96.やり切れない終幕
白い女が突如として現れたかと思うと、身体を穿つような衝撃が腹部に突き刺さった。大型トラックに轢かれたのかと錯覚したほどの重い拳に、俺は闘技場の端まで殴り飛ばされた。
地面に一度もバウンドすることなく、一直線に壁へと叩きつけられて堪らず息を全て吐き出してしまう。
「がはっ!?」
正直、死ぬかと思った。クソが。
「――――あらぁ?」
いきなり現れて殴り飛ばしてくれたクソ女を睨み付ければ、心底不思議そうな面持ちで自信の拳と俺とで視線を行き来させていた。
真っ白な髪と白皙の肌。服装も白を基調としており、全身が白いせいで紅を塗った唇と黄金の双眸が強烈に印象づけられる。
嫋やかな表情や所作、何よりその真っ白な外見がどうにも浮世離れした女だ。
――――一目見ただけで、ヤバい、と感じた。
「どうして、貴方、グチャグチャになっていませんの?」
わたくしが殴ったのだからミンチになっているはずでしょう?
心の中でそんな風に思っていそうだ。
普通の奴なら確かにそうなっていただろう。
何であんな細腕からトラック並のパンチが出るんだよ。ウルシかジョーさんじゃあるまいし。
軽く咳き込みながら、瓦礫と化した壁から抜け出す。身体を打ち付けた時に口の中を切ったらしく血の味がする。
ペッ、と血の入り交じった唾を吐き捨てる。
「誰だ、てめぇ」
「質問しているのはわたくしですよ」
「あ?」
「無礼ですね、貴方」
女が指先を向けると、閃光が走った。瞬く間に迫った白き閃光は、直前でケイトさんによって片手で捻り潰された。
「手間を掛けさせないでください」
「ごめんなさい」
たぶん、あれ、ケイトさんが止めてくれなければ眉間に穴が空いて死んでいた。
加護のおかげで物理系は大抵どうにかなるけれど、魔法だと種類によっては効果が発揮されずに瞬殺される。
微妙な加護だとは思うが、なければさっきの拳で身体に穴が空いて死んでたので、やっぱりよっしーには感謝するべきだろう。
「あの白いのも夜会のメンバーなんでしょうか」
ぞろぞろと虫のように沸いてくる連中だ。そのくせ、一人一人が面倒なくらい強いのだから質が悪い。
攻撃を仕掛けてきた辺り、敵なのは間違いないが、乱入してきたタイミングが謎だ。
「仲間が殺されて敵討ちに来る連中でしたっけ?」
「夜会には仲間意識はないそうですよ。ただ、彼女は姿を隠しながら戦闘に介入していましたよ」
言われてみると先ほどの閃光には覚えがあった。頬の横を掠めて焦がされたのは記憶に新しい。あれはあいつの仕業だったのか。
「だいぶ足を引っ張っていたみたいですみません」
「本当ですよ」
なかなか勝負を決めに行かなかったのは、その都度に俺を狙うあいつから庇ってくれていたからだろう。
俺がいなければ、ケイトさんはイズをさっさと始末して、次に白い女を仕留めに行っていたはずだ。
「けど、これから三対一でこっちがより優勢になったわけですし」
「・・・・・・そうでもないみたいですよ」
一人倒した功績で何とか許して貰えないだろうかと顔色を窺っていると、その怜悧な視線は喉元を抑えるイズへと注がれていた。
両断とは行かずとも、喉を掻っ切ってやった。夥しい量の血が首から流れて、彼女のドレスを真っ赤に汚している。
致命傷を与えた確信があった。
けれど、その確信が揺らぐ。
「なんで、まだ立ってんだよ・・・・・・」
喉を切り裂かれ、少なくない量の血を流したはずだ。弁慶でもあるまいし、死んで倒れ伏していなければおかしいだろう。
というか、動いてないか?
