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65.寝ている間にも時間は進む

「ああ、そういえば謝罪がまだだったわね」


 俺が何とも言えない表情で女騎士を見つめていると、クレア王女はその視線を勘違いしたらしい。足置きにしていた彼女を容赦なく蹴り飛ばし、冷たい声を浴びせる。


「ほげっ」


「ロザリア。貴女に今から謝罪の機会をあげるわ。誠心誠意、彼に謝罪なさい」


「――――はっ」


 恍惚と身悶えていた彼女だったが、クレア王女の命令が下された途端、すっと表情が引き締まり、きびきびとした動作で俺の前までやってくると、流れるような美しい所作で頭を垂れた。


「昨日は大変失礼いたしました。レイド様が姫様を凶賊から命がけで守ってくださった恩人であるとは露知らず、それどころか悪漢と勘違いして剣を向ける始末。つきましては私の片腕を切り落としお納めしますので、どうかそれでお怒りを鎮めていただきたく」


「いや、いらないから」


 彼女の豹変ぶりに呆気に取られつつ、俺はぶんぶんと首を横に振る。

 お詫びのしるしに腕貰っても困るんだけど。

 誠意を見せる意味もあるのかもしれないけど、体の一部貰ったところでどうしろってんだよ。

 スプラッタとか別に好きでも何でもないからな。


「しかし」


「そんなもん貰っても困るし……というか、あんたは王女殿下の護衛なんだろ? あの状況だったら勘違いして当然だし、殿下の身の安全を優先して俺をすぐに捕らえようと判断してしかるべきだ」


 今回の一件については彼女は職務をまっとうしたに過ぎない。

 話くらい聞いて欲しかったが、誘拐犯と思しき人物の言葉に耳を傾けるなど愚の骨頂。クレア王女の身を盾にされるよりも先に無力化させてしまったほうが王女の安全は確実に確保できるのだ。彼女にはそれができるだけの力があり、実際にそうしただけだ。


「そりゃあ、文句の一つくらいは言わせてもらいたいけど。気絶させられただけで目が覚めたら動ける程度には手加減してもらってるんだ。死にかけたわけでもあるまいし腕一本なんて大げさなんだよ」


 恨みがないわけでもないが、これから彼女と行動することが決まっているのだ。報復して遺恨を作るよりも、ちょっと負い目を感じてくれているほうが仕事がしやすいだろうという打算もある。

 というか、腕が本当にいらない。

 お詫びなら美味しいものとか強力な武具とか便利なアイテムとか、そういうのがいい。


「もしかして、勘違いしてる?」


 クレア王女が戸惑った様子で横から口を挟む。


「勘違い?」


 訳が分からず周りを見回すと、みんなが微妙に困った感じに顔を歪ませていた。

 はて?


「そう、色々と勘違いしてるわよ、貴方。まず、レイドは私というこの国の王女を救った功労者であり、それを早とちりで危害を加えたロザリアには相応の罰を与えないといけないの。彼女じゃなかったら、目覚めてすぐに首を届けさせてるわ」


「えぇ……」


 どうにもロザリアは結構なことをやらかしたようで、つまりは被害者である俺もそう簡単に許してはいけないらしい。

 面子とかそういうやつか。だから貴族は面倒なんだ。


「だからって首も腕もいらないし。どうせなら何か良い武器とか道具とかにしてくれよ」


「……わかったわ。あとで数点見繕っておきます。次の勘違いだけど、貴方は本当は死にかけてたのよ?」


「………………は?」


 死にかけていた?

 咄嗟に自分の身体に触れてみるも、どこにも痛みはない。どこも怪我をしている様子もなく、死にかけていたと言われたが嘘ではないのか。よく眠ったせいか、むしろ体調は万全に近い。


「いや、万全なのがおかしい」


 夜狐との戦闘ですでに俺の身体はボロボロだった。その後、ロザリアから電撃をくらって意識を刈り取られたが、それが眠ったくらいで快調するわけがない。

 むしろ、死にかけていて当然なのだ。


 俺の加護は肉体を頑丈にすることはあっても、治癒能力があるわけではない。

 ならなんで元気になってんだ、俺?


