67.毒を以つもの、食らうもの 後編
遅れました。
外道視点続き
黒髪の少女はウルというらしい。
友人たちと買い物に来ていたのだが、誕生祭の前日とあって今の王都の人の数は異常なほど多い。
気づけば二人の友人たちとはぐれてしまったのだという。
「お兄さん、ありがとうね」
彼女は嬉しそうに、先ほどの露店で買った代物が仕舞われているポケットを撫でる。
「私じゃあ、男の人がどんな物を貰って喜ぶのかわからなかったから」
「力になれたのなら何よりだとも」
ウルは友人とはぐれたことに戸惑うどころか、友人に送るプレゼントを探しに露店をふらふらと見て回っていたらしい。
なんともマイペースというか、彼女は周囲を振り回す性質のようだ。
プレゼントの品定めをしていたら段々となにがなんだか分からなくなって来たらしく、その時にタイミングよく僕が声を掛けたようだ。
男性向けのプレゼント、ということで適当に見繕ったのだけれど、ウルは大層喜んで大げさなくらいお礼を言ってきた。
恩を感じてくれているのなら丁度いいと、近くのオープンカフェへお茶に誘うと特に警戒することもなく二つ返事で了承してくれた。
プレゼントの相談に乗ってくれた良い人とでも思ってくれているのだろう。
「……ふふっ」
「楽しそうだね」
「やっとまともなお礼ができそうだからね」
以前に手料理を振る舞ったら手酷く失敗してしまったらしい。
相手は気にしていないし、気持ちだけでも嬉しいと言ってくれたそうだが、どうにも当人は納得できていないご様子だ。
手作りは諦めて既製品を贈ることにしたのは、前回の失敗から学んでのことだろうか。
「ウルは、その彼のことが好きなのかい?」
「好き? ……うん、好きね」
ウルは照れた様子もなく快活に答える。
好意はあっても恋愛感情のようなものではないのだろうか。
そういう相手がいないのであれば少しつまらないな。
「レイドは私の初めての友達で、色んなものをくれたの。こんな私とも一緒にいてくれるし、生きていることがとても楽しい。だから好き」
それは僕に語って聞かせているというよりも、自分の心の内をただ口にしたという感じだった。
その感想は間違っていなかったようで、それ以上話を続ける様子はなく、運ばれてきたケーキを幸せそうに食べ始めた。
少し話して感じたことだけれど、彼女はあまり僕に関心がないようだ。
自慢ではあるけれど、僕は顔が良い。声も良い。立ち振る舞いにも気品が備わっている。
大抵の子女は僕とこうして話をすると大なり小なり浮かれるものなのだけれど、彼女にはそういった雰囲気は欠片もない。
助けて貰ったので、そのお礼に言われた通りお茶に付き合っているだけ、という感じだ。
こういう反応をする相手には、心の大部分を占める想う対象がいる。
その対象はやはりレイドとかいう彼なのだろう。
ただ、本人に自覚がないというだけ。うん、いいね。
幸福な日常に浸る少女を組み敷き、汚し、奪い、美しき顔に浮かばせた絶望のなんと芸術的なことだろうか。
想像するだけで胸が高鳴る。
拠点はすでに用意できている。あとは彼女を連れて行くだけだけれど、これはいつもの方法で問題ない。
雑談を交えながら静かに機を窺っていると、大通りの向こう側からわっと大きな歓声が上がる。
何事かと驚いたウルは声のする方へと振り返った。
「さっきの何の声だったんだろう?」
「何かの見世物だろうね。今は色んな芸人がこの都に集っているからね」
「ふうん」
興味が沸いたのか声の上がった方角をしばらく眺めていたウルがこちらを向き直った時にはすべての用意は整え終わっていた。
僕の魔法『キャリア』は人に宿った病毒を抜き出し、魔力に変換して自身の体内に保管するというものだ。
魔力に変換された病毒は僕の身を害することはなく、僕はあらゆる病や毒を身に宿したまま平常に振る舞うことができる。
そして、その魔力はある程度僕の好きな形に操作でき、好きなタイミングで元の病毒へと戻すことが可能だ。
例えば、目の前の相手の紅茶の中に魔力の状態で流し込んでから毒の状態へと変換させたり、とかね。
服毒すれば数分で全身の筋肉から力が抜け、意識が酩酊したようになる。
傍目にはめまいや貧血で倒れたように映るだろう。
突然容態を悪くした少女を、同席していた男が介抱しながら連れて帰る姿に疑問を覚える者はいない。いたとしても、後をつけてくるようなことはまではしない。
紅茶に口をつけたウルがほっと息を吐いた。
それを見て思わず弧を描きそうになる口元を必死に押さえつける。
あとは効果が表れるまでこの場に留まらせるだけでいい。
拠点に連れ帰ったら後は彼女を堪能するだけだ。
若い少女が体の自由を奪われ、どうすることもできないまま辱めを受け、恐怖に震え絶望に涙し、その全てを味わいながら命の息吹を緩やかに止めていく。
その過程は甘露。出来上がるのは絶望に歪んだ少女の遺骸。麗しき僕の作品。
