97.妖精は邪竜と魔女と暗躍するようです
振り返ると王都からもう随分と離れていた。
遙か後方に見える王都は距離もあって小さい。あの玩具のような街並みを、拳を振り下ろすことでグチャグチャに出来るのならどれほど爽快なことでしょう。
『どうした。何かやり残したことでも思い出したか?』
「やり残しだなんて、まだ何もやり遂げてなんていませんよ」
わたし達を背に乗せて飛んでいるローの問いかけに首を振った。
今回の作戦を採点するなら及第点ギリギリだろう。
最低限の目的は達成したけれど、それ以外は本当に上手くいかなかった。
反省し落ち込んでいると、ローは愉快げに喉を鳴らす。
『ククククっ、結局は妾の手を借りることになったしな。夜会の手勢もほぼ全滅したのだろう?』
「ええ、まあ。彼らには賑やかし程度しか期待していませんでしたから、惜しいとも思っていませんが」
夜会は所詮、裏の世界に生きる同業者や同類の道楽的な集まり。仲間意識や集団の結束というものは存在しません。ですから、活用するのに抵抗はありませんでした。
「死んだり捕まったり、散々な目に遭っているでしょうが、自業自得。最後に馬鹿騒ぎできる場所を提供したので、むしろ感謝されているのではないでしょか?」
『仲間に冷たいやつだ』
「仲間ではありませんから」
わたしにとっての仲間は彼女たちだけです。
それだけに、あの国に留まり続ける彼女のことが理解できない。
貴女とわたしは、唯一同じ感情を共有できるはずなのに。
どうして、今こうして別の道を歩んでいるのでしょう。
『そうか。では、其方にとって妾はなんだ?』
「協力者、でしょう。互いに利があって利用し合う関係。違いますか?」
『相違ない!』
何がツボだったのか、ローはまた獰猛に喉を鳴らす。竜人の方は色々と規格外で頼もしいのですが、竜体化すると気が大きくなって面倒です。まあ、元の性格も決して良くはないですけど。
『なら、そのガラクタはどうなのだ?』
楽しげな雰囲気は消え去り、声に苛立ちが混じる。ガラクタというのは彼女のことなのだろうけれど、確かにこんなのが自分の背中に乗っているのは気分が良くないだろう。
「ひっぐ・・・・・・えっぐ・・・・・・、あ、あたしのお人形さんがぁ・・・・・・ふぐうぅうぅぅぅっ」
膝を抱えて泣きじゃくる灰色の髪をした幼い少女。一見、同情を誘う光景ですが、彼女の正体を知るものからすれば鬱陶しいという感想しか浮かばないでしょう。
夜会の一員たる『コフィン』、もとい氷と屍を統べる『氷棺の魔女』アイス・コフィン。
世界中から恐れられる魔女の一人だが、青薔薇に手も足も出せずコテンパンにされ、手駒のアンデッドが壊滅した事によって取り乱し大泣きしている。
魂が汚れ、屍をいじっている内に脳も腐ったのか、普段から精神状態は幼児退行しており二百年も生きているとは思えないような幼稚な言動を繰り返す。それでも、一部は正常なのか時折理知的な面を見せるのですが、今は嫌な目に遭って泣きじゃくる女児だった。
『その汚らしいのを乗せるのは嫌なのだが?』
「便利で使い勝手が良く、貴女の目的にも利用ができるからと納得してくれたではありませんか」
『とはいえ、汚物を持たされて気分が良いはずなかろう』
ローはよほどアイスさんのことが気に入らないらしい。汚物、とまで言い切るとはかなり相性が悪い。
「ですが、捨てて行くには惜しいですし」
そう。これは本当に有能で、あの夜会のメンバーで唯一使い潰さずに手元に残しておいてもいいと思ったほどです。
実際に、今回の一件で最も活躍してくれたのは彼女で、彼女の転移とアンデッドには随分と助けられました。戦闘能力も頭二つ三つは抜きん出ていましたし。
まあ、結局は青薔薇に蹴散らされましたけど。
「最後の無差別攻撃も失敗しましたけど、あれはウィルにしてやられたせいですし」
王族や忠臣の貴族らの暗殺とは別に、王都にアンデッドを放って祭りに浮かれている民衆を適当に殺してしまおうという作戦があった。
