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7.恐ろしい相手

 俺が参加することになった闘技場は、残念ながら一般的なものではなかった。


 表というか、一般の闘技場は基本的に誰でも参加することができる。

 参加料と実力判定に合格すれば出場権を獲得できる。実力判定と言うのは、一定の技量を持たないものが試合に出ても盛り上がらないため、参加者を篩にかけるテストだ。


 無事、基準を満たす実力を示した者は剣闘士として登録され、闘技場で試合をすることができるのだ。

 そして、表の闘技場で行われる試合や大会では、故意の殺人を禁止している。これは闘技場で行われているのが、殺し合いではなくあくまで試合ということになっているからだ。

 そこで行われているのは、前世で言うところのスポーツなのだ。


 しかし、その裏側で行われている地下闘技場というものがある。

 ここで行われるのはまごうことなき殺し合いだ。

 参加者の減少を防ぐため、可能なら審判が止めに入るが、表とは違って殺しても処罰が下ることはない。


 地下闘技場とは貴族や豪商といった権力者向けの娯楽場なのだ。


 表と同様にここでは闘士たち同士の試合だけでなく、闘士対魔物の試合も組まれるが、出てくる魔物はブルーオーガを例に厄介な相手が多い。


 今の試合に出ている魔物もそうだ。


「ぎゃあああああああああっ!」


 闘技場の中心で鎧が絶叫を上げながら地面をのたうち回っている。その周りには液状の赤い物体が蠢いていた。


「あれって、リキッドスライムか?」


 この世界にもファンタジーにはお馴染みのモンスター、スライムが存在する。

 スライムにも種類があり主にゼリー、ゲル、リキッドの三種類に分類される。その中で一番恐れられているのが、ピッソとかいう男に纏わりついているリキッドスライムだ。


「ふむ、あれはバキュアという種類だな。密林に生息する『赤い悪魔』とも呼ばれるスライムだったか。この国は生息していなかったはずだから輸入品だな」


 どうりであんな危険な魔物なのに全然知らないわけだ。


 リキッドスライムが恐れられる理由は防具が意味をなさず食われるというところだ。

 他にも、物理攻撃が聞かない。足音がしないので接近に気づきにくい。思いのほか足(?)が早いなどがあげられる。


 中には微生物しか食べない種類もいるが、纏わりつかれて窒息死するなんてこともあるので、魔法使いがいないパーティーは発見次第即逃げを推奨されている。

 そして、残念なことにあのバキュラというスライムは雑食のようだ。


 血色のスライムに纏わりつかれた鎧が振り払おうと必死に手足をばたつかせる。陸上で溺れているようにも見える姿だが、それはまるきり比喩でもない。

 ぴたりと悲鳴が聞こえなくなっているので、気道にスライムが侵入し呼吸すらできなくなっているに違いない。

 そして、体内に侵入したスライムに内側から溶かされて食われるのだ。


「装備の相性が最悪だったな。ハルバードなど役に立たんし、あんな重そうな鎧など邪魔でしかないだろう」


「前日に相手の魔物の名前くらいは教えられてるはずなのに対策しなかったのか? あ、珍しい種類だったからスライムだってくらいしかわからなかったのか」


「あるいは、主に捨てられただけかもしれんぞ?」


 人が目の前で魔物に食われているというのに、俺たちは呑気に考察していた。

 別に酷いとは思わない。

 試合前の態度からして、こうなることくらい覚悟していたはずだし、明日は我が身かもしれない。


 こういう死に対する免疫は現世の俺の影響だろう。冒険者と言う職業柄、人死になんて珍しいことではなかった。

 仲間が目の前で魔物に食われる光景だって体験済みだ。

 仲間どころか友人でもない、敵意を向けてきた相手が死んだところで今更心は痛まない。


「これからあんなのと戦うのかな……」


 バキュアに飲み込まれた鎧が動けなくなったところで試合が終了する。テイマーらしき男の指示でバキュアが魔物用の出入り口に姿を消すのを見て憂鬱になる。

 初出場となる俺の相手だったブルーオーガは、実力を判定するための魔物でしかなかった。次からはもっとえげつない相手との試合が組まれるだろう。


 アリーシャ様の話だと、交渉相手が参加させている代表とさえ戦えばこの闘技場に用はなくなる。だが試合を組むのは闘技場側であり、いつ試合が行われるかは不明だ。

 それまでにあんな面倒な魔物と戦わなくてはならないと思うと頭が痛くてしょうがない。

 俺は隣の竜人と違ってバトルジャンキーなどではないのだ。


「さて、次は我の番だな」


「そうか、相手は何なんだ?」


「聞いておらん。事前情報なしのほうが面白いからな」


 馬鹿だろこいつ。

 事前に情報を得ていながら碌に準備しなかった俺もだけど。

 戦闘狂というより死にたがりの行動にしか思えない。


「なあ、あんたらって死ぬのが怖くないのか? 俺は生きるために戦ってるけど、ディーみたいな人種って死ぬために戦ってるように見えるんだけど」


「少し違うな。我も死ぬのは怖いぞ。だが、死ぬなら戦いの中で死にたいのだ。事故や病、寿命ではなく、全力を尽くした戦いの末に死にたい。もちろん、負ける気はないし生きていたいのは一緒だ。だが、死も我の人生の一つだ。死に方を選ぶとしたら、戦死がいい。それ以外の死に方をするほうが我は怖いのだよ」


 死に方を選ぶ、か。

 前世は一つの命を救ったとはいえ、あれは俺の望んだ最期ではなかった。好きな死に方をしたいという願望もわからなくはない。

 けど、戦死はないな。


「俺は孫や曾孫に囲まれて、蒲団の上で天寿を全うしたいよ」


 前世では十数年の人生しか歩めなかった。

 今度は寿命を迎えて逝きたいものだ。

 現在進行形で命の危機に瀕しているので余計にそう思う。


「カッカッ、ならそうなるよう足掻くことだな。それでは、また会おう」


 試合の開始時間が迫り、ディーは試合場へと足を向けた。しかし、「ああ、そうだ」と思い出したように呟き振り返る。


「試合で相見えることがあれば、全力で頼むぞ」


「お手柔らかにお願いしたいんだけど」


「カッカッ、断る!」


 愉快気に声を上げて笑いながら、ディーは再び歩き出した。

 最後に俺に向けていた瞳が、得物を狙う時の猛獣のそれであったことに、大量の冷や汗をかかずにはいられなかった。


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