昼のニュースになり段々と世論を形作っていくのよ。そしてその発言の主は、何も一般人とは限らないのよ。どうぶつランドと人間同盟の対立を煽る、デレヴォーン・ゼローンの勢力かも知れないし、そのどちらかの陣営の人間かも知れない……。どうぶつたちの民主主義は、常に危険にさらされているのよ!

 工作員だと? そんなものがどうぶつランドに存在する訳が……。どうぶつリーダーはそこで言葉を区切った。重油だ! 匂いがする! 今度は人間同盟の方だ!

 今日は嵐よ! ウルフレディーが言った。助けにはいけないわ!

 しかし他四人のウルフマンも一斉に席を立った。

 皆なんて馬鹿なの! 本当に死ぬ気でいるのね? ウルフレディーは泣きながら懇願した。止めて! 行かないで!

 行こう! 船員を助けるんだ! ウルフマンたちは〝吠え〟た。


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