けど、これは完全に失敗した。
事前に用意していたアンデッドの召喚先には武装した兵士や冒険者たちがいて、どこも瞬く間に倒されてしま
ったのだ。
彼らを配置したのは未来を視れるウィルの仕業だろう。おかげで、王都内部の被害はゼロ。
外部からのアンデッドの軍勢による侵攻も、騎士団や魔導士団によって食い止められてしまって何の痛手も与えられなかった。
せめて、アイスさんが少しでも青薔薇に損耗を与えてくれていればと思ってしまうけれど、相手が規格外過ぎるので魔女には求めすぎというものでしょう。
「実力は確かですから、まだまだ利用価値はあると思いますけれど?」
『嫌ではあるが、一度は了承したことだ。覆しはせんよ。嫌ではあるが』
本当に嫌そうですが、一応は納得しているようです。
彼女の目的のためなら不愉快な事柄も飲み込める辺りは好感が持てます。
わたしも今回のために不本意ながらあの男を利用しましたが、おかげで例のものを手に入れることができました。
『それが其方の求めていたものか?』
「ええ。大切な家族の遺品です。あんな場所に置いておけませんから」
保存液で満たされた特殊なケースの中に揺蕩う二つの球体。懐から取り出したそれを月明かりに照らしながら眺めていると――――目が合った。
白銀と黒金の色違いの瞳。懐かしさの余り、滴が頬を伝う。
「お帰りなさい」
愛おしい妹の瞳。
それを実験施設の片隅に、貴重なサンプルとして王国に持たせておくことなどわたしには到底許せることではなかった。
「もう少しだけ待っていて下さいね。すぐに自由にしますから」
そして準備が整ったら王国を滅ぼしてくれる。
今回は妹を取り戻すことが半分、あとの半分は下見とただの嫌がらせが目的でした。
本番は次です。
「わたしたちを生み出し、苦しめたことを必ず後悔させますから」
またウィルが出しゃばってきて上手くいかない可能性もあるでしょう。
けれど、仮に失敗しようともわたしは諦めることはない。
この憎悪は幾年月を重ねようと薄れることはないのだから。
「・・・・・・他人からすれば、これは加護などではなく呪いなのかもしれませんけれど」
わたしにとっては好都合。何よりも神ヘルムーンより授かりし『全盛』の加護が反則極まる能力であることに変わりはない。
肉体も精神も体力も魔力も、文字通り全盛期の状態を維持する奇跡。
最も完成された時期に肉体の成長と劣化が止まり、致命傷を負っても万全の状態へと回復する。いくら動いても疲労困憊になることはなく、魔法を乱発しても魔力切れも起こさない。
そして、憤怒も憎悪も風化することなく、わたしの中で猛り続ける。
「それにしても加護持ちがまさか三人も一堂に会するなんて、これも神のお導きなのでしょうか?」
しかし、神々の考えなどわたしにわかるはずもない。
頭を振って思考をやめ、妹の瞳の収まったケースをしまう。
「ところで、ロー。儀式場はやはりあそこにするのですか?」
『ああ。あそこが最も竜脈が安定していて質が高い。他の候補地とは比べるべくもない』
「変更はしない、と」
『不満か?』
「不安、ですね」
そういうと、ローは不遜に鼻を鳴らして会話を打ち切った。どうも気分を害してしまったようです。
しかし、わたしの抱く懸念も理解してくれているのでしょう。でなければ、怒り狂って空中へと放り出されたはずです。
何せ、わたし達が向かっているのは辺境とは言え、あの女が支配する土地なのですから。
「ぐすん・・・・・・ねぇ、どこに行くの?」
ようやく落ち着いてきたのか、アイスが泣き腫らした顔を上げて問いかけてきました。
そういえば、咄嗟に拾ってきたので全く説明していませんでしたね。
これからも彼女には片棒を担いで貰わないといけませんし、色々とお話が必要でしょう。
手始めとして、彼女の質問に答えます。
「――――ベイルラント、ですよ」




