◆17.素敵な女性
春のすがすがしい風が、早く行こうと急かす僕の心を、宥めるように体全体に重なってくる。
太陽の光りが僕の心を透かして見ているようで、なんだか恥ずかしくなってきた。
駆け足というほどは早くはなく、早足では少し遅い・・・。
そんなテンポで僕はあのお店に向かっていた。
いつもは10分かかる距離が、今日は5分でついただろうか?
ガラス越しに、彼女の気配がないことを確認すると、僕は慌ててドアを開けた。
その先には、店長がきょとんとした顔で僕を見ていた。
「いらっしゃいませ。予定よりも早いですね」
「ごめんね。早いうちに連れて帰りたくなって」
僕は、何よりも先に彼女のことが知りたかったはずなのに、それを言い出せずにいた。
「いいえ、とんでもないです。今カノンちゃん連れてきますね」
「お願いします」
僕はそう言うと、店長の姿を見送ってから、店内をゆっくりと見回した。
「お待たせしました」
店長は、高価な宝石を扱うようにして、ゆっくりとカノンを僕に差し出した。
「ありがとう」
店長は、僕の様子を見つめながら、細い目を線にして笑った。
「そう言えば・・・」
店長は申し訳なさそうに、上目遣いで僕を見た。
「彼女、玲香ちゃんから連絡はあった?」
僕は、店長の言葉の続きが待てなくて、急かすように問いかけた。
「はい。検査の結果も異常なしということで、連絡もらいました」
「そう・・・。よかった。敬音の為に悪いことしちゃった」
僕は、胸をなでおろした。
「五十嵐さんにお伝えくださいって、玲香ちゃんからの伝言です」
「そうなの?携帯番号教えだんだけど、迷惑だったみたいだね」
「そういう女性です。彼女は」
「そうだね。わかる気がする」
店長は、明らかに僕の顔色を伺っていた。
「五十嵐さん、変な事言いますけど・・・。玲香ちゃんは素敵な女性です。その・・・」
「え?」
僕は少し惚けたフリをした。
店長は僕の気持ちに勘付いている。
「私から見ても、素敵な女性です。これまでに会ったことのない人です」
(もしかしたら、店長は彼女のことを?)
僕はそう思うと、店長の顔がまともに見れなくなった。
「でも、真っ直ぐすぎて、素直すぎて、繊細なんです。ですから・・・」
店長はやっぱり僕の気持ちに気が付いている。
「わかってるよ。そんな気持ちじゃないから。心配しないで」
僕はそう言って、話の続きを遮ろうとした。
「玲香ちゃん、結婚してますし、お子さんもいますし・・・」
僕は店長の言葉に驚きを隠せずにいた。
「そうなんだ。でもホント、大丈夫だから」
「すみません。余計なこと言いまして」
「ありがとう。確かに彼女は素敵だから、下手したら変な気持ちが生まれてたかもしれない。でも一応僕も既婚者ですから」
店長は僕の返事を聞いて、顔を真っ赤にして慌てていた。
「そうですよね。本当にすみません。お気を悪くしないでくださいね」
店長は僕の言葉で安心したのか、照れ笑いをしながら、不ぞろいに伸びた髭を摩った。
「それじゃ、カノン連れて行きますね」
「息子さんに気に入っていただけることを祈っています」
「ありがとう」
「わからないことがあれば、何でもご連絡ください」
店長は深く頭を下げ、僕を見送った。
僕は小さなキャリーバックに入ったカノンを抱え、家へと向かって歩き出した。




