66.毒を以つもの、食らうもの 前編
短めです。
外道視点。
僕の名前はファルス。
仕事の上では『酔いどれ』なんて呼ばれているけれど、あまりこの呼び名は好きではないかな。
最愛のレジィも賛同してくれているけれど、仕事で使う符号は本人の特徴や能力を推測できるものは避けるべきなので甘んじて受け入れている。
僕に相応しい格式高く優雅でハイセンスな呼び名が広まってしまったら、正体を隠していてもすぐにバレてしまう。それは困る。
僕の仕事はずばり、『芸術家』だ。
頭の固い狐さんなんかは「嘘をつくな」なんて言ってくるかもしれないけれど、そんなことは知ったことではない。
素晴らしい作品を生み出し、それを世間に公開する。
時には指定された材料から作品を作り、それに納得した組織や個人が相応の報酬を支払う。
自分の手で作り出した作品で日々を生きる糧を得ているのだから、僕が芸術家と名乗ることはなにもおかしいことはない。
今回も仕事でフェニキシア王国の王都にやってきているのだけど、他の仲間たちと足並みを揃えなければならない一大プロジェクトのため、時間が来るまではあまり目立つ様なことは出来ない。
誕生祭の前日ということもあり、街全体が浮かれているというのにだ。
この雰囲気に自分が大手を振って混ざれないのは酷く悔しい。
しかし、ここで感情に任せて好き勝手にしないのは、それをしてしまえば計画が破綻して後で仲間たちから報復されることが目に見えているからだ。
荒事が得意でない僕では、あっと言う間に殺されてしまうだろう。レジィだって巻き込んでしまう。
やりたいこと、楽しみたいことがまだまだたくさんあるというのに、死ぬなんてことはできない。
だから目立たないように手慰みに作品作りをしながら王都の周辺を回りながら時間を潰していたというのに、なんということか夜狐からある日苦言を呈されてしまった。
僕たちはかなり自粛していたというのに、彼(もしくは彼女)からそもそも制作活動自体するなと言われてしまった。
七日に一つか二つ程度に抑えていたのに、それでも騒ぎになるからやめろと怒られた。納得がいかない。
けれど、結局僕たちは夜狐の言葉に従ってもう少しだけ我慢することにした。他の仲間を敵に回すのはごめんだったし、何より『祭り』が始まってしまえば我慢する必要はない。
空腹が最高のスパイスであるように、禁欲から解放されての享楽は最高の昂ぶりを僕に与えてくれるだろう。
そうやって我慢していたというのに、昨日、ついやってしまった。
暇つぶしに裏通りを歩いていたら、突然薄着の女に声を掛けられ遊びに誘われてしまった。なかなか悪くなさそうだったので、促されるままついていき古びた宿の一室で彼女で楽しんでいた。すると、いきなりガラの悪い大男が押し入って来て「俺の女に手を出してどうなるかわかってるんだろうなァ」とよくわからないことを言い始めた。
しかし、彼女で遊んで高揚していた僕は気を悪くすることはせず、レジィに良いお土産ができたと二人を静かにして隠れ家へと持ち帰った。
案の定、レジィはとても喜んでくれた。彼女は気が強く屈強な男が大好物なのだ。
夜通し僕は作品作り、レジィは新しい玩具での遊びに勤しんでいると、夜狐とピクシーが隠れ家に顔を出した。
僕とレジィしか知らないこの場所を探り当てるなんて、流石の探索能力だと舌を巻いていると、夜狐から届け物を投げつけられた。
待ちに待った『許可証』だった。
――これがあれば、もう不自由な思いをしなくて済む。
気がつけば、僕は大通りを歩いていた。
久方ぶりの製作活動で気持ちが昂っていたのだろう。さらにそこに待っていた代物が届いたのだ。明日まで待ちきれず、つい外に足を運んでしまっていた。
レジィはまた続きを始めている頃だろうけれど、僕の方はもう終わっている。彼女で楽しめる部分はすでになく、残るは後片付けだけ。
けれど、この高揚を僕は抑えきれない。『祭り』まであと一日だというのに、さきほど夜狐から釘を刺されたばかりだというのに、僕にはもう我慢ができなかった。
今すぐに新しい作品を作りたい。激しい情動が僕を突き動かす。
人の流れが多く、辺りは喧騒に包まれている。まだ前日だというのに、そこいらに屋台や出店が立ち並び、すでに祭りが始まったかのように盛況だ。
賑やかで、騒がしく、とても楽しそうだ。
ああ、やっぱりだめだ。我慢できない。
みんなが盛大な宴で楽しんでいるその片隅で、一杯の果実酒を味わうような楽しみくらいは僕にだって許されるのではないだろうか。
大丈夫。計画は明日なのだ。
一日。
そうたった一日だ。
一日くらいなら、人一人が消えたくらいで大騒ぎになることはない。
そして、明日になればさらなる狂乱がこの都を包む。たった一人の失踪なんて誰も気にしなくなる。
うん。やっぱり大丈夫だ。何の問題もない。
すっかりと作品制作に乗り気になった僕は、歩きながら素材の品定めをし始めた。
良い作品を作るなら、良い材料を。
質の悪いものから素晴らしい作品を生み出せるのが一流というのだろうけれど、一流が一流の物を使って作ればより素晴らしい作品ができるのも道理。
何より、今は気分が乗っているのだ。いい素材を使って作品を作りたかった。
あの娘がいいだろうか。
彼女もなかなか。
あそこのご婦人も捨てがたい。
各地から人が集まるだけあって、かなり上質な素材がただ歩いているだけで目についた。けれど、逆に目移りしてしまってなかなか決めることができない。
流石に二人以上は無理だ。そんな余裕はないし、明日の仕事に支障が出る可能性が高い。
やっぱり、選ぶのは一人きりだ。
うーん、悩む。
「悩むなぁ……」
ふと、すぐ近くから僕の心を代弁するような声が聞こえ足を止めた。綺麗な少女の声だった。
振り向けば声の主はすぐに見つかった。
通りの端にしゃがみ込み、露店の先に並べられたアクセサリーを真剣な表情で見つめている一人の少女。
艶やかな黒い髪に、処女雪のごとき白い肌。思わず息を呑むほど美しい娘。
何より僕の関心を引いたのはその表情だった。アクセサリーを見比べながら、思い悩むその姿。着飾った自分を想像しているのではなく、それを贈る他の誰かのことを考えている様子。美しい彼女は誰かのことを想いながら、真剣に悩んでいた。
素晴らしい。
とても素晴らしい。
彼女にしよう。彼女が良い。彼女しかいない。
今回の作品にするのは、彼女に決めた。
「何かお悩みですか、レディ?」
心を浮つかせたまま僕は、黒髪の少女に声を掛けた。
お読みいただきありがとうございます。
続きできるだけ急ぎます。