「話を聞いてすぐにケイトを送ったのだけど……覚えていないようね」


「ケイトさん……?」


 彼女と数時間ぶりに顔合わせたのはつい先ほどのことでそれより前は……あ。


「もしかしてあの時の?」


「ようやく思い出したのですか? 治療を受けた恩も覚えていないなんて薄情な男ですね。それとも、ないのは情ではなく記憶力の方でしょうか」


 いや、治療してもらってた時の記憶がないのは俺が気を失ってたからだと思います。

 それに恩だけじゃなくて腹に蹴りももらってるんですけど。

 地下牢で俺を蹴り起こして一方的に質問するとすぐに立ち去って行った人物。目隠しされていた俺は看守か誰かかと勘違いしていたけど、あれがケイトさんだったのだ。

 寝ぼけてたせいかよく覚えていないけど、あの声はケイトさんだった……気がする。


「すみません、気づいてませんでした」


「ふっ」


 鼻で笑われた。くそぅ。

 あんただって名乗らなかったじゃないか。

 なんて文句を言おうものなら皮肉が十倍になって返って来るに違いないので口をつぐむ。


「そして最後に」


「まだあるの?」


「これはこちらの説明不足ですね。レイドが気を失ってから地下牢へ私が迎えに行くまでにすでに一日以上経っているんです」


「…………マジで?」


 窓の外は日が傾き始め夕刻に入ろうかという具合。俺は地下牢で過ごしたのは精々が数時間程度のことだと思っていた。

 しかし実際は一日以上あの地下牢にいたらしい。

 ということは、だ。


「誕生祭は?」


「もうすでに始まっています」


 一日が経ったということは今日が誕生祭の当日。その夕方ということは昼間に行われているはずのパレードなどはとっくに終わってしまっている。

 気がついたらお祭りの初日が終わろうとしてるだなんて、そんな馬鹿な。


「前日にクレアに挨拶にきたら城から脱走しているし、戻って来たと思ったら誘拐されてたなんだと騒ぎになってるし、捕まった犯人の特徴がレイドだしで昨日の城内は大騒ぎだったのよ?」


「私が目覚めたのも今朝のことで、昨日の抜けだしたせいで今日はずっと監視も厳しく王族の務めもあってレイドを出すのが遅くなってしまったんです」


 誘拐犯として捕まった俺だったが、無罪を証明してくれるはずのクレア王女は諸々の事情で忙しく、説明しても誕生祭でお偉いさんの方々もやることがあって俺を牢から出す時間がなかったらしい。

 一方で、事態を察したアリーシャ様は密かにケイトさんを派遣して俺に治療を施してくれたそうで、ケイトさん曰く本当に虫の息だったとのこと。

 俺は深々とケイトさんに頭を下げて礼を言った。また鼻で笑われたが、それはまあいい。


「俺って本当に殺されかけてたわけね……」


「姫様を攫った悪漢かと思い、手加減抜きでやったであります!」


 さっきまでの真剣な雰囲気はどこへやら。悪びれた様子もなくむしろ胸を張るポンコツ女に軽く殺意が湧く。

 本当に片腕請求してやろうか。


「満身創痍でさらに私の本気の一撃を受けてなお生きているなんて正直驚いたであります。流石は噂に名高い竜殺し殿でありますな」


「え、その称号ってそんなに広まってんの?」


「なにせリオネスの姫のことですからな。貴族界隈では今とても注目されているでありますよ」


 冒険者稼業を再開してランクを上げる傍らに情報収集をしていた。その一つには自分が仕えることになった主のことも含まれていた。

 アリーシャ様がこの国のリオネス公爵家の出身であり、そこから分家して伯爵位を賜りベイルラントの地を治めていること。

 若くして領主となった彼女が各方面から注目を浴びていることは知っていたが、貴族階級の詳細な情報は今の俺では簡単に手に入らない。

 本人や周りに聞くのが手っ取り早いのだろうが、直接は聞きづらくもあった。

 ロザリアの含みのある言い方からしてもやはりデリケートな部分であることは間違いなさそうだしな。


「アリーシャ様ってやっぱり有名人なんですね」


「色んな意味で注目の的なのよ、私」


 その色んな、の部分を聞いて良いのか悪いのか……。


「気になるなら時間のある時にゆっくりと話してあげるわ。今はクレアの身を守ることを考えていなさい」


「む……」


 そう言われてしまえば今は引き下がるしかない。

 仕方がないので仕事に意識を切り替えていく。


「けど、あの夜狐みたいなやつが他にもいるとなると厄介だな。何でもいいから敵の情報があると助かるんだけど」


「それならアリーシャ殿に聞くのがいいであります。真っ先に夜会に対して動いていたのは彼女でありますし――――何より、彼女は昨日夜会のメンバーを一人捕らえているでありますからな」


 …………なんですと?


「捕まえたのは私じゃないわ。ウルよ」


 どうにも俺が気を失っている間に、色んな事が起きていたようだ。




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