「何なんですか、あの男は?」
「守りの魔道具が働いた感触はありませんでしたわ」
「つまり、素の状態で貴女の拳を耐えたと言うことですか?」
顔を上げ訝しげにこちらを視るイズ。そして、喉を切られた事実などなかったかのように平然と白い女と会話を始める。
アンデッド。
脳裏に浮かんだ存在を、しかしすぐに否定する。アンデッド特有の気配は感じなかった。今のこの場でアンデッドとして復活したとも考え辛い。
あり得るのは、魔法によって瞬時に治癒された可能性。しかし、これにしても瞬時に致命傷を完治させるような高位の魔法ならその魔力を感じとれないのはおかしい。
「下手な防御など貴女の前にはないも同然。となると――――ああ、なるほど」
魔力を必要としない瞬時の治癒。この場合は再生か、はたまた蘇生か。
そんなものは魔法ではない。精霊の気配もなかったから、精霊の力ではないだろう。
なら、奇跡とでも言うほかない。そして、奇跡というものにはよく馴染みがあった。
「「神の加護」」
理不尽と思える現象。俺と戦った相手はこんな感情を皆抱いてきたのだろうか。
いや、ただ頑丈なのと再生なら再生の方がずるいと思う。
「再生の加護とか反則だろ。大人しく死んどけよ」
「貴方こそ、原型を留めているのがおかしいという自覚がありますか?」
お前も反則だろ、みたいな目を向けてくるイズ。いや、そんなに便利な加護じゃねぇから。再生の方が羨ましいから。
けど、再生・・・・・・うーん、なんか引っかかる。
「イズ、思ったよりも厄介そうですわよ、この状況」
「・・・・・・二人だけなら殺しきれるのに青薔薇の参戦。加護の男がいなければ、逆にこちらがやられていたはず。嫌になるほど絶妙な均衡ですね」
イズの視線が鋭さを増してある一点に注がれる。そこには先ほどから無言でたたずむウィルの姿があった。
「現状が貴女の狙いですか。望みは穏やかな対話、と言ったところでしょうか。馬鹿馬鹿しい」
「馬鹿じゃないよ。この選択にあたしは後悔しないから」
「結論は決まっているのですから、この場を設ける必要はないでしょう」
「必要だよ。妹を手に掛ける前に、一度くらいはちゃんと話す機会がないとね」
「・・・・・・本当に、姉様は甘いですね」
イズは目をつむると頭を振ってため息を溢した。
「街への仕掛けも冒険者や兵を動かして対策済み。外の侵攻も壊滅状態。潮時ですね」
戦意が消え、武器も収める。撤退するような口振りだが。
「逃げれると思ってるのか?」
「思っていますよ。そういうシナリオでしょうからね」
シナリオ?
その言葉の真意を問う暇はなかった。
「よろしいのですか?」
「ええ。夜会ももう使えそうにありませんから、お願いします」
「約束とは言え、わたくしを便利使いしてくれますよねぇ」
「互いに約束は守る。そういう契約だったでしょ?」
「それでも人に使われるというのは気に入りませんの」
白い女が頬を膨らませながら、その場で舞うように回り始めた。
そして、女を中心とした光の奔流が勢いよく立ち上り、白い柱となって闘技場の天井をも貫いた。
「っ、崩れるぞ!」
地下闘技場の天井は頑丈に造られているらしく、天井が落ちてくると言うことはなかったが、しかしそれでも一部は瓦礫となって崩れ落ちてくる。
落下する瓦礫を俺たちが躱したり破壊して防ぐ一方で、光の柱を傍らでイズは佇みながらそれを見上げていた。
「頼みますね、ロー」
光の柱が弾ける。雪のように光の欠片が降り注ぐ、幻想的な風景ができあがった。
しかし、それに見惚れている余裕はなかった。
光の中から姿を現した、その存在に目を奪われていた。
『では、行きましょうか』
「ドラゴン・・・・・・!?」
純白の鱗に覆われた、蛇のように細長い体躯。前世でいう所の東洋の龍と呼べば正しいのだろうか。
泳ぐように宙を旋回する白龍の背にイズが飛び乗る。
「ケイトさん!」
「難しいですね。竜人はただでさえしぶとい上に、完全竜化するとさらに頑丈になります。仕留めきる前にこちらにも被害がでます」
ケイトさんだけならあの巨大な白龍もイズも倒せる。しかし、この場には俺がいる。仕留めきるまでの一瞬に、俺がやられる可能性が高いとケイトさんは言いたいのだろう。
俺が、足手纏いなのかよっ。
「それでは、また」
イズを乗せた白龍が天井を突き破って空へと上っていく。天井が崩れ先ほどよりも大量の瓦礫が降り注ぐ。
ケイトさんとウィルの力を借りてその場を乗り切る頃には、夜空でも輝く白き龍は遙か彼方へと飛び去っていた。