他愛もない話で場を繋いでいく。手元の紅茶で唇を湿らせ、また滑らかに舌を回す。
愛しのレジィも僕も、心を折り他者の絶望した姿が好きだ。
レジィは屈強な男を。
僕は麗しい女性を。
他人にはなかなか理解されない。勿体ないことだ。憐れみさえ覚える。
レジィは屈強で頑強で気の強い男を、か弱い自分が傷と痛みを与えていくことに快感を覚えるのだという。
小さな傷も数を重ねれば相応の痛みと出血を伴う。少しずつ少しずつ、強者であるはずの男の身体を壊していく。
救いの可能性がない状況で身体が壊されていくと、次第に心の方も壊れていく。
逞しかったはずの男が、肉体も精神もボロボロにされ、幼子のように泣きじゃくり命乞いをする姿は僕が見ても滑稽だった。
そして、最後に長く苦しませるようなやり方で殺す。そんなレジィはたまらなく素敵だと思う。
僕が特に好きなのは、想いを寄せる相手がいる女性だ。
想う男ではない見ず知らずの僕に、純潔を奪われ凌辱される女の顔は極上の魅力にあふれている。
この娘は元の顔の造りが良いので、それはそれは素晴らしい作品になるだろう。
数分と言う僅かな時間が長く感じる。
彼女が崩れ落ちる瞬間が酷く待ち遠しい。
興奮を抑えようと紅茶を一口。
カップをソーサーに戻そうとして、パリンッと指先から滑り落ちて音を立てて割れた。
「え?」
無残に砕け散ったティーカップと地面を濡らす紅茶を見下ろした途端、ぐわんっと視界が揺れる。
まるで酷く酩酊した時のように。
気づけば僕は割れたカップのすぐ近くで倒れていた。
「な、にぃ……が?」
呂律が回らない。
全身に力が入らない。
視界は揺れているけれど、他の感覚は嫌に鋭敏だ。
この症状には憶えがあった。
「あのね、敵意や殺意だけじゃなくて、邪な感情にも敏感なの、私」
いつもより鋭くなった聴覚が、少女の声を捉える。
「ここに来るまでには私を殺そうっていう人よりも、利用してやろうとかって考える人の方が多くてね。普通の人間よりも感覚は鋭いし、警戒心も強かったから何かされたってことはなかったけど、何か企んで近づいてくる人は結構いたから、そういう人たちの雰囲気ってなんとなくわかるんだ」
こともなげに語る少女が、口を潤すために紅茶を啜る音を拾う。
そうだ、彼女はあれを飲んだはずだ。
あの毒を摂取したはずだ。
なのに、なぜ、平然としている?
「私に何するつもりなのかなって、暇つぶしに付き合ってみたの。プレゼント選びのお礼もあったし。そしたら……ちょっと笑いそうになったわ。だって、私に毒を盛るんだもの」
解毒しようにも、意識が朦朧としていて上手く魔法が発動できない。
なぜだ。
どうして、彼女が笑い。
なぜ、僕が盛ったはずの毒に当てられているんだっ。
知らない内にカップをすり替えられた?
いや、一度も僕は正面から視線を外していない。そんな暇はなかった。
「私も知らない珍しい毒だったけど、私には効かないし一度体内に入れちゃえば同じものを簡単に作れる。そういう存在なの。吐息に混ぜたその毒を貴方は吸った。だから貴方は倒れてる」
毒が効かない?
毒を生成した?
あまつさえ、僕に毒を吸わせた?
なんだ、それは。ふざけるな。この僕に、そんな。
屈辱だ、屈辱だ、屈辱だ。
赤熱する頭に同じ言葉が繰り返し浮かび、腸から煮えたぎる激情と共に僕の全身を埋め尽くす。
「滑稽ね。私に毒で挑もうなんて」
周囲が騒がしい。他の客や通行人が突然倒れた僕を見て騒然となっている。
その数多の視線が、僕の敗北を捉える。
有るまじき無様が衆目に晒されている。
何事かと巡回の兵士がやって来くると、彼女は僕を指して言った。
「この人、私に毒を盛りました」
少女の言葉に誰もが困惑していた。
毒を盛られたという少女はぴんぴんとしていて、毒を盛ったはずの男が倒れているのだ。状況的に明らかに逆だ。
実情は、共に毒を盛り、僕が負けた。
「それにこの人から濃い血の匂いがするから念入りに調べることをお薦めするね。あ、私はこういう者だから面倒事はお断りです」
ウルに疑いを向けていた兵士だったが、何やら彼女が取り出したものを見た途端、瞬く間に態度が変じる。
きびきびした様子で周りに指示を出し、仲間を呼んで僕をその場から運び出す準備を整え始める。
これは……不味いな。
でも、どうすることもできない。
「プレゼントの見立て、どうもありがとう。それじゃあね、三流の毒使いさん」
倒れ伏す僕にウルはそんな言葉を残し、浮かれた足取りで立ち去った。
そして、兵士たちに連れて行かれた僕の正体はすぐに露見した。
全身を拘束され、魔法を封じられた状態で冷たい牢の中に放り込まれた。
「……殺してやるぞ」
僕の声は誰にも届かず、石壁に反響して消えた。
お読みいただきありがとうございました。
時間の問題と、あとクズの描写がね、もうホントに……。




